『『銀杏の木の下で ―この世で一番美しい花―』 』

涼原・水鈴（3203）＆笹川・璃生（2549）

　深い深い海の底。
　人間、という種族が未だに踏み込めぬこの地球という星の数少ない聖域。
　そこに海に住まう者たちの世界があり、
　そして彼女がいる。
「見て見て、水鈴。マリンスノーよ」
「綺麗だねー」
　人魚族や同じセイレーンの子どもたちが深海に降る雪のようなマリンスノーを見上げながら嬉しそうな声を出している。
　その中で水鈴も両手を広げて、感慨深げに周りの深海を漂う雪かのようなモノを見つめてうっとりとしている。
　マリンスノー。それは人間たちがつけた名称で、無論、雪じゃない。
　それはプランクトンの死骸だ。
　それでもその現象をマリンスノーと呼びたくなるぐらいにそれはとても美しい光景だった。
「あの人にも見せてあげたいなー」
　心の奥底からそう想う。
　セイレーンの一族に語り継がれる伝説。
　――運命の人。
　ぽつりと言った水鈴の周りに皆が集まってくる。興味津々のキラキラとした瞳で。
「ねえねえ、それで水鈴は運命の人と出逢えたの？」
「どんな人だった？」
「カッコいい人間の男の人？」
「王子様？」
「あら、王子様はあなた方、人魚族には天敵なんじゃないの？」
「そんな事無いもん」
　皆でキャーキャーとマリンスノーが降る深海で騒いでいると、ひとりがぽつんと言った。
「上の季節は秋だねー」
「秋？」
「そう、秋。私はお祖母様に聞いた上の季節の中では秋が一番好き」
「あ、あたしは冬だな」
「春は？　桜の花」
　皆が水鈴を見る。
「水鈴はどの季節が好き？」
「水鈴の目に映る世界の色はどんな色？」
　きょとんと水鈴は小首を傾げる。
「世界の色？」
「うん、世界の色。水鈴の目に映る世界の色」
「うーん、私の目に映る世界の色。それは色んな色だよ。木々は季節によってお洋服を変えるように葉っぱの色を変えるし、人間のお洋服も季節によって違うの。見ていて本当に楽しいよ。それとお花も楽しみ。お花はね、ちゃーんと知ってるんだよ。自分たちが咲く頃を。お花屋さんの前に置かれてるお花や道端に咲いてるお花なんかも見ていて楽しいんだ。とにかく上はすごく綺麗だよ♪　今日だって…うん、今日だって、とても綺麗だったんだ」


　上の世界はとても綺麗だったんだよ。
　黄色の葉っぱがひらひらとしていて。



　――――――――――――――――――
【Begin　Story】
【璃生】

　窓から飛び込んでくる秋の柔らかな光を浴びながら璃生は本を読んでいた。
　それは花物語の本。
　世界で一番美しい花を追い求めた純粋無垢な少女の物語。
　少女の哀しい運命を記した物語。
　璃生は哀しげな瞳で窓の外を見た。
　ちょうど風に乗って飛んできたイチョウの葉がひらひらと落ちてきている。
　読んでいたページにしおりを挟んで、本を机の上に置くと、璃生は立ち上がった。
　そして庭に出て、愛犬のなずなの頭を撫でてやる。
「くぅーん」
　甘えたような声を出すなずなはイチョウの花に憧れを抱き、それを見た後に父親に殺されてしまった少女を想って物悲しい気分に浸っている璃生を慰めようとしてくれているのか？
「なずな」
　庭に両膝をついて璃生はくすりと微笑むとなずなをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、なずな。散歩に行こうか？」
「わん」
　元気に吠えるなずなに璃生はくすっと笑いながら立ち上がる。
「ちょっと待っててね。今、リードを持ってくるから」
　璃生は庭から、玄関へとまわった。リードは玄関に置いてあるはずだから。だけど……
「あれ？」
　彼女は小首を傾げる。
　何故ならあるべき物があるべき場所に無いからだ。
　庭用のサンダルを脱いで家の中に上がって、居間でテレビを見ていた母親に彼女は訊いた。
「お母さん、リード知らない？　なずなと散歩に行こうとしたんだけど、無いのよ」
　すると母親は、璃生の弟が朝、散歩に行ったから、彼が知ってるのではないのかと言った。
　璃生は溜息を吐く。ちゃんと決められた場所に置いておいて欲しい。
　二階に上がって、ノック。だけど返事が無い。璃生はそろそろとドアを開けた。すると部屋の中には弟がいない。
「あれ、どこに行ったんだろう？」
　小首を傾げて彼女はまた溜息を吐く。
　どうにも何か事が上手く行かない。いつもならもうとっくに散歩に出ているのに。
　―――まるで何かに……
「何かに邪魔されているみたい……」
　言って璃生は口を片手で覆った。
「邪魔されるって、何に、何を？」
　それは何だかとてもよくわからない形を成さない茫洋な確信。それはものすごく矛盾した表現だけど、でもそれが今、璃生の胸にある感覚を表現するのに一番しっくりとくるのだ。
「嫌だな」
　璃生はぶるっと体を震わせた。
　なんだかそれが自分にとって徹底的な何かである事が彼女にはわかるのだ。でもだけど、それは……
「ただいまー」
　玄関の方から弟の声がしたけど、璃生はしばらく動けなかった。



