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『思惑はいつもすれ違い 』
エディト・―0473)&グスタ・―(0471)


 夥しい数のコードが床を埋め尽くしていて、足の踏み場もない。元から散らかっているグスタの部屋だが、さすがにいつもこうと言うわけではなく、現状はここ数週間エディトのボディの調整をしていた結果だ。
 通常ならばボディを全交換――しかも今までとは違う規格のものに変えた場合、リハビリには二、三ヶ月を要するのだが、逐一データを取って調整してやれば期間はぐっと縮まるのだ。
 そして、丁度今日がエディトの最終調整日に当たっている。
「……よし、準備完了。上がっててくれ」
 修理ベッドの調整を終えて、グスタは手持ち無沙汰にしているエディトにそう声を掛けた。
「ん……了解」
 エディトは軽く返事を返してベッドに上がり、身を横たえる。
 首筋のカバーをずらしてジャックを剥き出しにすると、すぐにベッドのコネクタが反応して入り込んできた。接続の瞬間のピリッとした熱さだけは未だに慣れない。
 繋げるぞ、と言うグスタの言葉と共に意識が侵される。神経、筋肉――不随意レベルまでがグスタの支配下に置かれていく。慣れているとは言え、一抹の不快感が拭えないのもまた事実だ。エディトは眼を細めて、他人の意思に従って動く自分の身体を見つめた。
 ふっと横に眼を移すとグスタの表情のない顔が映る。
 人にあらざる、サイバーパーツそのままの身体。どこにも生体組織は見られない。顔の真ん中に鎮座したモノアイが不規則な電子音と共に緑色の光を放って、エディトの肌も薄い緑に染めている。
 同じサイバーとは言っても、人型のエディトとは随分違う。
 普段なら声や仕草でグスタの感情も想像はつくが、こういう時に表情から考えが読めないのは少し不安だ。
 一通り反応速度をテストし終わり、グスタは満足げに頷いた。
「もう、ラグもミリ秒レベルだな。あとは調整なしでも馴染んでいくだろう」
「そうか……」
 良かった、とため息をつくと共に身体の支配権が戻り、エディトは二重の意味で安堵の息を漏らした。
「じゃあ、今度は脳のほう見るぞ。意識落としとけ」
「了解」
 頷いて、エディトはすっと眼を閉じる。すぐに身体から力が抜けた。
 エディトを助けたとき、頭蓋には外科的処置の施された痕があった。不審に思いながらも、命が助かるか否かのほうが先決だったので確かめることをしなかったのだが、意識が戻ってからのエディトの話を聞いていると、所々記憶に混乱が見られた。
 おそらく記憶を操作されたのだろう。下手な手術なら致命的な後遺症が残っていることも有り得る。
 自分が直せる範囲であればいいが、と憂いつつ、グスタは接続を切り替えた。


