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『『永久に咲き続ける花』 』
蓮巳・零樹2577


 五月十八日。薊の様子は何かおかしかった。
 薊は祖父が作り上げた人形で、十歳で亡くなるはずであった祖母を救ってくれた人形。
 そして今は僕の大切な相棒だ。
 どうした? と軽軽しくは聞けなかった。
 聞いてはいけないような気がした。
 人形である薊、その彼女を見てるだけで胸の辺りがきゅっとなった。
 とても切なく、物悲しい………報われないような息苦しさ。
 なんだかとても大切なモノがあったのに、それが宙ぶらりんになって、だけどそれをどうしようもできないもどかしい想い。茫洋な痛み。
 それが僕が五月十八日、薊に感じていた物。
 だから聞けなかった。
 それはきっと触れてはいけないモノ―――
 触れられないモノ………



 そんな想いを胸に抱きながらも、それを音声化できずに時を過ごし、季節は移り往く。
 それは小雨の舞う肌寒い或る日。
 僕は、その日はなんだか意味も無く早くに目が覚めた。
「………」
 まだ早朝の時間、薄暗い中で天井だけをぼんやりと見据える。
 起きるにはまだ早くって、
 でももう二度寝するような時間でも、また気分でもなくって、
 そのまま数分ぐらいぼんやりと天井を見つめて、それから起き上がった。
 そして傍らに置いておいた薊を見る。
 そっと、その美しい顔についた傷を撫でる。彼女が祖母を守った証を。
「……え?」
 ふと、聞こえた薊の声。
「お墓参り? 祖父さんの」
 窓の外、濡れた窓硝子の向こうは小雨が降る世界。
 命日の日ならばいざ知らず、何でも無い今日に、わざわざ祖父さんの墓参り?
 死者を尊ぶ、という感情からは遠くかけ離れた疑問がほんの一瞬、泡のように意識の表面に浮かんだが、でも、
「いいよ、薊。今日は早く目が覚めた事だし、時間もたくさんあるから。祖父さんに会いに行こうか」
 それを断る気にはならなかった。
 薊の声がとても静かな、胸が切なくなるような響きに満ち溢れていたから。



 +++


 朝食は簡単に済ませた。
 コーヒー一杯と、目玉焼きとトースト2枚。
 それから財布を持って出かける。もちろん、薊を連れて。
 蓮巳家の墓がある寺は家からだいぶ離れていた。
 僕はその日は電車を使う。
 始発の電車。僕以外には誰も居ない車両に乗り込んで、緩やかな座席の振動を感じながら窓の向こうの流れていく風景を見据える。
 雨が降る世界は、とても静かで、そして綺麗だった。
 僕は横に置いた薊に視線を向ける。
 薊には世界はどう見えているのだろうか?
 そして祖母にはどう見えていたのだろう?
 祖母は十で死ぬはずだった。家、という名の呪い、血の因縁によって。
 それを救ったのが祖父。正確には祖父が作った薊。
 僕はその事を祖父が書き残した日記で……
「ああ、そうか。馬鹿だな、僕は」
 今更ながらに僕は気づく。
 五月十八日。それは祖父が祖母に出逢った、日。
 それなら今日は、小雨が舞う今日は、一体どんな日なのだろう?
 薊と、そして祖父にとって――。



 +++
 

 五月十八日、は彼と彼女が出逢った日。
 彼女は彼と逢わねば十で死ぬはずだった。
 家の背負う業を拭うための贄として。
 その運命を達観し、諦めている少女を彼は哀しいと想った。
 許せなかった、運命が。
 哀しかった、少女が。
 生きろ、そう願った。
 彼はその想いを込めて人形を作り上げた。
 あるいは彼は、贄として生まれてきた彼女の存在の意味を作り上げたのか。
 ――人の最大の幸せは、自分の存在の理由を得られた時だから……


