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『セツナる兄心 』
葉山・壱華1619)&久遠・刹那(1628)

 『千種』という名の薬屋がある。
 あまり有名ではないが、そこで扱われる薬剤は効果抜群且つ良心価格ということで、近隣住民に贔屓にされている店である。店主の人柄が滲む、良い店であるのだ。尤も、時と場合によっては温和な店内に吹雪が吹き荒れることもあるが、あまり気にすることはないだろう。否、気にしないほうが懸命だ。
 葉山壱華は、その店主の式神である。と言えばどこか幻想的な雰囲気を持つが、実際のところは仲の良い親子のような関係か。
 だから、葉山壱華が自らの保護者とじゃれているのは、さして珍しくもない日常である。
 同様に、彼女が保護者からの要望で久遠家所有の山まで雑草を狩りにいくのも、日常である。
 ――しかし、
「せーつーなちゃんっ」
 にしし、という擬音が似合いそうなほどの満面の――そして悪戯っぽい笑みで、壱華は部屋の隅で寝そべる狼姿の刹那にのしかかった。身長102センチの小柄な壱華が、160センチほどの体長の狼刹那に乗る姿は非常に危なっかしかった。何せ、本当に刹那の背に乗れてしまうほどであるのだから。
 とはいえ、刹那はただの狼ではない。人語を解す所の話ではない。彼は妖狼であるのだ。
「一体何だ? 唐突に」
 ポフリと、尾で壱華の頭をなでながら、刹那は問うた。
「一緒に雑草狩りに行こー!」
 刹那の尾を擽ったそうに避けながらも元気よく、壱華は答える。
 雑草狩り。刈りではなく、狩り。
 雑草とは、非常に不思議な植物である。様々な種類がいるが、基本形だとおもわれるのは赤いチューリップのような花弁にたらこ唇を持ち、その奥には尖った歯が列なる。根も進化しているのか、地面を這い出て歩き回ることもある。さらに人畜無害でもなく、獲物を見かけたら攻撃までしてくる始末。害獣の類といっても過言でないかもしれないが、この雑草、実は意外と役に立つ。
 茎や蕾は食べることが出来、根は多量の水分を含む。種は傷薬の材料になるし、葉は煎じれば解毒効果のある薬湯になる。種を撒けば一週間でそれなりの大きさへと成長もする。
 この雑草は、ある意味『千種』を支えているのだ。
 だから、壱華が雑草狩りに行くのは日常である。
 だが、壱華がその行脚のお供に久遠刹那を選ぶのはやや久しいのであった。
 刹那としては同行に異論はない。むしろ、ここ最近壱華との会話頻度も減っていたし、道中でいろいろ話せるだろうとの期待もある。
 元気いっぱいで、力の限り暴れまわる壱華を、時として危ぶむ刹那としては、こういった機会に最近の彼女を知っておきたいという思いもある。
 血の繋がりこそなくとも、刹那から見て、壱華は可愛い妹のような存在である。
 八年前――刹那が彼に助けられてから2年後、壱華は『千種』にやってきた。怪我をして動けなかった刹那を介抱し、助けた時のように、ごく当たり前のように彼は、親と逸れて泣いていた幼い壱華を連れて来たのだった。
 生粋の善人とか、聖人君子とかといった存在ではない。しかし、困っている人を見たら真っ直ぐに手を差し伸べる、そんな男だ。
 だからこそか、刹那は彼に絶対の信頼と忠誠を持ち、それを誓いながらも親友といった関係でいるのだ。
 その親友と過ごした時のほとんどは、壱華も共にいた。八年と言う歳月で、彼女の年齢は出会った時の三倍になっている。あの時から――、
「刹那ちゃん、行くの? 行かないの?」
「ん、ああ、勿論行くさ」
 急く壱華に答えを返し、背に乗せたままのそのそとその保護者のもとへ歩く。
「というわけで、行って来る」
「はい、気をつけてくださいね。それと、お夕飯までには帰ってください」
 刹那のぶっきらぼうな挨拶に、保護者はにこりといつもの微笑みで答える。
 壱華を乗せて歩く狼刹那の後姿がどこか可愛らしくて、見送りながら笑みを噛殺す保護者であった。

