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『首すじにMerry Christmas 』
藍原・和馬1533)&藤井・葛(1312)&藤井・蘭(2163)

「かずまにーさん、おそいの……」
 小さなオリヅルランは、すっかりしおれていた。いつもは無邪気に輝いている銀の双眸に、涙の粒がもりあがっている。
 テーブルの上には、赤と緑のキャンドルと、ふんだんに苺をあしらったデコレーションケーキ。その隣で出番を待っているのは、深緑色の和紙でラッピングしワインレッドのリボンを結んだ、この日のために用意したプレゼントだ。
 今日は蘭が待ちに待った12月24日である。街中がクリスマス仕様になってからというもの、毎日毎日カウントダウンして、やっと迎えることができたのだ。
 曇り続きの冷え込んだ空に、今日は雪が降るかなーとはしゃぎ、東京でクリスマスイブに雪が降る確率は低いと聞いてがっかりし、それでも葛をせかしたり手伝ったり、準備に余念がなかったというのに。
 約束は、去年と同じ夕方の6時だった。
 チャイムの音が響いたらすぐにドアを開けられるよう、蘭は玄関先で待機していた。
 ――だが。
 待ち望む『サンタ』はなかなか訪れなかった。
 6時を30分過ぎたあたりで、蘭は元気をなくしてしまった。甘い匂いが満ちる暖かな部屋の、壁掛け時計の短針は、そろそろ「8」を示そうとしている。
「サンタさんは今が稼ぎ時だからな。仕事が押してるんだろ? もうすぐ来るよ」
「……そう、なの? でも……」
 えっくえっくとしゃくりあげはじめた蘭をなだめながら、葛は別のことを考えていた。
 藍原和馬は、約束は破らない。何か事情があるから、遅くなっているだけだろう。だから、忘れているかもとか、来ないかも知れないという不安はない。それより心配なのは……。
(あのマフラー、もっと凝った編みにすれば良かったかな。アラン模様や市松模様みたいな。そりゃシンプルイズベストだけども、シンプルな編み方だと目が揃ってないのが目立つんだよね。うー、編み物なんてしたの、久しぶりだったからなー)
 ラッピングまでしておきながら、この期に及んで、自分のプレゼントの出来映えが気になりだしたのだ。
 もちろん和馬は、不揃いな編み目をどうこう言ったりはしないだろうけれど――しかしあからさまに手編みとわかるマフラーは、果たして男性にとって嬉しいものなのだろうか? 普段使いにするには、気恥ずかしさが勝りはしないか。せめてこれがもう少し既製品に近い仕上がりだったらば――
 葛は知らず知らずのうちに、厳しい表情になっていたらしい。
 涙いっぱいの目で葛を見上げた蘭は、いっそう哀しげな声を上げた。
「もちぬしさーん。怒っちゃだめなのー」
「……ん? そんな顔してたか?」
「ふぇ。かずまにーさんが来たら、『ひっさつわざ』かけそうなかおなのー。こわかったのー」
「……あのな」
 柔らかなハンドタオルで、涙に濡れた蘭の頬を拭いてやったとき。
 
