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『□■□■ Babish Junkey ---可愛いひと--- ■□■□ 』
緑川・勇0410


 子供の世話なんてしたことは殆ど無いと言って良い。十年前の高校生時代、近所の子供の面倒をやむなく少しばかり見たことがあったような気はするが、殆ど記憶は無いに等しいし、大体子供は――嫌いじゃないんだが、苦手だ。言葉は通じないから言うことも聞かないし、常識を学んでいる真っ最中だから考え付かないような行動を取ってくる。
 そう、出来ればあまり関わりあいたくない、そんな宇宙人みたいな恐ろしい存在には。
 だが、そう、旧世紀から言われ続けている有名な言葉があるように、俺はそういう性格なのだった。

「お願いね勇ちゃん、お婆ちゃんいきなり体調崩しちゃって、一日だけで良いから、ごめんね、ほんとに」
「大丈夫ですよ、気をつけて下さいね。いってらっしゃい」
「うん、じゃ、いい子にしてるのよー?」
「ぁーぅ、だぁっ」

 NOと言えない日本人。

 近所のおばさんの母親が、田舎で体調を崩してしまったらしい。おばさんにはまだ小さな子供がいて(晩婚だったらしい)、連れて行っても世話が大変だし、置いていこうにも小さすぎるしと途方に暮れていた。そこで丁度回覧板の補足チラシを届けに来た俺が捕まえられて、どうにか頼むと言われてしまった――と言うのが、ベストな現状の説明なんだろう。
 まあ週末で学校も休みだし、課題もこれといって出ていない。部活動にはまだ所属していないし、ゲーセンにも昨日行ってきたばかりだから、用事も無くて――つまり、断る理由が見付からなくて。
 嘘を吐いて回避するという手もあったんだろうが、俺はあまりそういうものは好まない。だから断れなくて、気付いたら、おばさんの家で子供を抱えておりました。

「……損な性分だよなぁあぁ……」

 はぁあぁあッと溜息を吐いて、俺は腕の中の子供を見た。ぬいぐるみに話しかけるよりはまだ孤独じゃないだろうが、こっちの言うことに対して何も切り返しをしてくれないという点では同じかもしれない。まるまるしていてまだ身体中柔らかくふわふわしている。昨今の子供は細身で小さいのが多いけれど、この子はぷっくりしていて、中々に健康そうだった。確か一歳と少しぐらいって言ってたっけな。子供ってどのぐらいでおしめとか乳離れとかするんだろう、よく判らないから、俺は取り敢えず抱っこしたままにぽんぽんと背中を叩く。
 子供の体温ってのは高いもんだな、ぼんやり俺はその子を見下ろす。どきどき言ってる心臓の音が身体中に伝わって、生身を嫌と言うほどに知らせる。少し硬い皮膚、全部が作り物の俺とは、まったく、違う――何もかもが、違う。

 何かが恋しいわけじゃないけれど、少し羨ましかった。
 ぼんやり見詰めている俺の視線が嫌だったのか、ひくっとしゃくり上げる声。
 やばい、と思ったときには、もう泣き声が響いていた。

「ッぅわたっ、な、何だ何だ、おいぃ!?」
「っく、んにゃあぁあ、えぇえええぇッ!!」
「おしめ? ご飯? え、えっと!?」

 つーかちょっと待て、おしめってどうやって変えるんだ? そして、汚物の方はどこに捨てれば? そもそも離乳食ってどうやって食わせるんだ? あああ、しまった俺ってば思いっきり子守り初心者じゃねぇかよ!! おばちゃん、せめてマニュアルを用意してくれ!! まだミルク飲ませるほうが簡単じゃないか、いや哺乳瓶の除菌の手順とか一切判んねぇけどよ!?
 いや、そもそもこの服はどうやって脱がせるんだ? なんでこんなにボタンが付いてるんだ? 何処を外せばどうなるんだ!? くそぅ、育児なんて今まで考えたこともねぇしテレビでもこんなの注意深く見たりしねぇよ! いじめかよ!!

 俺は半ばヤケになりながら服のボタンを外す、パイル地の柔らかいベビーウェアの下半身に集中しているボタンに指を引っ掛ける。ぺけぺけと暴れる足が腕を蹴るが、まあダメージなど無いに等しい。ああ、なるほど、こうするとおしめを変えやすいように下半身だけが脱げるっつー仕組みなのな……ってしまった、代えのおしめは何処だ、用意してねぇ!!
 視線を巡らせれば、パステルカラーのラックが目に入る。よし、アレの中――って、間違った、おもちゃかよ!! 一歳の子供に教養セットは無理だろ!! 学歴社会なんか知ったことか!!

