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『Trick Junkey ---つかみはOK?--- 』
緑川・勇0410


 元々人を騙すのは苦手だ。今でこそ一応―― 一応だ、誰が何と言おうと一応だ!――クラスメートにそりなりの演技で接することが出来るようになって、『クラスによくいるちょっと引っ込み思案だけど慣れると気さくな女の子』と見せているが、やっぱり最初の頃はそうでもなかった。幸か不幸かそれでも怪しまれる事は無かったが、それでも、ずいぶんな綱渡りだったのだと思う。

 まず、登校からして落ち着かなかった。

「……うぅ」

 ドアを開けて部屋を出る際に思わず左右を確認し、人気が無いか様子を見ながら俺は一歩を踏み出した。こんな格好知人に見られたらたまったもんじゃないぞ、まったく。
 数分前にスカート着用と言う男子の尊厳をかなぐり捨てる行為に走ってしまっていながらも、俺は未だ現実に対する認識が曖昧となっていた。そう、冷静に考えるならば現状、俺は華奢な十代の少女なのだ。制服に身を包んでいた所で全く問題は無いし、変に思われることも無い。だがまだ過去の自分の肉体の感覚を割り切ることが出来ていなかったのか、どうも落ち着かなかった。短いスカートから伸びる足、小さな革靴、スカートの襞――人前にこんなものを晒すことなんて、真っ平だった。
 そっと歩き出す、意味もなく抜き足差し足になってしまう。そんな自分が挙動不審だと気付くまでに十歩は軽く要しただろう。ははは、おいおい、もっと目立つから自分。もっとさり気なく、さり気なく。風景に溶け込むように通り過ぎろ。

「あら学校かい?」
「ッひ!?」

 声を掛けられ振り向けば、隣人の中年夫人がにこにこと俺を見ていた。
 な、なんだその笑みは。何笑ってんだ。やっぱりおかしいのかこんな格好、そりゃおかしいさなんてったってブレザーだ。スカートだ。しかもミニだ。だが俺はけっして、好きでこんな格好をしているわけじゃないぞ。絶対に違う、そんな趣味は無い。大体スカートなんか歩きにくくて仕方ないじゃないか、好んで穿くもんか。それ以前に女装趣味なんかない、俺はそんなアブノーマルに倒錯した駄目人間なんかじゃない。弁解の言葉が次から次に浮かんでいくが、どれ一つも口から漏れていく事はない。ただ、冷や汗を首から伝わせるばかりだ。
 夫人、もといおばちゃんはころころ笑って軽く手を振って見せた。

「あらあらやだよぅ、そーんな緊張しないで、ご近所さんなんだから。学校遅れちゃうからね、行ってらっしゃいよう? 気を付けてねぇ」
「ッ、あ、は、はい、失礼しますッ」

 逃げるように俺は小走りに、彼女の前から去った。

 やっぱり変なのか、そうなのか? なんであんなに無意味に笑ってるんだ、俺を笑ってるのか? やっぱりそうなのか? 俺だって笑えるものなら笑いたい、こんな状況。男の俺がスカートで登校? とっくに卒業した高校に登校? スカートで? 笑い話以外の何だって言うんだ、喜劇か? 悲劇だろう、こんなのは!
 道を行けば笑い声が響く。通学路に入れば、学生達の声が一層に響いた。一貫教育校故に、中学生も高校生もいる。人、人が山ほど――自然と緊張の度合いが上がって、俺は自分の息が詰まって眩暈を起こす錯覚を覚えた。錯覚。正しく錯覚だ、サイバーは息が詰まったって無酸素状態での行動が出来るんだから。くらくらするのは純粋に頭の、脳の問題――嗚呼。

 友人と歩いている子供達、時折聞こえる笑い声。若者らしく無作法に道にそれを響き渡らせる女子達。何を笑ってるんだ、やっぱり俺か? 俺なのか? ああくそ、嫌だ。俯きながら足早に俺は校門に向かう、とにかくせめてこの広がった空間からの脱出を試みて。室内が恋しい、いとおしい。

「おや、どうしたのかね緑川君?」
「ッ!?」
「そう警戒しないでほしいな」

 背後からの声に振り向けば、そこには――『兄』が立っている。ああ、こいつも笑ってる。なんだってみんなで笑うんだ、俺だって好きでこんな、ああくそ。何度繰り返すんだよ、この文句を。

