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『「あのひと」に、勝ちたい 』
風野・時音1219)&加地・葉霧(1376)
 初めて二人が出会ってから、もうどれくらい経ったのだろう。

 すでにIO2もなく、未来世界を崩壊させたとされる魔も、結束を取り戻しつつある人々の前に敗れ去り、もはや脅威ではなくなりつつある。
 未来に起こるはずだった危機が回避され、平和が訪れるであろうことは、ほぼ間違いなかった。

 しかし、その影に時音の活躍があったことを知るものは少ない。

 それどころか、時音は――。



 

「確かに、キミのおかげで救われた人々がいることを、我々は否定しない」

 裁判長の席に座った人物が、被告席の時音を見つめながら淡々と手元の文書を読み上げる。
 確か、加地葉霧という男で、時音の上司だったはずだ。

 時音の上司であれば、彼の苦労を、彼の苦しみを理解してくれているだろう。
 そう思っていた。少なくとも、次の言葉を耳にするまでは。

「だが、キミがよりよい解決策を模索する努力を怠り、もっとも乱暴な手段で事態の解決を図ったことは、決してほめられたことではない」

 一瞬、自分の耳を疑った。

 時音が戦っていたのがどういう状況下であったか、彼が知らないはずがない。
 だとしたら、「よりよい解決策」などというものがあったかどうか、また、そのようなものを模索するだけの時間の余裕があったかどうか、そのくらいわかるはずだろうに。

 そんな歌姫の思いも知らず、加地はさらにこう続けた。

「そして何より、キミはあまりにも多くの人を殺しすぎ、あまりにも多くの人の恨みを買いすぎた」

 確かに、時音が多くの人を殺したことは事実だし、多くの人に恨まれていることも間違いない。
 とはいえ、それには全てちゃんとした理由がある。
 そのことを一番知っているのは、時音本人と歌姫を除けば、他ならぬ加地のはずではないか。
 その彼が、なぜそうした説明を一切せずに、時音の罪を責めているのだろう?

「このような決断を下さざるを得ないことは我々としても非常に残念だが、キミを裁かずして、今後の秩序の維持は望むべくもない」

 彼は何を言っているのだろう?
 それでは、まるで時音一人が悪いようではないか。
 時音が一人で罪をかぶらなければならないようではないか。

 なぜ、皆黙っているのだろう?
 時音の仲間も、ここには何人もいるはずなのに。
 時音の事情を知っているのは、自分だけではないはずなのに。

 それとも……まさか?

「被告、風野時音を戦争犯罪人として死刑に処す。以上」





 ……え?

 今……何と?

 死刑?

 誰が?

 まさか?





 呆然と見つめる歌姫の前で、時音が引き立てられていく。

 と、時音が不意に歌姫の方を振り向いて、こう言った。
「僕は、何も後悔していない」

 これが?
 これが時音の望んだ結末だと?

 仲間に裏切られ、全ての罪を背負わされ、処刑されるとしても?

「僕と、姉さんの望んだ世界は実現した。
 そのことを、姉さんも、少しは喜んでくれると思う」

 まただ。

 時音にとって、本当に大切なひとなのはわかっているつもりだ。
 しかし、そうだとしても、彼はそれに縛られすぎている気がしないこともない。

「それに、歌姫さんがずっとそばにいてくれたし、その歌姫さんを、僕は何とか守り抜けた」

 まただ。

 時音は、いつもこうだ。
 姉のこと、歌姫のこと、あるいは他の誰かのこと。
 そればかりで、自分のことは、これっぽっちも考えてなんかいない。

「それだけで、僕は満足だよ」

 まただ。

 自分のことなんか、これっぽっちも考えていないくせに。
 こういうときは、自分のことしか考えない。

 時音は、これで満足かも知れない。
 でも、残された者の気持ちは……?

(私は、こんなの認めない! 満足なんかできない!!)
 声にならない声で、歌姫はそう叫んだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 気がつくと、歌姫は時音の部屋にいた。
 隣には、二人で出かけたあの日以来、ずっと眠り続けたままの時音がいる。

 どうやら、全ては夢だったらしい。
 ただの夢にしてはあまりにもリアルすぎたが、少なくとも、今現実に起こっていることではなかった。
 そのことを確認して、歌姫はほっと胸をなで下ろした。





 加地が二人を訪ねてきたのは、ちょうどその直後だった。
「やあ、歌姫クン。時音クンはまだ眠ったままかい?」
 その問いに、歌姫は首を縦に振って、そのままドアを閉めた。
 あんな夢を見た直後に、彼と顔を合わせたくはなかったのだ。