 ああ、だから自分は、あの紅蓮の炎が渦巻く中で、熱気に焼け爛れる空気が孕む彼女の家の業を喰らったのだ。
 顔の火傷はその戦果。
 醜い火傷?
 いいや、違う。顔の火傷は絆の証。
 契約の証。彼女が彼と幸せな時を過ごすの為の。
 自分は彼女。
 彼女は自分。
 自分があの豪華の中で業を喰らったのはそれが自分の存在の理由で、
 そして彼がそれを望んだから。
 自分の命を守ろうと懸命に人形を作り続ける彼の広い背中にどうして、何も想わずにいられたであろうか?
 好きになっていった、彼を。
 そしてだから恐怖が生まれた。
 自分は彼女。
 彼女は自分。
 想いは形を成して、自分となった。
 込められた想いは彼の想いと、
 彼女の想い。
 手に取るようにわかる。
 ――彼女は、自分だから。
 苦しい。
 苦しい。
 苦しい。
 あたしは十歳で死ぬの。
 それはどうして?
 家の業――
 ………あたしの家はね、昔、偉いお武家様だったんだって。悪いことを、たくさんしたんだって。罪の無い人が、悲しんで、苦しんで、死んでしまったんだって。だから、その人たちを静めるために、生け贄が必要なんだって、言ってた
 自分で彼に言った言葉。
 諦めていた。
 だから瞼を閉じていた。
 何も見ないように、見ないようにしていた。
 泣きたくないわけがなかった。
 悲鳴をあげたくないわけがなかった。
 泣きたかった。
 悲鳴をあげたかった。
 声が嗄れるまで。
 喉を両手で押さえて、声を搾り出すように。
 掠れて、掠れて、掠れて、声が出なくなるまで泣いて、悲鳴をあげて、喚いて、運命を嘆きたかった。
 もしも居るのなら神様を罵りたかった。
 だけど、それでどうなるの?
 それで変わるの、何かが?
 ううん、変わらない。
 どれだけ声が嗄れるまで泣いて、悲鳴をあげて、喚いても、どれだけ嘆いても変わらない。
 かわらない。
 カワラナイ――
 そしてそれはきっと、自分にこの過酷過ぎる運命を背負わせた人たち、と一緒。
 その人たちもそう。
 その人たちは泣いた。
 涙が枯れるまで。
 その人たちは悲鳴をあげたし、喚いたし、神様も罵った。
 声が嗄れるまで。
 それでも救われなくって、だから自分はこの運命を背負わされて……。
 泣いていないのにそれを想うだけで涙は枯れた。
 声も、嗄れて、しまった。
 諦めてしまおう。
 そうすればもう苦しくない。
 苦しいけど、クルシクナイ。
 哀しいけど、カナシクナイ。
 瞼を閉じて、そう想う心を箱の中に詰め込んで、
 固くその箱の蓋を閉じて、
 深く、深く、深く、
 心の奥底のまた奥深い深淵に哀しい想いを詰め込んだ箱を沈めてしまおう。
 ――そうすれば、目を逸らせる、運命から。
 そうすれば、笑える。自分の運命を嘆いて苦しんでくれる親たちのために。
 親が、泣いて、怒って、嘆いて、喚いて、神様を罵ってくれる。
 だから自分は笑おう。それが作り物の表情でも。
 贄として生まれた自分の為にそうしてくれる親の為に。
 自分が業を背負い、贄となれば、両親は、家の血という因縁から許される。それだったら嬉しい。
 だから、瞼を閉じよう。
 心を閉じよう。
 石のように、何も感じずに――
 貝のように、心を閉じて――


 それなのに絡み合ってしまった運命の糸。
 彼と自分。
「その人形が完成したら、あたし、死ななくっても、いいの?」
「そうだ」
「生きろ、人形は、必ず、完成させてやる」



 何よ、せっかく、せっかく諦めたのに。
 見ないようにしていたのに。
 固く、固く、固く、蓋を閉じて、
 心の奥底のまた奥底の深淵に、沈めたのに、
 開いてしまった、蓋が。
 溢れ出してしまった、想いが。



 生きたいよ。
 あたしは、生きたいよ。
 どうして、どうしてあたしが死ななくっちゃいけないの?
 そんなの嫌だよ。
 あたしは好きだ、この人が好きだ。
 この人の背中にしがみついて、声の限りに泣いてしまいたい。
 だけど……
 それはできなかった。
 背負わせたくはなかったから、彼に。自分を。



 彼女は紅蓮の炎に包まれてしまった。
 空気は焦げて、
 木材や、色んなモノが焼けていく。
 熱い空気が孕むのは怨念。
 廻る因果。



 だけど、死なせない。
 彼女を死なせない。
 絶対に死なせない。
 それが自分の存在の理由。
 彼は自分に彼女の身代わりになってくれと、想いを込めた。
 そういう存在の理由をくれた。
 それが作られた理由。
 でも彼女を守るのは、それだけでは、無い。
 そう、それはあくまで自分が作られた理由。
 ならばどうして自分が彼女を守ろうというのか?
 それは自分は彼女で、彼女は自分だから。
 彼女の想いは、自分の想い。
 自分の想いは、彼女の想い。
 好き、彼が好き。自分たちは彼女が好き。
 だから自分は彼女を守る。
 それが彼の願いで、
 そして彼女は彼の隣に居たいと願うから。



