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『【レッドゾーン】 』
ジュドー・リュヴァイン1149)&エヴァーリーン(2087)
 適度な陽光と真っ白い雲が空にある。遠くでは幸せそうなつがいの鳥が鳴き声をあげている。エルザードから幾分か離れた荒野の上は何ということのない風景だが、空気には動きがない。風さえも恐れをなして彼女らの側を通り抜けるのをためらうかのようだ。
 ジュドー・リュヴァインとエヴァーリーンは獣の眼光で向かい合い、殺気にも似た鋭い感情を高めていく。もうすぐ真剣勝負。
 ふたりは一切の言葉を交わさない。闘い前にそんなものは不要だ。
 エヴァーリーンが小石をつまんでいる。これが地に落ちた瞬間に開始である。距離は離れてはいるが、彼女らの速さならば一瞬で無い物にしてしまう。
 事情を知らないものからすれば、何のために親しいふたりが闘うのかと疑問を持つだろう。ジュドーとエヴァーリーンとの間に闘う理由はない。怒りでも憎しみでもなく、闘争心のままに。戦士としてこの世を生きているからには、闘いは特別でもない日常生活。誰も人に食事や睡眠の理由を問いはしないものだ。
 ――いよいよエヴァーリーンの細い指が、小石を弾いた。小石はゆっくりと放物線を描いて、宙を切っていく。
 岩に当たり、カチッと小さな音が立った。それが彼女らの敏感な聴覚には、とても澄んで良く聞こえた。
 その直後にふたりは、砂埃が立つほどに爆発的な疾駆を開始する。間にあった空気を一気に押し詰めて、互いに第一打を放つ。
 ジュドーは鞘に納めたままの刀を下から、力任せに振り上げる。狙うはエヴァーリーンの右拳。相手の基本武器――鋼糸を巧みに操るそこをまず潰す。歴戦の暗殺者であるエヴァーリーンがそれだけで参るはずもないが、有利にはなる。
 エヴァーリーンもジュドーの狙いを読んでいる。岩をも砕く衝撃を予感した。受けるわけにはいかない。鋼糸を繰り出すはずだった右拳をすんでのところで止め、宙に逃げた。直後に刀が風のように唸り、空振りする。
 跳躍が最高点に達したエヴァーリーンは、すかさず指弾を見舞った。音だけがする見えない攻撃。ジュドーは鞘を盾にして、飛来する空気の塊を退ける。鞘がピシピシと乾いた音を響かせた。
 指弾のひとつが額を打って、ジュドーの顎が勢いよく上がった。見る間にそこは青い痣になる。エヴァーリーンはその間に着地し、黙って後方へ離れる。表情は変わらず、冷めている。
 相変わらず厄介な攻撃をする、とジュドーは内心で思う。ひとつひとつの攻撃力ではジュドーが勝るが、敏捷性や技の細やかさではエヴァーリーンに軍配が上がる。特に間合いの広さでは決定的な差があった。こうして距離をとられたら、自分から近づくか、相手から近づくのを期待する以外はない。
 ――フっと笑う。受けや守りは武士の主義ではない。刀身を鞘から抜いた。
 雄叫びとともに、ジュドーはまた駆けた。エヴァーリーンは刀を振り下ろされる前に飛び越えてやりすごす。ジュドーは一瞬も休まずに相手の位置を視認して、素早く間を詰める。そのまま攻撃に移ったのではまたかわされるのは目に見えていた。それでも刀を振り続ける。反撃の機会もないほどに速く速く斬撃を繰り出す。
 ジュドーの攻撃はどれもが一撃必殺の威力を持つ。そして体力は彼女が一歩上をいく。気がついてみれば、ジュドーの刀は少しづつ、エヴァーリーンの黒装束を切って破片を舞わせていた。
「いつまで逃げるつもりだ、エヴァ」
「あなたこそ、いつになったら私を捕らえてくれるの。服ばかり散らしてもしょうがないわ」
 憎まれ口一歩手前の言葉を交わす。
「いや……逃げてるだけじゃないのはお約束か」
「ええ、攻撃に夢中で失念していたということはないようね」
 エヴァーリーンはよく見てみなさいとばかりに両手をヒラヒラさせる。ジュドーが目を凝らすと、そこらの地面や枯れ木に打ち込んだ鋼糸。指一本で自在に操り、すべてを捕らえる蜘蛛の糸と化す。暗殺者の十八番の戦法だ。
「もうそこから前以外には動かないことね。その瞬間に私の勝ち」
 言って、エヴァーリーンは指弾の連続打を放ってくる。腰につけていた短剣も交えて投げる。ジュドーは再び刀を盾にするが、とても全弾防ぎきれるものではない。腕、脚、胸を続けざまに穿たれる。
 このままでは負ける。ならばどうするか。
 ――瞬断する。こんな小手先の技など凌駕する力を!
 ジュドーは叫び、すべてを解き放った。
 爆風と光が立ち昇る。ジュドーは太陽さながらの白い闘気に身を包んだ。金の長髪が美しく芸術的にたなびいて、エヴァーリーンは息を飲んだ。
 ジュドーは百割の力、全身全霊を込めて突っ込んでくる。白熱の弾丸。エヴァーリーンは目を細め、それをしっかりと見据える。以前闘った時、眩しい闘気の奔流に思わず目を背け、その隙に間合いに入られていた。もうあんな失敗はしない。
 ジュドーは上段から振りかぶる。エヴァーリーンは足を踏ん張り両の手首を交差させ、刀を受けた。グオン、と鈍い金属音があった。
 今日のエヴァーリーンは通常の防具のほか、袖の下に薄い小手を仕込んである。いつぞや商人から手に入れた、軽くて硬質な金属でできた上等品だ。それが。
「くっ……!」
 呻きが漏れた。感覚がなくなるほどの苦痛と痺れが、打たれた箇所から爪先にまで広がる。完璧に防御したあとは、組み伏せて関節技を決めてしまうつもりだった。これでは動くことすら叶わない。
 ジュドーが密着したままさらに闘気を放出した。対策を練られぬままのエヴァーリーンはあえなく吹き飛ぶ。背中から落ち、さらに数秒間滑る。
 ジュドーは疾風のように走る。仰向けになったエヴァーリーンの喉元に蒼破の切っ先をあてがった。極限まで闘気を絞り出したせいで、顔中に玉のような汗が浮かんでいる。
「私の……勝ちだな、エヴァ」
「……ふん。もうちょっといい小手を装備していたら私の勝ちだった」

 闘いは終わった。
 地に腰を落ち着ける。かといって互いに顔を見合わせるわけでもない。
 太陽が雲に隠れ、ふたりの顔が暗くなった。
「……この馬鹿力」
 口火を切ったのはエヴァーリーンだった。
「あなたの馬鹿力にはますます磨きがかかってるわね。この小手も使い物にならなくなった」
 ジュドーは感情を込めずに返す。
「馬鹿馬鹿うるさいな。そちらこそ、蝿のような素早しっこさにはまったく嫌気が差す。これまでに様々な者と果たしあってきたが……エヴァ、お前は一番敵にしたくないタイプだよ」
「私も。何もかも力で吹き飛ばすような奴は御免よ」
 ふたりはほんの少しだけ、心の中で笑った。

【了】
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聖獣界ソーン
2004年12月28日

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