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『<ブルー・グラミー> 』
光月・羽澄1282)&守崎・啓斗(0554)


 『胡弓堂』は骨董品や美術品や嗜好品が内部にごった返す店であるが、不思議と、埃くさくはないのであった。実際、どんなに奇妙な、用途も欲しがるものも予想がつかない道具ですら、埃をかぶってはいない。
 店員の光月羽澄は、常日頃掃除に余念がないからだ。彼女は店にいる間中、商品にハタキをかけ、箒で床を掃き、棚の上を拭いていた。何かと多忙な彼女であるが、この店は彼女の住居でもある。毎日を過ごすところでもあるので、片付けずにはいられなかった。彼女の部屋同様、店内はいつも小奇麗だった。ただ、ものが多すぎるだけなのだ。
 クリスマスケーキの味も過去のものになり始めた12月26日にも、羽澄は箒を取って、店内の隅々まで掃いていた。
「……ん? ……あ」
 最初は怪訝な声を、次いで苦笑を、羽澄はこぼした。
 棚と棚の隙間から、クリスマスツリーの飾りが――それも、ツリーの頂を飾る星が――ころりと箒に蹴られて出てきたのだ。
「こんなところに入り込んでたなんて……見つからないはずよね」
 そう、25日の夜、店内に出されていた(一応の売り物でもあるが、10年以上前から店にある)クリスマスツリーを片付けるとき、床に落ちた星を、店長がうっかりどこかに蹴り飛ばしてしまったのだ。
 さて、その肝心のツリーはどこへしまったかと、金の星を見つめながら記憶を手繰り寄せる。そうして、羽澄は、金の星にすっと影が差すのをみとめた。
「あら、啓斗」
 音もなく、少年は『胡弓堂』に入ってきていたのだ――。
 羽澄が驚きもせずに明るく迎えたのは、彼が、守崎啓斗であったから。

 羽澄の笑顔を受けても、啓斗ははじめ、普段の仏頂面のままだった。ただ、ぴょこりといちど会釈をしただけだ。
「何だか、久し振りね」
 実際には、ちょくちょく会っているのかもしれない。だが、いまは12月、師も駆けずり回る年の暮れ、忙しさにきっと感覚をごまかされたのだ。羽澄が苦笑すると、啓斗は口の端を一瞬ぴくりと上げた。彼なりの苦笑だった。
「何か、急に入り用になった?」
「……いや……」
 短く言うと、啓斗は、どうにも居心地悪い面持ちで肩をすくめた。緑色のマフラーの中に、顔が鼻の先までうずもれる。手短で無愛想な反応にも、羽澄はにこにこと頷き返した。それなら、と彼女は店の片隅のテーブルを指す。
「お茶、出すね。座って座って。寒かったでしょ?」
 実際にふたりはひとつしか歳が離れていないというのに、羽澄はすっかり姉役をつとめ、啓斗はだまって従っていた。羽澄は、片付けようとしていたツリーの星を、テーブルの上に置いた。年代ものの椅子に腰掛けた啓斗の緑の目は、じっと、その星を見つめていた。

 啓斗は、洋菓子がだめなのだ。
 生クリーム入りのケーキがそこら中に溢れていた時勢であるから、きっと見るだけで胸を悪くしていたのだろうと、羽澄は妙におかしくなってしまった。
 洋菓子がだめな客であるから、羽澄は茶請けに落雁と饅頭を出した。
 しかし――。
 啓斗は、いくら気を許した人間であろうと、世間話をするために、約束もなく突然訪れるような少年ではない。生真面目な彼であるから、どんな些細な用件であっても、はじめに約束をとりつけておく人間だ。特製ほうじ茶を出した後、羽澄は啓斗の向井に座って、少し態度を改めた。
「……」
 羽澄が態度を改めると同時に、啓斗は唇を結んで、ごそごそとコートのポケットを探ったのだった。
「これ、羽澄姉に」
 言い出しにくそうに、照れくさそうに、啓斗は仏頂面のまま、羽澄に小さな小箱を差し出した。小箱はとびきり可愛らしくラッピングされていた。水色の包装紙に白のレースのリボンがかかっているし、『Merry X’mas』とエンボスされた金色のシールも、何もかもがきらきらと輝いている。
「わ! ありがとう!」
「……ごめん。遅れて」
「いいのよ、そんなの、ぜんぜん。……開けてもいい?」
 大人びた顔に無邪気な喜びをのせて、羽澄は箱を手に取った。啓斗は頬の絆創膏を掻きながら、だまって頷いた。いちどだけ、咳払いもしていた。

 するすると中から現れたのは――

 ブルー・グラミーだ――涙の中で泳いでいる――揺れているようにも見える――双子の、たゆたう熱帯魚が。

 シルバー925製のペンダントだ。ティアドロップのヘッドは、アクアマリンの色からブルートパーズの色へと移り変わる、美しいグラデーションを抱いている。その蒼の中に、ラピスラズリの色の魚影が2つ、浮かんでいるのだった。

