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『ささやかなクリスマス 』
蒼王・翼2863)&桜塚・金蝉(2916)
 パーティの気だるい余韻が、まだ残っている。
 空の上にありながら、耳の中に残るざわめきには、笑い声、演奏するバンドの歌声、今期の成績のこと、一番アツかったのはどこのチームか、と言う声が入れ替わり立ち代り現れては消えていく。
 マラネロで、自分達F1チームのささやか?なクリスマスパーティを終えたのは何時間前だったか、と機内で身体を伸ばしながら、蒼王翼は瞳を閉じかけながら考えていた。
 今年もそんなに悪くは無かった。この通り身体も壊していないし、チームの仲も問題無い。
 レーサーとしての仕事は天職だと思っている。コースを周る間の、コンマ1秒の差を縮める無駄の無い動きをシミュレートし続ける頭も、風を切るような速度も、一瞬の油断さえ出来ないあの舞台も翼のお気に入りの場所だ。

 なのに。

 こうして帰国する度に、心からほっとするのは何故なのだろう。
 自宅が日本にあるからだけとはあまり思えないのだが。
 さらっ、と金色の髪が額にかかり、それを指先で払いながら、あとまだ何時間もあるフライトを眠りに変えるためゆっくりと目を閉じた。

*****

「また来たのか」
「ああ、上がらせてもらうよ」
 渋い顔をするのは、帰国し、荷物を置いた足でやって来た家の主、桜塚金蝉。
「来るのは構わねえが土産のひとつくらい持って来い」
「へえ、キミにそういう気遣いが必要とは知らなかったな」
 手ぶらでやって来た事を金蝉が咎めている訳ではない事を、翼は良く知っている。そもそもこう言う男なのだ。
 まあ尤も、『客』が手ぶらでやって来た日には文字通り外へ蹴りだしているのだろうが。
「相変わらず何の用意もしていないんだね」
「ああ?」
「今日はイブだろ?」
 翼がそう言いながら目だけで笑いかけると、けっ、とつまらなさそうな声を上げた金蝉が、
「そんなモンをやらなきゃいけねえ程、信心深くないんでね」
 機嫌が悪そうにどすどすと廊下を歩いていく。
 ――世間ではほとんどの家庭がケーキだチキンだパーティだと騒がしいのだろうが、この家ではそう言ったものはかけらも見ることが無かった。もしそんなものがあったら、逆に失望していただろう。
 クリスマスをするつもりなど、最初から無かったのだから。
 だから、ケーキもプレゼントも用意していない。
 翼がこの家にやって来たのは、レースを終え帰国した後の恒例行事のようなもの。
 ――休養、と称して怠惰な日を過ごす事。
 毎度毎度俺の家を使うな、とぶちぶち文句を言う金蝉の声にも慣れた。
 そうやって、世間とは一切隔絶したこの場所で、ただ何をするでなくとろとろと時間を過ごす――筈だったのだが。
 23時現在。
 2人の姿は、クリスマス一色に彩られた教会の中にあった。

*****

 淡く光り輝く世界に響くBGMは、聖歌ではなく、少々暴力的な銃声。ガガガッ、と連射された弾が壁にめり込み、モルタルの壁を容赦なく剥していく。
「うひゃは、はは、ははは!!!!」
 口の端から涎を流しながら、説教壇の上に立ち、あたり構わず乱射している男がその音の持ち主だった。
「性質の悪い相手に当たっちまったな…」
 男の背後に薄らと見える黒く凝った闇。教会の椅子の背もたれに身を潜めながら、金蝉がち、と小さく舌打ちする。
「憑依されてるね」
「ああ――しかも武器持ちだ。取り押さえちまえばあのチンピラから引きずり出すのは簡単なんだが。ちっ、憑依されたヤツに怪我させるなと言う話しさえなきゃ、あれごと撃ち抜いてやるんだが」
 本家…桜塚家から金蝉に連絡が入ったのは、夜遅くなりそろそろ帰ろうかと翼が腰を上げた直後の事。急に入った悪霊退治と言う事で、断わりもならず渋い顔で受けた金蝉に付き合ってやって来たのだ。
「そりゃあ、悪霊退治であって人間まで排除する訳には行かないだろ――少し手伝おう」
 おい待てと言う声を無視しすっくと立ち上がった翼が、憑依された男と目を合わせる直前に、今いた位置から跳躍する。
「あひゃ?」
 突如、人が現れたのに困惑したのか、一旦手を止めた男が、今度は翼へ狙いを定めて銃を乱射した。
 きぃん!
 ところが、翼へ当たる筈のその弾は途中で見えない壁に次々と弾かれて行く。
「馬鹿が!」
 静止を無視して飛び出した翼へか、銃を乱射した男へか、それともその弾を手に持つ札で彼女と男の間に壁を作ってしまった己へなのか、吐き出すように口にした金蝉が隠れていた椅子から立ち上がり、椅子を蹴って男へと飛び出して行く。
「金蝉!?」
 思いもよらない相手の行動に一瞬虚を突かれたが、それも何か理由あってのことだろうと金蝉と男を挟むように後ろにぐるりと回り、その時に生まれた風を利用して男の周囲に小さな竜巻をぶつけ。