 炎の中で聞いた、彼の声。「ふざけるな!」
 ――彼女はその声に涙を流した。
 とうに枯れてしまっていたと想っていた涙を。
 嬉しかったのだ。
 絶望の中で、見た想い。
 感じた想い。
 ああ、それを抱いてあたしは死んでいこう。
 生まれた瞬間から、死が決まっていた、贄としての生。
 良い事なんて何一つ無かったけど、でも最後に彼の声が聞けた。それだけでもういい。
 諦めてしまっていたあなた。
 だけど自分は知っている。
 自分はあなただから。
 そしてだから自分の想いはあなたの物。
 願うのは好いた彼との生。
 時間。
 途切れるはずだった生。十という短い時間で。
 だけどそれでは終わらせない。
 あなたの背負う業は、自分が全て喰らいつくしてあげる。
 そうして得た時間をあなたは彼と過ごして。
 自分もあなたと同じく彼が好きで、彼と一緒に居たいけど、でも彼の傍で過ごす時間はあなたに譲るから。
 あなたが彼の隣で笑っていてくれれば、それが幸せだから。
 守ってあげる。自分があなたを。
 あなたは自分。
 自分はあなた。
 ほら、彼が来てくれたよ」
「こっちよ」
 彼を導く。
「そっちじゃないよ。こっちよ」
 彼女を抱いて、炎の中を走る彼を助ける。
 紅蓮の炎が燃えさかる音色が声となって、あの女を殺せ、殺させろ、おまえはあの男を好いているのだろう? だったらあの女を殺して、あの男の魂を奪え、と囁いてくる。
 だけど自分は、耳を貸さない。
 これが自分の存在理由。
 自分は彼女だ。彼女が憎いのなら、彼女の中に流れる血が疎ましいのなら、どうしても消せぬ恨み辛みがあるのなら、我が身を焼けと叫ぶ。
 そして顔は焼け爛れた。
 顔を焼かれながら悪霊はすべて喰らった。
 これで彼女は贄としての生から解放されたのだ。
 良かった。
 十より続く無かったはずの生の時間を彼と過ごし、子を産み、幸せにおなり。
 もうひとりの自分。



 自分は彼女。
 彼女は自分。


 自分の分まで、彼を愛しておくれ。
 幸せになって。
 燃え盛る炎の中で、見送った彼と彼女の幸せを祈り、自分は姿を消した。
 それが数十年前の今日。
 自分が彼によって作り出された日。
 願いは叶えられた。
 彼女は幸せになった。
 添い遂げられなかった哀しみはあるけど、でもその添い遂げられなかった想いは、あの炎の中で涙を流した彼女が抱くはずであったモノ。
 それを自分があの炎の中で背負ったから、
 だから今がある。
 そう、それでいい。
 それだけでいい。
 この顔に咲く炎の花は、彼女の得た幸せの証。
 彼女は自分だから、それもまた自分の、幸せ。
 そして時は廻り、自分である彼女と彼の魂を継いだ零樹が今は、いる。
 だからこそ自分は零樹を守ろう。一緒に居よう。
 彼と添い遂げられなかった分だけ、彼と共に時間を過ごし、この想いを咲かせよう。彼に抱いたこの恋心を。



 +++


 小雨舞う中に細くあがる線香の白い煙。
 雨に濡れる供えた花はとても綺麗に思えた。
 僕はそっと薊をお墓の前に持って行く。
 薊は祖父さんに何を言っているのであろうか?
 何を語り合っているのだろうか?
 それはわからない。
 だけど祖父さんの墓を真っ直ぐに見据える薊の後ろ姿を見つめながら僕はなぜかあの写真を思い出す。若い頃の祖母が無愛想な祖父の隣で微笑んでいる写真を。
 だから、という訳でもないけど、僕の口から、その言葉は自然に出た。
「ありがとう、薊」
 あらためて、これからもよろしくな。



 小雨が傘を叩く音に重なって聞こえたような声はきっと薊のモノ。
「守ってあげるよ、この花の名にかけて」



 祖父が作り上げた薊という花はきっと、永久に咲き続ける花。
 たくさんの想いが込められているが、故に。



 ― 了 ―
 

 ++ライターより++


 こんにちは、蓮巳零樹さま。
 はじめまして。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回は本当にありがとうございました。^^
 とても書き甲斐があって、本当に楽しかったです。
 こういうお話は本当に大好きなので、プレイングを見てとても嬉しくなってしまいました。


 お話としましては、零樹さんの視点と人形の薊の視点。
 指定していただいたシチュノベは本当にものすごく綺麗で、切なくって、そのシチュノベに抱いた想いを薊を通して書かせていただきました。
 きっと薊はこのシーンではこのように考えていたのだろうな、というのを考え、言葉に紡ぐのは本当に幸せな作業でした。
 あらためて本当にこのような機会をくださってありがとうございました。^^
 またもしも開いているのを見つけて、僕でいいと想ってご依頼していただけたら、幸いでございます。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にご依頼ありがとうございました。
 失礼します。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年12月16日

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