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『クリスマスまであと…… 』
藤井・葛1312)&藤井・蘭(2163)


 藤井葛は現在、ようやく編みあがったマフラーを前に、一体これをどうラッピングすればいいのか真剣に悩んでいた。
 うんとしゃれた感じにしたいと材料を揃えたまではいい。後はもう包むだけなのだ。だがそこから先に進まない。
 温かい時間と暖かい空気に満ちたあの店から買ったのは、鋼色に緑が僅かに織り込まれたやわらかな毛糸だ。延々と同じパターンで編み上げたオーソドックスなマフラーには、その時のぬくもりが確かに感じられる。
 けれど、葛には、それを優しく包み込めるような方法がまったく思いつかなかったのである。
 そのうえ、妙に何かが足りない。
 本当に何かが足りない。ソレが何かも分からない。
 じっくりにらめっこをすること30分。
「持ち主さぁん、持ち主さぁん」
「うわ?」
 それまでお気に入りのビーズクッションと一緒に床に転がっていた蘭が、急に起き上がり、頭に新緑クマを乗せたままでゆさゆさと腕を掴んで揺さぶってきた。
「あ、ゴメン。ええと、どうした蘭?」
「どうしたじゃないなの〜持ち主さん、さっきから難しい顔してるなの〜ずぅっとむむぅって感じだったなの」
 指で自分の眉をきゅっと寄せながら、こんな顔をしてはダメだという。
「そうか」
「そうなの〜」
「きゅ〜」
 力強く頷いて見せる蘭とコクマにつられて、葛の肩の力が抜ける。
 確かに延々悩み続けても意味はないかもしれない。煮詰まってしまったのなら、別の方向からアプローチするのも手ではないか。もしかすると何かが見えてくるかもしれない。
「気分転換だ。おやつでも買いにいくか?」
 思わず存在を忘れるくらい大人しく自分を待っていてくれた彼らに、ほんの少しのご褒美もかねて、そんな提案をしてみる。
「わ〜いなの」
「きゅうっ!」
 予想通りバンザイと思い切り両手をあげる彼らに吹き出しつつ、ぱきぱきと外出の準備を始めた。
 コートを引っ張り出して、マフラーもして。しっかり着込んだら、3名揃って乾いた冬の風が吹く外の世界に『せーの』で足を踏み出す。
 リンと冷えた空気が、すぅっと身体を包み込んだ。
 久しぶりの買い出し先は、電車にゴトゴト揺られて十数分の距離に構える大きな商店街だ。
 だが、電車を降りてしまってから葛はひそかに後悔した。
 赤と緑と金色のモールで飾り付けられた街中はクリスマスまでのカウントダウンを開始していて、またしても蘭の心を捉えてしまった。
 準備はいつやるのかと、もうそればかりで、1日1日をやり過ごすのに少しばかりの頭脳と労力が必要だったのだ。
 それでも少しは落ち着いてきたと思ったのだが、ここに来て再燃である。
 アレも欲しいコレも欲しいが始まってしまった。
「今日はおやつだけ」
「なんでぇ?なんでぇ?いそがなくちゃ間に合わなくなっちゃうなのー」
「まだ2週間もあるだろ?大丈夫大丈夫。こういうのはみんな揃って一気にわいわいやった方が楽しいって」
「ふに?みんな?」
「そ。みんな。姉ちゃんとアイツも呼んで。蘭だって、ひとりよりも友達と一緒にやる方が楽しいことがいっぱいあるだろ?」
「ひとりよりみんな………うん!そうなの!その方がいいなの!持ち主さん、スゴイなのー」
「そ、俺はスゴイの」
 何とか言い包められたことにホッと胸を撫で下ろしつつ、荷物を片手に家へと足を向ける。
 ジングルベルが鳴り響き、クリスマスソングに溢れた街中から少しずつ遠退きながら、考えることは家に置いて来たマフラーのことだ。
 結局ラッピングのいい案は浮かばなかった。
 さてどうしようか。
 自分の前を元気に荷物を抱えて歩く蘭を眺める。
 楽しげに嬉しげに跳ねる緑の子供と、その頭に乗って一緒に跳ねる緑のコクマ。
「あ」
 ふと思い出したのは、古びた異国の匂いがする店から、『いいのいいの』という言葉と共に受け取ってしまった翠のビロードだ。
 すっかりあの手触りがお気に召した蘭のためにクッションを作るという予定が立っているのだが、どうせなら、マフラーと一緒にクッションもアイツに包んでみるといいかもしれない。
 印象的な『緑』という色彩をあの相棒の元にも送りたい。
 向こうとこちらの部屋にひとつずつ同じものがあるという不思議さは、ちょっと想像してみるとお遊びめいていて面白そうだ。
 いや。
 せっかくだから、クリスマスにちなんで色も対にしてみようか。
 アイツは、あまり自分の部屋に物を置いていないと言っていた。けっこう殺風景だとも。ならなおさら、こちらから鮮やかな色を侵食させるのだ。
「蘭、もういっこ別のお店に行くよ」
「べつの所、なの?」
「そ。いいこと思いついたから」
「いいこと?」
 疑問符がたくさん並ぶ蘭ににっと笑いかけ、小さな手を引きながら、葛は自分の計画を打ち明けた。
 そうして辿り着いたのは、数日前、蘭の銀の瞳が見つけた優しく小さな手芸用品店である。
 カランと鳴る鐘を鳴らして扉を押し開けば、老婦が変わらずのんびりとした空間でほんわりとした空気を纏い、自分達を迎えてくれた。
 編み棒のお礼、あの毛糸玉でマフラーを編んだこと、今日はクッションの材料を買いに来たのだということを彼女と話しながら、葛はずらりと並ぶ温かな布地を見てまわる。
「持ち主さん、持ち主さん、この色!この色がいいなの!」
 蘭とコクマがきゅっと服の裾を後ろから引っ張った。
「この色、とってもおいしそうなの」
 彼らがめいっぱいオススメしてきたのは、深くて透明感のあるワインレッドのビロードだった。
 確かに数ある色の中で、一番鮮やかで一番ぐっと来る。そしてなによりあの男にすごく似合いそうな気がした。
「よし、それにするか」
 ぎゅっと抱きしめられるくらいの大きさを目指して、少し多めに生地を切ってもらう。ついでに中に詰め込む綿も買い込むつもりだったのだが、またしても老婦の『いいのいいの』に押し切られ、半分以上オマケしてもらった。