 * * *

 山はどこか不自然だった。
 まだ浅い場所であるが、節くれ立ち、ねじくれた黒い林が、獣道かのように見える頼りなく細々とした道の両脇を走る。
 林は、日の光が差し込む程度の疎らさであるが、見渡せば複雑に絡んだ太い根がうねり、一歩でも踏み込めば足を取られ、二度と帰れなくなるような気がした。
 空は明るく、林に光も降り注いでいる。だがそれでも、『黒い』という印象が拭えない、そんな林だ。
 その林を、人型の刹那と壱華が手を繋ぎ、並んで歩いていた。
 肝が据わっているというか、度胸があるというか――それとも鈍感だとでもいうのか。
 二人とも全く以って動じている風もなく、雑談をしながら歩いていた。
「――ちゃんは爆発させちゃうし、他の子だって鉄扇でさくさく狩っちゃうし、他の皆も凄いんだよー!」
 どうやら、今までの雑草狩りの話と、壱華の交友関係の話であるようだ。
 どこからか取り出したピコピコハンマーを右手に持って、身振り手振りを交えながら大仰に語る壱華に、これまた大仰に相槌を打つ刹那。
 刹那がからかって、壱華がピコハンで攻撃をしかけ、盛大に吹っ飛んだりもしている。
 しょぼんと項垂れる壱華の頭を、そっと刹那が撫でていたりもする。
 本当に色々なことを話しているのであろう。二倍近い身長差のある二人であるが、そうしてじゃれる様は、正に兄妹の姿であった。
 ふと、刹那が問う。
「なぁ壱華。誰に対しても『ちゃん』って呼ぶよな」
 きょとんと、意味を図りかねたように壱華は目をしばたたく。
「うん、そうだよ?」
「俺のこと、たまには『兄ちゃん』って呼んでみねぇか?」
「え、なんでー? 刹那ちゃんは刹那ちゃんでしょー?」
 概ねその答えは予想していたのであろう、刹那は苦笑して、
「まぁ、そうだけどさ」
 と頭を掻いていた。
 再び取り留めのない雑談は再開され、行脚も続く。
 林は段々と深くなり、やがては鬱蒼とした森へと変化していた。
 そう何時間もあるいたわけでもないし、まだ日は高い。
 だが、徐々に薄闇が、暗幕をひくかのように迫ってくる。
 山の天気は変わりやすい。見上げれば、雲が勢いよく流れ、もう数時間もすれば太陽をその影に隠しそうであった。
 おそらくきっと、通り雨。
 この山は、足繁く通う壱華でさえも全貌を把握できていない、未知の山だ。
 富士の樹海も真っ青、と冗談めかして伝えられることもしばしばであるが――実際に、富士の樹海なんて目じゃないほどに、この山は広大なのである。
 冒険好きな壱華だ。今通るこの暗く細い道も、初見である。
 ――しかし。
 肝が据わっているというか、度胸があるというか――それとも鈍感だとでもいうのか。
 二人とも全く以って動じている風もなく、やはり雑談をしながら、ゆったりと歩いていた。
「何で狼じゃないのー?」
「狼の姿より、こっちの方が手が使える分作業しやすいだろ?」
「なるほどねー」
「おう。ところでさ――、お、森も終わりか」
 刹那が話題を転換しようとした時、ちょうど森の端についた。
 その先で待ち受けていたものは、断崖だった。背後に広がる黒い森とは裏腹に、左右に広がる赤茶けた剥き出しの大地がいつかテレビで見たグレートキャニオンを連想させる。
 眼前に広がる空は蒼く、広く、輝いていて、壮大だ。標高はわからないがそれなりの高さであるようで、空気も綺麗である。
「ひゃー、絶景かな絶景かな!」
「どこで覚えたんだ? そんな言葉」
 額に手を当て遠くを見つめる壱華の頭にぽんと手を置いて、刹那は微笑う。
 きょろきょろと目線を泳がしていた壱華が一点で停止した。
「ねぇねぇ、あれなんだろ!」
 ビシっと壱華が指をさした先には、大きな岩があった。ただ、その形状はどこか不自然だ。
「あれは……彫刻か?」
 刹那が目を凝らして見れば、岩頂は丸められているし、他にも少々削られたあとがある。
「雑草みたいだねー」
 壱華が近づきながら呟く。その岩石の丸みや、縦横に引かれた線から判断すれば、それは確かに雑草の姿を模そうとしていた。
 刹那も後を追いかけて近づけば、
「でかっ……」
 つい、口に出た。2メートル近い身長の人型刹那の、さら二倍はありそうな巨大な岩石だった。
「大きいねー。あたしもいつかこのぐらいにっ!」
「なれるわきゃねーだろっ!」
「えー! もう100年もすればきっと夢の160センチにはなるし、そのままいけば500年後には4メートルだよ?」
「お前がこんなにでかくなったら災害指定もんだな……」
「なによー!」
 刹那の巨岩を見上げながらの呟きを、壱華が耳ざとく聞きつけピコハンで小突く。刹那が苦悶の表情でうめいた。
「ちったぁ手加減しろよこの馬鹿ぢか――」
 刹那が最後まで言う前に、彼は壱華を小脇に抱えてその場を離脱する。直後、さっきまで彼がいた地点を鞭のようなものが掠める。蔓だ。
 どこからの攻撃かと目を向ければ、すぐ背後の森から数匹の赤い花弁の雑草がのそのそと歩いて来ていた。
「あ、雑草! 刹那ちゃん、雑草狩りだよ!」
 刹那の腕を振り解いて、自らの足で大地を踏みしめる壱華。
「ああ。いくぞ壱華っ!」
 壱華の声に臨戦態勢をとって呼応する刹那。
――ルォオオオオオオオォォォォォゥ!!
 刹那の雄叫びが――否、遠吠えが周囲に木霊する。
 そして二人は雑草の群れに踊り出た。

