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『『悪魔の居る家 ― 前編 ―』 』
アレシア・カーツウェル3885)&ローナ・カーツウェル(1936)


「嘘。NO。何でよ? どうして、ミーの攻撃が効かないのよ?」
 ローナはその時の事を私にとても怖かったと聞かせてくれました。
 手裏剣もクナイも通じなかった、と泣きながら。
 そして彼女に一番、ショックを与えたのは……



 これは母と、子のお話です。
 とても哀しく、暗鬱で、陰惨なお話。
 その母子と私たち母子が知り合うきっかけとなったのは、私と娘のローナとの喧嘩でした。
 つまらない感情の擦れ違い。
 だけど私にとってはとても大切な、事で。



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


 ローナ、としてはそれは軽い気持ちだったんだと想います。
 はい、それはわかっています。
 ただ軽い気持ちで、母親の私に今日は給食にとても美味しい揚げパンが出たのだよ♪ というような事を報告するような、そんな気持ち。
 ですが私はそれを彼女が期待していたような感じで軽く受け流すような事はできませんでした。
 それが母親、という物なのではないでしょうか。
 心配だったんです、娘が。彼女にもしも何かがあったらどうしよう、ってそれを考えただけで胸が痛くなって。
「ローナ」
 言い聞かすように私は彼女の名前を口にしました。
 私と同じ青の瞳に大きな涙を溜めた彼女はきゅっと噛み締めていた唇を動かして、
「Oh。ママなんて大嫌い」
 と、掠れた声で呟くと、彼女の震える体に手を伸ばしかけていた私の横を脱兎のようにすり抜けて、そして玄関の扉を乱暴に開けて、外へと出て行ったのです。
 がちゃん、と抗議の声をあげるかのように閉まった玄関の扉の音を聞きながら私は大きく溜息を吐くしかありませんでした。
 まだ10年。あの娘の母親となってまだ10年しか経っていない私は何もかもが手探りだから、だからとてもあの娘を育てる事に臆病なのかもしれません。
 私の母が私にしてくれたように、
 母ならどうするのか?
 それらを考えながら母親をするしかない私。
 だけど、時折あの娘が見せてくれる成長がそんな不安な気持ちを一掃してくれて。
 でも、私は、本当にあの娘を愛している。
 そしてあの娘も私を母親として慕ってくれている。
 それは確かで、互いに想いあっているのに、だけれどもちょっとした感情の擦れ違いで、まるでボタンをかけ間違えたかのようなこの状況。
 例えばその感情のボタンをかけ間違えた服をローナが着ているとして、そのローナは傷ついているから、硝子細工の人形に細かい微細な傷が全体に走っているようなモノだから気をつけて触れなければ、彼女の心を壊してしまう。
 それが怖いのかもしれない。
 信頼、この時、私はローナを深く傷つけてしまった事から、それを忘れていた。
 とにかく私は沈黙した玄関の方に視線をやりながら溜息を吐くだけでした。



 だったらローナは?
 その時、彼女は行くあてもないままに街をさ迷い歩いていたとの事です。
 友達は冬休みで、親戚の家に出かけていたり、スキーに行っていたりで、誰もおらず、また今誰かに会ったら、心が苦しくって、痛くって、泣いてしまいそうで、傷つけてしまいそうで、
 幼いながらにもそれがわかっていましたから、彼女はわざと誰も居ない方向へ、方向へと向っていたのかもしれません。
 そんなローナを慰めてくれたのは歌でした。
 とても綺麗な歌だったと。ものすごく透明で優しい歌声であったと。
 その時の空は鉛筆色の雲が厚く覆っていました。
 だけどローナは知っています。その分厚い鉛筆色の雲の上はでも、青空なのだと。前に彼女はとても嬉しそうに泣いている子を慰めていましたから。


 ローナ、私の優しいローナ。
 そうだよ。
 どんなに泣きたい時でも笑うあなた。
 本当の優しさを知っているあなた。
 たとえ、悲しみがあなたの頭上に広がる空を覆い尽くして、あなたから光を奪ったとしても、
 それでもその分厚い雲の上には、青い空がある事を忘れなければ、いつかあなたはその恋焦がれるように待ち望んだ青い空の下に出られるのだよ。
 私のローナ。


