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『Too Ra Loo Ra Loo Ral. 』
セレスティ・カーニンガム1883)&ヴィヴィアン・マッカラン(1402)

 この門は、世界と世界の境界線。門の先に、たった一歩足を踏み入れただけで、さながら、イギリス童話の世界の迷い子になってしまう。
 アスファルトの代わりに、色とりどりの石畳。杖の先から伝わって来る感覚が、妙に懐かしさを感じさせてきてやまなかった。
 ほのかに香る花々が、まるで自分をこの先へと、誘ってくれているかのようでもあった。風に乗って遠くから流れてくる小さな噴水の水音が、こっそりと青年の耳に、囁きを残して消える。
 ――ほら、セレスティ様。ゆっくり、でも是非、お急ぎになって。この先で、このお屋敷のご主人様があなた様のことを、待っていらっしゃりますから。
 その声音に応えて歩みを進めると、やがてすぐに、特別に青年の――この家のもう一人の主人でもある、セレスティ・カーニンガムの耳をくすぐる響きがあった。
 Too Ra Loo Ra Loo Ral, Too Ra Loo Ra Li...
 とぅらるら、と、風の流れに、甘やかな歌声が溶け込んでいる。
 その声音は、明らかに、少し先のティーテーブルに腰掛けている、この家の女主人、ヴィヴィアン・マッカランのものであった。
 どうやらその膝の上では、いつの間にこの家に住み着いたのか、小さな子猫が一匹、眠りについているようであった。
 セレスは優しい笑みを浮かべると、そっと誰よりも愛しい彼女の名を呼んだ。
「ヴィヴィ」
「……セレ様っ!」
 辛うじて立ち上がることを押し留めた女性が、愛しい人の登場に、驚きと喜びの声をあげる。
「こんにちは、ヴィヴィ。確か今日は講義が無いと聞いていましたから、時間ができたので、つい来てしまいました」
 ケーキの入った小箱を掲げ、くすり、と微笑んだ。
 ヴィヴィの予定については、彼女に直接問わなくとも、大体の憶測はつく。いつ講義があるだとか、休講になっただとか、多弁な彼女の話の中には、沢山の、セレスへのメッセージが込められている。その一つ一つを、セレスは決して聞き逃さずにいるのだから。
「こんにちは、セレ様。あ、座ってくださいっ、お疲れでしょうしっ」
「ではお言葉に甘えて、ヴィヴィの向かいに、お邪魔致しますよ」
「あ、でもその前に、あたし、お茶を淹れて来ますね!」
 ごめんねぇ……と膝の上から子猫を抱き上げると、早速ヴィヴィは立ち上がった。そのまま、両手を差し出したセレスへと、子猫を預けようとして、
「でも、セレ様、足は――、」
「こんなに小さい猫さんでしたら、平気ですよ」
 セレスの膝の上に降ろされた子猫は、早速その、暖かな膝の上でまるくなる。
 ……不意に、ヴィヴィの視線が、きょとん、と、その子猫の上で留まっていた。
 彼女の様子に気付いたセレスが、子猫を撫でる手を止める。
「どうか、なさいましたか? やはり私がお茶を……」
「いいえっ! ち、違いますぅ……!」
 ヴィヴィは慌てて否定すると、
「ちょっと、羨ましいしぃ……って、思っただけですぅ!」
 セレ様は、とってもお優しい方だからぁ……、んもうっ! あたしったら、一々、しかも猫にまでヤキモチしなくたっていいに決まってるのにっ!
 知らず零れ落ちた正直な言葉に咄嗟に口を押さえつつも、むくれる顔は見せまいと、すぐにくるりと踵を返した。そのままぱたぱたと、玄関の方へと駆けて行く。
 あっという間に遠くなった彼女の香りが、ほのかにその場に残されていた。
 静かな時間が、訪れる。
「Too Ra Loo Ra Loo Ral――やっぱり私には、ヴィヴィのように上手には、歌えませんね」
 子守歌の拍子に合わせ、セレスは子猫の背を指先で軽く叩いた。
 愛しい人の帰りを心待ちにしながら、セレスはそっと、その時間に身を委ねていた。
 Too Ra Loo Ra Loo Ral.
 そういえば、あの日の――お互いのぬくもりが暖かかったハロウィーンの夜にも、彼女が歌ってくれた子守歌を、思い返しながら。