 帰宅して一息つくと、がさごそと大きな紙袋から買ってきたばかりの生地を、そして棚からは裁縫道具一式を引っ張り出してテーブルに広げた。
 気合を入れて、作業開始である。
「蘭、こっちの生地の端っこ持って」
「ラジャーなの」
「コクマは蘭と反対側ね」
「きゅー」
 びしっと敬礼して、葛のきびきびと指示に従う蘭とコクマ。
「そういえばさ、その『ラジャー』って応答の仕方、一体どこで覚えたんだ?テレビかなんかか?」
「ふに?テレビじゃないの〜パパさんと、パパさんのお友達と、お友達のお友達に教えてもらったなの。了解した時は『ラジャー』って言うなの。ソレが決まりでお約束でロマンなの〜」
「…………父さん……」
 そういえば最近やたらと父が店から居なくなると電話で母がこぼしていた。何をしているのかと思えば。
「……まあ、いいけどさ。楽しいんなら……」
 諦めの境地でポツリと呟く。そして、出来ればあまり周りに迷惑を掛けていませんようにと、遠くを見ながらこっそり祈った。
「持ち主さん、次は?次は何するなの?」
「あ、ああ……えっと次は」
 シンプル・イズ・ベストを信条に、葛は2人の助手に指示を出す。
「チョキチョキチョキチョキ、たのしいなぁ〜チョキチョキチョキンって何つくろ〜」
 どうやら自作らしい蘭の軽快な歌を聴きつつ、生地をオーソドックスな正方形にどんどん裁断していく。
 いちまい、にまい、さんまい……と、はらりはらりとテーブルに滑り落ちる2色のビロード。その下に潜り込んでもぞもぞ遊ぶコクマ。その上から思い切り顔を埋める蘭。
「こら。クッションが出来上がる前に汚したら意味ないだろ?」
「ふに〜」
 指先でコツリと軽く叩いて注意をすれば、しぶしぶといった感じでビロードの海から助手たちが顔を上げる。
「あ」
 名残惜しそうに布を掴んでいた蘭が、何を思いついたのか唐突に声を上がる。
「どうした?」
「うんとね、うんとね。こうしたらキレイなのークリスマスなのー」
 片手に緑と赤を一枚ずつ持ち上げて、葛の顔の前でぺたりとふたつを合わせて見せた。
「ね?ね?」
「……なるほど」
「ふたっつ合わせた方がキレイなの〜」
「よし。じゃあ、こっちとこっちを合わせて本当の『おそろい』にしちゃうか」
「うわ〜!おそろいなの〜あっちとこっちでクリスマスなの〜」
「大発見だな、蘭」
 くしゃりと柔らかな髪を撫でれば、嬉しそうに『えへへ』と照れ笑いをこぼす。
 間にお茶の時間を挟んで、プレゼント作成は続く。
 ちくちく。
 ちくちくちくちく。 
 一針一針に想いを込めて……などと言うつもりはないけれど、それでもさわさわした気持ちいいビロードに触れながら少しずつカタチにしていく過程は、ちょっとドキドキする。
 マフラーを編んでいた時とはまた違う感覚。
 よく姉も手作りのお菓子を持参したり一緒に料理をしたがるが、出来はどうであれ、その気持ちと今の自分の気持ちはもしかすると同じものなのかもしれない。
 誰かのために何かを作ること。
 そうする時間が楽しくて仕方がない。
 思わず時間を忘れてものづくりに没頭するのも、こうして誰かと誰かのために作るのも、どちらもずっと自分を夢中にさせてくれる。そして、心をほわりと浮上させてくれる。
 助手に綿を詰めるところまでしっかりサポートしてもらい、日が傾く頃には、テーブルの上に大きなクッションがふたつ並んだ。
「完成、だな」
「すごいなの〜気持ちいいなの〜完成バンザイなの〜!」
 互いをねぎらってパンと両手を打ち合わせた。
 だが、
「持ち主さぁん!」
 いきなり困った顔になって蘭が葛を見上げる。
「どうした?」
「クマさん、いなくなっちゃったなの〜」
「は?何で?さっきまでそこに――」
 ごそり。
 不意の物音に言いかけた葛の言葉が途切れ、2人の視線がとある一点に集中する。
「なあ……今、クッションが動いたような……」
「……うんなの……動いたみたいに見えたなの……」
 ごくりとツバを飲み込んでじっと見つめる2人の前で、またしてもクッションの片方がもぞりと動いた。
 そして、
「きゅぅ……」
 微かに聞こえる、哀しげな鳴き声。
「あー!!持ち主さぁん、持ち主さぁん!!クマさんが!」
「いつのまに入り込んでたんだよ!」
 綿と一緒にクッションに詰め込まれたらしいコクマ救出のために、大慌てで葛は縫い付けられた合わせ目をハサミで解いていく。
 それをはらはらと見守る蘭。
 所要時間は約1分。
 あわやクッションとして第二の人生を歩むところだったコクマは、無事蘭たちの元へと戻ってきた。
「まったく……気をつけなよ」
「あぶなかったなの〜」
 額の汗を大袈裟に拭う真似をする。
 外はすっかり暗くなり、時計を見れば、もう間もなく7時になろうとしている。
「さて、そろそろいい時間だ。夕飯の準備に取り掛かろうか。蘭とコクマは後片付けを頼むよ」
「ラジャーなの〜」
「きゅ〜」
 少々散らかった部屋を蘭に託し、葛は台所へ向かう。
 冷蔵庫を開けて献立を組み立てつつ、今度はあまった毛糸をどうするかということに思いを巡らす。
 何か良い案はないだろうか。
 緑に銀を織り込んだあの毛糸玉。ソレは、何となく蘭と、そしてすっかり相棒と化しているコクマを連想させた。
「ああ、いいかもしれない」
 マフラーをもう一本編む分はないけれど、あれならいけるのではないだろうか。
 明日も休みだ。少しくらいの夜更かしも余裕でこなせる。何より相棒はいま興信所絡みの調査でしばらくはネットに繋げない。つまり、日課のゲーム分もこれに費やせるということだ。
 今夜2人が眠ったら実行に移そう。
 朝、目を覚ましたら、あの子達はどんな反応を返してくれるだろうか。
 知らず口元に笑みを浮かべながら、我ながら素晴らしい思い付きだと自画自賛しつつ、葛は夕飯に取り掛かった。

