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『【present】 』
綾和泉・汐耶1449)&綾和泉・匡乃(1537)



 柔らかい視線が頬を掠める。
 平日ということもあり、ショッピングモールの整備された遊歩道には主婦と思われる年代の女性の姿が目立ち、すれ違っていく彼女達は綾和泉汐耶とその兄である綾和泉匡乃に控え目な視線を向けていた。
 視線を受け取ってしまうたび、汐耶は自分達がどんな風に見えているのだろうと考えてしまう。
「兄さん」
「ん?」
「買うものはもう決まってらっしゃるかしら?」
 居心地の悪さも手伝って急かす意味も込めそう言った。
「そうだなあ」
「決まってないんですね」
「うーん。まあ、何となくは考えていたんだけれどね。この場所へ来たら気が変わったんだ。せっかくショッピングモールにまで来たんだから、いろいろ見てから決めようかなって」
 暢気だな、と思った。どちらかといえば目立っているのは彼の方なのに。
「折角の買物なんだから、楽しもうね、汐耶」
 目的を忘れてしまっているのではないだろうかと思うその一言に、汐耶はこっそりと溜め息を吐いた。



「いい香りがするね」
 遊歩道の前に突き出された木の棚の前で、匡乃がふと足を止める。それに続いて足を止めた汐耶は、木の棚の上に並べられたフレグランスポプリを手に取った。
「アロマの店ね」
 可愛らしいラベルとピンクや赤のリボンを掛けられたポプリの瓶は、何処か胸を擽るような甘やかさを持っていた。
「ねえ。兄さんこれ」
 しかし隣を見ると、もうそこに匡乃の姿はない。
 遊歩道を歩くその後姿を見つけ、汐耶は溜め息と共にポプリの瓶を置いた。
「勝手に居なくならないで欲しいですね」
「ああ、ごめんね」
 柔らかい彼の表情に、悪びれた様子は少しもない。
 そのまま軽やかな足取りで遊歩道を歩き、今度はガラスのショーウインドウの前で匡乃が足を止めた。
「これ、いいね」
 汐耶は小首を傾げる。
 妹には少し似合わないのではないかと思った。
「これを、誕生日プレゼントに?」
「違うよ」
 匡乃が大袈裟に苦笑する。
「君に、だよ。汐耶」
「私?」
 驚いてもう一度ショーウインドウを見た。水玉の入ったフェミニンなスカートとベージュのジャケットは、確かにとても素敵な組み合わせだとは思ったが、汐耶が着るようなタイプの服ではなかった。
「私には似合わないわ」
「そんなことないさ。入ってみようよ。着てみればいい」
 兄に手を引かれ、店内に入り込むのは少し気恥ずかしかった。
 しかし匡乃はそんな汐耶の気持ちに頓着せず、店員にショーウインドウの服を見せては貰えないかと聞いている。目の前に差し出され断るのも気が引けて、汐耶はしぶしぶ試着室に入る。
 着替えを終え鏡を見て、小さく噴出してしまった。
「開けてもいいか」
「ええ。でも笑ってしまうわよ」
 カーテンが引かれ姿を現した匡乃は、汐耶を眺めながら深く頷いた。
「うん。良いよ、それ」
「妹にお世辞を言ってどうするんですか。兄さん。私は……そうね。まだあっちの方がいいわ」
 汐耶は店内に掛けられた、黒いパンツスーツを指差す。パンツのラインがとてもきれいだった。
 匡乃がわざとらしい溜め息を吐く。
「男の私が言うのも余計なお世話だけどね。君はもうちょっと男好きする服を着た方がいい」
「本当に余計なお世話ですね」
「じゃあ」
 匡乃は顎を摘みながら店内を振り返る。
「モノトーンがいいなら、あれは? 君が言ったのよりはセクシーな形だよ」
「私、スカートは嫌いなんです」
「知ってるさ。だからこそチャレンジしてみようと言ってるんじゃないか。チャレンジだよチャンレジ。子供達にもいつも言ってる」
「予備校の生徒と妹を一緒にしないで下さい」
 言い争う二人を興味津々な目でチラチラ伺っていた店員を、汐耶は手を上げて呼んだ。
「あの。そこにかかっているパンツスーツ。見せて貰えます?」
 店員から服を預かり、鏡の前で着替える。
 やっぱり、とてもしっくりと収まった気がした。
「キレイですねえ。モデルさんみたいです。このパンツスーツのライン、似合う方中々いらっしゃらないんですよ」
 そんなことを誰にでも言うということは知っていたが、鏡の前で足を突き出したり尻を振り返ってみたりしているうちに、これは自分の為に作られた服なのではないかと思うほどぴったりと合っているような気になる。
「これ。頂こうかしら」
 言葉は思わず口から出ていた。
「はい。ありがとうございます〜」
「あ、それからこれもね」
 すかさず匡乃は試着室のハンガーにかかった服を差し出す。
「ちょっと兄さん」
「大丈夫。私が買ってあげるよ」
「そういう問題じゃありません。クローゼットの中にどうせ押し込まれるだけだわ」
「そうかな?」
 肩を竦めるだけで店員と談話し出した兄の顔を見ていると、糠に釘という言葉を思い出した。