「すごい! すごくきれい。ありがとう! ……あ、でも、私……」
「いいんだ」
 羽澄が、返せるものが何もないことを詫びようとすると、すばやくその二の句を啓斗がさえぎった。言葉はすばやかったが、怒りや苛立ちがそうさせたのではない。ただ、彼は、焦ったのだ。めずらしく。
「いいんだ、それ、俺たちからのお返しだから」
「俺『たち』? ああ、二人からのプレゼントっていうわけね。……お返し、って?」
「いつもあいつが、世話になってるから。特に、菓子。俺たち、羽澄姉に、もらってばかりだ」
 緑の目を泳がせる啓斗に、羽澄は緑の目を細め、苦笑してみせた。
「そんなこと、気にしなくてもいいのに」
「俺は、気にする。ああでも、借りを作りたくないとか、そういうわけじゃないんだ。そうじゃないんだ……」
 いつもはどこか毅然としていて、生真面目で、感情を面に出さない啓斗なのだが――こういったものごとにはとんと疎く、素人であった。
 彼はそれから、
「……ふたりで、決めたんだ」
 弟と一緒にプレゼントを選んだことも、わざわざ暴露した。羽澄はそこでついにこらえきれなくなって、声を上げて笑ってしまった。
「なんだ、よかった! というか、変だと思ってたの」
「……?」
「だって、啓斗がアクセサリー屋さんで、こういうのと睨めっこしてるところ、想像つかないんだもの。むりやり想像したら、可笑しくなっちゃった」
 羽澄の笑い声にはじめはきょとんとしていた啓斗も、その理由を聞くうちに、うっすらと口元をゆるめ、少し気の抜けた笑い声も漏らした。
「ああ。最初は、ひとりで行ったんだ。でも、本当に、何にもわからないから……店員もぺらぺら話しかけてくるしさ……すぐ逃げたよ。退き際が肝心だ」
「それで、助太刀要請したのね」
「あんなやつでも、たまには、役に立つんだ。こんなとき、特に」
 彼は呟き、かげりのある緑眼を羽澄に向ける。
 羽澄は銀の髪をかき上げ、慣れた手つきでペンダントを身につけているところだった。白い肌に蒼い雫がのったとき、啓斗は微笑み、小さく溜息をついた。

 ――よかった、すごく似合う。

 ぺらぺらと話しかけてくる店員は、巧みに彼の弟がかわした。啓斗はケースと睨み合いを続けていたが、すぐに、頭の中は混乱してしまった。いろいろな形があり、いろいろな色があるのはわかっているのに、どれも同じものに見えてしまうのだ。その矛盾が混乱を呼んだ。
 途方に暮れた啓斗は、すでに障害物としか見なしていなかった店員の話と、弟のアドバイスに耳を傾けることにした。
「贈る方の指輪のサイズはご存知ですか?」
「いえ」
「それなら、ブレスレットか、ネックレスがよろしいかと」
 弟がそのとき、啓斗にひそひそと耳打ちした。――ブレスレットは、高いと。
「じゃあ……ネックレスで」
 ――あれ、ネックレスって……ペンダントなのか。ペンダントが……ネックレスなのか。何だ……どういうことなんだ? ああ、ペンダントって、ネックレスなのか。
 ぐるぐると禅問答を繰り返す啓斗に、店員はなおも言葉をかける。
「いつも、その方は、どういったものをお召しでしょう?」
「制服です」
「……」
「……」
「ええと、色は?」
「青。スカーフが……水色です」
「ああ、あの高校! 制服がかわいいんですよね。いつもの服が青なら、薄いピンクか、同系色か、シルバー一色がいいですよ」
「ピンク――」
「イメージじゃありません?」
「はい」
「それなら、こちらのケースに入っているものがおすすめですね。『セイレーン』っていうブランドの、冬の新作なんですよ」
「セイレーン……」
 彼女は、歌が上手い。
 啓斗の視線はそのケースにとらわれ、心が青に奪われた。
「ペアネックレスもございますが?」
「あ、いや……そういうんじゃ、ないです」
 啓斗はなんとか、そこで苦笑した。
 そういう関係ではないけれど、プレゼントを贈るほどの仲なのだ。察してほしい、なにもペアネックレスを買うような関係だけが、意味を持っているわけではないのだと。
 彼は無言で、涙型のトップのペンダントを指差していた。


「こういうの、欲しかったわ。よく考えたら、蒼いアクセサリーって持ってなかったかも。ありがとう、啓斗。一緒に選んでくれた彼にもお礼を言っとくね」
「……そんな、いいよ、俺から、伝えるから」
 絆創膏を掻いて、啓斗は羽澄から目をそらした。
 彼は、照れているのだ――耳も素直に赤くなっている。羽澄はあまり、照れ隠しの啓斗を見たことがなかったような気がした。
「――そうだ!」
 羽澄は不意に大声を上げると、店の奥に駆けこみ、冷蔵庫の中の鍋を取り出した。
 中には、昨夜気合を入れて作っておいた筑前煮が入っていた。こういった煮物やカレーは、1日置くと段違いに旨くなるのだ。今晩の夕食に出そうとしていたのと、守崎兄弟が以前味を絶賛してくれたことを思い出し、羽澄は鍋から筑前煮をタッパーに詰めた。
「これ、とりあえずのお返しに」
「だから、いいって。気にしないでくれ」
「私は気にする。ね、お願い、持って帰って」
「……わかった」
「今日中に食べてね」
「わかった」
 啓斗は、何度も何度も頷いた。
 笑って、羽澄は付け加える。
「あくまで、『とりあえず』よ」


 緑のマフラーとコートの背中を見送って、羽澄は二の腕をさすりながら、『胡弓堂』の中に戻った。手帳を広げ、今しがた見送ったばかりの少年の誕生日を確認し、その日前後のスケジュールもあらためる。
「ちゃんと、返すわ」
 ――こんな素敵なペンダントに、お返しが、筑前煮だなんて。
 笑みを浮かべて、彼女は手帳に、予定を書き込んだ。


「ああ」
 冬の風の中立ち止まり、タッパーを睨んで、啓斗は顔をしかめた。
「言い忘れた……馬鹿だな、俺」
 すっかり遅れてしまったけれど、
 メリークリスマスと、
 言おうと思っていたのに。




<了>
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2004年12月28日

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