 ご馳走様でした、ヴィヴィ。とても、懐かしい気分になりましたよ――本当に、美味しかったです。
 ハロウィーン。
 休日でもあったその前日の約束によって、ヴィヴィを自分の屋敷へと招待し、心行くまで彼女の料理を堪能したセレスは、食後に二人で紅茶を嗜んだ後、彼女の手をとっていた。
 ご案内したい所があるんです。
 そう耳元で囁いて、楽しそうに笑った彼女を連れて、玄関を出る。
 黄昏色に染まった歩道を歩きながら、二人並んで会話を交わした。
 ――でもセレ様、歩いていくだなんて、そんなに近い所に行くんですかぁ? 車椅子でしたらぁ、あたし、押しますのに……?
 ――いいえ、大丈夫ですよ、ヴィヴィ。すぐに、着きますから。
 着かないと、後で私が困ってしまいますしね。
 言葉の後半は、まだ、自分の胸の内にしまいこんでおく。
 この先には、今は彼女には知られてはならない、大きな秘密があるのだ。その秘密への道を辿るのは、自分ではなく彼女でなくてはならないのだから。
 それまではヴィヴィ、キミには、この先のことは秘密にしておきましょう。
 微笑むセレスの横で、ヴィヴィは、彼の腕にきゅっと自分の腕を絡ませ、それだけでも幸せな二人の時間をじっくりと感じていた。
 それから、暫く。
 やがて二人が立ち止まったのは、夕焼け色に淡く輝く、花々に囲まれた、小さな門の前で、であった。

