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『夢のあとさき 』
本谷・マキ2868





 本谷マキは悩んでいた。
 これ以上ないくらいに悩んでいた。
 現在ロックバンド・スティルインラヴは年末のアルバム発売に向けて各個人のソロ曲を作るという話が出ており、もちろんメンバーの一人であるマキにもそれは回ってきた。

『自身のソロ曲を作れ』

 これは強制である。
「どうしようかな……このままじゃ何にも作れないままに日数だけ過ぎてしまいそう」
 それは困った、とマキは唸る。
 本当にそれは、困った、である。アルバムの発売自体が危うい。
 マキは日々ネタを捜して唸り続けていた。
 それは他メンバーも同じだったのだが、他人のことが気にはならないほどにマキは悩み続けていた。
 コンセプトは何にしよう、から始まり、どんな曲調にするとかそういったことまで考えているといくら時間があっても足りない。
「とりあえずなんかネタを……ネタ?」
 ふとマキの思考が止まる。
 そういえば、と先日体験した不思議な喫茶店でのことを思い出したのだ。
「これを歌にしたら良いかな?ちょっとファンタジーっぽいし。どうだろう……」
 見た夢を反芻する。

 確か目を覚ましたら信じられない光景があった。
 いつも憧れてたナイスバディをマキはその朝手に入れたのだった。
 そして先日見つけた憧れた服が家にあって。
 それを着て街へと繰り出したのだ。
 男達は今まで見向きもしなかったのが嘘のように声を掛けてきて、人はマキを振り返る。
 今まで入れなかった店にも堂々と入ることが出来てとても嬉しかったのを覚えている。
 見ていることしかできなかった服も全てマキのためにあつらえたかのようにピッタリで、店員から簡単の溜息が漏れた。
 カフェテラスでの優雅な一時。
 カツカツと音を鳴らすヒールがとても嬉しかった。
 でも慣れないヒールはやはり足に負担を掛けるようで、そのまま転倒してしまう。
 するとなかなか見目の良い男が声を掛けてきたのだった。
 自分が転ばせたからと服を買って着せ替え、そして夕食を一緒に食べに行った。

 そこまで思い出してマキは不愉快そうに眉をひそめる。
「ここで終わってれば良かったのよね……」
 続いてしまったばかりにその夢は最低な結末を迎えた。夢のあとさきを始めに分かればいいのにとこの時ほど思ったことはない。始めにどんな夢か分かっていたら見ないで起きるという荒技も出来たかもしれないと。
 はぁ、と溜息を吐きつつマキは更に先を思い出す。

 その夕食で飲ませられた飲み物に薬が盛ってあり、マキはいつの間にかホテルの一室に。
 気付いて辺りを見渡しているとバスローブを着た男がやってきたのだ。
 逃げたくても逃げられない恐怖。
 ただ単に憧れていたナイスバディを手に入れて浮かれていただけだったのに。
 こんな夢を望んではいなかった。
 そして男に組み敷かれる直前に自分の悲鳴で目が覚めたのだった。

「憧れは憧れだから良いと思うんだけど……うーん、これをネタにするんだったら『憧れのものはとても手の届きそうにないけど、くじけず前向きに生きていこう』みたいな感じの詞にしたいかも……」
 コンセプトは決まった。
 後は夢の内容を歌詞に起こすだけだ。
 それが一番の問題だった。
 音楽を先に作るか歌詞を先に作るかなのだが。
 時間がかかりそうなのは歌詞だろうと思い、マキは作詞を先にすることにする。
 しかし机に向かったもののなかなか良い言葉は浮かんでこない。
 どうしたものか、と珈琲を飲みながら考える。
 そもそもそんなに簡単に言葉が思い浮かぶのならばこんなに苦労していないのだ。
 とりあえず思いついたままに言葉を並べていくしかないかな、とノートにいくつもの単語を並べていき、そしてそれを組み合わせていく。
 夢を思い出しながら言葉の欠片を合わせていく。
 まるで最終形の見えないジグソーパズルの様だ。
 それでも段々とその言葉は形を作り上げていく。
 永遠に続くと思われたその時間はやっと終わりを告げた。



いきなり目が覚めた朝
信じられない光景
憧れていたナイスボディ
手に入れたよ 今朝の私

ときめく胸抑えて今は
夢見てた服をまとって
街へ今は繰り出すのよ直ぐに
早く早く行かなきゃ消える

街に溢れるノイズ
キミに届ける合図
早く迎えに来てよ直ぐに
魔法が解けてしまう前に

憧れてた夢を描いて
私は街を走り抜ける
私の知らない世界があるの
まるで他人の夢みたい

いつだって夢は良い所で途切れるの
だけど私の夢はヤミで消えるの
誰か教えてよ 夢のあとさき


派手に転んで赤面
信じられない光景
憧れていた素敵なキミ
手に入れたよ 今朝の私

ときめく胸抑えて今は
キミの選んだ服をまとって
一緒に街へ繰り出すのよ直ぐに
早く早く行かなきゃ消える

裏切られた心
キミにあげた心
望んでいないこんな夢
魔法よ解けて今直ぐに

憧れてた夢を描いて
私は街に裏切られる
夢なのに心が痛くて
まるで現実の事みたい

いつだって夢は良い所で途切れるの
だけど私の夢はヤミで消えるの
誰か教えてよ 夢のあとさき

いつだって夢は良い所で途切れるの
夢は夢でいいじゃない
憧れのものには届かなくても
私は笑顔で此処にいる
夢のあとさき気にせずに
私はいつでも現在(ココ)にいる




 こんな感じかなぁ、とマキは書きつづった文字を眺める。
 見た夢を短い言葉に詰めるのはなかなか骨の折れる仕事だ。
 字数も考えてみなければならなかったり(多少早口で歌えば字数などどうにでもなるが)それがメロディに合うかどうかも問題だ。
「でもとりあえず前向きな歌だと思う……」
 うん、と頷いてマキはそれで一応は完成とする。
 もしまた良い歌詞が浮かんだら調整すればいいし、音と合わないようだったら少し手直しすればいいだろう。
「とりあえず寝よう」
 ここしばらくゆっくりと睡眠を取っていなかった気がする。
 これは夢など見る余裕もなく爆睡だ、とマキは思う。
 いそいそとパジャマに着替えてベッドに潜り込んで電気を消す。
「おやすみなさい」
 ふわぁぁ、と大きな欠伸をしてマキはあっという間に夢の中へと落ちていった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月29日

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