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『□■□■ Fatal Limit ■□■□ 』
沙羅双樹・八識4180


「やれやれまったく――頭の悪い人間はこれだから嫌いなんだ。私はそういうのが一番に気に入らない。弱いのならば弱いことを自覚して欲しいものだ、根拠無く人を見下すとこういう目に遭うと、どうして判らないものかな――面倒臭い」

 ぱん、ぱん。
 手を払いながらぼやくように溜息を吐く沙羅双樹八識の足元には、呻き声を上げる男達が折り重なっていた。体格の良い連中はボディガード、その上に倒れている恰幅の良い男は、裏世界の一組織の幹部――だった、もの。
 今頃は本部にも連絡が行き、この男の地位も剥奪されているだろう。この後に刺客を差し向けられ殺されるかもしれない。だが彼にはそんなことどうでも良い些事でしかなく、取り敢えず自分の復讐をしておくことが出来ればそれで良かった。ゆったりとしたペースでドアに向かう彼に、意識を取り戻した男が銃を向ける。八識は、見向きもしない。
 轟音に打ち出された弾丸を、彼は左腕を薙ぐだけで受け流した。ギッ、と摺れる音――八識の左手首に掛けられた数珠が、弾を打っていた。落ちた弾丸に男は愕然とし、項垂れる。気にも留めず、八識は上着のポケットから出したメモ用紙を眺めた。

「次は、五丁目の馬鹿のところ――と」

■□■□■

 正確な日付を覚えてはいないが、少し前のこと。君の頭脳を買いたいんだと申し出て来た男に従って彼は地下組織に加入した。別段野心があったわけでもなく、元々興味が無いわけでもなかったと言うだけの理由で、問われるまま、請われるままに智謀を披露していると、気付いた所で自分を誘って来た相手が組織の重鎮になっていた。
 それでも彼が何か企むことをせずに居たのは、地下組織とは言っても情報収集力や単純な戦力は大したものではないと見縊っていた所為なのかもしれない。或いは、見限っていたのか。淡白で媚びることもせず、むしろ高慢な態度でしかも使える駒だと言う事に、次第に組織の幹部達が彼を疎んで来ていることにも、勿論八識は気が付いていた。ただ、どうでも良いと判断していただけで。

 だが直接危害を向けられれば、それを無視し続けることも出来ない。
 目の前でナイフをちらつかせるチンピラ然とした男に溜息を吐き、彼は眼を細めた。

「――出来ればお引取り願いたいんだが」
「おいおい、この状況で言うことがそれかよ……」

 男は大仰に肩を竦めて見せる、無駄にアメリカナイズドされた仕種ににこりとも笑わず、八識はただ溜息を吐いて見せた。馬鹿を騙すのは難解だ、馬鹿なのだから言葉は通じないと判断して良い。それでもどうにかしなければなるまい、直接戦闘はなるべく避けたいのだ、面倒臭いから。汗を掻いた時の、シャツが肌に貼り付く感触というのは実に気持悪い。それに服に皺が付くのも避けたい。総合、ただ単に動きたくない。

「あんた、結構な金貰ってんじゃないのかい? それを俺にちょろっと分けてくれりゃ、考えてやっても良いぜ?」
「悪いが君が思うほどの収入は無いな。それに君に大金を渡した所で消える先はキャバクラだのカジノだのだろうと軽く想像が付く。そして君が金を渡した女達が何を買うのかと想像してみれば実用性の無いブランド商品ばかりだろう。それではあまりにも無駄遣いだと私は判断するな。だから君もそんな無駄な金を貰うことなど考えず、取り敢えず私の前から消えてくれ」
「……んだと?」
「直接的な戦闘行為を取るのは面倒臭いんだ。ほら、ハウス」

 精一杯の説得だった。
 少なくとも彼にとっては。

 男は言葉も無く飛び掛ってきた。ナイフがぎらりと光る。バタフライナイフとは、また実用性の無い物で来たな――ぼんやりとそんな事を考えながら、八識は突進してきた男を避ける。勝手に転んだ姿を尻目にさっさと帰ろうとすれば、その後姿に切り掛かられた。だがそれも軽く避ける。
 すぐに破損してしまう折り畳みナイフなどというものを持ってきている辺り、相手も恒常的に人を殺している様子ではない。頼まれて待ち伏せているのならば、もう少し本格的なナイフを使用するはずだ。つまり、ナイフを扱い慣れていない。避けていれば片付くだろうという彼の考えに反して、男は中々に粘り強かった。

「……そろそろニュースの始まる時間なんで帰りたいんだがね」
「うるっせぇ!」

 完全に頭に血が上っている。これは確実に人の話を聞くほどの思考能力は残っていない。まるでイノシシのようだ――ふぅっと深い溜息を吐いて、八識は動いた。
 脚を開き身体を屈め、腕に手刀を入れる。確実に片手の神経に近い部分を打つことでナイフは落ちる、一応保険のためにそれを拾う。屈むことはせず、足で刃の部分を踏むことによって跳ね上げたものを掴み取った。続いて空いた手を相手の胴に打ち込む、呼吸を見計らっていたのでその打撃は最大限のダメージを与えた。傾いだ身体、崩れた膝に容赦なく足を掛け、地面に引き倒す。背中を強かに打ち付けて息が詰まっているその瞬間を狙って、喉にナイフを向けた。脅しではないと思わせるために浅く食い込ませれば血が滲む、そして、悲鳴が漏れた。

「と、言うわけで――誰の差し金だか吐いてもらえはしないかな? そうすればこのナイフを進めることはやめようと思っているんだがね」

 勿論嘘だった。

■□■□■

 複数の幹部の名前が出た時点で面倒さは判っていたし、もしかしたら組織が潰れるかもしれないという危惧もあったが、それよりも彼にとっては自分に敵対する因子を確実に潰していくのが優先事項だった。何件目かの襲撃先、倒れた男達の上で例の如くパンパンと手を鳴らしていた八識は、少しだけ苛立ちの混じった溜息を吐く。

「まったく――頭脳派がもやしだなんて誰が決めたんだか。しかし苛々して来たな、これだけ相手にしたから汗を掻いてきてしまったじゃないか。シャツの貼り付いて気持ちの悪い――まったく、もう少し私兵は減らして欲しいものだな。と、腐っても幹部なのだからそんなことはしないか、失念失念。はっはっは。」

 激しく嘘くさい笑いと共に、彼は次の屋敷に向かう。

 組織のトップに彼をスカウトした男を据えて、八識は離脱した。飽きたと言うか面倒になっての事だった。フリーになった彼を、しかし、再びスカウトしようとするものはなかった――自分の手駒として納まることがないだろうと、彼らは判断していたのだ。
 手を噛まれるだけでは済まないだろう情け容赦の無さは、持て余しこそすれ有効活用は望めない。半ば、彼の離脱は放逐か追放に近いものがあったのかもしれない。

 だが、彼はそんなことに頓着せずにいた。そして現在も、その性質は変わっていない。

「面倒なことが起こる前に芽は潰しておいて然るべきだろう――しっかりと摘み取って焼き尽くして処分するぐらいが、丁度良い」



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PCシチュエーションノベル(シングル) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月29日

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