　――――――――――――――――――
【水鈴】


　久々の地上に来た水鈴。
　地上の季節はもう秋だった。
　空の色はとても綺麗で、白い雲もふわふわと浮いている。その空を行く鳥はとても気持ち良さそう。
　街行く人々の服装も少し暖かそうな物になっていて、特にお姉さんたちが履いているブーツが水鈴の目を輝かさせた。
「わーいいなー。なんだか長靴みたいだけどお洒落ぇー♪」
　あと何年したら自分もあーいうのを履けるのだろう？　子ども用の奴はあるのかな？　あるんだったら今度、靴屋さんに探しに行こう。
　だけど今日はお散歩。
　お散歩の目的は素敵な物探し。
　お世話になったお姉さんたちへのお礼になる物を探しに。
「あるといいな、何か良い物♪」
　水鈴は軽やかにスキップを踏みながら秋の装いに模様替えをして街中を歩いていく。
　前方の道はYの字。
　どっちへ行こうかな？
　行った先には何かあるかな？
　行き先はどうやって決めよう？
「前方に棒切れはっけーん♪」
　水鈴の視線の先に棒切れが落ちている。彼女はそれを拾い上げると、「えい」と空中に投げた。
　くるくると回って落ちて、その棒切れの先が左を指した。
「では、こっちに決まり」
　水鈴はその棒切れを持って、また道を進みだした。
　そうして彼女は公園にたどり着いた。
「わぁー、きれーい♪」
　黄色の葉っぱの木が何本もある公園。
　水鈴はスッキプを踏んで木の下に行く。
　ひらひらと落ちてくる紅葉したイチョウの葉はくるくると仔犬のようにはしゃいで飛び回る水鈴を包み込んでくれるようで。
　それがまた何とも楽しくって、嬉しくって。
「綺麗。綺麗」
　水鈴は落ちているイチョウの葉を拾って、また宙に放り投げた。
　ひらひらと、ひらひらと、ひらひらと。
「くるくる葉っぱが舞って素敵♪」
　にこりと微笑む。
　そして、ちょっと顔を嫌そうに歪める。
「でも、ちょっと匂う〜」
　そんな水鈴を公園のベンチに座る老婆がくすくすと笑った。
「お嬢ちゃん。その葉はイチョウって言うんだよ」
「イチョウ？」
　小首を傾げる水鈴に老婆はにんまりと笑いながらこくりと頷いた。
「そして匂うのは銀杏だねー」
「銀杏？」
「そう、銀杏。美味しいんだよ」
「ほぇ、そうなの！」
「ああ、秋の味覚の一つさ、銀杏は。持って帰ればお母さんが喜ぶよ」
「そうなんだ」
　水鈴はぽんと手を叩く。そんな水鈴に老婆はにこりと嬉しそうに微笑んだ。
　そして日向ぼっこをしてる老婆の話し相手になりながら水鈴は嬉しそうに公園に植えられたイチョウの木の下に落ちている銀杏の実を拾い集め出した。



