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『恋色紅葉 』
橘・沙羅2489)&相沢・久遠(2648)

 よく晴れた秋の空の下。
 休日を利用して、橘・沙羅(たちばな・さら)は彼女の従姉妹の家が経営するなじみの喫茶店へとランチをするために足を運んだ。
「いらっしゃい、沙羅ちゃん」
「こんにちは…」
 扉を開けると、優しい叔母の笑顔が出迎えてくれた。それに心なしか沙羅は、ほっとした面持ちで柔らかく笑う。
「…………あ…」
 きょろ、と店内を見回すと。
 その瞳に止まった、一人の姿があった。沙羅はぽっと頬をピンク色に染め上げながら、その人物を見つめる。
(お、落ち着いて沙羅…自然に、自然に声をかけるのよ…)
 沙羅は胸の辺りで両手を組みながら、こくりと息を呑んだ。心の中で自分を励まし、震える足を、一歩踏み出す。
 沙羅の視線の先には、彼女が密かに想いを寄せる人物――相沢・久遠(あいざわ・くおん)がいるのだ。その様子から見ると、今日は偶然にもオフらしい。
 普段から男性と話すのが苦手な沙羅にとって、一言をかけるのにも、物凄い勇気がいるのだ。しかも相手は、彼女の想い人なのだから。
「………こっ…こんにちは…」
「…あれ、沙羅…偶然だね」
 勇気を振り絞って、消え入りそうな声で、沙羅は久遠へと声を掛けた。
 すると久遠は沙羅の存在に気が付き、ふわりと笑いながら応えてくれる。沙羅はそれだけで、心臓の音を大きくさせていた。
「…一緒にどう?」
「い、いいんですか…?」
「どうぞ」
 久遠が沙羅が立ち尽くしたままで動けないでいるのを察知して、そんな言葉を彼女に送る。
 沙羅は目が回りそうになりながらも、必死で喉の奥から声を出して、応える。
 それに久遠はにこりと笑いながら頷き、沙羅を招いてくれた。
 ゆっくりと、久遠の向かい側に座った沙羅。まともに彼の顔を見ることが出来ずに、俯いてしまう。
(……な、何か話題を…考えなくちゃ…)
「……………」
 ちらり、と久遠を見る。
 彼はコーヒーカップに口をつけているところであった。そんな、何でもないような仕草であっても、沙羅にとっては特別で、久遠の行動一つひとつが、とても大切なことのように思えて仕方がない。
 目で見た光景全て、きちんと記憶しておこう、と思いつつ、話題を考えているが一向に言葉が出てこない。
 それでも、必死で、なけなしの勇気を再び奮い起こした。
「……あ、あの…」
「…うん?」
 沙羅が口を開くと、久遠は優しい笑顔ですぐに返事をくれる。
「今日、は…お仕事は…?」
「休みだよ。久しぶりに取れたオフだから、ゆっくりしようと思ってね」
「…そう、なんですか…」
 にっこりと微笑みかけられながらの言葉に、沙羅はまた頬を染め上げ、小さく返事をした。それと同時に会話を切らさないように、と思っていたのだが、繋げる言葉が上手く出てこない。
「……………」
 久遠は緊張でガチガチになっている沙羅を見ながら、くすりと笑い、そしてまたコーヒーカップに口をつけていた。
 目の前の少女に、特別な感情を持ち合わせているわけではない。
 ただ、自分を取り巻く周囲の『人間』とは、少しだけ違う空気を持っているような気がする彼女を、気に掛けているということは確かだ。
 沙羅の気持ちに、気が付いていないわけでもない。だが、久遠は永きを生きるもの。人間とは決して相容れるものではないと思っている彼は、それ以上の感情持つことに、躊躇いを感じているのだ。
「……………」
 窓の外を見ると、日差しがまだ柔らかいということが確認できた。
 久遠はふと思いついた事を、そのまま口にする。
「…天気もいいし、たまにはのんびりと紅葉でも見たいな…」
「!!」
 久遠の言葉を聴いて、その場で立ち上がってしまいそうなほどの反応を見せたのは、他でもない沙羅であった。
「あ、あのっ…それなら…沙羅の学校の近くに、紅葉の綺麗な場所があるんですっ…あまり人が来なくて、穴場みたいになってるんですけど…その…」
 沙羅は勢いに任せて、久遠に向かってそう言った。目の前の久遠は、その勢いに、少しだけ驚いているようであった。
「…えっと……それだけ、なんです…」
 言葉の途中から勢いをなくしていった沙羅は、最終的には肝心な言葉を告げることも出来ずに、風船が萎むように、彼女はカックリと肩を落とした。
 そんな沙羅を見、久遠はくすくすと笑いながら、
「じゃあ今から行ってみよう。沙羅、案内してくれるね?」
 と言うと、子犬のような沙羅が元気よく『は、はいっ』と返事をしたのだった。


