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『【たとえ答えは出ずとも】 』
ジュドー・リュヴァイン1149)&エヴァーリーン(2087)
 風に黄金色の髪の毛を遊ばせている。憂鬱が込められた息を、絶え間なく宙に浮かばせる。緑の野原におとなしく座る彼女の姿は、誰が見ても美しく、しかし儚げな絵となっていた。
 ジュドー・リュヴァインは物思いに耽る。悩みという雲が形容しがたい形となって、彼女の頭上に立ち込めている。こんなことはかつてなかったと自らも思う。
(どうしたのだろう)
 ジュドーから少し離れた木の陰にエヴァーリーンが佇んでいる。これだけ近づいても自分に気付く気配がないことに、彼女は神妙な表情になる。腐れ縁とは言うものの、一応はジュドーと一番親しい者としての自覚がある。いくらジュドーが誰にも引けを取らぬ武士とはいえ、この様子には多少なりとも心配せざるを得ない。
 試してみるか。エヴァーリーンは足元の小石を拾って、右の人差し指と親指で挟む。
 思い切り容赦なく、全力で弾いた。強烈な指弾と化した小石はジュドーの首筋めがけて飛んでいく。
 ビシィ――と、かすかに音がした。
 ジュドーは避けることなく、小石をその身に受けたのだ。とても信じられなかった。慌てたエヴァーリーンは迷わずジュドーに駆け寄った。
「ちょっと、どうしたの。いつものあなたなら避けるか刀で真っ二つに斬るかするのに」
「ああ何だ、エヴァか」
 ジュドーは首を押さえながら、顔を覗きこんだエヴァーリーンに力なく言った。
「元気そうだな、エヴァは」
 ジュドーはまたひとつ儚げに呼吸した。
「あなたは元気じゃないのね。そんな顔しているの珍しい……いえ、初めて見る気がするわ」
「そうかな」
「……あまり長くならないなら、話くらい聞いてあげるけど」
 エヴァーリーンはジュドーの隣に座った。
 やがてジュドーはポツポツと語り始めた。
「ここ最近、過去の断片を見る――」

 ジュドーの脳裏に広がる荒れ果てた戦場の光景は、聞き手のエヴァーリーンが容易に想像できるほどの具現性を持って口から紡ぎ出される。
 ただただ不吉色の暗雲。累々と積み重なった屍。あとは朽ちるままに崩落した国。上る火の手と煙。悲鳴すら聞こえはしない。あるのは死のみ。
 最後の武士、ジュドー・リュヴァインは絶望の最中戦い続ける。近づく鎧の音。流されるままの鮮血。耳に焼きつくような剣戟。咆哮。斬撃。嘲笑。咆哮。斬撃。嘲笑。咆哮。斬撃。嘲笑。咆哮。斬撃。嘲笑。咆哮。斬撃。嘲笑――。
 その中で右目から滴る赤い涙だけはひどく生々しく覚えている。悲しみと怒りの集約した血涙。
 いつしか轟音が爆ぜた。断片はその白い爆発で終わる。
 ――もういかなる方法を取ったかはおぼろげだが、とにかく彼女は生き残りを果たしていた。たったひとりの虚しい生還。残ったものは己の身と愛刀、それだけだった。

 ジュドーは丸めた膝に顔を埋めた。金色の長髪がさらりと流れる。夢に破れた少女のようだった。
「自らのためと磨いてきた強さ……そんなもの、一体何ほどのものだというのか。私は何もできなかったではないか」
「ジュドー、こっち向いて」
 肩を突つかれる。ジュドーはゆっくりと顔を上げて振り向いた。
 ジュドーの目の前には手があった。エヴァーリーンは親指で押さえつけていた中指を、砲弾のごとく眉間に叩き込んだ。
 バシイッといい音がして、ジュドーの顎が勢いよく上がった。いわゆるデコピン。撃たれた箇所はたちまち青い滲みを浮かび上がらせる。
「……」
 痛みに言葉の出ないジュドー。エヴァーリーンはそっぽを向いた。無表情で、しかし厳しく告げる。
「人並みの慰めが欲しいのなら余所へ行くのね。何もできなかったとここで言って、過去が何か変わる?」
 思わぬ反論だったらしい。ジュドーは口ごもって何も言えない。エヴァーリーンはため息をつく。
「闘いに疑問を感じるなら刀を折る?」
 とんでもない。これにはとっさに反応し、首を横に振るジュドー。
「なら、いつも通りでいいじゃない」
「いつも通り?」
「強い人を見れば闘いを挑むんだろうし、困っている者を見れば助けに奔走するんだろうし。その中で考えればいい。違うかしら、ジュドー」
 ――たとえ答えは出ずとも、今を駆け、刀を振る以外にあなたの道はないでしょう。エヴァーリーンはそう言った。
「答えは出ずとも……」
 ジュドーはしばらくその言葉を繰り返した。
「……そうか、そうかもしれないな」
 声に張りが出ていた。今、ジュドーを覆っていた雲はすべてとは言わずとも霧散したようだ。見れば心が軽くなったような顔をしている。
 エヴァーリーンは腰を上げた。もう言うことはない。
「私はもう行く。あなたは別に無理はしなくていいわよ。心の整理がつかないなら、そのまま座って空でも眺めているといいわ」
「いや、もう大丈夫だ」
 ジュドーも立ち上がった。
「しかし驚いたなエヴァ。こんなにも聞き上手とは知らなかった。本当は占い師の方が向いているんじゃないのか」
「口が減らないわね。まあ、人生相談料として夕飯はジュドーの奢りね。白山羊亭にでも行きましょう」
「……それが目的で私に近づいたんじゃないだろうな。そんなに窮しているのか」
「ふん、放っておいた方がよかったかしら」

 軽口を叩き合う、いつものふたりにもどっていた。野原には心地よい風が吹いて、金と黒の髪の毛を揺らしていた。

【了】
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聖獣界ソーン
2004年12月03日

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