「Oh、beautiful voice♪ とても綺麗な声でsongを歌ってるのは誰?」
 歌声があるいは、ローナを青い空の下へと導いてくれたのでしょう。
 確かに頭上には分厚い鉛筆色の雲がありますが、それでも彼女の心にはもう青い空が見えているのです。
 歌声、が、彼女の心をとても優しく温かに包み込んでくれましたから。
 ローナの声に応えるように、傍らにあった民家の庭に植えられた樹の枝からばさばさ、と小さな羽音が上がって、
 そしてローナの顔の直ぐ前の空間で小さな小鳥が、飛んでいたのです。
 それはとても珍しい種の小鳥でした。
「Tank you so much♪ あなたは誰?」
 ローナが両の手の平を空に向けて差し出しますと、小鳥はその両手の上に乗りました。そしてつぶらな瞳でローナを眺めながら、ちょこんと小首を傾げるのです。
「無いの、名前? それとも忘れた? 知らない?」
 小鳥は傾げていた首を元に戻すと、一声、鳴いて、そして光なんて無い、ただただ気が重くなるような暗い空へと飛び上がったのです。
 もうその小鳥以外は鳥はすべて空を見捨てたかのように、他に空を飛ぶ物のいない空を小鳥は飛んでいったそうです。
 そしてその空を飛んでいく小鳥の姿を見た途端にローナはとても哀しい気持ちになったと。
 飛びだったのはたとえ小さな鳥でも、
 その自分から逃げていく存在の後ろ姿を見た途端に、
 人は誰もが自分が大きな間違いをおかしたような気分となり、
 後悔の念に囚われて、
 そして空っぽの鳥篭に新たな鳥を祈るように入れるまではその心の痛みを覚えているのに、
 鳥篭の中で歌う鳥の声を聞いているうちにそれを忘れて、同じ間違いを何度も繰り返す。
 ローナは追いかけました。
 その鳥を。
 泣きながら。
 何が哀しいのか、
 どうして自分はその小鳥を追いかけるのか?
 そんな事は何も理解できないまま。
 そして小鳥は、教会の方へと降りていきました。
 教会の礼拝堂の傍らにある、墓地へと。
 そうしてローナと彼は出逢ったのです。



「君が見つけてくれたの、小鳥を」
「うーん、ミーはただ……」
 その小鳥の歌を聞いて、慰められて、
 名前を聞いたけど、答えてもらえなくって、
 それでその小鳥を追いかけてきただけ。
「その小鳥さんの名前は何て言うの?」
「名前は無いんだよ」
「Have no name? どうして名前が無いの?」
「失ってしまったから」
「Why?」
「僕のお母さんが、悪魔に取り憑かれてしまったから」
 風が吹いて、その風に乗るようにローナの目の前に居る彼(ローナと同じぐらい)の肩から小鳥が飛びだった。
 高く、高く、高く、分厚い鉛筆色の雲が敷き詰められた空へと。
「Devil?」
「そう。悪魔。悪魔がね、僕の母さんに取り憑いて、そして名前を失ってしまったんだ」
「じゃあ、悪魔を倒せばOK?」
「倒せないよ」
「倒せるよ」
「倒せないよ、悪魔は」
「倒せるよ」
「倒せない…倒せ……倒せる? 倒せない…倒して、悪魔を倒して……」
「when it cmes to fight,leave it to me♪」
 そしてローナはその子にぽんと胸を笑いながら叩いて見せたのだと私に話してくれました。



 どうして、その子にそう言ったの?
 私が訊くと、ローナは言いました。
「名前はvery very very 大切なpresentだからよ」
「プレゼント?」
「YES。ミーのローナはママやパパからの初めてのpresent。ママのアレシアもgrandfatherとgrandmotherからのプレゼント。とてもとてもとても大切なプレゼント。だからその大切なママとパパからのプレゼントを失ったままじゃとても哀しい。だからね」
「そうね」
 私のローナ。
 大切なローナ。
 かわいいローナ。
 優しいローナ。



 それでローナは彼の家へと行きました。
 彼の家は普通の世間一般の建売住宅。
 住宅街のほぼ真ん中にありました。
 普通の家庭の、極々平凡な家の姿。
 ですがローナはその家を見た時に鳥肌が立ったと言いました。
 ――娘は感じたのでしょう、その家に巣食う悪魔を。
「Oh、これは何? ものすごく寒いよ」
「悪魔、がいるから」
「悪魔……」
「怖い?」
「うん、怖いよ。very very very dreadful」
「そうだよね。逃げてもいいよ」
「No。ミーは逃げないよ」
「どうして? 僕とローナはさっき会ったばかりなのに……。理由が無いよ」
 ローナはちっちっちと立てた人差し指を横に振ったそうです。
「怖くない、って言ったら嘘。だけどでも、ミーがユーを助けてあげるよ」
「だからどうして?」
「ミーはローナ、っていう名前が大好き。それはユーもでしょう。ユーも大好きでしょう、ユーの名前が。だからミーはfightするの、悪魔と」
「……ごめん。ありがとう。僕のお母さんを助けて。お母さんは僕が死んだせいで、悪魔に囚われたんだ」
「ユーが死んだせいで?」
「うん、僕が死んだせいで悪魔に囚われたんだ。悲しい、っていう心の隙間をつかれて。僕が死んじゃったから。僕のせいで」
「NO。ユーのせいじゃないよ。ユーのmotherが悪い訳でもなくって。一番悪いのは悪魔よ。うん、そうよ。だから泣かないで」
「ありがとう」
「うん。ユーのmotherはミーが助けてあげるから。だからユーは大船に乗ったつもりで安心してて」



