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『魂の歌、奇跡を呼んで 』
風野・時音1219)&訃・時(1136)
 あやかし荘付近での火事騒ぎから数日後。
 歌姫と時音は、二人で街を歩いていた。

 大けがを負っていたにも関わらず、時音は逃げ遅れた者たちの救出に向かった。
 そして、無事に戻ってきた時音を、歌姫はきつく抱きしめ、唇を重ねた。
 その様子が他の住人に目撃され、二人の関係はあっという間に全住人の知るところとなってしまったのである。
 いくらいろいろあったとはいえ、ドアを開けっ放しにしていたのは完全に二人のミスだった。

 ともあれ。
 そうして二人の関係を知った住人たちが、こんな面白い話を放っておくはずがない。
 案の定、お節介な連中が大量に現れ……その結果として、今、二人はこうして並んで歩いていた。

 歩きながら、歌姫は時音の横顔を飽かずに眺めていた。
 時音はまだまだこの時代についての知識が少ないらしく、この時代の人間にとっては当たり前のような物事に興味を示したり、驚いたりしている。
 その度に、子供のように表情を変える時音を、歌姫はとてもかわいらしく思った。

 と、その時。
 突然、時音が足を止めた。
 何か、信じられないものでも見たかのような顔をしている。
 ところが、時音の視線の先をたどってみると、そこにあったのは八百屋の店頭に並んだごく普通の林檎であった。
「あれ、林檎、だよね」
 繰り返すが、どこからどう見ても、間違いなく林檎である。
 なぜこんなことを聞くのか不思議に思いながらも、歌姫は首を縦に振った。

 次の質問は、さらに突拍子もないものだった。
「この値段、後ろにゼロがいくつ省略されているんだろう?」
 すぐには質問の意図が理解できず、首をかしげる歌姫。
 だが、時音はその様子から答えを察したらしく、驚いたように次の問いを口にした。
「まさか……本当に、この値段?」
 その言葉で、ようやく時音がこんなに動揺している理由がわかった。
 つまり、時音はこの値段で林檎が売られていることが信じられないのだ。
 恐らく、時音のいた未来世界では、食料は相当高価だったのだろう。
 歌姫が頷くと、時音は八百屋の店先を右から左まで眺めて、もう一度確認する。
「じゃあ、他の野菜や果物も、全部?」
 もう一度頷くと、彼は驚愕とも羨望ともつかないため息をもらした。

 厳密に言えば、最近の野菜の価格は、天候不良のせいもあって、普段に比べればやや高い。
 しかし、わざわざそんなことを教えて時音をこれ以上驚かせる必要もないだろう。
 そう思って、歌姫はそのことは言わずにおいた。





 そんなこんなで、街を一通り散歩した後。
 夕方頃には、二人は地下鉄の駅のホームにいた。

「いつの間にか、ずいぶん遠くまで来ていたんだな」
 いつになく穏やかな表情を浮かべて、壁に貼られた路線図に目をやる時音。
「驚かされることも多かったけれど、本当に楽しかったよ」
 その横顔を見ているうちに、歌姫はこう問いかけてみたくなった。
(このまま、現代に残ることはできないの?)
 口に出すことはできないけれど、思いはきっと通じると信じて、じっと時音の方を見つめる。

 すると、それに答えるように、時音がゆっくりと口を開いた。
「僕がこの時代に来たのには、目的があるんだ」

 その後に時音が語ったのは、歌姫も初めて聞く話ばかりだった。

 未来世界を崩壊させたと考えられる、訃時という魔の話。
 その訃時が展開する、人の精神と自然法則を狂わせる異常結界の話。
 未来世界崩壊の最初の引き金となった、この時代におけるIO2の計画の話。

 そして、時音がこの時代にやってきた、本当の目的の話。

「僕は、IO2の計画を潰し、それと同時に訃時の異常結界を破る方法を見つけなければならない」
 そう言い終わると、時音は少し寂しそうに、けれども強い決意を秘めた瞳でこう続けた。
「そして、それが終わったら、僕はもとの時代に帰らなければならないんだ」





「いいえ。あなたが未来に帰ることはないわ」
 突然聞こえてきたその声に、二人は辺りを見渡した。

 ふと見ると、いつの間にか二人の背後にすらりとした黒髪の女が立っている。
 ぱっと見ただけなら、上品そうな雰囲気の若い女性にしか見えないだろう。
 けれども、その瞳には、隠すことのできない狂気が顔をのぞかせていた。 