 本来の目的だった妹の為の誕生日プレゼント購入を、兄が忘れてしまわないうちにと、今度は匡乃の手を引っ張るようにして、汐耶はアクセサリーショップに入った。
 ガラスケースを眺めながらゆったりと歩く。どれもこれもとても華やかで美しいのだが、いまいちピンとくるものはなかった。
「アクセサリーをプレゼントするのかい」
「ええ。彼女も年頃だもの」
 いまいち納得のいかないような唸り声が聞こえる。
「まだ早いんじゃないかな。彼女にはほら」
 そこには、着飾られることへの父親のような反発心が覗いていて、汐耶は思わず笑ってしまった。
「大丈夫よ。彼女に似合った品の良いものを選ぶもの。彼女の艶やかな真っ黒い髪と、黒くて澄んだ大きな瞳。そしてその白い肌。それに見合うだけの価値あるものを選ぶわ」
「姉馬鹿なんだな」
「そうかしら」
「可愛くて堪らないという感じだ」
「あら。じゃあ兄さんはあの子が可愛く無いと言うの」
「何を言うんだ。もちろん、可愛いさ」
「でしょう?」
 そうして汐耶は一つのネックレスの前で足を止めた。
 線の細い、けれど確固とした意思を滲ませるかのようなそのネックレスのデザインに、汐耶は愛しい妹の姿を連想した。
「ねえ。これ。素敵じゃない?」
「ああ。確かに……これなら似合うかも知れないな」
 匡乃も瞳を細め、ネックレスに見入っている。
「すみません。これ、見せて頂けるかしら」
 汐耶のプレゼントはそれに決まった。


「兄さんはどうするんですか」
 丁寧に包装されたネックレスの入った紙袋を、他の荷物が傷つけてしまわないように位置を変えながら、汐耶は隣に立つ匡乃を見上げる。
「そうだねえ。思い描いているものはあるんだけれど」
 悩むように顎を押さえた匡乃はアクセサリーショップの向かいにあるアンティークショップにふと視線を向けた。
「あそこにはあるかな」
 足早に歩く兄の背に続きながら、彼は一体何を買うつもりなのだろうかと考える。
 暫く別々に店内を見回り、汐耶はネックレス以外にガラスの置物も購入してしまっていた。
「お待たせ。あれ? 汐耶も何か買ったのか?」
「ええ。ちょっと。ガラスのお人形を」
「ふうん」
「兄さんは何を買ったの?」
「オルゴールさ」
「オルゴール?」
「そう。とってもきれいに装飾された繊細な音を出すオルゴールだ」
「へえ。あの子が開けるときに見せて貰うことにするわ」
「ああ。君のネックレスも中々だけどね。僕のオルゴールの方が彼女の繊細なハートにはぴったりさ」
 そう言って微笑む兄の顔を見て。
 貴方も相当、兄馬鹿ね。
 汐耶は胸の中で小さく舌を出した。


 誕生日パーティのための夕食の食材も買い終え、マンションに着く頃には丁度日も暮れかかっていた。
「中々良い買物をしたね」
 匡乃が嬉々として言い、マンションのドアを開ける。
「あのスカート以外はね」
 続いてマンションに入り込もうとしたら、不意に立ち止まった兄の背にぶつかる。
「ちょっと」
 憮然とその背中から顔を出し、汐耶は玄関に詰まれたダンボール箱を見つける。箱は三つほど積まれてあり、玄関を占領していた。
「なにかしら、これ」
「予想はつく」
 苦笑した匡乃がダンボール箱を押しやり、人が通るスペースを作った。
「宛名、見てごらん」
 何とか靴を脱ぎ、廊下へ入り込んだ兄が言う。
 汐耶は狭いスペースに身を通しながら、その宛名を覗き込んだ。
「お父さん……」
「親馬鹿に兄馬鹿に姉馬鹿か」
 汐耶は匡乃の呟きに顔を挙げ、まったくそうだと苦笑した。












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東京怪談
2004年11月18日

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