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『quid-pro-quo 』
久我・高季3880)&曲・闇虎(3884)

 目的の場所まで迷いなく辿りついたはいい。
 が、久我高季はドアの前に張り付く男に行く手を阻まれて怪訝を隠せずに問うた。
「……草間興信所はここであってるか?」
「その通りだが、あんたは?」
背と肩を扉に押しつけ、ふんばった足と全体重で軋む板を押さえつけている……気のせいでなければ、それは内側から撓んでいないだろうか?
 観察を続けながら、高季は短く名を告げて用件を述べる。
「草間所長はいらっしゃらないのか?」
「俺がその草間だよ……ッて、暴れるな!」
ドン!と大きく内側から響く音に一喝し、薄い茶のサングラス越しの視線を高季に向けた草間は、額の汗を袖口で拭った。
「見ての通り取り込み中だが、急用か?」
切羽詰まった様子のその背後、扉の内側が静かになったと思いきや今度は足下からカリカリと何かを削るような音がする。
「頼まれて書類を届けに来たのだが」
小脇に抱えた封筒、親戚から届けるよう依頼された書類を示せば、片手だけを伸ばして来るのに手渡そうとするが、それは書類に触れる寸前で止まった。
「……アンタも久我って事はあの一族だよな?」
何かに気付いたような問いに、他意なく頷く。
「本業は医者だが、嗜み程度には術も心得ている」
久我とは陰陽師の一族である。
 形骸化し知識を伝えるのみと違い、実践として術を行使し、歴史の裏で知識と血とを脈々と連ね息づいて来た中で言う嗜みとは、実戦に耐えるという意味だ。
「なら丁度良い。一つ依頼を引き受けてくれないか? その資料に詳細が記入されている筈だ」
手が離せないという親族に変わって届け物に来ただけだ、と断ろうとしたのだが、草間は全身で扉を押さえてふんばり、どうにか片手分だけ作りだした余裕で高季を拝む。
「頼む! 最悪、様子を見てきてくれるだけでいいんだ。状況を判断して後から別の調査員を回す……筈、多分」
と微妙に語尾を濁す、この男が草間本人だという確証を得られず、高季はならば書類を渡してしまうよりは安心か、と胸中に嘆息した。
「……解った」
「恩に着る!」
ぱっと表情を輝かせ、草間は扉の内側に声をかけた。
「急ぎの依頼は他のヤツが行くからな! 大人しくしてろよお前等!」
そろそろと扉から身体を浮かせれば、一転、内側はしんとおとなしい。
「じゃ、頼んだぞ! そうそう、今は絶対に事務所の中に入るなよ!」
言い置いて草間は「砂と餌と……鈴は要るのか?」などと呟きながら去っていく。
「…………?」
高季は静まりかえった扉の中で果たして何が起っているのか思いを馳せかけ、怖い物見たさの人間心理を頭ひとつ振って打ち払った。


