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『女の子であることの特典 』
ウラ・フレンツヒェン3427)&三上・可南子(4278)


「ほら、ねえ、見て見て、カナコ。あの店のクレープが美味しいのよ!」
 うきうきと弾んだ心をそのまま現したような足取りで、ウラ・フレンツヒェンが小走りに進んでいく。
そのウラに手を引かれ、半ば引きずられるように歩いていくのが、三上 可南子。三上はウラの先導でクレープ屋をはしごしながら、二枚目のクレープをまだ食べている最中だ。
「ちょ、ちょっと待て、ウラ。わしはまだこれを食い終わっておらんのだ」
 少しばかり焦りながらそう述べると、ウラがピタリと足を止めて振り向いた。
「もう。カナコは食べるのが遅いのね! いいわ、ちょっとだけ待っててあげるから、とっとと食べ終えちゃいなさいよ」
 そう言って瞳を緩ませるウラを眺め、三上は小さく頷いて残っているクレープを頬張った。


 きっかけは、ウラの思いつきによる提案だった。
「気晴らしに、ぱーっといきましょ!」
 三上が経営している事務所に遊びに来ていたウラがそう提案したのは、三上がゴスロリ衣装に興味を示したため。
ウラはいつも可愛らしいゴスロリ衣装を身につけている。
カナコも着てみたらいいのに、というウラの言葉に、三上が強い反応を示したのが始まりだった。
それなら今度一緒に選びに行きましょう! というウラの申し出に、三上は快く頷いたのだった。

 
 さて、場面は再び初めに戻る。
生クリームとアイスがこんもりと入ったクレープをようやく食べ終えた三上を見やり、ウラは満足そうにクヒッと笑った。
「まだまだ食べられるわよね? そりゃそうよね? ええ、もちろんだわ! だって、あたしはまだあと五枚はいけそうだもの!」
 嬉しそうに両手で口許を隠してクヒヒと笑うと、ウラは返事を待つことなく三上の手を引いて足を進める。
三上は、まだ口の中に残っているクレープをもごもごと飲みこみながら、それを否定することなくついていった。歩きながらも周りを見やる。

 東京、ハラジュク。
ウラにとっては通い慣れた街であり、三上にとっては初めて足を踏み入れた土地である。
まだ朝の十時だというのに、街中いたるところに人の波が出来ている。
様々な店が開きだし、様々な人間が入り乱れて歩く。
普段ならちょっと珍しがられるウラの衣装も、この街では少しも珍しくはない。むしろ当たり前のように馴染んでいるウラの姿に、三上はちょっとした羨望の眼差しを向けていた。
 それから二人は数枚にのぼるクレープを食しながら、通りを進み、途中何軒か店先に立ち寄ってゴスロリ衣装を見て回った。どれもこれも三上の目には可愛らしいものに映ったが、ウラはどこか不満そうな表情で、なかなかGOサインを出そうとしない。
「ウラ。これ。これではいかんかのう?」
 三上が恥ずかしそうに手に取ったのは、白いフリルが肩から背中まである、フレアリボンワンピース。
「む、胸元など、なかなか可愛らしく思うのじゃが」
 いつになく頬を赤く染めた三上がそう告げると、ウラはそのワンピースを隅から隅までチェックし、そして小さく唸り声をあげた。
「こういうのが好みなのね、カナコ。ちょっと着てみたら?」
「なに! まだ支払いも済ませておらぬのに、着けてみることなど出来るのか?」
 ウラの言葉に驚愕している三上に、店員らしき女性がそっと近寄って言葉をかけた。
「ええ、試着してサイズとかチェックした方がいいでしょ?」
「そうよ、カナコ。こういうものはちゃんと確かめてから買わないと」
 店員の言葉に深く同意を示し、ウラが頷く。

 ウラと店員に説得されて試着室へと向かった三上だが、入ったはいいが、なかなか動きがない。
ウラが足を運んで試着室の中を覗きこむと、三上は着方が分からないのだと、思案していた。
「なにやらふりるやらりぼんやらが沢山ついておるからのう……」
 眉根を寄せてごもごもとしている三上に、ウラは思わず吹き出してみせた。
「いいわ、あたしが手伝ってあげる……でもカナコ、あたし思うんだけど、カナコにはゴシックな着物も似合うと思うのよ」
 もちろん、このワンピースもすっごく似合うけれどもね。
そう続けて三上を見ると、三上は初めてのゴスロリ衣装に目を輝かせている。
「ごしっくな着物とな? そ、それも着てみたい!」
 ゴスロリ衣装の味をしめたのか、三上はかなり上機嫌だ。
「もちろんよ、さっそく見に行きましょう! 店員、この分の会計を!」
 ウラも機嫌良くそう頷いた。