 チャイムが、鳴った。

 ◆◇ ◆◇

「悪い子はいねがー!」
 本日の趣旨とはかけ離れた第一声と共に、和馬は勢いよく入ってきた。赤と白の衣装に長い髭、背には白いプレゼント袋を背負った、完璧なサンタクロースである。
 待ち望んだサンタを前に、蘭は気がゆるんだらしくぽかんとした。その頭をがしがしと、和馬の大きな手が撫でる。
「泣く子はいねがー?」
「ぼく、ないてないのー」
 慌てて手のひらで顔をこすった蘭は、まるで和馬が幻でもあるかのように、おずおずと手を伸ばした。腰をかがめた和馬の、ふかふかした付け髭に触ってから、ようやくこぼれるような笑顔になる。
 蘭ははずみをつけて、和馬の両足に抱きついた。
「まってましたなのー!」
「おわー? おい、膝の裏に手を回すな!」
 かっくん、と尻もちをつく前に、驚異的な敏捷さで和馬は白い袋を庇った。
「あっぶねー。特製チキンが台無しになるところだったぞ」
 袋から丁重に取りだした取っ手付きの箱を、テーブルに乗せる。箱にプリントされたしゃれたロゴに、葛は見覚えがあった。確か四谷にある、有名なホテルのものだ。
 取っ手を外して広げれば、ハーブと胡椒の香りが立ちこめる。
「わーい! チキンなのー! おいしそうなのー!」
 目を輝かせる蘭に、和馬は得意気に胸を張る。
「おウ。鹿児島県産の赤鶏クックロゼの骨付きもも肉だってよ。美味さはシェフの折り紙付きだが、まさか焼き上がりを待ってたら2時間経過しちまうとはな」
「……呆れた」
 取り皿を並べながら、葛がため息をつく。
「遅刻の原因は、チキンの焼き上がり待ちか」
 別に責めたつもりはなかったのに、和馬ははっとなって、テーブルに両手をついた。
「すまん。悪かった。待たせてごめんなさい。許してください」
「いや……。いいけどさ」
「おおー! クリスマスの魔法か? 葛が優しいぞ」
「いつもどおりだけど」
 大げさに驚く和馬に、葛は苦笑する。蘭はと言えば、一気に豪勢になったテーブルを見て、小動物のようにおろおろしていた。
「どうしよー。どうしよー」
「何がどうした、蘭?」
「ケーキが先かな。チキンが先かな。それともプレゼント?」
「あーよしよし。ちょっと落ち着こうな」
 ぱたぱた動き回っていた蘭を強引に座らせてから、和馬は袋から別のものを取りだした。特にラッピングされていないそれを、ぽんと蘭の膝に乗せる。
「ほい。メリークリスマス」
「……わぁ!」
 蘭は大きな瞳をさらに見張った。蘭の鼻先には、うさぎのぬいぐるみがあったのである。丹念なパッチワークで縫い上げられたうさぎは、砂糖菓子のような淡い色合いだった。
「……すべすべなのー」
 うさぎを撫でて蘭は歓声を上げる。ぬいぐるみは、最近蘭が大好きになったビロードの手触りだった。
「気に入ったか? 素材はベビーベルベットだそうだ」
「ち、ちょっと」
 サンタ服の袖を引っ張り、葛は和馬の耳に口を寄せる。
「あれ、どこで買った?」
「あ? チキンを待ってる間に、ホテルの売店でだが」
「『売店』ってブランドショップだろ? ものすごく高かったんじゃ?」
「クリスマスに野暮は言いっこなしだぜ、葛サン。蘭にはホントは何か手作りのものって思ったんだが、いかんせん俺にぬいぐるみは作れねェし。あれで勘弁な」
「いつか各種ぬいぐるみで動物園ができそ……いや、何でもない。喜んでるからいいか」
「心配しなくても、葛サンにもちゃんとプレゼントがあるって」
 茶化されて、葛は少しむっとした。
「そんな催促、してないだろ?」
「うわ。ごめんなさいすみません。怒らないでくれェ」
「もちぬしさんー。『ひっさつわざ』はだめー。かずまにーさん、しんじゃうのー」
「ああもう。チキンが冷めるよ。せっかく焼きたてなんだから、さくさく食べよう」
「はいなのー! チキンが先なのー」
 3人のクリスマスパーティは、2時間遅れで始まった。オリヅルランの少年は灯されたキャンドルを見つめ、燦々とした陽光を浴びてでもいるかのような快活さを取り戻した。

