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『A merry Christmas to you! 』
神宮寺・夕日3586)&深町・加門(3516)


 ――プロローグ
 
 師走。クソ忙しい時期だ。
 犯罪者共は夏と師走がくると、踊り狂ってヘマを連発する。そういうわけで、この季節は加門達賞金稼ぎの稼ぎ時となっている。
 木枯らしが吹き荒れる中、手錠をかけたザコを引っぱって換金所へ入ってみると、案の定稼ぎ手と犯罪者で換金所は溢れ返っていた。順番待ちをするのも億劫だが、横入りするわけにもいかない。大人しく番号札を取って待とうと思ったとき、片手で握っていた犯罪者の身体がこわばった。
「……」
 訝しげに賞金首を見る。
 すると彼はだんだんと筋肉を硬直させ、そして一気に身体中からエネルギーを放出した。
 ガシャン、と手錠が割れ落ちる。加門は咄嗟に男から身体を離し、後ろへ後退した。
「……っち、ヤクか」
 加門の捕まえてきた賞金首はある薬を飲んでいたのだ。
 加門及び他の賞金首やガードマンの手に追えるものではなかった。彼はカウンターを壊し女子社員を突き飛ばし、幾人もの賞金稼ぎを殺し殴り、そして逃走した。
 何度か攻撃を試みた加門だったが、まったく効かないのを悟るとさっさとカウンターへ押し入り数名の女子社員をカウンターのすぐ下へ避難させた。自分もそこからそっと奴を窺うだけで外へは出ない。何人かの命知らずが野獣と化した賞金首へかかっていくが、無駄なことだった。
 そして賞金首は外へ飛び出した。
 加門は女子社員たちに立ち上がっていいと合図をして、自分も立ち上がった。
 すると隣の女子社員が「ありがとうございます」と頭を下げて加門に飴玉を手渡した。
 まったくなんてこった、と頭をかいて飴をポケットに入れ大欠伸をしていると、後ろから男の声が言った。
「誰だあんな凶暴な奴を連れてきたのは! 器物破損、入院費、葬式代は払ってもらうぞ」
 深町・加門は緩慢にその男の方向を振り向いた。
 
 
 ――エピソード
 
 クリスマスイブ。くそ忌々しい時期だ。
 神宮寺夕日はそう心の中でつぶやいた。これが毎年のことだから救われない。いや、別に誰に救ってもらいたいわけではないし、クリスマスイブだろうがなんだろうがたかが一日のイベントにすぎない。
 日本におけるクリスマスイブのあり方について検討を重ねそうになった思考回路をストップさせて、夕日はこの間新しくしたばかりの白い携帯電話を睨んだ。さっきすれ違った同じく警部補の女の子は、携帯に彼氏とラブラブなプリクラを貼っていた。
「いいわねー」
 などと笑顔で言ったが、実は「趣味悪いんじゃないの」と夕日は胸の中で毒づいていた。実際自分が同じ立場に立てば違うかもしれないと思い直すも、その可能性の低さにテンションは下がるばかりだ。
 プリクラと深町・加門が結びつく日は、明日北朝鮮に日本が征服されてしまうぐらいの確立で少ない。いや、北朝鮮は攻めようという姿勢がありありと見えているから、もしかするとそちらの方が高いかもしれない。
 がっくりである。
 こういうときは仕事で忙しくするのが一番よ。
 気を取り直して仕事に励むも、師走は犯罪者が横行する月だというのに大した事件はなく、夕日はお茶を汲んでコピーを取って、たまった始末書や書類を片付けるという、手先は仕事頭はクリスマスイブでいっぱいという状況だった。
 しかも、狙ったように今日は残業もない。
 頭の中で、教会のベルがゴーンゴーン鳴っている。
 夕日の兄は牧師だったので、今日は教会に聖歌隊でも招いているだろうか。帰ると兄と居候が痛々しげな視線で自分を見るのはわかっていたので、家に帰るわけにもいかない。
 泣けてくる。
 携帯電話を取り出して、メールをチェックするも大したものはなかった。ぴ、ぴ、と操作して深町・加門の名前を呼び出して、一階ロビーに立ち尽くしながら夕日はじいと画面を見つめる。もしかして彼女と一緒だったりして。彼女なんかいるようには完璧に見えないから平気じゃないかしら。でもああみえて実は……。賞金首を追ってたら絶対付き合ってくれないし。もしかすると相棒さんと祝うのかしら。男同士で祝ってるっていうのも気色悪いわね……などとさまざまな逡巡を繰り返してから、夕日はえいやあと通信ボタンを押した。
 四回ベルが鳴ったところで、相手は出た。
「もしもし」
『誰だ』
 信じていなかった週間占いの悪い運勢だけがどんぴしゃで当たったような声で加門が答えた。
「神宮寺ですけど」
『なんのようだ』
 不機嫌な声色だった。
「今仕事終わったんだけど、ちょっと出てこれない?」
 イブだから……とは言えない。
『なんで』
「ボーナスも入ったし、豪遊しようと思って。ほら、あんたいつもお腹すかしてそうだから」
 慌てて言うと、加門はしばらく沈黙した。
『どこで?』
「新宿の高島屋玄関の前は?」
『いいけどよ、そこまでタクシーで行ってもいいか』
 加門はめずらしくそんなことを言った。応じられると思っていなかった夕日は、呆気にとられて答えた。
「ええ? 好きにしたら」
『いや、俺電車に乗る金もねえんだわ』
 夕日が沈黙する。言われていることがいまいち理解できない。
「車は?」
『担保に取られた』
「……タンポォ?」
『ジャスもセブンも捕まらねえからここで野宿かと思ってたとこだ。ありがたいぜ』
 ……。夕日が言葉を失っているうちに電話は切れた。
 と、ともかく深町・加門をクリスマスイブのデートに誘うことは成功したわけだ。しかし、どうしたら車まで担保に取られるようなことができるのだろうか。たしか加門はカジノでは滅法強かったし、賭け事をするようなことは聞いていない。
 だとしたら、やはり賞金首を追っていて大暴れが答えだろうか。
 署までは車で来ているのだが、帰りに一緒にタクシーに乗ることができる可能性があるから、車は署に置いていくことにしよう。
 一階のトイレへ行って化粧を直し、髪はアップにしておけばよかったと心の中で後悔しつつ、カルバンクラインのコロンをあちこちに少しだけ吹きつけて、夕日は最寄り駅へ向かって歩き出した。
 クリスマスイブに、好きな人とデートだ。
 
