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『Morning Junky ---或いは電気羊の夢--- 』
緑川・勇0410



 何かの機会でたまたま読んだ本を思い出した。絶滅しかけた人類、異星開拓地のアンドロイド、生きた動物は希少価値のプレミア。自由を求めて逃げ出した機械人形たちに掛けられた懸賞金、本物の羊を買う金が欲しくてそれを狙う男。

 アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

 ぼんやりと眼を覚まして、俺は天井を見上げた。見慣れたそれは日に焼けて黄ばんでいる。朝日がそれを少しだけ柔らかく見せていた。見慣れた朝の風景、ぼんやりと、頭に掛かった霞が引いていく。まだ完全ではないが、そろそろ身体を起こそうか。
 シーツに手を埋もれさせながら、上半身を起こす。まだ眼が醒め切らない感覚、軽く首を反らせて欠伸を逃がす。寝起きの所為か変な声――ベッドの下に足を下ろし、立ち上がろうとする。と。
「ッ、で」
 ぐん、と頭を引っ張られるような感覚で背中からベッドら倒れる。柔らかいシーツはまだ体温を残したままに俺の身体を受け止めた。なんだ、後頭部に手をやる。ゆっくり指先を下ろせば、首筋から伸びるケーブルに触れた。ああ、そういえば――事故に遭って、俺は。
 まだ寝惚けているのか、まったく。充電用のケーブルを外してカバーを下ろし、再度床に足を付ける。冷たいフローリングの感覚、ぺたりとした感触。身体を起こすと今度は何にも引っ掛からない。

 頭の準備運動、と、俺は記憶を反芻してみた。
 名前、緑川勇。年齢、二十七歳。身長は百七十二センチで体重は七十キロ――ぐらいだったっけ。女みたいに体重計に乗る趣味は無かったからその辺はよく憶えていない。健康管理は道場で出される食事なんかでなってたと思うしな。道場。大東流柔術。そう、俺は、師範だった。だった――過去形。
 頭を軽く振った、えーと、それから? まだ寝惚けた眼のままに歩く、四歩。ここで右折すると部屋のドアがある。閉じて寝る習慣は無いから開いているはず、と足を進ませれば頭が壁にぶつかった。ごん、と鈍い音と痛みの振動。漆喰の壁が眼前にあって、ドアはもっと左手にあった。見下ろした自分の足は細くて華奢、歩幅が――感覚と合ってない。

 ぼんやりと洗面所に進みながら反芻を繰り返す、えーと、どこまで行ったっけ? 過去形、そう。事故――事故に遭って。なんだか視界がいつもと違う違和感、洗面所が遠い。寝惚けているのか、そんなに低血圧でもなかったと思うんだが――ドアノブに伸ばした手が空を切る。あれ? もっと上だった。ノブはこんなに高かったか、腕を曲げて調節する。指が掛かって、開く。
 事故に遭って、それから。窓の無い洗面所は朝晩区別無く暗い。スイッチを探して壁にぺたぺたと手を這わす。いつもの高さに見付からなくて眼を凝らせば、少し高い位置に見えた。かち、と回路の接続。ちかちかと蛍光灯が空間を照らす。目の前には洗面台、鏡――ああ。

 寝惚け頭が醒めると同時に、憂鬱な気分になった。

 目の前の鏡にはぼんやりとした顔の少女が映っている。ボブカットの髪は寝癖が付いてか、ところどころ跳ねていた。前髪は短いから癖が付きやすいんだろう、ひらりと立ってしまって額が露になっている。だぼだぼのシャツは首周りがずれていて、浮いた鎖骨が見えた。筋肉によって隆起しているのではなくて、細身ゆえに目立つそれ。うんざりした顔を浮かべる彼女の口唇が動く、まったく――と。

 事故に遭って、身体をスクラップにされた。どの程度の惨状だったのか当事者である俺には知る由も無いことだが、普通の生活が出来る状態じゃなかったんだろう。人命第一、医療技術者はそういった場合本人の了承無しに脳幹をサイバーに移植することを許されている。むしろ推奨されている。そこでしなければ、道徳的殺人罪として世間に判断されるからだ。
 だがそれはあくまで医療用のサイバーへの移植であって、更に言うならばオールサイバーの場合は元の身体をベースに作られるのであって。性別、身長、体格の大雑把な所は一致していなければならないわけで――それが正規のサイバー手術の鉄則、であって。

