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『頑張るシロちゃん♪ ―日常風景― 』
細雪・白4510
●1日の始まりに
 朝8時過ぎ――とある街にある小さな病院の前に、何人もの老人たちがたむろしていた。
「まだかのう」
「そろそろじゃろう」
「今日は大丈夫かね」
「シロちゃんもそうそう失敗はせんて」
「けど、シロちゃんじゃし」
「どうなんじゃろうなあ」
 老人たちがそんな会話を交わしていると、病院の中から明るい声が聞こえてきた。
「お待たせしましたっ! 今すぐ開けますか……らぁぁっ!?」
 べち。病院の透明なガラスの玄関扉に、看護師姿に身を包んだ女性が見事に激突した。当然病院の前に居た老人たちは、その一部始終を見ていた訳で。
「案の定じゃて」
「ほんに……シロちゃんらしいのう」
「怪我しとらんじゃろな?」
 口々に女性の心配をする老人たち。その間に女性は鍵を開け、扉を開いた。
「あはは、お待たせしました〜……」
 照れ笑いととともに、女性が老人たちに言った。痛いのか、左手を顔に当てていた。
「気を付けにゃいかんぞ、シロちゃん」
「そうじゃそうじゃ。慌てんでも、鍵は逃げんぞ」
「だいたい看護婦さんが怪我してどうするね」
「おいおい、今は看護婦さんじゃなくて、看護師さんって呼ぶそうじゃぞ。な、シロちゃん」
「あ、はい。でも、呼びやすいようにで構いませんよー」
 老人の1人に話を振られ女性――細雪白はにこっと笑ってそのように答えた。
「今日も待合室は綺麗じゃのう。シロちゃん掃除頑張っておるようじゃな、えらいえらい」
「えへへ……面と向かって言われると、何だか気恥ずかしくなりますね」
 また別の老人に褒められ、白は照れてしまう。綺麗に掃除するのは当たり前のこと、それによって皆が気持ちよく過ごせるのだから。
「シロちゃん。テレビつけてええかね? 朝の連ドラが見たいんじゃが……」
「はいっ、すぐにつけますね」
 待合室にある小さなテレビのスイッチをつける白。この時間のドラマといえば、渋谷にあるあの局のに決まっている。白は合わせてチャンネルも変えた。
「おお、ちょうど始まる頃じゃ」
 白にテレビをつけていいか尋ねた老人が嬉しそうに言った。それを見て、白も自然と笑顔が浮かんでいた。
 これが病院での、白のいつもの1日の始まりの風景である。

●白のこと
 白は看護師だ。正確には看護師の前に『見習い』という3文字がつくけれども。
 幼い頃からの夢である看護師を目指して勉強中の白は、父親の経営する小さな病院の手伝いをしながら勉強に勤しんでいた。
 その病院も、朝の様子を見ても分かるように、老人たちの患者が多い。病院が開く前から来ているのだから、さぞかし腕のいい病院かと思いきや――。
「やあ、主人公別れてしもうたの。明日はどうなるんじゃろう」
「心配せんでも、じきにいい人が見付かります。そういうもんです」
「そういえば向こうの、角の家の夫婦も別れたそうじゃ」
「そりゃ初耳じゃの。何じゃ、トラックが停まっとったが、あれはそういうことじゃったか」
「同じトラック停まっとってもの、あっちの家の末の娘は嫁いでいったというのにのう」
 とまあ、他愛のないお喋りに終止する老人たち。元気そうでちょっと病人には見えず、ひょっとしたらここは暇な老人たちが集う養老院なのではないかと思ってしまうほどだ。
「シロちゃんはまだそういう話はないんかの」
「え?」
 受付の中、カルテを揃えていた白は急に話を振られてきょとんとしたが、すぐに笑ってふるふると頭を振った。
「おうおう、シロちゃんじゃったらわしの孫なんかどうじゃろなあ」
「なんの、うちの孫も負けとらんぞ」
「そうじゃそうじゃ、うちの孫に娘が生まれてのう……」
 また話題がくるくると転換してゆく老人たち。何にせよ、居心地のいい病院ではあるらしい。
 そうこうしているうちに、白は診察室に父親が入った気配を感じ取った。受付から顔を出し、白が老人たちに言う。
「もうすぐ診察始まりますよ」
「おやもうかい? まだ見たいテレビがあるんじゃが……今日は先生早いのう」
 いやまあ、何か本末転倒って気もしますが。