「………………」
 流れる景色を目で追いながら、沙羅は久遠の運転する車の中で、再びの緊張の渦の中にいた。
 『二人きり』という状態に、喜びを表す以前の問題なのだ。沙羅にとっては。
 こんな密室で、男性と二人きり。普段からでも考えられない状況であるのに、今日はその相手が自分の好きな人。もう、沙羅の頭の中は半ばパニック状態に陥っていた。
「…沙羅? そんなにくっついて…何か面白いものでもあったか?」
「……えっ…えっと……な、なんでも…ないです…」
 窓にベッタリのままの沙羅に久遠が声をかけると、彼女は過剰反応をし、声は震えている。
「僕と一緒なのが、嫌?」
「そっそんなこと……!!」
 久遠は少しの悪戯心で、そんな事を聞いてみる。
 すると沙羅はくるん、と振り向き、瞳を潤ませながら、必死になって訴えかけてきた。
「………ははっ…」
 その反応が面白くて、久遠は吹き出すようにして、笑った。
「………………」
 沙羅は自分の行動にそこで初めて気が付き、しゅん、となって助手席で小さくなりながら顔を真っ赤にして俯く。
 きゅう、とプリーツのスカートを握り締めながら。
「…ごめん、ごめん。あんまり沙羅が可愛いからさ」
「……えっ…」
 さらり、と何でもないことのように、久遠の口唇から漏れた言葉を。
 沙羅は泣きそうになりがならも、聞き逃すことは無かった。
 だが、それ以上を、久遠は言ってはこない。
(…馬鹿、沙羅。…なにを、期待しているの…?)
 ちら、と久遠を見ても、彼はまっすぐ前を見て涼しい顔で運転を続けている。
 沙羅は小さく溜息を吐きながら、久遠の言葉一つで舞い上がってしまった自分に、少しだけ自己嫌悪するのだった。
 車はそのまま、沙羅が言う紅葉の名所へと、ゆっくり進んでいった。

 その場の紅葉は実に見事なものであった。
 車を降り、その美しさを目の当たりにした二人も、思わず感嘆の声を上げる。
「これは…凄いな」
「……綺麗…」
 道を進めば、カサカサと足元から聞こえる音。風で落ちた紅葉の葉が、奏でている特有のリズム。
 自然の力なくては引き出すことの出来ない、美しい紅い色に沙羅も久遠も素直に感動していた。
「……………」
 ゆっくりと呼吸をすると、澄んだ空気が体を駆け巡る。
 瞳を閉じた沙羅は、まるで自然に導かれるかのように、その可憐な口唇をゆっくりと開いた。
 美しい光景に、彼女の緊張の糸も、解れた様だ。
 口をついて紡がれる音は、沙羅の歌。
 耳にする者すべてを癒すような、優しい歌声。久遠はそんな彼女を見守りながら、適当な場で腰を下ろした。
 秋晴れの空の下。
 美しい紅葉の中。
 舞い散る葉に、一人の少女。
 そして、透き通るような歌声。
 それは、普段の忙しさを忘れさせてくれるような、不思議な感覚だった。
(……本当に、何でもない、普通の子なんだけどな…)
 久遠は沙羅の歌声に耳を傾けながら、心の中でそんなことを呟いてみる。その『何でもない子』が、今の自分の癒し的な存在になっているのは、確かな事。
 こんな子もいるんだな、と思う程度の存在だった。純真で、おっとりしていて、心根の優しい…。
 今も、特別な感情は持ち合わせてはいない。それでも、心の奥に流れ込んでくるこの温かなモノは何なのだろう。
「………………」
 久遠はそこまで考えを巡らせた後、その先を考えるのを止めた。
 今を急ぐ事でもない。
 まだ、今のままでいたいとさえ、思う。暫くは、この微妙な関係のままで、彼女と時を過ごしたいと。
 先のことを考えるより、『今』を大切にしたいと。
 目の前の彼女が唄う歌を、記憶に刻み込みながら。
 考えを巡らせていると、沙羅が唄い終わったらしく、久遠を振り向いた。その表情は晴れやかであったが、それでも照れているようだ。
「……あ、あの…」
「沙羅の歌はいつ聴いてもいいな…綺麗な声だったよ」
 久遠はにこりと微笑みながら拍手をしながら、彼女に言葉を送る。
 すると沙羅は一気に頬を染め上げて、俯いた。
「………ありがとう、ございます…」
 沙羅は小さくそれだけを言い、その場に立ち尽くしてしまう。
 そんな彼女に困ったように笑いながら、久遠は沙羅を隣へ座るようにと、促してやる。彼女が腰を下ろす前に、自分のハンカチをその場に敷いてやりながら。
 沙羅はそんな久遠の優しさに、躊躇いと嬉しさを綯交ぜにしながらも、ゆっくりと彼の隣へと腰を下ろした。
 すると目前に広がるのは、先ほどまで目にしていた、紅い色。
 
 沙羅の休日は、とても充実したものに、なった。
 好きな人と一緒にすごし、気持ちよく歌も唄えた。自分にあと少しだけの、勇気があれば…と思いながらも、今日という日を与えてくれた空に向かい、にこりと微笑んだ。
 隣にいる久遠も、いい表情(かお)をしていた。沙羅と同じように空を仰いで、目を細めながら緩く笑みを作り上げている。
 それから二人はその場で暫く、ゆったりとした昼下がりを過ごすのであった。



-了-


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橘・沙羅様&相沢・久遠様

初めまして、ライターの桐岬です。
とても可愛らしい沙羅ちゃんと、とても素敵な久遠さん。
今回書かせていただけて、嬉しかったです。
ご期待通りに出来ていればいいのですが…。
少しでも楽しんでいただければ、幸いに思います。

よろしければご感想など、お聞かせください。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。

桐岬 美沖
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朱園ハルヒ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月22日

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