「いやあしかし、中々によく似合っているね? ボディが少し小さめだから高校生と言うのには違和感があるが、そのサイズの学生も居ないわけではないしね。充分に溶け込めるだろう」
「……からかってんですか」
「いやいや、そんなことはないさ。ああそうだ、校内では私の事を『お兄ちゃん』と呼ぶように。出来るだけ可愛らしい声で。これはいわば最重要任務と言う奴だ、君を見込んでの事だよ、緑川君」
「あんた変態ですか」
「半分は冗談だよ。つまり半分は本気かもしれないが、何、その身体になれるためには中々有効な手段だと思うね」
「……?」
「現実と精神がかみ合っていない状態なんだろう? 形から入るのは重要なことだ、そうやって自分の精神に暗示を掛けることも出来るのだからな」

 確かに、認識の食い違いが現在の葛藤を生んでいるのかもしれない。俺は自分の身体を見下ろす、スカートが嫌でも目に入る。目を背けた。見たくない、こんなの見たくない。鏡なんか大ッ嫌いだ。
 苦笑を浮かべ、彼は俺の頭をぽんぽんと撫でる。子ども扱いも甚だしい、そう歳も違わないくせに。もう少し俺に対して敬意を払ってくれ、最低限自分と同年代の人間として。無理だろうけど、俺はそう願ってしまう。

「それじゃあ教師用玄関はこっちだから、私はこれで。初登校、頑張ってくれたまえ?」

 くすくす。
 ああ、すべての笑い声が憎い……。

■□■□■

「――そういうことだ。それじゃあ自己紹介な、緑川」

 にこり、担任の教師に笑い掛けられ再び疑心暗鬼の心地になりながらも、俺は教卓の前に出た。十年前とはやはり様子の変わった教室。なるべくクラスメートを見ないように少し俯き加減に、俺はぺこりと一礼した。ひそひそと聞こえる声に耳を塞ぎたくなる――くそ、からかいやがって。可愛いだとか言ってるんじゃねぇ。どうせ変態だと思ってるんだろう、好きにしやがれってんだ。この状況で俺が弁解を出来る法なんてどこにもない、ああ、どこにもないんだから。

「緑川勇、です。えっと……最近身体をオールサイバーに、しま……して、まだ馴染めていないところもあ……り、ます。あと、病気であまり学校には行って、なかったので……判らない所は、教えて頂ければと、思いますっ」

 言葉が詰まるのは緊張の所為か、うっかり出そうになる男言葉を隠す所為なのか。ひそひそと話し声が大きくなる。うるせぇ、俺は変態じゃねぇえ。違うんだ、頼むから信じてくれ。声がか細く震える情けなさ、教師に言われて俺は空いていた席に腰を下ろす。スカートが乱れないように手で押さえ、足を揃えて静かに机の下へ。おい、隣の奴、凝視すんな。だから俺は女装趣味なんか無いんだって。

 チャイムが鳴ると教師は出て行く、休み時間だ。一限目の準備を、と鞄に手を掛けたところで、俺の周囲に人だかりが出来る。や、やめてくれ、いじめは――そんなドロドロした現実の学校なんて嫌だ。変態って言わないで。回し蹴り出すぞ。

「ねぇ、どこから来たの? 病気、そんな重かったの?」
「サイバー化、大変だったでしょ? あれってやっぱり痛いの?」
「私もサイバーだから、何かあったら手を貸すね」
「あ、俺も俺も!」
「つーか。サイバー化本当に最近か?」
「そうそう、中学生ぐらいの時だったんじゃねーの? ちまっこいしなー」
「良いじゃん可愛いサイズでさ! な、勇ちゃん?」
「え? あ、えっと、そのっ」
「あー! 引っ込み思案系可愛いーッ!!」
「ちょっと男子、困ってるじゃないのよ! 相手にしなくて良いわよ、勇ちゃんっ」
「は、はい……」

 …………。
 あれ。
 ……最近の高校生って、わからん。

 そんな初登校の日、どうやら俺は潜入操作の第一段階――溶け込む、仲良くする、という命題には、クリア出来たようだった。
 そうして他人を欺く日々が、今日から始まる。
 吐いた溜息は――誰にも聞かれなかった。



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哉色戯琴 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年11月16日

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