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『FZ-00→Fast 』
来生・充4172)&葉月・政人(1855)&コマンダー・リバース(3421)


 警視庁の食堂でも、机と椅子は整然と並んでいる。別に物である彼らまでここの規律を重んじているわけではないだろうが、憩いの場であるここは職場と同じ雰囲気の漂う場所だ。ただ、人間の嗅覚で感じられるのはおいしそうな食事の匂いである。この仕事が決して楽しみでない者でも、ここでは素直に食というものを楽しむのだろう。緊急時にはそうも言ってられないのかもしれないが。
 警察官という職業柄、この食堂には必ずと言っていいほど人がいる。逆に正午から食事をする人間の方が少ないのかもしれない。彼らに決まった休日があるわけでないように、食事の時間もきっちりしっかりと決まっているわけではないのだ。

 今は昼下がり。決して大きくない窓にも光が差し込んでいた。その近くで超常現象対策班に所属する葉月が昼食を取っている。別に食事を急ぐわけでなく、ただいつもと同じように背比べをするビルたちを眺めながら箸と口を適当に動かしていた。ぼーっとしてたその時、前から声をかけられた。相手は男だった。

 「この席、いいですか?」
 「あ、どうぞ。」

 葉月と同じほどの身長はあるだろうその男は、定食の乗ったお盆を向かいに置いて椅子に座る。見覚えがない男だな……それが葉月の第一印象だった。男は水の入ったコップを手にし、まずはそれをぐいと一口飲んだ。彼はそうやって一息つくと、箸を持って食事を始める。しかし彼の目は葉月と同じように下を向くことがない。まっすぐな視線はずっと葉月の顔を捉えていた。
 じっくり顔を見られる葉月はしばらくの間だけは知らぬ振りをしていたが、ただ見ているにしては時間が長すぎる。それが意図するものなのかどうなのか……我慢できなくなって、つい無意識で男を見てしまった。当然、ふたりの視線が合ってしまう。葉月はなんとも言えない気まずさをご飯と一緒に飲みこもうとしたが、それよりも先に相手が話しかけてきた。

 「超常現象対策班の特殊強化服装着員の葉月 政人さんですね。僕は先日、同じ対策班の二課に転属となった来生 充といいます。以後、お見知りおきを。」
 「んぐ……ああ、どうも。二課のお話はいろいろ聞いてます。よろしくお願いします。」

 目の前の男、来生はニコリともせずにただ頭を小さく下げる。一応は穏やかな雰囲気で始まった即席の会食だったが、自己紹介に続く話題は葉月の想像するものとはずいぶん違った。
 来生は転属になるにあたって、今までの対策班のさまざまな資料を閲覧・分析したと前置きした上でいきなり予算の話を始めるのだ。現場で戦っている人間にとってはあまり縁のない話を持ち掛けられて葉月はつい困った表情をしてしまったが、すぐに平静を装い食事に集中し始めた。きっと彼という人間は上層部のやり方にいささかの疑問があるのだろう。転属してすぐにそれを理解しろというのは実に難しいことだ。なんとなく相手の気持ちを察した気になる葉月。そういう種類の話は先輩としてうんうんと頷きながら聞き流すに限る……そう思って話半分に聞いていたのだが、どうやら来生の言いたいことはもっと他にあったらしい。一本調子で喋る彼の口から出てきたのは、なんとFZシリーズに関する遠回しな批判だった。

 「対策班は開発費にずいぶんな予算を傾け、高性能かつ優秀な装備を開発したと満足しているのでしょうね。しかし実績と予算が釣り合っていない……そうは思いませんか。今の対策班は税金の使い方を間違っているんですよ。」
 「僕は……あの、その。あまりその辺のことは明るくないので……」
 「その態度は実績の面において、装着者として成果が上がっていないのではないかと危惧していることの裏付けととってもいいのでしょうか?」

 さすがの葉月も今の言葉には我慢ならなかった。転属になったばかりというから静かにしていたのに、初めて顔を合わしてこれはなんだ。現場の苦労も知らずによくぞこんな大口を叩いたものだ。同じ部署に所属する人間から発せられた度の過ぎる言葉を訂正させようと葉月が立ち上がったと同時に至るところで警報が鳴り響く……それに続いてオペレーターの声が食堂に静かに響いた。

 「人型の未確認生物が暴れているとの通報がありました。対策班は各自持ち場について下さい。」
 「……ということらしい。来生さん、この話はまた今度にでも。」
 「ええ、無事にお帰りになられればいつでも会えますしね。葉月さん。」

 来生の嫌味に最後まで付き合うことなく、葉月はFZ-00が保管されている部屋へと急ぐ。食事の置かれたお盆はそのままだ。徐々に小さくなっていく葉月の背中を見ながら、来生は口元を右に押し上げて少し笑った。言葉をそのまま表情に変えただけの笑みは誰が見ても気持ちのいいものではない。そして彼は警報を無視するかのように食事を続ける。来生はこの事件に関係ないのだろうか……?