 レバーを押し上げ、蛇口から迸る冷水を叩き付けるようにして顔を洗う。
 顎の先から滴る水滴が喉を伝ってシャツへと入り込むが、それに気を払うも億劫で高季は洗面台に据え付けられた鏡を見るともなく、前を見据えた。
「何してんだよ、高季」
足音どころか気配すらなく、その背後から鏡に像を映し込んだのは曲闇虎である……古より伝わる妖の一族、複数の獣の属性を身の内に秘める、鵺だ。
 本性を赤黒い虎とする為か、人に変じては琥珀の肌を持つ青年の姿で、闇虎は洗面所を見渡した。
「俺が身体拭かねーと怒るくせに。あーあ、洗面所びしょびしょ」
癖のある黒髪を掻き上げ、鏡越しに視線を合わせてくる……高季も闇虎も、その瞳の片方ずつ朱金と蒼灰の眼を持つ。
 朱金が本来は闇虎の、そして蒼灰のそれが高季の瞳である。
 既に千以上の齢を重ね、永久とも言える妖の、闇虎の寿命に高季の命を継いだ、邪道とも言える契約の証に眼球を交わした末に得た色合いだ。
「後で……拭いておく」
洗面台の縁を掴み、爪が反りそうな程に強く力を込めてどうにか声を絞り出す。
「後でって、高季動けねぇだろ」
闇虎は微苦笑を浮かべてあっさりと看破し、闇虎は高季の背後に立つと首筋に顔を寄せてくん、と鼻を鳴らした。
「それで寝たら死ぬぜ?」
 ある意味、謀られたといえる。
 移動の合間に資料を確認してみれば、どうとっても高季向きの依頼であったのだ……親族にしてみれば、草間が書類を確認すれば高季を適任と推すだろうとの腹があったに違いない。
 依頼主は一線を退いて尚、政界に強い影響力を持つ老人。
 その孫娘が突然昏睡状態に陥り、酷い高熱を発しているのだという。
 呪詛か怨念か、そのどちらでも遜色のない経歴の持ち主だが、僅か五つのその子に罪はなく、残された体力を考えれば早急な処置の必要性は悩むべくもなかったが、如何せん、間が悪かった。
 そもそも高季は、日頃のオーバーワークが祟っての不調に、たまの休日を療養ついでに自宅でのんびりしていただけだというのに。
 高季はその幼子の身の障りを我が身に遷す事で落とした……否、それ以上の手段を取れなかった。
 己が身に、障りを為していた霊を封じた途端に暴力的な睡魔に襲われ、意識を保ったまま自宅に戻れた事すら奇跡に思える……身の内に宿した霊は、それを封じる高季が意識を失えば先の幼子と同じ症状で彼を死に至らしめるだろう。
 否、不死の身となった今は永劫にその苦しみが続くのか。
「すっげぇ痛んだ水の匂い。ただ腐ったんじゃねぇなコレ……出汁しこたまとられたかな」
何の出汁、とは言わないが容易に想像はつき、高季は息を吐き出す。
「……闇虎、久我の……誰かに」
「俺がなんとかしてやろうか」
血族の誰かに祓いを依頼しようとした考えに先んじて、闇虎が申し出た。
「……出来るのか?」
既に立つのも辛く、血が煮え立つようで視界が揺らぐ……一刻も早く、この熱を祓ってしまいたいのが正直な所だ。
「鵺流でよけりゃな……でもタダじゃヤだぜ?」
軽く請け負う闇虎の自信に、高季は頷いた。背に腹は代えられない。
「解った……任せる」
高季の承諾に、闇虎は笑って頷くと高季の肩を軽く押した。
「……闇虎?」
気を張っていただけに僅かな安堵にも意識が霞みそうで、肘にあたる大理石の冷たさを頼りに意識を支えた高季の耳元で闇虎が楽しげに囁く。
「鵺流ってか、俺流だけど」
「待、て……ッ」
制止を聞かず、闇虎は洗面台に高季を押し上げた。
 パウダールームとしての用途を意識してか、左右に広くスペースの取られた洗面台にほとんど小物はなく、背を預ける形で鏡に肩を押しつけられて動きを制される。
「そんな場合じゃ……」
「そんな場合だよ」
喉の奥で低く笑い、闇虎は肉食獣の目を眇めて高季を見た。
 途端、身体が萎縮して動けなくなる……否、これは高季の脅えではなく、身の内に巣くわせた存在の畏れだ。
 瘧のように震える身体を押さえる事すら出来ず、視線を逸らさない闇虎の動きを目の端で追う。
 膝をやわと掌が撫でた。
 高季の輪郭を辿るように、そして確かめるように膝を掴んだ手は腿を伝って脇腹を撫で上げて胸の中心に置かれた。
 肩を押さえていた手は首筋を辿って高季の喉を晒すように顎を持ち上げ、高季の足の間に置いた膝を支点に片膝立ちに、上から覗き込むように、笑う。
「お前」
呼び掛けは高季に向けてではない。
「お前如き不浄が、高季を汚すな」
それは確かに笑みだが、獰猛な感情から発せられた気は虎の咆吼にも似て高季を、その内に巣くう存在を打った。
 ずぶり、と胸に充てられた手が身の内に沈む、感覚。その箇所から溢れる熱に血のそれを思わずに居られず、目線を下げようとした高季を阻んでか、闇虎が顎を支えたまま深く口付けを与える。
 いつもなら闇虎の唇に熱を感じるというのに、今は高季の吐息の方が熱い。
「……ッ」
名を呼ぼうとするが、不意に身の内に生じた違和感に息が詰まった。
 闇虎の手が、高季の内側を探る……骨と内臓が存在する筈の箇所で手の、指の動きを感じるがそれはとろりとした質感で満たされた中を探るようで痛みはなく、ただ熱い。
 闇虎が、いつも高季に与える感覚に似て、流されそうになるのを必死に堪える。
 く、と内を探る手首が角度を変えた。
 併せられた口元が深く、笑いを刻むのが理解った瞬間、声ならぬ悲鳴が身を貫いて高季は背を攣らせた。
 ずるりと腕が引き抜かれる動きに、力の抜けた身体が前に傾ぐ。
 高季の体重を肩口で受け止めて闇虎は、手の中を示して見せる……。
「ホラ、コレでキレイんなった」
其処には赤黒く醜い肉塊が一つ。
 それは一度だけ足掻くように脈動すると、泥の塊と化して崩れた。


「済まなかったな……」
高季の身を蝕んでいた障気はヘドロのような液体で、それを元凶ごと体外に出した結果、それは見事に汚染された洗面所を清めたのは結局闇虎である。
「アフターケアってヤツだろ」
などと言いながら排水溝に欠陥がどうとか理由をつけ、マンションの管理人を呼び出して、清掃業者に連絡して、と見事な手際で汚濁を処理し、どっと不調が顕在化して寝込んだ高季の世話まで焼いているあたり、どうやって文明に順応するのか参考にしたくなる程である。
 他人が家の中をうろついているのでは休めないだろう、と闇虎がわざわざ客間にのべた布団に横になり、高季は我が儘な勝手なだけでない居候の意外な一面を見直していた。
 のだが。
「……何故布団に潜り込もうとする」
「タダじゃヤだっつったじゃん」
最悪は脱したものの不調は変わらず、抵抗する気力がないと同時に付き合う余力もない。
「大丈夫、ちゃんと生気を分けながらヤるから♪」
……せっかくの休日なら、朝からイイ事しよう。と騒がしかった闇虎を牽制するのが目的で、わざわざ理由をつけて外出したのを失念していた。
 見直したのと同じ分だけ見損なって、高季は常と変わらぬ正しい認識の位置に闇虎の存在を据えた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月16日

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