「訃時!?」
 素早く身構えて、彼女の方に向き直る時音。
 その様子を何か愛しいものでも見るかのような目で見つめながら、訃時と呼ばれた女はこう続けた。
「あなたに私の結界は破れないし、彼らの計画も潰させはしない。
 あなたが自分のいた時代の土を踏むことは、二度とないわ」
 その言葉に、時音は真っ向から反発する。
「あの結界も破ってみせるし、計画も潰してみせる!」
 だが、最後の一言だけは、言わなかった。
『必ず元の時代へ帰ってみせる』
 そう口にしなかった、いや、できなかったのは、やはり歌姫が隣にいたせいなのだろうか。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「それなら、今ここで見せてもらおうかしら。はたして本当にそんなことができるのかどうか」
 訃時のその言葉を聞いた瞬間、時音は自分が非常に厄介な状況に追い込まれたことを悟った。
 ラッシュの時間帯にはまだだいぶ早いとはいえ、辺りにはそれなりに多くの人々がいる。
 こんなところであの異常結界を展開されたら、大惨事になることは間違いない。
 しかし、訃時がそうしない可能性は、今となっては彼女の頭上に隕石が落ちる確率よりも低かった。

 結界が展開されれば、少なからぬ人間が結界に魅入られ、亡者や狂人と化すだろう。
 ひとたび結界に魅入られてしまった者たちには、もう言葉は届かない。
 彼らを止めるためには……葬り去るより他に方法はないのだ。

 そして実際、事態は時音が恐れたとおりに進んでいった。

 一瞬にして、ホーム全体が異常結界に覆われる。
 辺りにいた人々のおよそ半数弱が、たちまち結界によって精神を破壊された。

 その人々を、時音は片っ端から斬り捨てていく。
 せめて、亡者たちが他の人々を襲わぬうちに。
 結界の魔力を逃れた人々が、魔力を逃れられなかった家族や友人の手で危害を加えられることがないように。
 それは同時に、他の人々が何が起こったかを理解するよりも早く、亡者たちを斬り捨てなければならないと言うことでもあった。
 亡者や狂人にならずにすんだ人々は、何かが起こったことくらいは気づいていても、何が起こったかは全くわかっていない。
 まして、ついさっきまで何事もなく一緒に歩いていた家族や友人が、もはや死をもってしか救うことのできない生き地獄に一瞬にして追い落とされたなどと、彼らは想像もしないだろう。
 とはいえ、そんなことをいちいち説明して回っている暇はないし、説明したところで納得してくれるとも思えない。
 結果的に、彼らの目には、事態はどう映るか。
 よくわからない何かが起こった直後、突然時音が現れて、家族を、友人を、理由もなく殺していったように見える。
 突然、大切な人を奪い去られるという理不尽な事態の原因を、彼らは時音に求めるより他ないのだ。

「人殺しだ!」
「化け物だ!!」
 最初にそう叫んだのは、恐らく紛れ込んでいたIO2の工作員だろう。
 けれども、その声が皆に広がるのにさほどの時間はかからなかった。
 口々に時音を罵りながら、走り去っていく人々。
 その怒号や罵声の全てを、時音はただ黙って受け止めた。

 言い訳はしない。
 いかなる理由があったとはいえ、自分が彼らを殺したことは事実なのだから。
 それに、こうして憎まれるのは、すでに慣れていた。





「あら、結界を破ってみせるんじゃなかったの?
 それができないからって、罪もない人々を殺すなんて」
 からかうように笑う訃時を、時音はじっと睨め付けた。

 そうこうしているうちに、続々とIO2の部隊がホームに降りてくる。
 いつの間にか、駅はIO2によって封鎖されているらしい。
(まずいな)
 逃げ出す隙は、どうやらどこにもありそうもない。
 もちろん、時音にはもとから逃げるつもりなどないが、歌姫を巻き込むわけにはいかなかった。

 そこで、時音は一計を案じた。
「訃時っ!!」
 訃時の方を向いて大声で叫び、自分が訃時の方へ向かうものと思いこませる。
 ところが、その一瞬後に彼が向かったのは、前方の訃時ではなく、斜め後方にあった最寄りの階段だった。
 不意をつかれて慌てるIO2の戦闘員をまとめてなぎ払い、階段の安全を確保する。
 そして、周囲の敵を牽制しながら歌姫を呼び寄せると、念のために結界で彼女を守った。
「歌姫さん、今のうちに逃げて!」
 その言葉に、歌姫は小さく頷く。
 けれども、数歩登っては心配そうに振り返り、また数歩登っては心配そうに振り返りといった状況で、これではいつまでかかるかわかったものではない。
 時音の張った結界がいつまでもつかわからない以上、一秒でも早く、構内を出て地上に出てほしいというのに。
「僕なら大丈夫だ! だから早く!!」
 もう一度そう叫ぶと、歌姫はもう一度頷いて、駆け足で階段の上へと消えた。