　――――――――――――――――――
【璃生】


　ようやくいつも違う場所に置かれていたリードのありかを弟に聞いて璃生は愛犬のなずなの散歩に出かけた。
　いつもは決まった散歩コースがあるのだが、今日はあの読んだ本のせいでイチョウが見たい気分だったので、璃生は家の近くの公園に行く事にした。
　イチョウの花。
　璃生が読んだ物語の中ではイチョウの花が一番この世で綺麗な花と物語られていた。
　そう、その物語は……


　この世で一番美しい花は賢い花。
　賢い花は人の目につかない時間帯に咲く。
　そして夜に咲くイチョウの花が世界で一番美しいのだと。
　織物が大好きで、ほぼすべての花を織った少女はぜひともイチョウの花を見たくって、
　その花の織物が作りたくって、
　それで彼女はイチョウの花が咲く頃、夜中にイチョウの木の下に行って、花が咲くのを待ち続けた。
　そして何日も花が咲くのを待ち続けた彼女はついにその花が咲くのを見たのだ。
　とても綺麗な白い花。
　少女は一枝折って、嬉しそうに家に戻った。
　しかし少女の父親は、少女が夜中に外に行って、逢引をしていたのだと勘違いして怒って、それで少女を斬り殺してしまった。
　父親は少女が手に持っている枝を見て自分の勘違いに気付いて、後悔した。


　とても哀しい中国の民話。
　あの少女が見た夜の世界に咲くイチョウの白い花とは、どれだけ綺麗な物だっただろうか？
　璃生はそれに想いを馳せてイチョウの木を見上げた。
「綺麗」
　ひらひらと舞い落ちるイチョウの葉に璃生は嬉しそうに目を細める。
　はふはふと愛犬のなずなも鼻を鳴らして嬉しそうだ。
　璃生はスカートを折ってしゃがみこんで隣のなずなの頭を撫でながら愛犬に声をかける。
「綺麗だね、なずな」
「わん」
　嬉しそうなひとりと一匹に公園のベンチに腰をかけている老婆が話し掛けてくる。
「本当に綺麗だねー、イチョウの葉が」
「はい」
　璃生は髪を耳の後ろに流しながら老婆に頭を下げて、にこにこと笑う彼女の前まで歩いていった。
　ちょこんと座る愛犬の頭を老婆は小さな手で撫でながら嬉しそうに訊いてくる。
「私はいつも来てるんだけど、お嬢さんも今日は会うのは初めてよね」
「あ、はい、そうです。いつも違う散歩コースを取ってるので」
「そうよね。じゃあ、今日ここに来たのはイチョウの葉を見るために」
「はい」
「そう。やっぱりあなたもなのね。秋は紅葉ですものね」
　そして璃生は老婆の隣に座ってお喋りをし、公園から帰っていく彼女を見送った。
　尻尾をぱたぱたと振るなずなを見下ろしながら璃生はにこりと微笑む。
「もう少し歩いていこうか」
「わん」
　リードを外して、なずなは嬉しそうに犬らしく飛び回っている。
　ひらひらと舞い落ちてくるイチョウの葉を追いかける愛犬に璃生はくすくすと笑った。
　そしてその愛犬が足を止めて、何やらイチョウの葉の山を見つめている。
　きょとんと小首を傾げて、璃生は不思議がる。
　何かあるんだろうか？
「どうしたの、なずな？」
　愛犬の名前を呼びながら彼女はそこへ歩いていって、
　そして「わん」と吠えた愛犬のなずなの横に立った彼女はしゃがみこんで、イチョウの葉を手に取ってみた。そうしたら……
「あれ、これは銀杏？」
　そう、イチョウの葉の下には銀杏が隠されていたのだ。
「わぁー」
　誰かが隠しておいたのだろうか？
　璃生は銀杏の実を一個、手に取った。
「なずな、ほら、見て、これが銀杏だよ」
　なずなは犬らしく璃生が手に持つ銀杏をじっと見て、匂いを嗅ごうとして、だけどすぐに璃生の後ろに隠れた。犬の鼻には銀杏の匂いはきつかったのかも。
　璃生はくすくすと笑った。
　そしてイチョウの葉で隠されていた銀杏の山をじぃっと見つめていた彼女はふわりと微笑んだ。
「ありがとう」
　何かを感じたのか、彼女はそう呟いて、それで取り出した白のハンカチで銀杏を包み込んでそれをジャンバーの大きなポケットに入れた。とても大切そうに。
「ありがとうね」



