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『□■□■ Fairytale Junkey ---二つの時計--- ■□■□ 』
緑川・勇0410


 サイバー化された当初は、半ばヒステリックに身体を気遣っていた。まあそれでも知っている限りの範囲で、だが。充電は毎晩眠っている間にしていたし、こまめに身体を動かして慣れるようにしていた。だが、この身体との生活がある程度日常化してしまえば、なんと言うか、ずぼらにもなるもので。
 正直高性能で触感がリアルなこの身体には、首の後ろから線を垂らして眠るという行為は激しく不快を伴う。かと言って日中は学校だし、起きている時間にこう……リードで繋がれているような状態を認識するのは、嫌だった。だが寝相によっては首に引っ絡まるケーブルは鬱陶しく、最近は充電をサボっていた。
 元々そうこまめな性格ではなかったから、最後に充電をしたのが何時だったかなんて忘れていた。確か体育の授業があって、疲れていたんだと思う。面倒臭くてそのまま眠ってしまって、それから、ずるずると。

 そして一週間目の体育の時間。
 俺の視界は暗く、ぼやけている。

「勇ちゃん!?」
「緑川さん、大丈夫!?」
「先生、勇ちゃん倒れたー!」
「貧血? あ、充電切れ?」

 そう、なんと言うか、最近は長距離の授業だったから結構精神的な疲労はあって。乳酸が筋肉に溜まるのとよく似た感覚が身体に付き纏って、倦怠具合もそれなりに。日常生活の一旦と組み込むに、それは少し無理のある動作だったんだろう。サイバーの癖に融通が利かないもんだ。
 なんとなくしんどいとは思っていたんだけれど、油断していたのかもしれない。食事と充電がまったく別物だということにもまだ認識が足りていなかったのだろう、新しい燃料電池も高いからって買わなかった。充電で間に合うだろうと。って、その充電をサボっていたら意味がない。まるで無い、全く無い――頬に当たるアスファルトの感覚すらも朧だ。ちくちく痛いはずなのに、感じられない。

 なんてことだろう、倒れるなんて。しかしこういう状況、実は初めてなんじゃないんだろうか? 生身だった頃は丈夫だったし、病気らしい病気もしたことがなかった。風邪ぐらい引くことがあったけれど、それも眠って治せるぐらいだったし。こうやって、公衆の面前で倒れるというのは――初体験だ。全然嬉しくないが。
 指の一本もマトモに動かせない、とまでは行かない。視界状態はすこぶるに悪いが、聴覚は生きている。完全に電力が切れているわけじゃない、最低限モードにはまだ、突入していない。周囲に人の気配がある所為なのだろう。クラスメートの影が身体中に掛かっている。
 ああ、まったく。ジャージ姿で良かった、制服を汚すのも嫌だし。膝やら何やらを擦り剥いてたら修理にも行かなきゃいけないし。面倒なのは嫌いだ。面倒だから。しかし走っている最中に倒れるとは思わなかった、軽く地面の上を滑ったぞ。結構な衝撃だったが、内蔵機器は大丈夫だろうか。大丈夫だと思いたいが。

「緑川さん! おーい、意識は!?」
「ぅー……」
「保健室連れてけ、確かバッテリーあったろ?」
「はいっ」

 ぐ、と。
 腕の引っ張られる感覚、かくんっと軽く垂れる頭の感覚。肩に回された手、支えるつもりなのだろうか? いや、歩けるほどの余力も無いし。どうするか、負ぶうか? いや、それにしたって無理があるだろうな。この身体、華奢なくせに密度はあるから、体重は生身の時よりあるんだし。とてもじゃないが高校生の腕力じゃ無理だろう、クラスの男子生徒よ。
 力の入らない身体は体重配分もろくに出来ない。もう少しこの低機動状態を維持すれば保健室まで歩けるぐらいにはなるだろうが、それまで放置しておくわけにも行かないんだろう。顔を真っ赤にしながら、男子生徒は俺を抱えようと奮闘する。無理だって、諦めろって。ぎっくり腰になるぞ。

 おい、なんだその閃いた顔は。
 何故俺の腕を首に回させる。
 何故膝の裏に腕を突っ込んでいるか。
 その状態で立つな。馬鹿者。


――――姫抱っこじゃねぇかよ!


「ちょ……ま、って」

 名前忘れたクラスメートに、俺は呂律の回らない舌で必死に静止を掛ける。幸か不幸かこいつ、結構体格が良い。生身時代の俺よりは少し頼りない感じがあるが、一般的な意見で言えば、結構がっしりしているほうだろう。だからって八十キロを持てるかどうかは微妙だろうが。無理をするなよ若人、バーベル上げでもやってるなら別だが、この学校にもそんな部は無いはずだろうが。体育会系でもそんな無駄に腕に負担を掛けるようなものは持たないだろう。

「待って、ちょっと……」
「喋っちゃ駄目だって、電力また無くなるから。下手に救難信号とか出ちゃったら困るだろ?」
「だ、けど……確か、エキスパートでしょ……私、重いから」
「大丈夫だって、落としたりしないからさ」
「じゃなく、て」

 おいおい勘弁してくれ。俺だってやったことないって、姫抱っこなんか。相手が居なかっただけだとか悲しい現実は見ないことにしたって、それにしたって。そりゃーこの状態が一番運びやすいんだとは思うが、待ってくれ。返せ俺の男としてのプライド。
 ナイト気分の男子生徒は、少しよろよろしながらも俺を校舎に運んでいく。幸い保健室は非常口から近いところにある。体調の良くない生徒がすぐに入れるように、または逃げられるようにとの配慮だろう。俺にもそれは確かに有効だ。

 距離にして百メートルあるかどうかの道のりが、長い。彼がよたよたとゆっくり進んで行く所為なのか、それとも相対性理論における時計の進み方の問題なのか。可愛い女の子と話している一分間とストーブの上に手を置いている一分間の精神的な認識による体内時計の矛盾。屈辱か、照れか、判らない感覚かせ身体中に付き纏っている。
 何事も無かったかのように授業を再開する教師の声が聞こえた。それに従いながらも、生徒達の視線は俺に向いている。世界中に見られているように錯覚した。屈辱感と羞恥心、どっちが強いのか判らない。羞恥心? 何だよ、それは。何でそんなの感じるんだ。下手の考え休むに似たりなのか? 働かないのは頭じゃなくて身体のはずだろ。

 どこか誇らしげな顔で俺を保健室のベッドに下ろした彼は、電池の用意をしている保険医をチラリと一つ見てから、俺の額を突付く。仕方ないな、と言う風な溜息を一つ吐いて見せる姿。傍から見ればそれは微笑ましくて滑稽なほどに青春の風景なのだろう――俺にとってはまったく、そんな事は無いが。
 青春? この歳で? この性別で?
 いっそこれが、充電切れの頭が見ている悪夢なら良いとすら思っているのに。

「案外ドジなんだよなー、緑川」
「、……」
「ちゃんと充電しとけよ? じゃ、俺は授業戻るからさっ」

 そして、去っていく。
 俺は霞んだ視界を完全に閉ざした。

 冗談じゃない。こんな、御伽噺のお姫様みたいに。
 俺は男なんだから。
 こんなの、御免なのに。
 なんだって、こんなことに、なるんだか――
 それでも段々許容が見えてしまうのは、慣れの所為なんだろうか。
 まったく本当に、冗談じゃない……。


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PCシチュエーションノベル(シングル) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年11月24日

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