 トップストライダーがサイレンとともに、さっきまで見下ろしていた街の中を駆け抜けていく。すでに付近をパトロール中だったパトカーが都内の主要幹線道路における交通規制のアナウンスをして回っていたので、実にすんなりと現場までたどりつくことができた。バイクを減速させながら怪人の姿をサーチする葉月は、普段ではあまり見られない光景を目にする。それは現場と思しき場所のかなり近くまで迫っている人だかりだった。彼は安全を確保するために警戒のメッセージを叫ぶ。

 「皆さん! ここは危険ですから早く離れてください!」

 野次馬の一部がFZ-00に視線を向けた。その時、誰もの顔が青ざめていく……葉月の耳にセンサーを通して疑問の声がいくつか聞こえてきた。

 「えっ……なんで今になって警察が……?」
 「じゃあ、今あそこで戦ってるのって……?」

 疑問が不安へと変わったその時、野次馬は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。誰もいなくなったそこから姿を現わしたのは、片手で首をつかまれた無残な怪人の姿ともうひとりの強化服装着員の背中だった! しかしFZ-00は相手の全身から未確認の力が放出されていることをすでにサーチしていた。葉月はとっさにその姿とダンタリアンと重ね合わせる……まさか、彼は新たなる敵なのか。まるで野次馬から恐怖を受け取ったかのように震える葉月。しかし怖れてばかりはいられないとばかりに、FZ-00はとっさに身構えた!

 『生きて脱走できると思ったのか……この愚かな負け犬め。』
 「新たなる……敵、なのか!」
 『おっと。思わぬところで最高の獲物が出てきたな……貴様、FZとかいう犬だろう?』

 目を合わせたものすべてを『犬』と表現する傲慢な男を前に、敢然と立ち向かうFZ-00。一歩前に踏み出し、まずは構えを正した。それを見た敵は怪人をその辺の適当な場所に投げ捨て、両腕を広げて葉月を挑発する。

 「お前……いったい何者だ!」
 『俺の名はバール。お前を……滅ぼす存在だ。死ねっ!』

 バールはいつのまにかカードを手に持っており、それを握りつぶすような動作を見せた。葉月はこのタイプの敵と何度も対峙しているが、バールのような動きをする者は見たことがない。とりあえず構えを防御に変えようとしたその時、突如バールの手のひらからいくつかの光弾が発射された! その早さは弾丸以上だった!

 「は、早……」
 『はぁ? バカな……貴様が遅いだけだ!』

 すでに避けるタイミングを逸してしまったFZ-00はそのままガードする。ひとつひとつの威力が強烈だ。FZ-00の装甲に傷こそつかないが、威力に負けたせいかその大きな身体はわずかに後ろに押された。最後の光弾を発射すると同時にダッシュで間を縮めてきたバールを葉月はよく見ていた。右の拳に渾身の力を込め、すさまじい早さのパンチで応戦するFZ-00。
 だが、バールもFZ-00と同じように左手を握り締めていた。彼もパンチで攻めるつもりなのだろうか?

 「うおおぉぉぉっ!」
 『裏の……裏だ! はあぁっ!』

 FZ-00の拳がバールのみぞおちに迫る……しかしそれに触れる前に相手は握り締めた拳を勢いよく開いた。するとそこから見えない力場が出現し、敵の攻撃を見事に遮るではないか! 光弾とは性質の違う力ではあったが、その強度は変わらない。相手を倒すために放たれたパンチはバリアーに弾かれ、FZ-00がまたもや体勢を崩したところをバールが突きや蹴りのラッシュを決めた!

 『ははあ……ぁっ。はああぁぁーーーっ、はっ、はぁっ! はっ、はっ、はっはっはっ!!』
 「うぐ、おごっ、あがっ……!!」

 バールは決して攻撃の手を緩めない。葉月に冷静な判断をさせないよう、わざと手首に蹴りを入れながら攻めたのだ。FZ-00は『隙あらばバールに逆襲を』と考えていたが、なぜかその手の内をことごとく読まれてしまっていた。発想と衝撃が同時に神経を駆け巡る……これでは攻撃も反撃もあったものではない。一方的にやられながらも、葉月は自分が攻めれない理由を冷静に考えていた。

 「なぜだ、うぐっ! 完全に考えを……くっ、ダメだ、なぜなんだ!」
 『貴様のしたかったことはこれか? うるあぁぁぁぁっっ!!』
 「ストレート……パンチ……うわあぁぁぁーーーーーーーっ!」

