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『□■□■ Obscurity Junkey ---密室再び--- ■□■□ 』
緑川・勇0410


「でもさぁ、びっくりしたよね? 勇ちゃんいきなり倒れちゃうんだもん、もう大丈夫ー?」

 授業終了後の更衣室。
 チャイムと同時に保健室を出された俺は、取り敢えずジャージを着替える為に更衣室にいた。まだ慣れない空間では在るが、そして色々の思い出から複雑な感覚にはさせられるが、それでも外で着替えるわけには行かないので結局こうしている。頭からTシャツを抜いて乱れた髪を手櫛で直しながら、俺はクラスメートに苦笑を向けた。
 流石に授業中に倒れれば目立つことは必至だろう。これでまた病弱だとかいう印象を付けられでもしたら堪らないな――と、それはないか。サイバーは細菌に感染したりしない。精々ドジな子、と言う程度か。それもまた可愛い響きで複雑だが。

「もう大丈夫なの?」
「うん、平気……新しい電池、借りたから。後で充電して返さなきゃいけないんだけどね」
「ちゃんと充電しないとだめだよー? 学校だったから良かったけど街中で倒れたりしたら、場所によっては誰も助けてくれないんだから。それで誘拐される、とか言うのもあるんだよ?」
「まさか、いくらなんでも……」
「本当だってば、可愛い子って結構狙われやすいんだよ?」

 はっはっは、少女達よ俺の脳髄は二十七歳男性です。体育会系です。
 思わず遠い眼をしながらそんなことを考えている俺の事など露知らず、女生徒はくすくすと少し意地の悪い眼で俺を見下ろす。そう言えば女の子に見下ろされるのにも随分慣れたもんだ、悲しいことに。本当に人間の適応能力と言うのには脱帽と同時に閉口する。こんなものに慣れたくなんかない。このままじゃいつか元の身体――せめて男の身体にはなりたいんだが――に戻った時、感覚を戻すのが大変そうだ。女子更衣室に女子トイレ……ああ、考えたくない。
 と、一人の女子生徒が俺に圧し掛かるようにしなだれかかって来る。いい加減これにも慣れてしまったのだから切ない。にやにやと浮かべられる笑いは悪意に満ちていて、何やら居心地が悪い。ただの悪戯っぽいだけの視線なのだが、前例もあるのだし――この年頃の女の子は天然でえぐいことを考えているようだと最近学んできたので、正直恐い。

「で、お姫様抱っこの感想は〜?」
「ッ……あ、あれは仕方ないことだから、その……」
「んー、でも勇ちゃんってオールサイバーでしょ? 医療用だけどちょっと重く作られてるー、って言ってたじゃない」

 軍事用サイバーだと言う訳にもいかず、俺はあのエージェントに言われた通り適当に自分の体重に関しては誤魔化していた。医療用だが様々な補助器具を入れているだとか、そういう適当な事実無根で。そう、俺の体重を知っているなら、あの男子生徒の雄姿は尚更に感じられただろう。八十キロなんて、昔の俺でも中々つらい重さだ。
 それでも落とす事無く責任持って保健室まで届けてくれたんだから、本当にありがたいと言えばそうだ。いや、低起動モードをもう少し続けていれば自力で歩ける程度には電力を溜められたとかいうことにはこの際眼を瞑ってやることとして。

「勇ちゃんって小さくて可愛いからね、結構男子とかに好かれてるんじゃない?」
「そうそう、ちょっと羨ましそうにしてる奴とかいたしねー?」
「いたいた、ずーっと見てる奴! 先生に怒鳴られててさ、超笑ったー!」

 けらけら笑うクラスメート達を見ながら、俺は苦笑いを浮かべるばかりだ。いや、コメントのしようもないし。と言うか俺はもう着替えが終わったんだが、なのでそろそろ出たいんだが。雰囲気は許してくれない、楽しげな彼女達は俺をネタに盛り上がるつもりが満々なのだから。無駄にネクタイを解いたり直したりしていると、やはりニヤリとした目が向けられる。ああ、女は恐い。

「で、勇ちゃんはどうだったのさ、彼のこと」
「って、言われても……」
「まんざらでもなくない? 確かあの子エキスパートだったのにさー、エキスパの子ってあんまりサイバーの女の子相手にしてくんないんだよー?」
「そうそう、やっぱ生身が良いー、とか。あ、三組でさ、ハーフだってこと隠してたらエッチの時にばれちゃって別れたって子いなかった!?」
「あ、いたいた! ちょっとあれ可哀想だよねー!?」

 女子高生の話題って恐い。
 泣きそうなんですが駄目ですか、そうですか。
 せめて四次元の方向を向かせてください。

「……って言うか、高校生ぐらいの男の子なんてそーゆー事しか考えてないと思うし、あんまり……」
「あれ、勇ちゃんって男の子とか興味無い系なの?」
「だって結構子供だし、高校生って。せめて大学ぐらいの年齢が安全だと思うなあ……」
「わー、勇ちゃんってば堅実だ! って言うか子供とか勇ちゃんが言っちゃうと笑える?」
「あ、それある! 勇ちゃんだって下手すると小学生だもんー!」
「て言うかー、エキスパの子からモーション貰えるって良いと思うよー? それに身体目当てとかって、勇ちゃんだったらあんまありえないと思うしー?」
「あ、ひっでー!!」

 どうせ小さいですよ小さすぎますよ。いじけたりしないさ、しないとも。
 だが自分も男子高校生だった経験があるだけに、それは請合える。男子高校生なんて盛りの付いた時期の恋愛なんて、案外信用ならないもんだ。もう少し落ち着いてから恋愛ごとをする方が堅実と言うか、安全だと思う。
 とは言えこういう考え方は門下生連中に随分古いと言われたのだったか。確かにこうやって現役女子高生たちの中に入っていると、自分の考えは古いのかもしれないと思わされる。だが直そうとは思わない、むしろこの乱れた少女達に見習って欲しいぐらいだ……一度きりの人生は慎重に生きて欲しいと切実に思う。俺のためにも。

「じゃあさ、勇ちゃんってどーゆー人が良いの?」
「え?」
「だから、男の人の好み?」
「そうだなぁ……」

 やはり同姓としてざっくばらんに付き合えるタイプが良い。こう、狡いところがなく、誠実に接してくれるタイプで。あまり裏で暗躍と言うタイプではなく、むしろ拳で語れる直球と言うのが、俺のようなタイプには馴染むと言うか――

「やっぱり男らしくて、気風の良い人が良いよね」
「え、体育会系?」
「うん、それがベスト」

 後日。
 何故か教室では、俺が体育会系マッチョが好みだという流言飛語があった。
 …………。
 女の密室歓談とは、何故にここまで尾鰭が付くのだろうか。


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PCシチュエーションノベル(シングル) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年11月29日

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