 ――ごッッ!

 直後、金蝉の右ストレートが、男の頬に直撃した。

*****

「いいのか?怪我をさせるなって言われてたんだろう?」
「歯を折らなかっただけマシだ。どうせ腫れたところで数日で引く」
 完全に意識を失った男から、強引に悪霊を引きずり出して完膚なきまでに叩きのめした後で、その場に転がる男を2人で見下ろす。
「…まあ、暴れてたんだから、取り押さえる時に偶然ぶつかるのは良くある事だね」
「そう言うことだ」
 まだぱらぱらと崩れた壁から小さなかけらが落ちて来るのを見ながら、その場から本家へと連絡を入れ、終了した事と後始末を言いつけると金蝉がすたすたと教会の外へ出る。
「――雪だ」
 その後に付いた翼が、空から舞い降りる白いものに思わず空を見上げた。
 うっすらと、地面にも、教会にも降り積もっていく雪。
 それはまるで、聖夜にふさわしからぬ行為を断罪し、破壊された教会に癒しを与えるように、優しく降り続けていた。
「………」
 ほう、と何とも言えない溜息を吐くと、白い吐息が宙に舞い、消えていく。
「うー」
 その時聞こえた奇妙な唸り声に何事かと横を向くと、眠そうに目を閉じかけている金蝉の姿があった。
 そう言えば金蝉は夜が早かったなと思いつつ、眠くて駄々をこねる子供の姿と一瞬だぶってくすっと笑う。
「何だ。何がおかしい」
「いいや、何も」
「…まあいい。さっさと帰るぞ」
 そう言いながらもよろけかけた金蝉を引きずるように公道へ出ると、タクシーを止めて金蝉の家まで走らせ、翼も付き合って降りる。
「ほら、コーヒー」
「おう」
 自室に戻った事で少し目が覚めたのか、茶でも飲んで帰れと言う金蝉の言葉に甘えてコーヒーを入れ、熱々のそれを火傷しないよう口に運ぶ。
 胃が温かくなり、ほっと息を付く所を見ると、少し身体も冷えていたらしい。そう言えば雪が降っていたな…そんな事を思い、窓の外を見ようかと立ち上がりかけると、
「……?」
 何だか身体が酷く重い。
 何かと思いながら横を見れば、そこに、金蝉の頭があった。…手の中には熱くないのか、半分程残ったコーヒーカップが置いてある。
「…金蝉?」
 眉を顰めつつ、ゆさゆさ、と軽く揺すってみるものの、コーヒーを飲むところまでで限界だったのか、起きる気配は無く。翼の肩に頭を置いたまま、深い寝息を立てている。
「……」
 もう少し強く揺するなり、大声をかけるなりすれば目覚めるのだろうが…その、いつにない無防備な金蝉の姿に苦笑しつつ目を細め、
 ――プレゼント代わりだからな。
 心中で言い訳しながら…それが言い訳だと自分でも分かっているのだが、そんな事を呟いて枕代わりに自分の肩を提供する事にした。

 金蝉の手にあったカップを別の場所に置き、ずるずると毛布を引き寄せ、それで互いの身体をしっかりと包み込んで。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年12月17日

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