 ◆◇ ◆◇

 チキンは文句なく美味しく、ケーキの味もまずまずだった。
 ケーキが『まずまず』なのは、葛と助手の蘭が、スポンジから焼いてデコレーションしたからで……メレンゲの泡立てが甘かったか材料を混ぜるときに練ってしまったせいか、スポンジはあまり膨らまず、デコレーション用の生クリームも、砂糖の分量が多かったせいで激甘になってしまった。
 救いは、乗せた苺の品質が良かったことくらいであろうか。
「いや、うまい。ホントうまいよ、この苺! 葛も蘭も天才! よっ、このパティシエ!」
 苺ばかりを褒められて葛は複雑だったが、蘭は大喜びだった。生クリームの上に苺をあしらう作業は、蘭の担当だったのである。
「さてと」
 あらかた食べ終わったところで、和馬は正座し、こほんと咳払いをした。
「良かったら、これからドライブに行きませんかい? おふたりさん」
「……何も正座して言わなくても。車で来たんだっけ。ドライブってどこへ?」
「やー。世間様はイブのようだし、東京中どこでも、い、イルミネーションとか、綺麗なんじゃないかなって」
 口ごもった和馬に、蘭が目をきらきらさせて叫ぶ。
「とうきょうタワーがいいの!」
「東京タワー?」
「東京タワーだって?」
 同時に言ってから、和馬と葛は顔を見合わせる。
「パパさんが言ってたの! とうきょうタワーのクリスマスイルミネーションは、そうすうろくまんごせんこの、ひかりのファンタジーなの。とないさいだいきゅうの15メートルのモミの木もあるの。とうきょうのふゆをかれいにいろどるビッグイべントなの」
「……おまえ、意味わかって言ってンのか?」
 胡乱な顔の和馬に、蘭はなおも勢い込む。
「あとね、あとね。ことしはツリーのまわりに『こいびとたちのひかりのベンチ』があるの! かずまにーさん!」
「は、はい?」
「いつものふくに、きがえるなの!」
「そりゃ、サンタの格好でドライブってわけにもな。コレ脱げば、いつものスーツだったりするが」
「もちぬしさんも!」
「な、何?」
「パパさんがかってくれた、白いドレスをきるなの」
「なんで?」
「そしたら、かずまにーさんは黒いふくで、もちぬしさんは白いドレスで」
 えへへ、と蘭は幸せそうに笑う。

「『おにあい』なの」

 ◆◇ ◆◇

『恋人たちの光のベンチ』に釣られたわけではなかったが。
 後部座席にダイブした蘭に促され、助手席に葛を乗せて、和馬は車を走らせた。
 白いパーティドレスに着替え、同色のコートを羽織った葛にどぎまぎしながら。
「うーん。やだなあ。何か胸元がすーすーする」
 要所にレースをあしらった白いドレスは、襟ぐりが大きく開いていた。ウエディングドレスを連想させるようなその服を、娘を溺愛している父親がよくぞ贈ったものだと思うが、葛曰く「結婚なんかしてほしくない。だけどウエディングドレス姿は見たいんだ! うぉぉぉ!」という矛盾した主張のもと、買ってくれたのだそうである。
 車に乗る前、和馬は袋の底から取りだした小さな包みを、そっとポケットに忍ばせた。むろん、ドライブの途中で渡すためである。
 葛も何やら大きな包みを後部座席に運び込んでいた。どうやら和馬へのプレゼントらしい。包みの横に座った蘭は、和馬が後ろを振り返るたびに、「だめなのー。まだないしょなの」と、むきになって繰り返していたが。
 東京タワーが見えてくるなり、蘭は身を乗り出した。
「すごい! すごいの! きれいなの!」
 ライトアップされた東京タワーは、空に浮かぶ巨大なキャンドルをイメージしているようだ。
 展望台を燭台に、大展望台から特別展望台までを蝋燭に、特別展望台からアンテナの頂上までを炎に見立てている。
 車を止めて足を踏み入れれば、光の洪水が3人を迎える。輝く粒で構成されたリトル東京タワーやトナカイや山小屋に驚きの声を上げ、さっそく蘭は走り出す。
 あっちの光のリボンに気を取られ、こっちのソリに見いりながらしばらくきょろきょろしていたが、やっと目的の場所を見つけたらしい。少し遅れ、並んで歩いていた和馬と葛に大きく手を振る。
「ここだぁー! ここなのー!」
 都内最大級だというモミの木のまわりには、なるほど、ベンチが置いてある。光の競演の只中で恋人たちが夜空を見上げるには絶好のスポットだ。
 しかし……。何といっても今日はイブである。似たようなことを考えているカップルは数多い。
 しかもそこは記念写真を撮るにも適している。ベンチに近づいた和馬は他のカップルから声を掛けられる羽目になった。
「すみませーん。シャッター押してくださいますぅ?」
「あ、あァ。いいっすよ」
「東京タワーのてっぺんまで、入れてくださいねー」
「そしたら、もっと右かな。はい、ぐっと寄り添って。撮りますよ、チーズ!」
 何でも屋のサービス精神で、乞われるままに何枚かの写真を撮った。カップルは礼を言ってから、様子を見ていた葛に気づいた。
「ごめんなさい、彼女さん。彼氏をこき使っちゃった」
「……いえ。おかまいなく」
 彼女扱いされて葛は微妙だが、和馬はすっかり舞い上がった。
「やー。まいったなー。他のひとからは恋人同士に見えるんだなー」
「……こんな日にこんなところへ、男女で来てればね」
 葛の返事はそっけない。宙に浮いていた和馬は、すぐに空しく着地した。
 