* * *

 敵の数は七匹か。蔓を使った鞭の攻撃は鋭ェけど、基本的に動作は遅ェ。
 あの顎に噛まれる事は割と痛ェかもしれねーけど、あんな蝿どころか蝶までもが留まれそうな動きじゃ、俺には触れることさえできねぇな。
 飛び込みながら、刹那はそう分析していた。七匹いても何ら脅威ではない。ならば作戦もなにもない。
 ただ、暴力と化せばいい。
 まずは眼前の一匹目を、伸ばした爪で切り裂く。切れ味が鋭いだけでなく、ある程度は伸縮自在であるのだ。
 さくりと、軽い音を立てて花が落ちる。葉が落ちる。幹に亀裂が入り、根から倒れる。
 一瞬遅れた刹那に向かって放たれた蔓の鞭は、その影さえ捕らえることなく力なく大地を打つ。
 彼は既に次の行動に移っていた。まるで荒れ狂う颶風のように、彼の動きは速い。
「遅ェっ!!」
 二匹目、過ぎ去り際に花を落とし、
 三匹目、両手で以って細切れにし、
 四匹目、天辺から唐竹に切り捨てる!
「どいつもこいつも張り合いがねぇんだよっ!!」
 吐き捨て、五匹目へ飛び掛ろうとした瞬間、
「刹那ちゃん! 伏せて!」
 壱華の声だ。
 跳躍のため屈めていた身体を咄嗟に地面に寝かせると、真上を火球が盛大に音を立てて通過する!
 背後をちらりと見れば、二匹目の花を落とされた雑草が、その鋭利な葉で刹那に切りかかろうとしていたようだ。だが、火球の着弾により、ゴウゴウと音を立てて炎上する。
「サンキュー壱華!」
 自らの長い頭髪が微妙にちりちりと焦げている匂いを嗅ぎつつも肩越しに礼を叫び、伏せた状態からの突進。驚異的な脚力と背筋力で体を起しつつ、五匹目を根から花まで切り払う。
 六匹目、葉と蔓を全て落とし一間。雑草がそれを知覚したときには、根と花は細切れになっていた。
 七匹目、飛びかかろうと顔を向ければ――、
 ドゴンと、ピコピコハンマーらしからぬ音を立てて流れ星のように消えゆく雑草の姿が見えたのであった。
「たーまやー」
「だからそんな言葉どこで覚えてんだよ……」
 相も変わらず元気いっぱいの壱華とは対照的に、どこか疲れたように刹那は呟いた。今の動きで疲れるほど柔な刹那ではない。ただ、壱華の相変わらずの怪力にぞっとしただけである。俺、よく生きてるよな、と。
「もー、刹那ちゃんばっかりずるいよー!」
 頬を膨らませて抗議する壱華には、プンスカという擬音が似合いそうである。
「そう怒るなって――」
 刹那がそう言って壱華の頭を撫でながら、首だけで森を向けば、
「団体さんの追加だからさ」
 数え切れぬほどの雑草の一団が、のそりと近づいてきていた。
 第二回戦。2対7改め、2対圧倒的多数也。
「今度はあたしがやるからね!」
「ああ、暴れて来い」
 壱華は全く以って動じている風もなく、にししと笑って大群の中に飛び込んでいく。
 ドゴォンと、盛大な音と共に数匹の雑草が弾け飛ぶ。しかもそれだけでは終わらない。轟音は幾度となく続き、流星雨のように、雑草たちは文字通り吹き飛んでいく。
 雑草たちも反撃を繰り出すが、壱華という小さな竜巻を止めることは出来ない。その風圧に押し返されるばかりで、雑草たちの攻撃は彼女に傷一つつけることもない。
 ――だが、
「うー……」
 勢いよくぐるぐる回る小さな竜巻は、目を回していた。次第に暴威を失う敵に、ここぞとばかりに雑草が群がり襲う。
「壱華っ!」
 一陣の風となった刹那が、壱華に飛びつき抱え込み、そのまま包囲網を転がりぬける。
 壱華の頭に手を置きながら彼は問うた。
「壱華、火は出せるか?」
「……え? うん。出せるけど?」
 フラフラと頭は揺れていて多少頼りない口調ではあるが、壱華の意識ははっきりしているらしい。ボッと音を立てて壱華の手のひらに火の玉が浮かぶ。
「思いっきり、燃やしてやってくれ」
 むんずと、壱華の足を掴む。
 そしてそのまま、刹那は再び雑草の中に飛び込み、回転を始めた。
 命名するならば、壱華火炎大車輪といったところであろうか。
 雑草たちが片端から燃えていくその様は正に地獄絵図。
 ぐるりと廻る、火球が一つ。火の輪は広がり燃え移り、数分後、全ての雑草が燃え尽きていた。
 森からも少々煙が立ち昇っているが、先ほどの雲からしてそろそろ雨が降るだろうと踏んでの行動だった。
「お疲れ様」

「刹那ちゃん、酷い……」
 ばたん、きゅー。壱華は倒れ臥す。
 直、雨が降るだろう。壱華はそれまで小休止だ。
 その間刹那は、散らばった雑草の種を回収するために奔走することとなるのだった。