「セレ様ぁ!」
 セレスの方を振り返った女性の、フリルの愛らしいワンピースが、ふわり、と風の中に溶け込んだ。
 先の方から、まだ門の前に立つセレスを呼ぶ高らかな声が、やわらかく響き渡る。
 セレスはその場から一歩も動けずに、思わず、微苦笑を浮かべていた。
 ――まいりましたね。
 目の前に一枚の絵があるかのようで、心が、彼女の方へと惹き込まれてゆく。どうしようもないほどの魅力に、セレスとて、逆らうことはできなかった。
 くるりと回るヴィヴィの銀髪が、暗くなり始めた世界の中で、きららに輝いていた。
「セレ様ったら、こぉんなステキな別宅をお持ちだったんですねぇ!」
 ヴィヴィは深呼吸を一つ、緑と、花々の香りを十分に楽しんで、
「何だか、懐かしい場所だしぃ……」
 足元には、色とりどりの石畳。少し遠くから聞えてくるのは、噴水の音。振り返ればそこにあるのは、真っ白なティーテーブル。
 はしゃぐヴィヴィに、暫くして、足音が近づいてきた。
「気にいって、くださりましたか?」
「それはっ、もう! すっごく、ステキですぅ……あたし、感動しちゃいましたぁ!」
 妖精や精霊も、ひょっこりと顔を出してきちゃったりなんてしてぇ……。
 でももし、そんなことになったらぁ、こんなところに迷い込んじゃあだめよ、森に帰った方が良いわ、って……あぁっ、でもでも、セレ様だったら、少しお茶でもしていきませんか? って、誘ったりするかもしれないしぃ……そうしたらあたしも招待されたりしちゃって、皆でお茶会を楽しんだり、とかぁ……、それも、良いかもしれないしぃ――。
「それは、良かったです」
 ヴィヴィがまた想像を膨らませていることは、その雰囲気からよくわかる。セレスはくすり、と忍び笑いを洩らすと、再びその手をとった。
「では、ご案内致しましょう。家は、この奥になりますよ」
 あちらこちらを見渡しながらも、ヴィヴィはセレスの隣に並んだ。
 しかしその目に、また思わず駆け寄らずにはいられないほどの物が飛び込んでくる。
 ――くまの形に切り込まれた、庭木。
「やだもうっ! ほんっとうに可愛いですぅ……!――あれ……?」
 感動のあまり、胸の前で組んでいた手を解き、おずおずとそのくまの手へと伸ばす。
 そこには、一通の手紙が差し込まれていた。
 その封筒に、見慣れた字で記されたあて先は、
「あたし……?」
 追いついて来たばかりのセレスの方を振り返ると、開けてみてください、と言わんばかりに頷いてきた。
 ヴィヴィは、蜜蝋の封をそっと外し、二枚の紙を取り出す。
 一枚は、愛らしい家の案内図らしきもの。そうして、もう一枚は、
『贈り物は、家の中に。
 まずは、布でできたクルミの下』
「暗号……?」
 流麗な字で、短い文章が綴られていた。
 布でできたクルミ――そういえば、
 あたし、聞いたことがあるはずだしぃ……。確か、――確かそう、答えは、
「ぬいぐるみ!」
「おや、少し簡単すぎたようですね」
「違いますぅ。前に、小さな子どもに、こんなクイズを出されたことがあっただけですよっ」
 流石ですね、と褒められたことに、頬が熱くなるほど照れてしまう。
 そのまま二人は、自然と家の方へと歩み始める。
 石造りの小さな家は、そこからすぐの所に佇んでいた。木で出来た愛らしい入り口へと続く緩やかな上り段には、ちょこん、と肩を並べる、大きなかぶとかぼちゃとがある。
 わあ……とその前に身を屈めたヴィヴィの横に、セレスもそっと屈みこんだ。
「もしかして、セレ様がお作りになったんですかぁ?」
 中身をくりぬかれたかぶとかぼちゃとには、可愛くも恐ろしい顔もくりぬかれていた。
 察しの良いヴィヴィに、セレスは一つ頷くと、
「ちなみにかぼちゃの方は、あの人の手によるものですけれどもね」
 この庭を、私と、――そうして、キミのために、贈り物として下さったあの人の。
 心の中で付け加え、セレスはそっと、二つのジャック・オ・ランタンに手をかけた。ランタンの顔を除けると、そこにひょっこりと、蝋燭が姿を現した。
「さあ、ヴィヴィの手で、火を点けてください」
 スーツのポケットから、マッチの箱を取り出し、ヴィヴィの手に渡す。
 火薬の香りが、ふわりと漂った。
ヴィヴィは受取ったマッチで、蝋燭の上に淡い光を灯す。そこにセレスが、再びかぶとかぼちゃのお化けをかぶせた。
「さあ、これで悪い霊も、私達の邪魔をすることはできませんね」
 悪戯っぽく笑いかけ、はいっ……! と笑ったヴィヴィと共に、立ち上がる。
「嬉しいです……わざわざセレ様が、作ってくださっただなんてぇ……」
 しかも、かぶだなんて。故郷を離れてから、暫く見かけたことがない。
「喜んでいただけて、私としても本望ですよ。――さあ、お入りください」
 お姫様。
 小さな戸を開き、セレスはほんのりと頬を染めるヴィヴィの手の甲に、軽く口付けを落とした。

 かくて、宝捜しは始まった。
 家の中に隠された、セレスによる手紙一通一通が、確実にヴィヴィを答えの元へと導いてゆく。
 精一杯の推理を働かせ、時にはセレスの手も借りながら、ヴィヴィはついに、家の中をぐるりと一周する。
 庭、リビング、キッチン、クローゼットのある大きな部屋、小窓が愛らしい小さな部屋、コンサバトリー、――最後に、もう一度リビング。
 そのリビングで、ヴィヴィはたった今、一通の手紙を見つけたところであった。
 その手紙の蜜蝋の封の上に、ヴィヴィの指先が触れた。
 見慣れた刻印。ほのかな蜜の香り。
 ただ、その蜜蝋からは、いつもよりも、
 ……クローバーの、香りがする。
 そんな気がした。
 だから、ふと思う。今日一日のことを――二人きりで過ごした時間のことを、思い返しながら、
「セレ様、」
 何ですか? と、聞えて来た、愛しい人の返事に、ヴィヴィは思わず、彼の方をじっと見つめてその動きを止めていた。
 ヴィヴィは、よく知っている。武勇と、機知。そうして、この蜜蝋から香る三つ葉のクローバーが象徴するものは、もう一つある。
 愛情。
 故郷の花が象徴するものは、セレスから自分にのみ向けられている、暖かな想いの中にあるもので。
「あたし――やっぱり、幸せ者ですぅ……」
 それも、世界で一番の。
 封筒を胸に当て、再確認するかのように甘い溜息を吐いた。
 心地良い想いに包まれて、ようやく封を開ける。取り出した便箋には、こう記されていた。
『Too Ra Loo Ra Loo Ral.
 快く、眠れ静かに』
 とぅら、るら……。
 綴られた文字が、ヴィヴィの唇の上で、自然と音となる。
 その声音に誘われるかのようにして、セレスもそっと微笑していた。
 ――二人の故郷の、子守歌。
 聞けば懐かしいと感じる、その調べ。
 やがて、寝室、とヴィヴィが呟いた。
 この家の中で、唯一まだ廻っていない大切な場所。そうして、子守歌の――眠りの、意味するもの。
 今度は、ヴィヴィがセレスの手をとった。
「あたし、どきどきしてきちゃいましたぁ……」
 答えは、この先にある。
 そう直感して、ヴィヴィはセレスの手を引いた。