 怖くないわけではありませんでした。
 相手は悪魔なのですから。
 でも、ローナはその子が両親から初めてプレゼントされた名前を取り戻すべく悪魔へと挑んだのだそうです。
 その優しさ故に。
 優しいから背負って、
 優しいから戦って、
 そして優しいから……苦しんで………



 家の敷地に足を踏み入れた瞬間、ローナの全身の毛穴から染み込んだのは悪意だったそうです。
 それがローナの毛穴から体内に染み込んで、心臓を鷲掴んだような痛みを覚えたそうです。
 それは濃密な悪魔の気配でした。
「ローナ、大丈夫?」
「YAa−。Don't bother.大丈夫だよ。ミーは忍術を使うから♪」
「忍術?」
「YES。努力の賜物なのだよ。だから大丈夫。ミーは許せないの、悪魔が」
 そうよね、ローナ。許せないわよね。
 そしてローナは玄関のドアノブに触ろうとしたのだそうです。
 そしたら、
「Damn! ドアノブが噛み付いてきた」
 ドアノブには口があって、その口から覗く鋭い牙がローナの血で濡れていたそうです。
「ローナ、大丈夫?」
「YAa−。もうこの家自体が悪魔みたいなんだね。だったら」
 ローナは小さく呼吸すると、手の平に気を集中させた。それは球体を成し、ローナの気を極限まで集中させて凝縮したモノで、まさしくそのソフトボール代の大きさの球体は台風並のパワーを持っているのです。
「これでThe endよ。ミーの忍術の前に砕け散れ!!!」
 球体を扉に叩きつけた瞬間に、扉は粉々に砕け散ったそうです。
 茫然とする彼にローナは肩を竦めながらウインクした。



