『ミサの支度と冬の街 』

紅月・双葉（3747）＆リージェス・ー（4028）

　肌を刺すような寒さと沢山のイルミネーション。
　クリスマスが間近に迫ったこの時期は、自然と空気も華やいでいるように感じる。
　事実そうなのだろう。
　暖かいコートに身を包んで歩く双葉の視界には家族や恋人達、これから騒ぎに行くのだろう集団の姿も含めて沢山の人達が楽しそうに話していた。
　そこまでは別に構わない。
　並んで歩くのも手を繋ぐのも肩を抱くのだって、気にしなければいいだけの話なのだから。
　問題は……先ほどから僅かだが人目、を引いているようなのだ。
　特に女性からの視線と黄色い声を感じて仕方ない。
「………」
　気のせいだろうか、そうだと思いたい。
　推測どころか希望になりつつある思考で頭を一杯にしながら、紙袋を手に街を歩く。
　クリスマスのミサとその後のパーティーで使う物に幾つか不足の物が出てしまったのである。
　普段なら買い出しは他に任せるのだが今回は急ぎであった為に、珍しく双葉が買い出しに出る事になったのだ。
　手伝いに来てくれている人の中にはどうしてもその場所から外せない人が居たし、使いに一人で行くには少なからず不安な人も居る。
　後、ウキウキしながら私が行きましょうかとも言ってはくれたのだが……買い物の中にケーキの材料の甘味類があるために、味見と称して帰ってくるまでに食べられてしまったら堪らないと微笑を浮かべつつ、即座にお断りしたという経緯もあった。
　あからさまに残念そうだった辺り、双葉の予想は当たっているのだろう。
　教会の方も同様に心配だったが、その辺りは他が見ているから任せても大丈夫だろう。
　彼の人に対しては『あなたも忙しいはずのでは？』と言う突っ込みは無意味なのだろう、願わくば教会にあるお菓子に手を付ける前にシスターが来て首に縄を付けて引っ張って行ってくれる事だけだ。
「………」
　そっと溜息を付いた双葉に、近くに居た女性らが嬉しそうに声を上げた。
　神父がそんなに珍しいだろうか？
　コートで多少は見えないはずなのに、子の様子ではもっと目立つ容姿の彼が来ていたらどうなってことだろう。
　人当たりのいい彼の事だからまず間違いなく声をかけられては、律儀にそれに答えて帰って来る頃には日が暮れてしまっていたに違いない。
　そんな事を考えている間に何とか一通りの材料は買いそろえ、残るはケーキの材料だけという状態になったのだが……ここからが難関だったと思い知らされた。
　女性であふれかえった店内は、今の双葉にはあまりにも過酷すぎる。
「………」
　頭を抱えたくなる様な状況に、このままで居ていいはずがないと思いはした物の……足が進んでくれない。
　このまま行っては、幾ら安定剤を飲んでいても具合が悪くなるだけなのも確実で……。
　そんな時だった。
　見知った少女がすぐ側を通った気がして顔を上げる。
「やっぱり」
「え？」
　ふわりと軽く髪をなびかせ振り返る。
　声をかけられた少女もまた、小さく声をあげてから振り返って挨拶を返してくれた。
「こんにちは紅月神父様」
「こんにちは」
　女性ではあるのだけれど、この少女ならよく知っている事もあってほっとした様に肩の力を抜いた双葉はリージェスに笑いかけた。
「どうかしたんですか？」
「いえ、少し困っていて……」
　思いついたように顔を上げる。
「いま時間は空いてますか？」
「ええと、お使いで届け物をしていたんですけど、ちょうど終わったのであいてますよ。どうかしたんですか？」
　首を傾げるリージェスに、今までの状況をかいつまんで説明した。
「出来るなら買い物の代わりをお願いしてもよろしいですか？」
「はい、このメモに書いてある物を買えばいいんですね。行ってきます」
　快く承諾してくれたリージェスは双葉から少し多めにお金を受け取り、軽い足取りで店の中へと入っていく。
　その姿を見送ってから、双葉は何かを思いついたように歩き出した。



　メモを見ながら、書かれた物を買い物カゴに入れていく。
　始めて会った時、リージェスは双葉に嫌われているのだろうと感じていた。
　だが、話を聞いてくれるし、とてもきれいで美味しいケーキを出してくれた事も、歌を聴いてくれた事もあった。
　嫌われている訳ではなさそうだと思うようになったのは最近の事。
　あまり重い物はなかったし、何処にあるか解らなかった品物もお店の人が親切に教えてくれた。
　人が多くて動きづらかったけれど、それでもなんとか全ての品物を揃え終える。
　念のためとメモと買い物籠を見比べ、買い残しがないかを一つずつ手にとってチェックし、大丈夫そうだとレジへとむかう。
「いらっしゃいませ」
「お願いします」
　無事精算を終え、お釣りを受け取ってから店を出る。
「ありがとうございました」
　思っていたよりも時間がかかってしまったかも知れないと周りを見渡し、双葉の姿を捜す。
　直ぐに見つかると思ったのに、近くに双葉の姿が見えない事に首を傾げた。
　もしかして具合が悪くなってしまったのだろうか、思わずそんな事を考えて心配しかけたリージェスに声がかけられる。
「ありがとうございます、大丈夫でしたか？」
「はい、全部揃いました。これお釣りです」
「助かりました。お礼にお茶でもご一緒しませんか？」
　袋を受け取りながらがら笑いかけられ、リージェスも急ぎではないからと笑い返して頷く。
「はい、頂きます」
　何処かゆっくり出来る場所にと喫茶店へとむかった。