 和馬と葛が手間取っている間、蘭はずっとひとりでベンチに座っていた。しばらくはイルミネーションを見回していたのだが、やがて睡魔に襲われたらしい。
 ふたりが蘭のいるベンチに到達したときにはもう、少年はこてんと横になり、すやすやと寝息を立てていた。
「蘭……? 蘭ってば」
「うわー。よく眠れるなァ、こんなところで」
「朝からずっと張り切ってたから、疲れたんだよ」
「よし。来たばっかだが、帰るとするか」
 和馬はよいせ、と蘭をベンチから抱え上げ、車に運ぶ。
 後部座席に横たえれば、「ん……。くまさんたち。たすけてあげるなの」などと寝言を呟いている。何やら壮大かつファンタジックな冒険の世界にいるようだ。
 今、何時だろうと腕時計を見れば、長針と短針は「12」の文字盤の上でぴたりと重なっている。
 午前零時。魔法の解ける時間。

 イルミネーションが、一斉に消えた。

「そう、か。点灯時間は24時までなんだ。パーティ開始がずれこんだから、時間の経つのが早いね」
「ご、ごめん」
「だから、責めてるわけじゃないって」
 和馬は運転席に、葛は助手席に戻る。イブは終わり、今日は降誕祭だ。
 真っ暗な車内で、和馬は無言でプレゼントの包みを解いた。ケースの蓋をはじくように開ければ、硬質な石の輝きが現れる。暗闇の中でも燦然と輝く、インペリアル・グリーンの宝石が。
 葛の息づかいを頼りに胸元の位置を確かめ、銀の鎖を首に回し、金具を止める。その細い首すじに手を触れぬよう、慎重に。
「……!」
 胸元にひやりと落ちた何かに、葛は息を呑んだ。徐々に闇に目が慣れ、そして……。
「ネックレス……」
「えー。あー。なんつーの、たまたま安く買ったんだ、うん」
 照れを隠せず、和馬は頭を掻く。もっと気の利いたことを言っても構わない夜だというのに。
 涙の形をした翠の石は、白いドレスに良く映える。決して『たまたま』買ったのではない宝石だということは、この色を見ればよくわかる。
 葛も後部座席から大きな包みを引き寄せて、リボンをほどいてみせる。緑とワインレッドのラッピングの中にあったのは、同じ色合いで縫われたビロードのクッションと、そして。
 ――ふわり。
 和馬の首を、柔らかで暖かな感触が包む。それは鈍色の――手編みのマフラーだった。
「こっこれ。おおおまえが編んだのかっ?」
「うん」
「ど、どうやって?」
「手でだよ! 足で編めるか――なんつーか、やっぱり、去年のお返しっていうか」
 しばし、沈黙が流れる。
 ――やがて。

「――ありがとう」

 それはどちらが、最初に発した言葉だったか。
 今宵、鈍色の曇り空から、奇跡の雪が降るのかどうかは――まだわからない。

 
 ――Fin.
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年12月24日

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