 
 新宿に近い場所だったのか、高島屋の前には加門が既に立っていた。柱に背を預けて立っている。新しい煙草をくわえたところで、片手にライターを持っていた。口を覆うようにして火をつける。それからすうと吸い込んで、しらしらと白い煙があがっていく。加門はポケットにライターをしまってから、目を一度閉じてまた一息煙を吸った。
 夕日はそれを遠めに見つけ、何度も確認した髪型に手を当てた。
 あまりいじるとぐちゃぐちゃになるので注意。これでよし。
 近付いて行くと、加門の隣には制服姿にコートを着た男が立っている。
「加門、待った?」
 無視して加門に話しかけると、加門は夕日を一瞥しただけで隣の男を見た。
「ほら、本当にきただろ」
 どうやら彼はタクシーの運転手らしい。
 夕日は現実を突きつけられたような気がして半分げんなりしながら、その運転手に近付いて茶のハンドバックからフェンディーの財布を取り出した。
「いくらですか」
「二千八百円だ」
 無愛想に彼が言ったので、きっちりお釣りを要求しようかと思ったが、これ以上加門との二人きりを邪魔されてたまるものかと夕日は三千円を差し出した。
「お釣りは結構です」
 三千円を受け取った運転手は意味ありげに加門の腕を肘でつつき、にやりと笑って去って行った。
 加門は煙草を床に捨てて足で踏み消し、頭をかいて言った。
「それで、何食う」
 彼はコートの前をかき集めて、襟を立てている。寒そうだった。
「寒いでしょ、中に入りましょうよ」
 夕日が促すと、加門はそれもそうだとうなずいて歩き出した。
 クリスマスの装飾の施された店内は明るく、少し下品なぐらいだった。
 
 
「飯、食うんだろ」
 加門は怪訝そうな顔で言う。夕日はマフラー売り場で、加門のコートにいくつものマフラーを合わせてみてはやめ、合わせてみてはやめを繰り返している。加門がここまで文句を言わなかったのは、夕日がタクシー代を払ってくれたためであり、今あたたかいところにいる理由であり、その上すかした腹を満たしてくれるからである。
「これ、これにしましょ」
 コムサで見つけたグレーのマフラーを手に取った夕日は、一人ウキウキしながらレジへマフラーを持って行き、七千円のそれをぽんと買った。
 そして加門を連れ立って歩き出しながら、ぽんと手渡す。
「メリークリスマス」
 加門はきょとんと目を丸くしてから、その紙袋を持て余し気味に両手で持っていた。クリスマスに思い当たる記憶を手繰り寄せて、苦笑をする。
「なんだお前、ボーナスとか言って一人が寂しかっただけじゃねえか」
「うるさいわね、それで? 何を食べるわけ」
 夕日が頬を染めて言ったので、どうやら図星らしいと加門は笑った。高島屋を出て玄関を振り返ると、大きなツリーが夜空に映えている。加門はイルミネーションというものがあまり好きではなかったので、少し目を細めた。
「ケバケバしい」
「きれいじゃない、やあね、曲がった人間は」
 夕日は言うとおりどちらかというとうっとりとイルミネーションを見つめている。
 もしかしたら、こういう女はクリスマスイブに雪が降るとロマンチックだとかそんなことを考えているに違いない。加門は想像して、心の中で舌を出した。
「ねえ、雪が降ったらいいわね」
 加門の予想通りに夕日が言ったので、加門はゲラゲラと笑い出した。
「な、なによ! 笑うことないじゃないの」
 夕日が両目を吊り上げても加門は笑いやまない。そしてようやく息を整えた彼は、少し真面目な顔で言った。
「そういうことは、本命相手に言った方がいいぜ」
 夕日が立ち尽くす隣で、加門は歩き出した。独り言のように言う。
「うどんかそば食おうぜ。新宿ならうまい店がある」
 クリスマスの新宿に雪は降らない。
 
 
 ――エピローグ
 
 加門はうどんを三杯きれいに平らげ、夕日が一杯のうどんをようやく食べ終えたあと、日本酒を頼んでしばらくまったり飲んだ。
 彼はポケットから飴玉を差し出した。
「なに?」
「本命が落ちるおまじない」
 加門はにこりとも笑わないで、飴玉を夕日の額にあて、とんとんと二回ノックした。
「食べな」
 少し口許を持ち上げて笑う。
「そうすりゃ、願いが叶うぜ」
 クリスマスは恋するすべての人間に優しいとは限らない。
 けれど、夕日にはたしかに優しかった。
 
 
 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/24/警視庁所属・警部補】
【3516/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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片思いと言うことで、いつものごとくです。
少し甘いシーンを入れてみました。お気に召せば幸いです。

文ふやか 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年12月22日

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