　暫く歩き見つけたのは雰囲気の良さそうな喫茶店。
　この時期人で混み合っているから難しいかと思ったが、幸運に開いている席を見つける事が出来た。
「カウンター席ですがよろしいですか？」
　確認のためにリージェスに視線を送ると小さく頷いてくれる。
「はい、お願いします」
　案内された席は窓際のカウンター席。
　景色のいい場所で、中からは外が良く見えるようになってる良い席だった。
「どうぞ」
　先にコートを受け取り、リージェスの椅子を引く。
「ありがとうございます紅月神父様」
「いいえ」
　軽くお辞儀し座ったのを確認してから、双葉も隣の席に着きメニューを選ぶ。
　頼んだのはティーセットを二つ。
「いただきます」
「どうぞ」
　目の前で美味しそうにケーキを食べるリージェスを見ながら、紅茶を飲少しずつ啜る。
　柔らかくて優しい味と体の中から暖かくなるのを感じ、思っていたよりも体が冷えていたのだと気付いた。
「寒くありませんでしたか？」
「お店の中は暖かいですから」
「良かった」
　ここで休んでいけば帰りも大丈夫だろうけれど……。
「良かったら貰っていただけますか？」
「え？」
　差しだした包み紙を見てリージェスが首を傾げる。
「少し早いですけどクリスマスプレゼントです」
　買い物を頼んでいる間に、買いに行っていたのだ。
「開けていいですか？」
「どうぞ」
　赤と緑のリボンを解き、クリスマス用の華やかな包装紙を広げていく。
　中から出てきたのは手触りの良さそうな、シンプルだけれど可愛らしいデザインのマフラー。
「かわいい……」
　きちんと包装紙を畳み、マフラーを手にとって嬉しそうにジッと見つめている。
　喜んでくれるだろうかと思いながら選ぶのも、こうして緊張するのも……何かを送った時の特権だ。
　ギュウッとマフラーを抱き締め、双葉の方を見あげて笑う。
「ありがとうございます、うれしい……」
「喜んで貰えて良かった」
「とってもあったかそう……」
　そっと頬にあてて感触を確かめるように目を閉じる。
　嬉しそうなリージェスの反応に、マフラーを買いに行って本当に良かったと思いながら紅茶を飲みこんだ。
「おかわりいりますか紅月神父様？」
「いただきます」
　ティーカップが空になったと気付いたリージェスがポットを持って注いでくれる。
　二杯目の紅茶もまだ温かく、白い湯気がゆっくりと登っていった。
「あの……」
「………？」
　意を決したかのような言葉に、双葉がどうしたのだろうかと沈黙を保ったまま言葉を待つ。
「クリスマスの準備、忙しいんですよね」
　今頃教会の方はどうなっているか解らなかったが………支度の方は、お茶をするくらいの時間の余裕はちゃんと作ってある。
　ギリギリになって慌てるような準備の仕方はしていない。
　当日になったら、きっと目の回るような忙しさになるはずだから、それまでに少しでも自分の出来る事をやっておきたかったのだ。
「ええと、そうですね。後は今日中にやっておく事が幾つか」
「私もお手伝いに行っていいですか？」
　控えめな口調でお願いされ、断る理由なんて何処にもない。
「ありがとうございます、ぜひお願いします」
　きっと教会にいるみんなも、リージェスが来たと知ったら喜ぶことだろう。
　時計を見て、もう時間だと時計を確認し席を立つ。
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
　外に出れば急激な温度差に寒さを感じ体を震わせる。
　振り返ればリージェスも同じように寒さを感じたのだろう、小さなくしゃみを一度。
「風邪引かない様に気を付けてくださいね」
「マフラーがありますから、大丈夫です」
　両手に紙袋を抱えようとした双葉は、新しいマフラーを嬉しそうに巻いているリージェスを見て笑みをこぼす。
　とてもよく似合っている。
「暖かいです」
「良かった」
「はい」
　リージェスを待ってから人混みの中へと並んで歩き出す。
　二人で話をしながら冬の街を歩く。
　帰り道、人の視線は感じた物の、二人一緒なら人の目を気にする事もなさそうだった。

PCシチュエーションノベル（ツイン）

九十九　一

東京怪談

2004年12月21日