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『□■□■ Tenderness Junkey ---夢の牧場--- ■□■□ 』
緑川・勇0410


 羊を数えて意識を手放す。見上げた天井は日に焼けて黄色い、今は夜の闇に沈んでいるけれど。ゆっくりと眼を閉じて、身体を横にする。仰向けだと首の後ろで充電用のジャックが圧迫されて、不快だから。少し背を丸めて、枕に頭を静めて。
 いまや唯一の逃避先へ。

■□■□■

 すらりとした長身の彼女と並んで歩く。身長は俺の顎の辺りまでで、抱き締めるには多分絶好の身長差。ちょっと高いヒールの靴を履いたって眼の高さが精々だから、やっぱり抱き寄せやすい。俺は笑って彼女と一緒に歩く、彼女も笑っている。ウィンドウショッピング、ガラスに映る彼女の姿。俺の姿。懐かしい自分、もう写真の中にしか居ない姿。刈り上げられた髪に手を突っ込んで。照れ笑い。
 あれとか似合うんじゃないかしら? 彼女に手を引かれ、俺は慌てて付いて行く。ぐいぐい彼女が俺を引っ張る、俺の手を引いて。

 本当は、現実は――俺は彼女と手を繋いだ事なんて、無かった。照れ臭かったし恥ずかしかったし、何よりそんなに深い関係ではなかったし。
 告白しようとは思っていた、でも出来なかった。今日でなくても明日も明後日もあると思っていたから、急がずに焦らずに。ゆっくり近付こうと、会ったら笑い掛けて挨拶。彼女も笑って返してくれる。世間話をして、それじゃあ。それだけが自分と彼女の接点だったと言っても、過言ではなかった。
 二十歳も下り坂で何を純情に奥手をしていたのだか。今となっては失笑ものだ。どうしたの、と聞かれて、俺は曖昧に笑う。

 夢の中は優しい。いつだって優しい。なんてったって俺は俺のままでいられるんだから。俺は俺で、俺以外の何者でもない。彼女が見上げてくる、どうしたの? さっきから笑いっぱなし。俺は答える、いや、幸せだなぁって。
 彼女が笑う、やだ、何言ってるの? もう。良いからお買い物しましょうよ、貴方のもね。今日は二人で思いっきり遊ぶんだから。判ったよ、仕方ないな。俺は答えて、彼女に引っ張られるまま足を動かす。

 ありきたりなデート。ショッピングに、映画。喫茶店で少し話し込んでいたらいつの間にか暗くなって。夜景の綺麗な所にでも行こうか、誘えば彼女ははしゃいで了承。一緒に行ったのは、展望台。勿論料金は俺の奢り。申し訳なさそうな顔をする彼女に笑い掛ければ、ありがとう、と可愛らしい笑みを浮かべてくれる。俺の好きな彼女の微笑。
 ほら、あっちが君の家の方角だろ? あっちには学校があるわ。向こうがあなたの道場よね? よく知ってるな、他には何か見えるかな? 下ばかり見るのも勿体無いわ、上を見たらUFOぐらい飛んでいるんじゃないかしら? いや、それは。もー、ロマンがないなぁ。UFOにロマンなんてあるのか? あるわよ、大宇宙のロマンを感じちゃうわ。なんだそりゃ。良いじゃない。

 こんな風に重ねたい時間があった、こんな風に楽しみたい時間があった。明日がある、明後日もある。そんな事を考えて決断を後回しにしていた自分を、今更後悔する。どうして? どうしてって、それは。
 何で後悔なんてするんだ? だって今はこうして楽しく時間を過ごしている。それで良いじゃないか。何も悔いなんかない、あっても、現状には必要ない。今がよければ良いじゃないか。クスクス、一人で笑う俺を見上げて、彼女がぷくっと膨れてみせる。何笑ってるの? だって君の顔ったら。え、そんなひどい? 膨れて可愛い、言って俺はその頬を突付く。照れてみせる、彼女。

 深夜が近付いてくるにつれ、展望台からは人影が消えていく。残っているのは俺達だけ。ぐるぐる回って、色々な景色を眺める。どんどん光が消えていく町。ネオンサインすらも疲れ果てていく。ゆっくりゆっくり、闇が侵食していく――雰囲気の中、彼女も俺もいつしか黙る。