 二つの、鍵。
「もしかして……」
 それが、大きなベッドの下に手を伸ばし、ヴィヴィが見つけた小箱の中に入っていたものであった。
 ヴィヴィは呆然と、美麗な装飾の施された鍵を取り上げると、一つ、二つと瞬きをする。
 その、後姿に、
「一つは、女主人であるキミの――ヴィヴィのもの、ですよ」
 全てを知っていたセレスが、答えを告げる。
 つまりこれが、セレスがずっと、ヴィヴィに贈ろうとして考え続けていたものであった。
 ヴィヴィの気にいってくださるような、イギリス風の家を。そうして、私でも通えるような場所に、彼女が、いてくださったら――。
 この家は、セレスが彼女のことだけを想い、自ら設計した家であった。日当たりの良いコンサバトリーも、リビングも、そこにいて彼女が笑っていられるようにと考えたもの。
 そうして、この場所は、
 寝室は、
「でも、もう一つの鍵の主は、ヴィヴィ、キミが、決めてください」
 できればヴィヴィ、キミと一緒に、過ごしたいと思いまして。ほんの少し、大きくしすぎてしまったのかも知れませんけれど。
 ……それでも。
「セレ様ぁ……」
 キミとだけ。
「あのっ」
「はい」
 おやすみなさい、の夜の魔法の後は、キミとだけで、ゆっくりとした時間を過ごしていたいですから。
 ですからできれば、あなたの手でこの鍵をお渡しいただいて、自由に訪れることを、許していただきたいのですよ。
「あのぉ……」
 ヴィヴィが、すっくと立ち上がる。
 それから、彼女は意を決し、
「あたしはセレ様に、――セレ様に、受取ってほしいんですぅ……」
 照れくささに負けそうになりながらも、俯き気味に、呟いた。それから暫く、真っ直ぐにセレスを見上げると、
「受取って、くださりますか……?」
「――勿論、喜んで」
 二人が、静かに向き合った。
 やがていつの間にか、ヴィヴィはセレスに抱きしめられていた。
 セレスの胸の上に添えた両手で、ヴィヴィが軽くそのシャツを握る。
 布越しに、ぬくもりと、鼓動とが、直に伝わって来る。
 ……あたしにだけ。
 特別に――。
「セレ様、」
 とうとい、水の香りがする。
 一番安心できる場所が、ここにはある。
「ありがとうございますぅ……」
 今にも泣き出してしまいそうで、こうして立っているのもやっとであった。
 受取った、溢れるほどの彼の想いの形に、どうすれば良いのかわからなくなってしまう。ただ、それでも、この場所にいる限りは、このことも不安ではなく、この上ない幸せであると感じられた。
「いいえ」
 ヴィヴィの髪の香りに瞳を細めながら、セレスはその耳元に囁いた。
「お礼を申し上げなくてはならないのは、私の方ですよ」
 抱きしめる力を、甘く強め、
「キミはそうして、私の傍に、いてくださるのですから」
 私はいつでも、キミに会いたくて、たまらないのですから――。