 溜息を吐いて、鏡を見ないようにしながら顔を洗う。いささか身長が足りなくて落ち着かない。屈みすぎて腰が痛くなるのとどっちがましか、一瞬だけ考えてあっちの方がマシだったと結論付ける。否、マシも何もそれが自然だった。俺の身体の、自然だった。
 髭剃り用の剃刀に手を伸ばして、それは要らない、と気付く。この顔でヒゲが生えてたらある意味で大災害以上の衝撃だ、個人的に。それにサイバーはヒゲや髪が伸びる事は無い。始末してしまおう、紛らわしい。タオルで顔を拭き、首筋に掛かる髪を適当に手櫛で梳かす。ブラシを買ってきた方が良いのか? 女みたいに? ……実に、憂鬱だった。

 闇医者に回され、性別も体格も年齢も違う身体に突っ込まれた。それがこれ、現在の、俺。緑川勇は華奢な中学生ぐらいの少女に突っ込まれた。同じなのは体重ぐらいだ。機械の身体ゆえに密度が通常の倍になってる。細い手足、感覚の違う肉体。重心を取ることすらもまだ慣れない所為で、日常生活にも些かの支障がある。まったく、何の因果でこんなことに。

 アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
 機械人形が見る夢。
 サイバーは何の夢を見る?
 それは、昔々、自分が自分であった頃の。

 今更だけどな、小さく呟いて俺は洗面所を後にした。寝覚めに一杯コーヒーでも飲もう。カフェインの摂取は頭を覚ましてくれる、こんなネガティブからも逃がしてくれる。はて、サイバーにカフェインは効くんだったか? 考えて尚更に、憂鬱になった。おいおい、逃げも出来ないのかよ。
 コーヒーメーカーをセットして、ソファに寝転がる。スプリングが軋む音は同じなのに、身体に対してソファが大きくて違和感があった。ひらひらはためくシャツの裾、そこから延びる白い脚を眺めてまた溜息を吐く。丁度良いサイズだったはずのTシャツが、今はミニのワンピースになっちまって。首も余るし肩幅も合わない、それは、過去と現在の差異が見せ付けられているような。

 気を紛らわそう、腕を伸ばす。テーブルの上にはテレビのリモコンが置いてあったはずだ、天井を見上げながら手を彷徨わすが、一向にリモコンどころかテーブルに触れる気配も無い。視線を向ければ、まるで届いていなかった。腕が短い。顔を顰めて少し身を乗り出した所で電子音が響く――コーヒーが出来たらしい。テレビを諦めて立ち上がる。
 指二本しか入らなかったはずのカップの取っ手には、楽々と三本が入った。片手で軽く持てたそれを両手で持って、ソファーに戻る。味は、変わらなかった。自分の身体だけが変わってしまっている。差異が一つだけだからこそ、際立つ。がしがしと頭を掻けば髪が指先に引っ掛かった。あの頃は無かった感触。苛々するよりも、落ち込んだ。

「オールサイバーはメンテしてれば殆ど不老不死だもんなぁ……慣れなきゃ、とは言え――」

 憂鬱だ。
 否定したい。
 逃げ出したい。
 出来ないけれど。

 アンドロイドの電気羊、俺が見るのは自分の夢。過去の身体を捕まえようと手を伸ばすけれど、この短い脚じゃ『俺』に追いつくことなんか出来ない。結局見えなくなって、この身体しか残らなくて、エンディング。朝日が昇って眼を覚まして、現実に憂鬱を憶える。まだまだ慣れない身体、慣れない性別。性転換願望でもあったらまだ違っただろうか? 自分の考えに薄ら寒くなって、はぁっと巨大な溜息を漏らした。
 ある種、これは生まれ変わりのようなものなのかもしれない。かなり強制的で人権を無視されているけれど。空になったカップを置いて、部屋に向かう。途中で段差に躓いた、いつもは全く気にならなかったはずの出っ張りに。

 慣れない日常、いっそ慣れたくない日常。これから慣れていってしまうだろう、これからの日常。
 取り敢えず開けたクローゼットの中から、神妙に服を選ぶ。この身体に合うサイズの服。死んでもひらひらレースなんか絶対に着ない、いっそそれはポリシーとして確立すらしてしまいたい決意だ。重い上着とハーフパンツ、欠かせないのはベルト。見るのが嫌ではあるが、本日も着替えの時間だ。
 ああまったく、こんな日常がいっそ夢だったらどんなに良かったんだろう?
 それはきっと、電気羊の夢。



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PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2004年11月15日

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