　――――――――――――――――――
【水鈴】


　集めた銀杏。
　それをどうしよう？
　家に持って帰る？
「うーん、でもこれは……」


　見つけた人へのプレゼント♪


「銀杏はこっそりと集めて隠しておこうね。うーん、何て太っ腹。あ、そうだ。もうすぐ私の誕生日。なんか良い事あるかな♪」
　水鈴は嬉しそうに集めた銀杏をイチョウの葉で隠しておく。
　この銀杏、誰が見つけるのかな？
　見つけてくれた人は喜んでくれるかな？
　美味しく食べてくれるかな？
「うーん、楽しみ♪」
　にこにこにこにこ笑いながら水鈴はイチョウの葉を銀杏にかけて、隠した。



　ほんの少しの擦れ違い。
　水鈴が隠した銀杏は、彼女が公園を去って一分後にやってきた運命の人が見つけてくれた。



　――――――――――――――――――
【ラスト】


　笹川家の食卓には美味しそうな銀杏を使った料理が幾品も並んだ。
　茶碗蒸に焼き銀杏。銀杏釜飯。銀杏の天ぷら。銀杏の磯部揚げ。
「美味しそうに出来たね、お母さん」
「ええ」
　誰かからのプレゼントは璃生と母の手で美味しそうな料理に変わった。
「どうしたの、嬉しそうな顔をして、璃生？」
「ううん、何でも無いよ、お母さん。お父さんたち呼んでくるね」
　ぱたぱたとスリッパを鳴らして台所から出て行く璃生。
　璃生はこう想ったのだ。
　―――いつかお礼をあそこに置いておこうって。
　それでとても嬉しくって楽しい想いが溢れ出して、それは今も溢れ出して、本当に璃生はとても嬉しくって楽しい想いで胸が一杯で、とても幸せだった。



　＋＋＋


　温かな布団の中で水鈴は嬉しそうに瞼を閉じる。
　と、想ったら、がばぁ、と起き上がる水鈴。そして枕をひっくり返した。そこには押し花のように紙に貼られたイチョウの葉がある。
「あの銀杏、もう誰かが見つけたかな？」
　また嬉しそうに笑いながら水鈴はぱたんと布団に横になって枕に頬を埋めた。
　部屋の隅に置かれた机の上にはお姉さんたちへのお土産の綺麗なイチョウの葉が大事そうに置かれていた。


　―　ｆｉｎ　―



　＋＋ライターより＋＋


　こんにちは、涼原水鈴さま。
　こんにちは、笹川璃生さま。
　いつもありがとうございます。
　このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


　今回は本当にありがとうございました。＾＾
　前回のシチュの内容を今回のシチュにも反映させていただけて本当に嬉しかったです。
　プレイングに書かれていたほのぼのとした雰囲気が作品にもでているといいなーと想います。



　水鈴さま
　かわいらしくって、元気な水鈴さんを書くのが本当に楽しいです。＾＾
　集めた銀杏をこっそりと隠しておくというお話が本当に楽しくって、プレイングを読んだ時に嬉しくなってしまいました。＾＾
　１１月２３日のお誕生日、良い事があると良いですね。＾＾



　璃生さま
　リードがいつもと違う場所にあったのはそういう事だったみたいです。＾＾
　作中で書かせていただいた中国のイチョウの花の物語はちょっと悲しいお話だったりするのですが、イチョウにはまだまだ楽しい花物語があったりします。＾＾　そして笹川家の夕食に並んだ銀杏の料理の数々僕も食べてみたいです。＾＾
　銀杏のお礼、どんな風になるのか僕も楽しみだったりします。＾＾



　それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
　ご依頼、本当にありがとうございました。
　失礼します。

PCシチュエーションノベル（ツイン）

草摩一護

東京怪談

2004年11月25日