 * * *

 刹那が種を集め終わった頃には、壱華はすっかり回復していた。しかし雨雲もまた、準備を整えたようだ。
「たくさん集まったねー」
 霧雨の中、保護者の笑顔でも想像したのか、壱華は屈託なく笑う。
「ああ、そうだな。しかしそれはともかく――」
 壱華の頭を撫でながら、刹那はそれを見上げる。
「この岩、どうしたもんかな……」
「ほんと、どーしよっか……」
 先ほどの戦闘の為であろう。巨岩は根元に罅が入り、何かの衝撃で崖下に転がり落ちそうであった。
「落ちた時になんかいたら、ヤベェよな……」
 一応、この山は久遠家の私有地であるのだが、広大すぎるせいかよく一般人が紛れ込んでくる。そして、崖下はちょうど森の切れ目であるし、座るのにちょうどいい岩があるので、休憩地点として活用されそうであった。
 もし、下で誰かが休んでいる時に上からこの巨岩が落ちてきたら――。
 その後は想像する必要のないほどに明白だ。
「降りてみて、誰もいなかったら今のうちに落としといたほうがいいかな、こりゃ……。俺が見てくるから、お前はそこで待ってろよ」
 いい終わると、ふぅと溜息を一つついて、刹那は崖を降り始める。雨脚は強くなってきているが、彼の身体能力ならばこの程度の崖の踏破は容易だ。
「はーい。いってらっしゃーい」
 壱華も素直に承諾する。さすがに先ほどまでの運動で疲労もあるし、この崖を降り、そして再び登るのはしんどいと判断したのだろう。
 だが、壱華はまだ12歳で、遊びたい盛りで、回復力も尋常ではなかった。
「うー、やっぱりついてこっと!」
 雨はさらに強まっているが、この程度で怯む壱華ではない。短い四肢を駆使して、崖降りに挑戦する。半端でない腕力を持つ壱華だ。時間はかかるが、少々の突起があれば十分に降りることは出来た。
 一方、先に崖下に到着した刹那は、あたりの状況を確認していた。野生動物はいないかったが、希少植物が少々生えていたので落石の余波の届かないところに植え直した。これで巨岩を落としたとしても、特に問題は無さそうであった。
 少々食ってしまった時間で、きっと退屈しているだろう壱華に巨岩を落として貰うために声を張り上げようとした、その時だった。 
 壱華の悲鳴が、とうとう土砂降りとなった雨の中、はっきりと刹那の耳に聞こえた。
「壱華! どうした!!」
 駆ける。駆ける。駆け抜ける。
 己が脚力の限界を持って声のした所へ駆けつければ――壱華が空に浮いていた。
 否、雨のせいで見づらいが、半透明の蔓に締め上げられていた。
 その姿を視認後、刹那はその勢いのまま蔓に切りかかる!
「なっ!!」
 驚愕の声は刹那のものだ。蔓は彼の爪を以ってしても切り裂かれることは無く、ゴムのように伸びるに留まる。
「クソッ。壱華! 燃やせ!!」
 雑草の類であるのは明白だ。ならば火が弱点である。そう判断しての刹那の言葉に、壱華はしっかりと反応を見せた。
 一瞬、明るい火が灯り、すぐに消えた。しかし効果はあったようだ。壱華の体が地面に向かい、叩きつけられる前に刹那によって拾われた。
 抱えたまま、即座にその場を離脱する。この行動はもう何度目だろう。
 距離を取ってよく観察するが、雨で薄暗い上に半透明であるため、よく見えない。ただ、刹那の二倍はある巨大な雑草であることがわかったぐらいだ。
 そこから一つ、連想する。
「……あの彫刻のモチーフか」
 あの巨岩の彫刻は、崖下の王者を崇めるために作っていたのか。そのためにあの数の雑草が集まって来たと言うことか。それは、目の前の雑草はあの数の雑草を従えるほどの猛者であるという意味する。