 結局その店では、三上が気に入ったワンピースの他にヘッドドレスとハイソックス、それに靴を購入した。
購入したものを着用して店を後にした三上は、満足感と照れくささとで顔が上気している。
それを横目に見やってクヒヒと笑うと、すぐ前に見えたクレープ屋を指差して三上の手を握った。
「あそこのクレープも美味しいのよ! ちょっと歩いたらお腹すいたわよね? あたしはもちろんぺっこぺこだわ! 甘いもので小休止しましょ」
 昼時も近付いたハラジュクは、ますます人の数が多くなってきている。
大きめな通りも人の波でごった返し、ちょっと油断したらすぐに迷子になってしまいそうだ。
「わ、わしは今はまだクレープは」
「心配いらないわ、カナコ。同じクレープでも店によって全然違うんだから。それに何より、無駄に脂肪と糖分が多いところがいいのよ!」
 不慣れな靴で小走りに歩く三上の手を握り、ウラは顔に満面の笑みを浮かべる。
真白なファーの上着に、レースとフリルたっぷりのワンピースといったいでたちのウラは、一目見ると目を奪われてしまうほどに愛らしい。
通りを歩いている二人に声をかけてくる男が絶えないのは、そうした彼女の容貌のせいだろう。しかしウラはそうした男達の声など気にかける様子もなく、相変わらずうきうきと弾む足取りで進んでいく。

 間もなくウラが入ったのは一軒の喫茶店だった。
こじんまりとした造りだが、ゴシック風にアレンジされていて、外見も内側もとても可愛らしい。そこはどうやらウラの行きつけの店でもあるらしく、店員はウラを見るなり軽い挨拶をして、奥の席へと案内した。
「ここのクレープ、ソースなんかもいいのよ。甘いんだけど上品っていうかね」
 メニューを広げて三上にそう告げる。三上は同じようにメニューを広げ、ウラの言葉に興味深く耳を傾けた。
 間もなく運ばれてきたクレープと紅茶は、ウラの言葉が真実であったことを裏付けた。
過度すぎない甘さのソースが、もう何枚食べたか知れない腹の中に、溶けこむように入っていく。
「わしは日頃くれーぷなど食べないのじゃが……」
 むぐむぐと頬張りつつ、三上が紅茶を一口すする。
「ウラは色々知っておるのじゃのう」
 ウラはすでに食べ終えて、二皿目を注文していたところだ。
「あたしはあちこちで遊ぶのが好きなのよ」
 そう返して微笑み、頬づえをついて三上を見やる。
「カナコももうちょっと出歩いて遊ぶべきだわ。……これからはあたしがカナコを誘うから、色々あちこち見て歩きましょ」
 ウラのその言葉に、三上は嬉しそうに頬を緩めて頷いた。
「そうじゃのう。そうしようかの。世の中わしの知らぬことだらけじゃ」
 三上がそう返すと、ウラは大きな黒い瞳を細めて笑みを浮かべ、それからふと小首を傾げて問いた。
「……それより、カナコ疲れてない? あちこち歩いたし、人ごみって酔うのよね」
 
 二皿目のクレープが運ばれてきた。
ウラはそれを楽しそうに頬張ると、上目遣いにちらりと三上の顔を見る。
三上はカップの中の紅茶を飲み干すと、少し考えた後に口を開けた。
「正直疲れたかもしれん。……事務所の辺りは、こんなに人もおらんしのう」
 小さなため息を一つつく三上に、ウラはしばし口を閉ざしてから言葉を告げた。
「今日はゴスロリなワンピースも買ったし、ゴシック着物はまた次の機会にしましょ。悪いけど、もうちょっとだけ歩いてほしいのよ」

 ウラが頼んだ二皿目を食べ終わると、二人は会計を済ませて、大通りを真っ直ぐに抜けて歩き続けた。通りはやがて違う名前の通りへと抜け、そこをさらに横に入ると、広がったのは小さな公園。
「表の通りとは違ってね、こっちの裏通りは人も少ないし、落ち着いて話の出来るような場所なんかも、結構あるのよ」
 やはり三上の手を握り締めたウラが、振り向いてそう笑う。
もう片方の手には、道すがら買ってきたクレープが数枚。
三上はウラの言葉に笑って頷き、目を細めて周りを確かめた。
片方の手には、やはり数枚のクレープ。

 冬とはいえ、暖かな陽射しが降る午後。
ウラが案内したその公園は、子供が遊ぶための遊具が二つほどあるだけの、本当に小さな場所だった。
緑が多く配置され、冬枯れた木立ちの隙間からは、ほのぼのとした陽光が降り注がれている。
 公園のベンチに座ってクレープを広げると、ウラはさっそく一つ目を口にした。
「ウラは本当にくれーぷが好きなのじゃのう」
 呆れたような口ぶりでそう言う三上に、ウラはクヒヒと笑って頷いた。
「女の子は甘い物には目がないものなのよ、カナコ」
 三上も笑って頷く。
「なるほど、その通りじゃの」
 応えつつ、自分もクレープをぱくつく。
口にしながら視線を合わせると、二人はそれぞれ笑って空を見上げた。
見上げた空には、真白な雲が、のんきにゆっくり流れていく。


――了――
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東京怪談
2004年12月13日

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