「……それで、俺の頭ん中は?」
 脳内をかき回された後だからか、少々ぼんやりした口調でエディトは尋ねた。ベッドのデータディスプレイに映し出された波打つグラフを見つめながら、グスタは肩をすくめた。
「相当いじられてるな。ここ数年分の記憶のうち、穴が開いてる部分が随分ある。デリートされてるところこそ肝心な部分なんだろうがな……」
 でも、とグスタは肩の力を抜き、
「処置は完璧だ。後遺症なんか残りたくても残れないな。色々な意味でプロの仕業だ」
 ディスプレイから顔を上げてエディトを見る。エディトは少し不安げに視線を移ろわせていた。
「……助かっただけマシ、か」
「まあ、連中はお前の記憶から情報が漏れるのを防ぎたかったんだろうな。だったらもう目的は達成されてるじゃないか。」
「だといいが……」
「そうに決まってる。もう追っ手は来ないさ」
 随分気楽に言ってくれる、とエディトはグスタを睨み付けた。根拠のない励ましは気休めにすらならない。
 所詮グスタには他人事だ。自分の苦悩は自分にしか判らない。
「…………」
 俯いたエディトの肩をグスタの大きな手がばしばしと叩いた。
「元気出せ!」
「――ってえよ!」
 サイバー同士とは言え、軍用規格とは言え、馬力はグスタのほうがずっと上だ。力いっぱい叩かれたら痛いに決まっている。恨みを込めて見上げたが、グスタはどこ吹く風で笑い声を上げている。
「心配するな。もしまた追っ手が来ても、この街にはそう簡単に手出しできない」
 ふっとグスタは窓に視線を向ける。つられてエディトも窓を見た。
 丁度、窓の下を装甲車が通り過ぎているところなのだろう。ぴかぴかに磨かれた高射砲が横切っていった。
「…………」
「うむ、頼もしいな」
 呆れるエディトをよそに、グスタは何度も頷いて感嘆の意を示している。
 ――そうなのだ。こういう街だったのだ。
 ほとんど機能しない警察機構に変わり、ミリタリーマニアが戦車でパトロールし、サバイバルゲーマーが監獄の見張りをし、刀剣蒐集家が犯罪者を斬る。
 偏執的とも言えるマニアが集まる街だけに、武器や銃火器も並大抵ではないものが揃っている。しかも個人蔵で。
「それに、情報操作もこの街じゃ必要ないしな」
 普通の街ならば、壊されかけたサイバーが空から降ってきたと言ったら大騒ぎだが、この街では誰も気にしない。似たようなパフォーマンスが日々あちこちで起こっているからだ。
「だから、大丈夫だ」
「……ああ」
 少々釈然としないながらも、エディトは頷いた。この街の特殊性にはまだ慣れない。
「ところで」
 と、グスタは急に首だけを回してエディトを見た。
「お前これからどうするつもりだ?」
「……しばらく世話になる」
 非常に不本意だが、と最後に付け加えられた言葉は聞かないふりで、グスタは意を得た風に腕を組んで胸をそらす。嬉しそうだ。
「まあ、そう来ると思ったよ。じゃあ正式にフィギュア部屋を改装しないとな」
 フィギュア部屋、と言うのはその名の通り、グスタのコレクションである美少女フィギュアの面々が陳列されている部屋だ。今はベッドを運び込んでエディトの寝室になっている。
 どちらを向いても媚を売ったポーズの人形、という生活空間に嫌気が差していたエディトとしてはありがたい提案だが、それより何より先に何とかして欲しいものは他にあった。
「ところで、そうなる以上は同居人として要求させてもらうが……いい加減普通の服をよこせ」
「普通?」
 何を言っているのか判らない、と言う風にグスタは首を傾げた。グスタに、そしてこの街にとっては、エディトの現在の服装ははきわめて日常的なものだったが……。
「メイド服の一体!どこが!普通なんだッ!」
 エディトは吠えた。白いフリルのメイドキャップが揺れる。
 チャイナドレスを嫌うエディトのために隣人が数着服を貸してくれたのだが、その隣人と言うのがメイドになら殺されても本望と言うほどの男で、当然服も全てメイド服であった。
 ちなみに、今来ているのはトラディショナルな濃紺のワンピースにふわりとしたエプロンドレスとキャップ、と言うスタンダードなものだ。タイトなデザインがエディトの華奢な体躯に似合っている。
 濃紺のロングスカートをたくし上げてベッドから下り、エディトはグスタを睨みつける。だが当然グスタが怯むわけもない。逆に嬉しそうだ。萌えられているのだろう。
「似合うぞ。この街に馴染んできたな」
「……はぁ」
 本気で凹みつつも、エディトは気を取り直して額に掛かった髪を払った。
「……とにかく、生活品とか服とか今から買いに行くからな。お前も付き合えよ」
「気に入らないのか?似合ってるのに……」
「いいから支度しろ!」
 ぶつぶつ文句を言うグスタをせっついて、エディトも支度を始める。さすがにメイドそのままの姿で外に出るのは嫌なのか、苛ついたようにエプロンドレスをむしりとっている。
 グスタは特に支度といってすることもないので、カードの残高に思いを巡らせていたが、突然彼の脳内に稲妻が走った。
 ――妙齢の男女が二人仲良く買い物に出かけるというこれは……。
「デートじゃないか!」
「……は?」
 突然大声を上げたグスタをエディトは不審の目で見つめるが、すでに少々トリップしているグスタは嬉々として続ける。
「買い物デート!下校デートと並ぶ青い恋愛の金字塔!これは行かねばなるまい!」
「な、何言ってんだお前……」
 グスタのモノアイがちかちかと点滅を繰り返している。ターゲットロックオンと言った様子にしか見えないが、どうやら喜びの表現であるらしい。
 明らかに引いているエディトの腕をがっしりと掴む。
「さあ、行くぞ!買い物デート!」
「あ、引っ張るな、離せっ!」
 エディトの抵抗をものともせず、グスタは軽い足取りで部屋を出て行く。後にはエディトが文句を言う声だけが長くわだかまって残った。
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青猫屋リョウ クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年12月10日

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