 翌日。

「持ち主さ〜ん、持ち主さ〜ん!なぁに?コレ、なぁに?」
 バタバタと騒音を立てて、目覚まし時計代わりの蘭がクマと一緒に定時よりも早くに葛のベッドにダイブした。
「ん〜っ」
 寝惚けた顔で自分の髪を掻き撫でつつ、布団から顔を出す。
「ね?ね?なぁに?これ。なぁになの?おきたら僕の横にいたなの〜」
 蘭とコクマが、こちらにまでドキドキが伝わりそうな表情で近付いてきた。
「……ん?ああ……手伝ってくれたお礼……カワイイ、だろ?」
 彼の手の中にいるのはマフラーとおそろいの色をした小さなあみぐるみのクマだ。
「気持ちいいなの〜スゴイなの〜カワイイなの〜〜」
 手の平にすっぽり収まるソレをぎゅっと抱きしめて頬を摺り寄せながら、蘭はかなりご満悦だ。その場でくるくる踊りだしそうな勢いである。
「あとね、あとね?これはなぁに?」
「きゅ。きゅ〜?」
 ベッドに乗ったまま、へろんっと人差し指の幅で短く編んだものを目の前にぶら下げる。
「ああ……それはコクマに、な……」
 もぞりと身体を起こし、蘭の手から細い棒編みを受け取ってくるりと新緑クマの首に巻けば、専用のマフラーの出来上がりだ。
「きゅきゅ?」
「おそろいシリーズ……アンタにもマフラー。いいだろ?」
「きゅ〜!」
 ぽぽんっと、クマが花を振り撒いてベッドの上のあちこちをくるくるまわった。
「あ〜……あんまり……はしゃぎするなよ」
 期待以上に喜んでくれる蘭と新緑クマを、まだボンヤリした頭で眺める。
 こんなふうに全身で嬉しさを伝えてもらえると、頑張った甲斐もあるというものだ。
 さあ、アイツにはどうやってプレゼントを贈ったら一番驚いてもらえるだろうか。
 寝る間際にようやくラッピングし終えて押入れに隠したやわらかな包みを思い、葛はひとりくすりと笑みをこぼした。

 クリスマスまであと少し。



END
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東京怪談
2004年12月14日

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