 これで、心配の種は消えた。
 今度こそ、時音は訃時へと向かう。

 しかし、時音と訃時では、戦闘能力に差がありすぎた。
 まして、ここは訃時が展開した異常結界の中である。
 どうあがいても、時音に勝ち目はなかった。

 時音の白き光刃と、訃時の紅色の光刃がぶつかり合う。
 その様は一見互角のようでありながら、実際に消耗しているのは時音の方だけだった。

「あなたはここで死ぬの。私の腕に抱かれて、ね」
 余裕の微笑みすら浮かべたまま、訃時が攻勢に転じる。
 その攻撃を、時音はかろうじて防ぎ止めていた。
 もはや反撃する余裕などなく、いつまでも防ぎきれる自信もない。
 何とかしてこの状況を打開したかったが、そのための手段は何一つ思いつかなかった。





 その時だった。
 不意に、ホームに澄んだ歌声が響き渡った。
 声の主の姿は見えなくても、時音にはすぐにそれが歌姫の声だとわかった。

 IO2の広めようとした憎しみではなく、愛する心を思い出させる慈愛の歌。
 訃時の操る負の感情ではなく、正の感情を呼び起こす希望の歌。

 歌声が大きくなっていくにつれて、訃時の顔から余裕の笑みが消えていく。
 結界によって歪められた諸々の法則が、徐々にそのくびきから逃れ、おのが力を、おのが正しさを主張し始める。
 
 そして、歌姫の歌が終わったとき。
 訃時の展開していた異常結界は、きれいさっぱり消え去っていた。

「まさか、こんなはずが……!」
 訃時の顔に、焦りの色が浮かぶ。
 絶対のはずだった異常結界。
 それが、たかが歌ごときに破られるとは。

 ならば、その歌声の元を断つまで。
 普段の訃時ならそう考え、そしてそれをためらいなく実行に移しただろう。

 だが、今の訃時には、そのことに思い至るだけの余裕すらなかった。

 訃時の姿が、地下鉄の線路の向こうへと消えていく。
 それと同時に、残っていたIO2の面々も、潮が引くように一斉に引き上げていった。





 敵が撤退するのを見届けてから、時音は歌姫に駆け寄った。
「歌姫さん! どうしてこんな無茶なことを!!」
 感謝の言葉よりも先に、彼女の無謀を責める言葉が口をついて出る。

 結果的に、時音が歌姫によって助けられたことは間違いない。
 しかし、それはあくまで、多くの幸運が重なり合った結果に過ぎなかった。

 IO2の面々が、結界が破られるその瞬間まで歌姫に攻撃を加えなかったこと。
 歌姫が戻ってきたとき、時音がまだどうにか耐えていられたこと。
 時音の結界が、訃時の結界よりも長く持ちこたえられたこと。
 結界を破られた訃時が、思った以上に動揺してくれたこと。

 それらのうち一つでも欠けていれば、今頃は歌姫も、そして恐らく時音も、すでにこの世にはいなかったことだろう。

「一歩間違えれば、歌姫さんまで命を落としていたかもしれないんだ! それなのに、どうして!!」
 どうして。
 もちろん、時音を助けたかったから、時音の力になりたかったからに決まっている。
 聞くまでもなく、そんなことは明らかだった。
 それでも、時音はそう口にせずにはいられなかった。どうして、と。

「もう二度と、こんな無茶はしないでくれ」
 諭すようにそう言いながら、時音は歌姫を抱きしめ、優しくキスをした。
 安心しきった様子で、歌姫が時音の胸に身体を預けてくる。

 気がつくと、歌姫はいつのまにか眠っていた。
 その幸せそうな寝顔を見つめながら、時音は一言こうつけたした。
「でも……ありがとう」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

<<ライターより>>

 撓場秀武です。
 まずは、今回も遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
 今回は話の展開の都合上、前半を歌姫さん視点、後半を時音さん視点という感じにしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
西東慶三 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月26日

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