●親しみやすいから
 診察が終わっても、ここに来る老人たちはすぐには帰らない。待合室に残って、話に花を咲かせ続けている。結果、診察を待っている患者は居ないけれども、待合室は老人たちでいっぱいという光景も日常茶飯事だったりする訳で。
 こうなると、白の仕事もなくなってしまう。もっとも仕事といっても、白がしているのは受付や老人たちの話し相手という内容が主である。見習いゆえ、専門的な知識があまりないからだ。
 すべき仕事がなくなり手持ち無沙汰となると、白は参考書を開いて勉強を行っていた。熱心に勉強しているのか、参考書には付箋がいっぱいついていた。
「……あれ? この時の処置はどうするんだっけ……」
 パラパラと参考書を捲ってゆく白。やがて答えとなるページを見付けたのか、白はうんうんと1人頷いた。かと思ったら、また首を傾げていたり。
「この病気の時の症状はどうだったっけ……」
 そして再び白がパラパラと参考書を捲ってゆく。そこへ待合室の老人から声がかかった。
「シロちゃん、ちょっと聞きたいんじゃが」
「あ、はいっ! 何ですか?」
 参考書を置き、白は自分を呼んだ老人の所へ向かった。白が勉強を始めても、このようにすぐに中断することになるのもよくある光景だった。
 けれども白が嫌な顔を見せたことは1度たりともなかった。老人たちときちんと向き合って、丁寧にその話を聞いていた。それゆえに、老人たちからの白への人気は高かった。
 1度、ある老人からこんなことを言われたこともあった。
「シロちゃんが居るから、ここに来とるんよ。あんた、いつも一生懸命頑張っとるもんなあ」
 そう言われた白は、非常に照れ照れとなってしまったことを今でも覚えていた。
「シロちゃんかぜひいたー」
 白が老人と会話をしていると、鼻をぐずぐずといわせた男の子が病院へ入ってきた。
「こらっ、シロお姉ちゃんでしょ! いつもごめんなさいね、ほんと」
 続いて入ってきた男の子の母親が、そう言って白に頭を下げた。
「いいえ、いいんですよー」
 白が母親ににこっと微笑んだ。その時である、白の後ろに回った男の子がおもむろに看護服のスカートを捲ったのは。
「えーいっ!」
「きゃあっ!?」
 慌ててスカートを押さえる白。
「へへーん、みえちゃったもんねー。シロちゃんのパンツまっしろだー」
「こらぁっ」
 パタパタ逃げる男の子の後を、これまた白がパタパタと追いかける。その光景を待合室に居た老人たちは微笑ましく眺めていた。
「シロちゃんは子供にも慕われとるのう」
「ほんになあ」
 ……慕われているというか、同レベルで相手されているというか……。しかしまあ、これも1つの人気と言えるかもしれないだろう。

●1日の終わりに
 病院も夕方になれば診療時間の終了となる。だがそれで今日の仕事が終わった訳ではない。父親が往診に出かけている間に、白も色々とすべきことがあるのだ。
 その1つに食事の準備というものがある。幼い頃に母親を亡くしたため、食事の準備は白の役割となっていた。
 しかし、だ。残念ながら、白の料理の腕前はよくなかった。よく年月を重ねれば上手になるというが、どうしても個人差はあるのだ。
 それでどうしているかというと――。
「すみません、いつもありがとうございます」
 白は近所のお婆ちゃんからもらったおかずの入った鍋を受け取り、ぺこりと頭を下げていた。
「いいんじゃいいんじゃ。1人分作るより、この方がおかずも美味しいんでの」
 笑って言う近所のお婆ちゃん。このように、好意でおすそわけしてもらっているのである。こういうことをしてもらえるのも、白やら病院の評判がよいからといえよう。
 ともあれ食事の準備も終え、父親が往診から帰ってくるまでの間、白はカルテの整頓やら待合室の掃除やらを行っていた。
 その時、白はふと待合室の電球の1つが切れていることに気付いた。
(あ、電球が切れてる。交換しなくちゃ)
 箱に入った替えの電球を持ってきて、さて交換を始めようとした白。そこへ電話のベルが鳴り響いた。
 替えの電球をその場に置き、電話へ向かう白。数分して、また白が待合室へ戻ってきた。
「ドラマを録画しておいてほしいって……往診に行く前に言ってくれればよかったのに」
 どうやら電話の相手は父親だったようだ。
(でも急患さんじゃなくてよかった)
 白は安堵していた。どうしてもこういう仕事柄、診療時間外に電話がかかってくると、急患かと思ってしまうのだ。
 急にしろゆっくりにしろ、患者は出ないに越したことはない。患者が出るということは、場合によってはその死と対面することだってある訳だから……。
「電球の交換の続きしなくっちゃ」
 待合室に戻ってきた白は、替えの電球を手に取った。ところが、何だか電球が汚れている。
「……あれ? 変ね、新しいのを持ってきたのに」
 首を傾げる白。そして何の気なしに、切れていた電球を含む部分の明かりをつけてみた。するとどうだろう、切れていたはずの電球が明々とついているではないか。
「あたし交換してから電話に出たんだっけ……?」
 ますます首を傾げてしまう白。こういうちょっとした不思議な出来事が起こるのも、白の日常風景であるのだ。何でこうなるのか、白には全く分からないのだけれども――。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年12月20日

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