 長閑な、ティータイムであった。
 紅茶の香りも、花の香りも、水の香りも、そうして、二人の想いも、何もかもが、甘やかな場所。
 ただ、二人の会話は、いつもよりは少し、その数を減らしていた。
 それは、いつの間にか二人の話題が、あの日のことを――この家にお姫様がやってきた日のことを、思い返すものになっていたからだ。
 あの日、かぶとかぼちゃのランタンが輝いていた場所には、今はもう何も残されてはいない。しかし、あの日過ごした夜のことは、
 ……忘れられるはずがないじゃないですかぁ……。
 Too Ra Loo Ra Loo Ral.
 あの夜ヴィヴィは、あの寝室で、今にも眠ってしまいそうだったセレスを抱きしめて、そっとその旋律を口にした。
 そのまままどろんで、気がつけば、朝になっていた。
 ヴィヴィはミルフィーユにフォークを差し入れながら、伏目がちにセレスを見遣った。
 ケーキの甘さよりも、彼の存在そのものがどうしようもないほどに甘く、それでいて心地良く感じられた。
 その膝の上では、先ほどの子猫が、ぐっすりと眠ってしまっていることを知っている。
 セレ様の傍って、本当に安心できるしぃ……ずっといたいって思うから、――これってやっぱり、あたしだけじゃあ、ないのかなぁ……。
 でも。
「ねえ、セレ様?」
 少しだけ決意を決めて、顔を上げる。
「あたし、実はこの場所が、お気に入りの場所なんですぅ」
 勿論、お気に入りの場所はここだけではない。しかし、特に気にいっている場所は、と問われれば、真っ先に思い浮かぶ場所の一つに、間違いなくここがある。
 だって、
「ここにいれば、セレ様を、待っていられますからぁ……」
 門からほど近いこの場所にいれば、すぐにセレスを見つけることができる。
 少しでも早く、会いたくて。ほんの一瞬でも、長く一緒にいたいから。
 セレ様が、いらっしゃる。
 そんな予感がする日は、四季折々の花々に包まれて、愛しい人のことだけを考えていたい。名前を呼ばれたら振り返って、特別に大切な人の名前を呼び返したい。
「ヴィヴィ……」
「だから毎日でも、いらしてくださいね。あたしは――待ってますからぁ」
 微笑んだヴィヴィに、
「――どうやら私は、いけない男のようですね」
 セレスもつられて、笑い返す。
「キミのような女性を待たせてしまうのは、お世辞にも良いと言えることではありませんからね。……せめて、できるだけ早く、ヴィヴィのところに来られるようにしなくてはなりませんね」
「それから、できるだけ長く、一緒にいてほしいんですぅ」
 我侭ですか? あたし……。
 付け加えられた言葉に、いいえ、とセレスが首を振る。
「私もできるだけ長く、キミと一緒に、いたいと思っていますから」
 と。
 不意に、セレスの膝の上で眠っていた子猫が、欠伸を一つ、大きな伸びを一つ。そのままふるふると首を振ると、石畳の上に飛び降りた。
 そのまま振り返りもせずに去ってゆくその様子を、あ……と見守っていたヴィヴィの視線が、やがてゆっくりと、セレスの方へと戻される。
 ――二人きり。
 遠く、空の彼方には、朱の色が射しはじめている。
「少し、寒くなってきましたね」
 セレスのその言葉に、ヴィヴィは少し慌てて、テーブルから身を乗り出した。
「あのっ」
 一呼吸の、間を置いて、
「セレ様、今日は夕ご飯も……食べていって、いただけますか?」
「ヴィヴィの手作りですか――それはもう、喜んで」
 私はやはり、世界一の幸せ者ですね、と、セレスは夕暮れ色のヴィヴィの頬に、そっと触れた。
 ……でも。
 私は我侭ですから。もう一つだけ、キミにお願いしておきたいことが、あるんですよ。
 少し、大人気ないかも知れないことは、わかってはいた。ただそれでも、お茶を持ってくると言ってヴィヴィが去り際に感じていたのと同じ感情を、セレスもまた、感じていたのだ。今日ここに来てすぐの時、彼女が子猫に、子守歌を歌っているのを聞いた時に。
「Too Ra Loo Ra Loo Ral, 私にもまた、聴かせてくださりますか?」
 それに、今日もあのハロウィーンの夜のように、ずっとキミと一緒に、いたいと思っているのですから――。


Fine


23 dicembre 2004
Grazie per la vostra lettura !
Lina Umizuki
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
海月 里奈 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年12月24日

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