 登れそうな崖は巨大雑草の裏だけである。この雨では、壱華を抱えたまま、巨大雑草に捉えられることなく走り抜ける自信はない。突破するには、倒す他道は無い。
 ならばどうすればいい。どうすればあの化け物を倒すことが出来る。
 爪は効かなかった。その形状を変えて、衝撃を受け流してしまう。
 火は効いたようだが、この雨の中ではあの巨体を燃やすことが出来るほどの火炎は出せまい。
 ならばやはり物理攻撃か。受け流すことができぬほどの衝撃を与えれば、破裂するかもしれない。
「壱華――」
 傍らの壱華に声をかける。
「刹那ちゃん、怖い顔してどうしたの……?」
 不安げな表情で、壱華は刹那を見上げていた。
「俺がアイツを抑えてる間に、あの崖に一発ブチかませるか?」
 腰を落とし、目線の高さを合わせ、正面絡みつめながら問うた。
「うん……!」
 こくりと、力強く頷き、緊張をほぐすかのようににししと悪戯っぽく笑う妹同様の存在を、とても頼もしく思う。
「いくぞ、壱華。頼んだ」
 狼へとその姿を変え、刹那は巨大雑草へと突撃した。壱華が崖に到達するまで、十秒ほどの時間を稼ぎ、尚且つ巨大雑草を崖際に留めなくてはならない。大仕事だ。
 蔓の鞭が刹那を狙う。雨と半透明の相乗効果で、やはり見難い。だが刹那の視覚、聴覚、嗅覚も生半可なものではない。五感を活用して、全てを紙一重で避ける。一瞬遅れれば、強烈な一撃を喰らいそうな、正に刹那の瞬間。
 後少し、後少しと、雑草は執拗に蔓を唸らせ、葉を閃かせ、根を蠢かせ、喰らいつく。
 そのどれもを本当に微細な差で刹那は避ける。一歩大きく前に出ては、小さく下がり、横に飛んで、前に出て、大きく後ろに下がり、追いかけられて――消えた。
 気がつけば、刹那を追って雑草は崖際に誘導されていた。紙一重の回避行動は誘いだ。刹那の速さはこんなものではない。
――ルォオオオオオオオォォォォォゥ!!
 刹那の吼え声が、合図であり、束縛だった。
 衝撃波となった咆哮が巨大雑草の身体を波打たせる。衝撃を分散させる構造をしてるからこそ、全体に広がる負荷により、雑草は身動きをとることが出来ない。
「たぁっ!!!!」
 壱華の気合の声と、崖にぶち込まれるピコピコハンマーの轟音は同時で、それに繋がる落石は一瞬遅かった。
 煙と、轟音と、落石と、雨と、咆哮と。
 その場を飛び退く壱華の視界の中で、刹那が落石に巻き込まれて行く。巨岩が降って来る。それは雑草を踏み潰し――破裂させた。
「刹那ちゃぁぁぁぁん!!!!!」
 壱華の声が再び響く。
 落石の轟音にさえ勝るような悲哀の声が響く。
 膝から崩れ落ちる壱華。
 その両手は顔を覆う。
「そんな大声出さなくても聞こえてるっての。それに、こういう時こそ『兄ちゃん』とか呼んでみねぇか?」
 ぽん、と壱華の頭に刹那の大きな手が置かれた。
「刹那ちゃん……!」
「あの程度の落石に潰されるほど、俺は遅くねぇよ」
 壱華の目尻に溜まった水は、そろそろ止みかけた雨の残りか。力の限り刹那に抱きつく勢いで流れて消えた。
 壱華の怪力に締め付けられた刹那は悶絶しのた打ち回り、暫く身動きが取れなかった。
 雲が退いて見えた太陽は、月へと交代のために帰路の途中だったようだ。
 昼も食わずの強行軍であったが、これにて一先ず終了らしい。
 明るくなったあたりを見回せば、そこは『千種』への帰り道のすぐそばであったのだった。