 部屋に入ると、靴箱の上に置かれているクマのぬいぐるみがおもむろに奇怪な声をあげたそうです。
「キャー。ケラケラケラ。愚かな人間が来たぞ。おまえはなんだ、小娘。ここに何をしに来た? 死に来たか?」
「Shut up!!!」
 ローナはそのクマのぬいぐるみをひっ掴んで、足下に叩きつけた。
 怖かったそうです。
 そう、もうそこはほぼ異界。
 視界に映る部屋の風景は見慣れた家庭の内装をしていますが、しかしそこにたゆたう腐臭を孕んだ空気は奇怪で、
 その空気は凍えつくように冷たくって、
 本当に恐ろしくってしょうがなかったそうです。
 そしてローナはだから悪魔が居る場所がわかったそうです。
 空気は流れてきているのですから。悪魔の居る場所から、ローナのもとへ。
「今、行くよ、悪魔。ユーの居場所はわかっているね」
 そこに向うローナ。
 家の所々にまだ残っている清浄なモノは、ローナに牙を剥いたそうです。ここはおまえの来る場所ではないと。帰れと。
 それは優しさという拒絶。
 ですが、悪魔の声は甘くローナを誘ったそうです。
 そう、悪魔は自分からローナに居場所を報せていました。
 自分はここに居るぞ、と。
 そして……
「あら、かわいらしいお嬢さん。こんにちは。遊びに来てくれたの、この子と?」
 それは完全に狂気の表情だったそうです。
 自分がとても古いビスクドールを抱き抱えている事を、
 それを自分の子どもだと思い込んでいる事を、
 まったく気付いていない、見ようとしていない、本当にただただ悪魔に魅入られている自分を受け入れていて、それを変えようとしない……
「ユーがお母さん?」
「ええ、そうよ。私がお母さん。大好きな大好きなお母さん。ねぇー」
 人形に語りかけている彼女がとてもかわいそうだったそうです、ローナは。そして彼も。
 だけど……
 だけど同時にローナはどうすれば自分が彼女から悪魔を引き離せるかわからなくって、苦しんだそうです。
 きゅっと下唇を噛み締めて、拳を握り締めて。
 そしてローナはぐずぐずと泣き出したそうです。
「あらあら、どうしたの? お嬢さん。何が哀しいの? どうして泣いているの?」
 彼女は泣いているローナの顔を覗き込んで小首を傾げて、
 ぱちんと手を叩いたそうです。
 そしてとても嬉しそうに――
「ああ、そうだわ。私の息子と一緒に遊びなさいな。私の息子はとても優しい子なのよ。ほら、私の息子もあなたと一緒に遊びたいって。私の息子のガールフレンドになってくださいな、かわいいお嬢さん」
 彼女はローナに人形を差し出して、
 そしてそのビスクドールに宿っている悪魔が、
「くすくすくす」
 と、とても暗鬱に笑った。
「やぁ、ローナ・カーツウェル。一緒に遊ぼう。僕と一緒に遊ぼうよ」
「Why? どうしてユーはミーのnameを知ってるの?」
「知ってるよ。僕は知ってるよ。ローナも、そしてアレシアも」
 とても甘やかな子どもの声で呼ばれた私の名前に、ローナは嫌悪と怒りを覚えたそうです。
「ユーがミーのママの名前を言わないで。ユーにママには何もさせない」
 そしてローナは彼女の手から人形を叩き落すと、その人形を蹴り上げて、それで手裏剣やクナイを投げたそうです。
 しかしそれらは…
「嘘。NO。何でよ? どうして、ミーの攻撃が効かないのよ?」
 ローナはその時の事を私にとても怖かったと聞かせてくれました。
 手裏剣もクナイも通じなかった、と泣きながら。
 そして娘に一番、ショックを与えたのは……
「ぎゃぁーーーーー」
 彼女は人形を抱きしめて悲鳴をあげたんだそうです。それからローナを涙が浮かんだ目で憎しみを込めて、睨んだ、と。
「この馬鹿小娘がぁー」
 そしてローナは頬を彼女にひっぱ叩かれたのです。
 ローナは叩かれた頬を押さえて、訳がわからないままに彼女を見ました。
 いいえ、もうローナにはわかっていました。
「よくも私の息子に。よくも私の息子に。よくも私の息子にぃーーーーー。おまえは私の息子をまた殺すのかぁーーーー」
 敵は悪魔ではなく、彼の母親、と。
 そして彼女の両手がローナの首に。
 ぎゅっと指に込められる力。
 ローナは息ができなくって苦しくって、頭が真っ白になって、痺れて――
 ………ローナの薄れゆく脳裏には私の顔が浮かんだそうです。
「助けて、ママぁ」
 おそらくそれは無意識に出たのでしょう。
 そしてだから……
「うぅ」
 それは彼女の意識をほんの一瞬、取り戻させて、ローナの首を絞める手の力を緩めたのだと想います。
「ローナ、逃げて!」
 彼はローナに叫びました。
 それでローナは煙玉を部屋の床に叩きつけて、
 両腕を体の前で交差させて、窓ガラスを破って、ローナは家から脱出した瞬間に口寄せで巨大な鳥を呼び出して、その鳥によってそこから逃げ出したのでした。




 そしてローナは命からがら家に逃げ帰ってきました。
 どん、という大きな音が庭の方でしたのを聞いた私はそこへと駆け出していき、そして庭に倒れているローナを見つけたのです。
 ローナは駆け寄ってきた私に抱きついて、そして大泣きしました。
 私は彼女に温かなココアを渡して、
 それで訥々と語ってくれる彼女のその話を黙って聞きました。
 語り終えたローナはまた泣いて、それで泣き疲れて眠ってしまいました。
「おやすみ、ローナ。私のかわいい、優しい娘。大丈夫よ。あなたが目を覚ました時には悪い夢も一緒に終わっているからね」
 ローナはずっと泣いていました。彼と、彼の母親の為に。
 だから私は立つのです。
 彼の気持ちは私にもわかります。
 私にも母が居ますから。
 ローナの気持ちも痛みもわかります。
 ローナは私の大切な娘ですから。
 そして彼女の気持ちもわかります。
 私も同じ、母ですから。
 ですから私は………



「おお、これはマダム。先ほど無様に泣き帰った小娘のママ。ケーヘヘへヘヘへ。今度はあんたがやって来たのかい?」
 床の上に転がるそのクマのぬいぐるみ。
 私はその坊やに微笑んであげる。
「私はアレシア・カーツウェル。ローナの母親。私の大切な娘を侮辱する子は許さないわ」
 そして私は石化したクマを無視して、彼女と悪魔がいる二階へと向ったのです。



 ― To be continued ―

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2004年12月14日

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