「と、どこだ、おしめ、おしめッ」
「えぇえー、ぃっく、あぁあぁあぁぁんッ!」
「待て、今行くからヤケになるな!」
「ふにゃあぁああぁあぁぁあ!!」
「しばし待て、うぇいとあみにっつー!!」

 よっしゃあぁ発見!!
 俺はやっと発掘したおしめを持ってじたばた暴れる子供の元に戻る、脱がしかけだったおしめを外す。ああ、完全に下着型なのは便利だなぁ。ずるりと指を引っ掛ければすぐに、って。

「……汚れてない」
「うあぁあぁぁああんっ」
「って事はメシかよ!! 言えよそういうことは!!」

 言えません(天からの突っ込み)

 くそぅ、自分の言葉に自分で突っ込みを入れる俺は一体何なんだ。見付けたおぶ紐で子供を背中に括り付け、時々軽く揺さ振りながら今度は台所をひっかき回す。鍋、ボゥル、えぇいここは調理器具か!! こっちか!? 違う、食器だ! 食糧はどこだ、冷蔵庫!? 離乳食って冷蔵するのか!? まさか冷凍!? マグロ発見、リッチだな!!
 人の家と言うのは勝手が判らないと異世界のようだ、はっはっは、聖獣は何処ですか? それは昔やったRPGだ、帰って来い俺の頭。耳元で泣き叫ぶ声が聞こえるだろうが、頭が割れそうだ、むしろ神経が割れそうだ。暑い夜だ。寒い夜かもしれない。えぇい、混乱している場合じゃない!!

 やっと見付けたそれは、湯煎に掛けて暖めるリゾットだった。ううむ、昨今の離乳食ってのはリッチだな……つーかリゾットってお粥とどう違うんだか判らんがな。えーと、鍋、鍋はさっき見たような、何処だったっけ……

「んにゃあぁあぁぁ、ああああああんッ!」
「ああもう、謝るからもうちょっと待ってくれ、なぁあ!!」
「びぃいぃぃいぃぃぃぃぃっ!!」

 ああもう、
 泣きたいのは俺ですが……!?

「ッて、何で吐く!?」
「え、えぇっく、うぇえぇっ」
「あ、そーいや子供はうまくゲップが出来ないから吐くとか……えーと、背中か? よしよし……」
「け、けほっ」
「ッうを、くちゃいぞ、こらっ?」
「あー、あうーっ」

「お、今度こそおしめだったな? うーむ、これは大丈夫なのか……色が変だぞ」
「あー、あーあー」
「はいはい、ちょっと待ってなー? ……はーい、きれいきれいー」
「あーぃ、はぃ」
「気持ち良いなー、良かったなー」

「ほいほい、うささんですよー、遊んで遊んで?」
「きゃきゃ、あい、あいー」
「いたた、耳を引っ張らないで! 泣いちゃうの!」
「うー? あいあいー」
「いい子してくれないと、うささん泣いちゃうのよ?」
「あぃ、きゃー」

「おー、やっと寝てくれたー」

 ベビーベッドですやすやと寝ている子供の肩をぽむぽむっと二度叩いて、俺は小さく溜息を吐いた。
 おばちゃん、すごいな……こんな怪獣の相手をしながら掃除洗濯旦那の世話までして、挙句ご近所の奥さんと世間話をする余裕があるなんて。俺は一日、と言うか半日でぐったりだ。
 まあ、可愛いんだけれど。ぷにゅ、と下膨れの頬っぺたを突付くと、ちゅぅっと指を吸われる。だけど硬いそれがお気に召さないのか、ぷは、と吐き出されてしまった。サイバーの骨格は大部分人間と同じだけど、手足の末端で複雑な動きをするところは結構ぎっしり詰まってるからな。ああもう、それでも可愛い。小さな手に指を乗せれば、ぎゅぅっと握ってくれる。

 俺ももう二十七、今年で二十八だ。去年の年賀状には、昔の同級生や道場の門下生が家族の写真のついたものを送って来ていたっけ。順当に行けば結婚して、子供の一人や二人いてもおかしくない年頃なんだろう、きっと。

 だけど現状、俺は十四歳の女の子で。
 更に十六歳として、高校生をしていて。

 あのサイバー医によれば、この身体に妊娠・出産機能はないらしい。まあ当たり前だ、ああいうのは元の身体の組織を移植して可能にするものなんだから。女性ならオールでも出来るだろうが、男から女にされた俺には、元よりそんな機能は無い。だから、子供なんて一生作れない。
 自分の子供。血を分けた子供。ぎゅぅっと抱き締めて、頼って、遊んで、色々なことが出来ただろう。男の子だったら、稽古をつけてやったり、遊んでやったり。女の子だったら、可愛い服を着せたり、一緒に出掛けたり。奥さんと一緒に楽しい家族を――する未来が、きっと、俺にはあったのに。それはもう、過去形でしかない。

 特別憧れていたわけじゃないけれど、無理だと言われると、
 案外ダメージ受けるもんだな――

「あー」
「ん?」
「あー、あーぃ」

 にこ、と浮かべられた笑顔。
 俺の指を握って、笑う。
 俺も、笑う。
 こしょこしょ、擽ってやればきゃきゃっと声が漏れた。
 可愛い。
 とても、可愛い。

「ただいまー、勇ちゃーん?」
「あ。お帰りなさい、早かったですね?」
「んん、ただぎっくり腰になっただけだって、まったく人騒がせよねー! はーい、ママ帰ったよぅ、ただいまー?」

 抱き上げられて子供が笑う。その笑顔は同じはずなのに。
 やっぱり、敵わない気がした。
 そして、叶わない気がした。
 それが少しだけ淋しくて、寂しくて、だけど。

「それじゃあね、赤ちゃん」
「あーぃ!」
「また、様子見に来ても良いですか?」
「うんうん、お願いするよ、ありがとね。後で何かお礼持っていくから」
「もう貰いましたよー、ねー?」
「あい、あーいっ」



 やっぱり、心が暖かい気がした。


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哉色戯琴 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年12月27日

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