* * *

 結局、二人が『千種』へと帰り着いたのは夕飯の直前になっていた。
 最後の壱華の一撃が、どうやら刹那への止めだったらしい。ずるずると壱華に引き摺られて戻って来た刹那を、親友はいつもの微笑で迎えていたが、微妙に引きつっているようにも見えた。
 今回の雑草狩りでの収穫は多数の種と――。
「刹那兄ちゃん、大丈夫?」
 部屋の隅で丸まって寝る狼刹那に乗っかって、壱華は問う。
 刹那はそれに「大丈夫だっての」とぶっきらぼうに答え、尾で壱華を撫でる。
 小さな変化に保護者は少々目を丸くしたが、その変化が次の日からも続いたかは定かではない。



−了−



/////
はじめまして。刀凪と申します。
大変遅くなりまして、申し訳御座いません。

自由度の高いプレイングでしたので、色々と妄想しながら書かせていただきました。
ギャグしかかけないかも、といわれたらシリアスにチャレンジしたくなるのは人情だと主張してみます。
もう二人のキャラクターさんが可愛すぎて、頭の中身をまとめるのでいっぱいいっぱいでした。

今回は、二人の間での呼称が、刹那さんから壱華さんに対するものしかわからなかったため、このような内容にしました。もし設定と食い違っていましたら申し訳ありません。前述しましたように、大分妄想に走ってしまいましたので……。

お気に召して頂けましたら、是非また声をかけてくださいませ。
この度はご依頼ありがとうございました。

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
刀凪 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月30日

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