 ずっと言いたかったんだ、好きだって。
 後回しにし続けていたけれど、今なら言える。
 そっと細い肩に手を掛けて、振り向かせて。
 キョトン、とした顔の彼女は、首を傾げる。
 笑いながら、俺を見上げる。
 俺の好きな笑顔で。

「どうしたの?」

 彼女が尋ねる。俺は痒くも無い頬を小さく掻きながら、あー、と声を漏らす。彼女はくすくす笑いながら、俺の言葉を待つ。
 何て言おうか。色々考えてたはずなのに、何にも浮かんでこない。頭の中は真白だ、いざと言うときってのは案外こんなもんなのか? 自分の意思や意識なんて遠ざかってて、なんとなく、口をつく言葉で告げる? 考え込むことなんて、無意味なのか。そうだとしても、このタイミングは逃せない。
 暗くなっていく町、誰も居ない展望台、笑う彼女の白い顔が眩しい。笑顔が、眩しい。眩しさの所為で頭が働かなくなりそうだ。一撃必殺、迷うな――ほら、道場で繰り返し言ってるのは自分だ。門下生に笑われるぞ。

「ね、どうしたの?」
「あー……あのな、」
「うん?」
「実は、ずっと――」

 それは多分とても誠実で単純な言葉。
 単純でストレートで、その響きはきっと、だからこその強さを持っている。

「ずっと、君の事が好きだったんだ」

 真っ直ぐに彼女を見詰めて、その眼を見詰めて。
 俺は告げた。
 初めて会った時の事なんて憶えてなくて、どうして好きになったんだかなんて忘れてて。そんなものはすべて些細で、大切なのは今ここで彼女を愛している自分が居るという事実だけで。現在だけが重要で、だから過去も所以も本当はいらない。理由付けなんか必要ない、説明なんかいらない。
 君も俺の事は嫌いじゃないと思ってる。笑顔には嘘なんてないし、今日のデートも楽しそうにしてくれていた。きっとそれは本当だと思うから。期待は、しても良いと思ってるんだ。
 君の答えを、期待しても、良いと。

「ごめんなさい」

「――、ぁ」

「私、あなたのこと好きよ」

「なら、どうして」

 違和感。
 声が。
 彼女を見上げる。
 あれ?

「勇ちゃんは可愛いけど、女同士では結婚できないもの」

 彼女が俺を見下ろしている、俺は彼女に見下ろされている。勇ちゃん? 何だよ、それは。そんなの小学生時代のあだ名で、今は誰もそんな呼び方しない。高校のクラスメートぐらいだ。高校? ちょっと待て、俺は。彼女を見上げる。彼女は俺の頭を撫でる、きゅっと抱き締める。むずがる子供にするように。そして離す。俺の脇をすり抜けていく。伸ばした手が細い、小さい。見下ろした身体は小柄。スカートから伸びた脚は細い。手を見る。小さくて華奢なそれ。頭を掴む。ショートボブの髪。違う。

 違う、こんなの、俺じゃ、なくて。

 彼女は誰かと腕を組む。そいつを見上げて歩いて行く。誰だ? シルエット。短く刈り込まれた髪がツンと逆立っている。見覚えのあるジャケット。俺が今身に纏っているものと同じ。俺にはブカブカの。俺の? どうして? 待て、待って、くれ。俺は。俺は、緑川勇は。

「ま、待って、くれッ」
「じゃあね、勇ちゃん。行きましょう。勇さん」
「待ってくれ、俺はッ」

 違う違う違う。
 違うだろ?
 待てよ、返せよ、彼女は。
 俺は。

「嫌だ、嫌だッ――嫌だ!!」

■□■□■

 眼を開けると、天井が見えた。
 まだ暗い。時計を見れば深夜――午前二時。寝返りでも打ったのか仰向けになった身体の下、曲がってしまったケーブルが不快感を伝えた。指先でそれを引っ張り、抜く。目測を誤って転落することも無くなったベッドから脚を下ろし、溜息を吐いた。
 汗びっしょりにぐらいなってても良いだろうに、身体は乾いている。気分だけで寝巻き代わりの巨大なTシャツの胸元をぱたぱたと仰いだ。

 ――まったく。

「勘弁して、くれよ……」

 膝を抱えて頭を埋める。

「夢ぐらい優しくしてくれたって、良いだろうが……」

 羊を数えて。
 くるくる数えて。
 夢の牧場に紛れ込んで。
 そんな場所すら、俺に優しくしてくれない。



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哉色戯琴 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年11月22日

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