 ところが、加地は帰ろうとはしなかった。
「いや、今日はキミに話があってきたんだ。頼むからドアを開けてくれないか?」
 毎度毎度、実に間の悪い男である。
 とはいえ、「悪い夢を見た」というだけの理由で、時音の上司である彼を追い返すわけにもいくまい。
 歌姫が渋々ドアを開けると、加地は少し困ったような笑いを浮かべてこう言った。
「時音クンのことが心配なのはわかるが、あまりカリカリしすぎないほうがいい」





 加地の用件というのは、一言で言えば歌姫への協力要請だった。
「……というわけで、歌姫クンには異常結界排除装置の開発に協力してもらいたいんだけど、構わないね?」
 はなから歌姫が引き受けることを前提にしているような話し方がやや気になるが、異常結界排除装置が完成すれば時音にとってもプラスになることを考えれば、特に断る理由はない。
 それでも、歌姫はすぐに首を縦に振る気にはなれなかった。
 先ほどの夢が、まだ引っかかっていたのである。

 あまりにもリアルすぎた、あの夢。
 もしかしたら、あれは「起こりうる未来」の夢だったのではないだろうか?

 だとすれば。
 この人は……加地は、時音を切り捨てるつもりでいるのだろうか?

「どうしたんだい? 何か引っかかることがあるなら、遠慮なく言ってくれないかな」
 歌姫の気持ちを知ってか知らずか、加地がそんな言葉を口にする。

 加地もそう言っていることだし、こんな疑念は早いうちに解消しておくにこしたことはないだろう。
 そう考えて、歌姫は単刀直入に加地に尋ねてみることにした。

 当然、笑って否定してくれることを期待して。

 けれども、返ってきたのは否定の言葉ではなかった。
「なるほど。歌姫クンには未来予知能力もあるみたいだな」
 いつもと変わらぬ様子でそう答えると、加地はだめ押しとばかりにはっきりとこう言い切った。
「確かに、僕は全てが終われば時音を殺すことも考えている」





 気がつくと、歌姫は平手で加地の頬を張っていた。

 加地に対する怒りはもちろんあった。
 だが、それ以上に、悲しかった。

 時音は彼を信用しているのではないのか?
 仲間として、上司として認めているのではないのか?

 それなのに、加地は、時音を捨て駒としか見ていなかったのか。
 これでは、あまりに時音がかわいそうすぎる。

「キミの怒りはもっともだ。だが、まずは僕の話を聞いてくれないか?」

 言い訳なら、聞きたくない。
 しかし、ここでつまらない言い逃れをするような人間なら、はなから時音を殺そうとしているなどと認めたりはしないだろう。
 だとすれば、これから彼が語ろうとしているのは、おそらく彼の真意。
 あまり聞きたい話ではなかったが、聞かずにすませられる話でもない。
 歌姫が了承の意を示すと、加地はいつになく真剣な顔で話し始めた。





「人間と異能者の対立。
 僕らの来た世界の情勢について、時音はきっとそう知らせていると思う。

 でも、実際には、そんなに単純なものじゃない。
 心霊兵器利権から異能者狩りを始めた旧IO2陣営と、自衛組織だったはずがいつのまにか民族主義化した異能者陣営。
 どちらも確かに戦力的には強大だが、それらの組織に属しているのは全人口のほんの一部に過ぎない。
 大多数の人々は、そのどちらにも属さない難民や中立組織だ」

 いつだって力を持つ者は少数で、その少数だけが歴史の表舞台に名を残す。
 そのくらいのことは、わざわざ説明されなくてもわかっている。
 それよりも、そのことと、時音と、どういう関係があるのか。

 そう考えていたのが、どうやら顔に出てしまったらしい。
 加地は「焦らないで」とばかりに手で歌姫を制して、こう続けた。

「戦争を終結させるためには、その難民や中立組織をなんとかして一つにまとめる必要がある。
 そのために必要なのは、共通の目的――あるいは、共通の敵の存在だ」

 共通の敵。
 それが、時音を殺す理由だというのだろうか?
 時音を共通の敵に仕立て上げることで皆をまとめ、それが済んだところで敵である時音を殺す、と?

「時音は多くの人を殺しすぎる。
 いかなる理由があれ、誰かを殺せば誰かに恨まれるんだ。
 殺した誰かも、きっと他の誰かにとっては大切な人なんだから」

 それは、実際そうかもしれない。
 そのことを考えれば、時音が憎まれ役に「適役」であることも、認めたくはないが、理解できる。
 とはいえ、そのことと、実際に時音を憎まれ役に仕立て上げることとは別問題である。
 甘い考えかもしれないが、時音の真意を伝えれば、きっとわかってくれる人はいるはずなのだから。

「もちろん、時音だってそれがわからないほどバカじゃない。
 恐らく彼は全て気づいている。気づいた上で、それを続けている」

 気づいている?
 確かに、時音は自分が憎まれていることも、その理由も、全て知っている。
 しかし、まさか加地が自分を切り捨てようとしていることまで気づいてなどいないだろう。

 そもそも、彼が憎まれるのは、誤解と無理解によるところが大きいはずだ。
 そういった問題を解決しようともせず、切り捨てた方がメリットが大きいからというだけの理由で、時音を処断しようというのか?

