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『□■□■ Uppercut Junkey ---驕れる者--- ■□■□ 』
緑川・勇0410


 クマのぬいぐるみにサイバーボディのフルパワーで当り散らしたら悲劇になることは、実に想像に難くない。つぶらな目で見詰めてくる人形から綿が飛び出したりしたら悲劇だ、少なくとも個人的に。無機物でも、ああいう可愛さを特化されたものに当り散らすのは嫌だ――愚痴が精々。
 餅は餅屋という偉大な言葉が示す通り――なのかどうかは知らないが、ぬいぐるみと言うのは本来子供の情操教育に使用されるべきだ。いや、勿論第一目的は愛玩だろうが。少なくとも、話し掛けるのは良いだろうが、殴るのは良くない。世の中には殴られるために存在する無機物があるのだから、それを使用するべきだろう。
 有料だけど。

「ッだら!!」

 決まった正拳突きに出る数値は七十七点。生身だった頃とはやはり勝手が違う、あの頃は楽に八十点出せたのに――ぷらぷらと手を振りながら、俺は溜息を吐いた。帽子からはみ出した髪を乱暴に押し込み、店内を見回す。
 生活圏内にはいくつかのゲームセンターがある。その中でもここは、特に学校の連中のエンカウント率が低い場所だ。と言うのもサイバー用のスペースにたむろするゴロツキを警戒しての事らしい――ゲーム一つ取ってもサイバー用、エキスパート用と言うのがあるんだから、至れり尽くせりだ。エスパー用は見かけたことが無いが。
 サイバーの中でも軍事用は、反射神経や腕力、動体視力、小手先動作の精密性がエキスパートよりも圧倒的に勝っている。だからそれ用の遊具を使うと、どうしても破損させてしまう。例えば俺の目の前のパンチングマシーンは、エキスパートが使っても壊すことがあるんだから。事実俺も昔何台か壊したし。

 が、流石にこのナリでパンチングマシーンはいけないと思い、俺は格闘ゲームの筐体コーナーに向かった。
 現在の俺は、ショートボブの髪を帽子の中に隠して少年用の衣類を身に付けている。小学生か中学生ぐらいの男の子、といった風情だ。基本的にサイバー化の際には自分の肉体を模したボディを与えられるということになっているので、この年齢で軍事用サイバーボディの保持者と知れれば――当然追求は、受ける。この辺りは特に平和な地帯だし。
 医療用サイバーならエキスパート用遊具でも遊べるのにな、なんて思いながら、俺は割増料金表示の筐体にコインを突っ込む。サイバー差別だって人権擁護団体が抗議しているのは奨励したい、俺の懐の為にも。どうせ支給されてる遊興費だけど。

 サイバー用のスペースにいるのは、当たり前なのかも知れないが、ある程度年齢のある連中ばかりだった。軍事用のサイバーなんて大概が中年男性だ。不慮の事故や志願もいるけれど、まあ、少なくともここにはそんな奴ばかり。だから自然対戦に乱入してくるのも、そういう相手。
 俺はチラリと向こう側の筐体を見た。ニヤニヤしながらこっちを見ている。子供を虐めてやろうとでも思っているんだろう、まったく――悪いがこれでもリアルで中学生だった頃には、動体視力を駆使して無敵だったんだ。システムもそう変わっていないし、負けるつもりは無い。
 ガラス面を見ると、俺の後ろにも何人かの男が立っていた。一様にニヤニヤとした笑みを浮かべている。暇なやつらだな、と、俺は対戦了承ボタンを押した。



 READY, FIGHT!!




 YOU, LOSE!!



 いや、勿論そんな電子音声が響いたのは相手の筐体なんだが。

「調子こいてんじゃねぇぞ坊主、コラ」
 子供相手に何やってんだ、お前ら。
「ああ? どーせ医療用だろ、お前。サイバー用コーナーっつったってな、それが要るのは軍事用だけなんだよ。紛れ込んでんじゃねぇっつーの」
「…………」
「それとも何か、ちょっと上手いからってチャレンジ気分で紛れ込んできたってか?」

 これは……。
 学校の連中も遠のくだろうな。と言う事は、これからはここに来た方が良いらしい。こんなゴロツキ臭溢れる連中がいるんなら高校生なんて絶対に近付いてこないだろうし。中々良い場所を見付けたなあ、はっはっは。別に現実逃避に四次元の方向なんて見ちゃいないが。
 いい年をした大人が、こんな子供に絡む時代なのか。荒れてるな、ささくれてる。やさぐれていると言っても過言ではないかもしれない。こんな時代に生まれる子供には強く生きて欲しいものだ、物理的にも精神的にも。
 そんな事をぼんやりと考えて思考を逃がす俺の胸倉に、男の一人の手が掛かった。息が詰まる感覚がリアルだな、と思っていると、油断たっぷりに野卑な笑みを浮かべているヒゲ面が眼前に迫る。ううん、精神衛生上とても悪い。

 なので。

 ぐい、と俺は自分からそいつに向けて迫った。引っ張られていたトレーナーが撓むことで遊びが生まれる。そこで一気に床を蹴り、距離を取れば油断した筋肉はすぐにそれを逃がす。この間は一瞬に近い。
 二瞬目には膝を崩し、相手の足を払う。倒れる寸前で更にその上半身を突き飛ばせば、床に肺腑を強かに打ちつけた。ふむ、ハーフサイバーらしいと手ごたえや重みで判断し、俺はもう一人に向かう。呆然としていたところを同様の脚払い、前のめりに倒れるから膝を鳩尾に。こっちもハーフか。蹴り捨てて最後の一人――これは俺の対戦相手だ。慌てた仕種から何か仕掛けようとしてくるが、勿論その隙に逃がすほどに俺は甘くない。

 ほんの少しの悪戯心、俺は踏み込み、顎の下を思いっきりに狙った。
 アッパーカット。
 それはさっきのゲームで、俺が出した最後の技でもあった。

「YOU, LOSE」

 ばぁん、と指鉄砲で俺はそいつを指差す。

■□■□■

「おう坊主、今日も来たのか? 学校は良いのかよ」
「や、もー終わったって。今日は何か面白いゲームとか入ってる?」
「まだまだ。ああ、明日新しい格ゲーが入るらしいぜ?」
「えー、どーせサイバー用とか一ヵ月後になんだろ?」

 ある日の放課後、部屋で一旦着替えてからゲーセンに向かった俺に、男の一人が笑って声を掛けてきた。俺もそれに返す、男言葉でいられるのは実に助かる。少年でも男は男だ。身体が変わったわけではないが、それでも、ここは充分にストレスの発散に役立っている。
 拳で語り合う友情とはまた旧世紀的だが、あれ以来なんとなく俺達は知り合いになってしまった。世の中何が幸いするか判らない、と、俺はパンチングマシーンに向かう。
 今日こそ八十点、と意気込む俺に、やつらがまたかと呆れた笑いを向けていた。


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PCシチュエーションノベル(シングル) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年12月06日

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