 いくら防御力に優れた強化服でも渾身の一撃までは防げない。バールがFZ-00をあざ笑うかのようにさっきと同じパンチを同じ場所に仕掛けられ、挙句それをマトモに受けてしまった。葉月はあるブティックのショーウインドウまで吹き飛ばされ、全身を使ってガラスを割ってしまう。しかしその衝撃でなんとか自分の身体は止まってくれた。これでは街の人を助けてるのやら助けられているのやらわからない。今までにない異様な雰囲気を全身で感じながらも、それを振り払おうと首を振ってまた立ち上がろうとするFZ-00。
 その間、バールはカードを持って薄気味悪い笑い声を響かせていた。どうやらトドメを刺す気らしい。右手に持ったカードをわずかに浮かせ、左の拳でそれを素早く消し去ると両手に黒い炎が噴き上がるではないか!

 『貴様の首、マスクごと頂く……うおおおおぉぉーーーーーっ!』
 「今までにないエネルギーを秘めた拳、き、危険だ……っ……」

 葉月はなんとか立ち上がってはいるものの、まだ倒れかけのマネキンに身体を預けている状態だ。敵の攻撃はとても避け切れない。そんなことは承知とばかりにバールが雄叫びを上げて突っ込んでくる。その姿はどんどん大きくなっていく!
 迫る相手に向かって一撃を見舞おうとホルスターに手を伸ばすが、肝心の銃がないではないか! これにはさすがの葉月も焦ってしまった。

 「な、なんだって! まさか、さっきの衝撃で銃がどこかへ?!」
 『気づいていなかったのか? 大マヌケだな、貴様は。はっははははは!』

  バシューーーン!!

 ふたりの空間は間違いなく狭まっていた。全神経を目の前の敵に集中させながら戦っている最中だった。しかし、あらぬ方向からの砲撃音で彼らの意識する空間は一気に広がった。バールはそれと同時に、背中に痛みを伴っていた。『痛み』という感触を味わったまさにその時、FZ-00に向かう動作をあっさりと止めた。そしてつまらなさそうに両手を上げると、傷ついた相手に向かって本音とも冗談とも取れる言葉を吐いた。

 『ちっ、邪魔が入るとはな。貴様とは1対1で戦いたいんだがな、なかなかそうはいかないようだ……じゃあな、あばよ。』

 バールはそう言い残すと、恐ろしい跳躍力でビルの屋上まで飛んでいった。彼はこうやって怪人を追ってきたのだろうか……
 どうやらFZ-00は生き延びたようだ。葉月は気が気ではなかったが、とりあえず彼はよろめきつつも立ち上がる。そして周囲をゆっくりと見渡した。彼は戦いの最中に響いたあの謎の音源を探していたのだ。

 その答えは電灯の足元にあった……いや、いた。
 あの音を放った特殊ライフルを手に持ち、簡易型装甲を装備した戦士がそこに立っていた。胸にはただシンプルに『Fast』と書かれたエンブレムがまぶしく輝き、自分という存在を静かにアピールしているかのようだ。FZシリーズとはかなり違うようで、それを装着しても肉体があらわになる部分がいくつもある。パワーアシストなども搭載されていないようで、明らかに射撃だけに主眼を置いたものだと推測できた。葉月はまた敵が出たのかと思い再び身構えたが、すぐに警戒を和らげる声が戦士の中から響いた。それは葉月の意識をさらに広げるものでもあった。

 「話の途中からですがね、これがその答えですよ。葉月さん。」
 「あなたは……来生さん?!」
 「僕が提案した対超の新装備ですよ。霊的存在との戦いを想定し、銃撃戦に特化することでFZシリーズの装備品よりも格段に開発コストを抑えた能率的な装備がこれです。単体でも多人数でも活躍できる組織を目指して、ね。僕はこれを『フォーミュラ オブ アーマ&シューティング&タクティクス』、通称『Fastスーツ』と名付けました。あなたの戦い振り、じっくり拝見しました。今後の『Fast』の戦術の参考にさせて頂きます。」

 揺るがし難い事実をネタにこの上ない屈辱と嫌味を与えられた葉月。だが結果的にFastスーツの来生に助けてもらったということもあり、何も言い返すことができずにただそこに立ち尽くすのみ。まさに『ぐうの音も出ない』という奴だった。
 なんとも言えない悔しさが胸を焦がす一方で、葉月は不思議とさっきまでの戦いを何度も頭の中で繰り返されていた。そして何度もあの奇妙な感覚を得るのだった。まるでその記憶を胸に刻み込もうとしているかのようだ。

 「バールは只者ではない。いや、不思議な存在だ……」

 来生、バール……どちらも一筋縄では行きそうにない相手だ。

PCシチュエーションノベル(グループ3) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年12月22日

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