「その結果は……わかるね?」

 その結果とは、何の結果だ。
 時音が今のまま戦い続け、それを誰もフォローしなかった場合の結果のことか。
 加地たちにとって都合のいい結果のことか。

 ならば、その結果は、わかる。
 そこに至る理由も、わかる。

 だが、わかりはしても、許せないし、認められない。絶対に。





 もういい。
 もうこれ以上聞きたくない。

 歌姫が、まさに席を立とうとした、その時。

「できるなら……彼を止めてやってくれ」
 ぽつりと、加地がそう呟いた。

 予想外の言葉だった。
 すべて、加地が仕組んだことなのではないのか?
 時音を利用して、中立組織をまとめようという企みだったのではないのか?

「僕には彼を止められない。
 そして、他の仲間の誰にも。
 僕たちにできることは、時音が行きつくところまで行ってしまったときに、せめて彼の死を意味のあるものにしてやることだけなんだ」

 うつむいたままの加地の拳は、かすかに震えていた。
 悔しいのだろう。こんなことしかできない自分が。
 本当は、彼も時音を救いたいのだから。

 いつも飄々としてとらえどころのない加地が、かすかに覗かせた思いのかけら。
 それが彼の本心であることが、歌姫にはすぐにわかった。





 しばしの沈黙の後。

 一つ大きく息をついて、加地がゆっくりと顔を上げた。
 その表情は、すでにいつもの加地に戻っている。
「本当は今日のうちに返事をもらいたかったんだけど、それどころじゃなくなってしまったな。
 またそのうち顔を出すから、それまで考えておいてくれ」
 それだけ言うと、彼は来たときと同じようにさっさと部屋を出て行ってしまった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 時音が目を覚ましたのは、それからさらに数日後の夕刻だった。

「歌姫さん……よかった、無事で」
 開口一番、時音は歌姫にそう言った。
 自分がずっと生死の境をさまよっていたというのに、目が覚めると、もう他人のことを考えている。
 心配してくれるのは嬉しいけれど、もう少し、自分のことも考えてほしい。
 他人を生かすことだけでなく、自分も生きることを、もっともっと考えてほしい。

「歌姫さん? どうしたの?」
 怪訝そうな顔をする時音の瞳に、歌姫はこう訴えかけた。

 私は、貴方の生きる理由になりたい。

「もう、なってるよ」
 微笑みながら、時音はそう答える。

 だが、違うのだ。
 歌姫が望んでいるのは、これまでのように時音の心の支えになることだけではない。

 時音に、「生きていたい」と思わせたい。
 それが自分のわがままなのはわかっている。
 それでも、自分をくさびにして、時音をこの世につなぎ止めておきたい。
 いつも死を見つめているその瞳で、自分だけを見つめてほしい。

 そして、時音の一番大事なひとになりたい。
 今生きているひとの中で一番ではなく、全てのひとのなかで一番になりたい。

 つまり――「あのひと」に、勝ちたい。

 頭で考えるよりも早く、歌姫の身体が時音を抱きしめようと動く。
 だが、いつもならしっかりと受け止めてくれるはずの時音が、今日は受け止めきれずに後ろに倒れ、結果的に歌姫が時音を押し倒したような格好になってしまった。

 そのままの体勢で、見つめ合う二人。

 やがて、どちらからともなく唇を――。





 と、その時。
「おやおや、こんな早い時間から大胆だねぇ」
 不意に聞こえてきた声に、歌姫は慌てて時音の上から飛び退いた。
「か、加地さんっ! ノックくらいして下さいっ!!」
 珍しく抗議の声を上げた時音の顔は、耳まで真っ赤になっている。
 ところが、加地はそんな時音の抗議などほとんど意に介さず、冷やかすように笑った。
「まあまあ。
 それより、やっぱりそうやって女の子にリードしてもらうのが『お姉さん萌え』の醍醐味なのかな?
 その辺りを、現役のお姉さんスキーである時音クンに是非一度聞いてみたいね〜」

 これでは、さっきまでのいい空気も台無しである。





 先日の件についてはともかく、この間の悪さと空気の読めなさだけは許せない。
 改めて、そう思う歌姫であった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

<<ライターより>>

 いつもご指名ありがとうございます。
 まずは、今回も遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
 中盤以降、少し歌姫さんが過激になってしまったような気もするのですが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
西東慶三 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年12月27日

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