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『M_disk 』
威吹・玲璽1973)&黒鳳・―(2764)&傀儡・天鏖丸(2481)

〜Material〜

 どさりと地面に叩き付けられるその音は、最早人のそれではかった。虫の息のその男は、暫くすればただの肉塊と化すだろう。脈打ち、流れ出る赤い血の海の中、男の指が虚空を掴んで力無く指が内側に曲がった。その手を、容赦ない足がひとおもいに踏み砕く。骨が砕ける嫌な音がするも、男はその痛みを痛みと感じる事が出来ない程、感覚は麻痺してしまっているようだ。
 「無残なものだな、そんなナリになってまで、まだ生きたいと人は願うか」
 ぐいと踵に力を籠めると、骨が更に砕けて欠片になる音がした。何かに怯えた男の目は、やがて濁って生気を失い、そのまま蝋燭の炎が消えてしまうように、生命は途絶えてしまった。
 「人の思いなど、容易く叶えてやる必要など無い。付け上がるだけだ」
 そう呟く声がしたかと思うと、踵は男の手の上を離れ、息絶えた彼の懐を探る。見つけ出されたのは一枚のディスク。大きさはMDぐらいの大きさで、ただ真っ白のラベルが貼ってあるだけだ。その裏面、虹色の面は、流動する液体をその身に閉じ込めているかの如く、ゆらり揺らめいては光を放つ。だが、周囲には、その虹色を反射させる為の蠢く光源は無い。つまりは、ディスク自身が、虹色の光を放っていて明らかに普通のディスクとは異なった。…ただ、何かを読み込んで保存していると言う点については同一のようだが。
 踵の男はそのディスクを懐にしまうと、後は振り向きもしないでその場を後にした。

 後に残されたのは既に動かなくなった男の遺体ただひとつ。死の瞬間まで、何かに怯えて後悔の念に捉われ続けていたその男、それが、おのが死に怯えていた訳ではなかったのだと、踵の男は気付いてはいなかった。
 男は、己の仕事が失敗した事を後悔していた。そして、それによって取引の相手をどれだけ怒らせた事か、それを思うと、まさに死んでも死に切れない程、後悔していたのだ。
 心の隅では、生きてかの人の怒りを買うよりは、いっそ死んでしまった方がどれだけ心安らかな事だろう、とも思ってもいた…。


〜Mixture〜

 深夜に近いこの時刻でも、この街は眠る事が無い。ありとあらゆる人種、職業、立場の人間が溢れ、絶える事無く蠢いていた。そんな中、一台のバイクが轟音を周囲に響き渡らせながら大通りを凄い勢いで突っ走っていった。
 「もっと安全な運転が出来ないのか、レージ!」
 「はーん?」
 後ろの座席で玲璽の背中に張り付いた黒鳳が、声の限りに怒鳴る。が、エンジンの轟音にそれは掻き消され、ただ玲璽ののんびりとした返事が返ってきただけだった。
 「だからっ、せめてもう少し丁寧に……ッ!」
 訴える黒鳳の声が半ばで途切れる。わざとかそうでないのか、玲璽が、かなりのスピードでカーブを廻っていったのだ。自然、内側に倒れるバイクにあわせ、黒鳳も体重を移動させ、身体を内側に倒さざるを得なかったからだ。アスファルトがヘルメットのシールド越しに間近に近付き、さすがの黒鳳もぎゅっと目を瞑るより他なかった。

 「…おまえ、あれはわざとだろう」
 目的の場所近くでバイクを停め、ヘルメットを脱いだ黒鳳が半目で玲璽を睨み付ける。その視線をさり気なく遣り過ごし、玲璽が頬を指で掻いた。
 「何の事かなぁっと。俺はいつも通りに運転してただけだけどなぁ」
 「あれが普段通りだとしたら、おまえはいつかバイクで事故って死ぬな」
 黒鳳の不穏な予言を、玲璽はカカカと豪快に笑い飛ばす。
 「だったら俺はとっくの昔に死んでるぜ。バイク転がしてもう十何年?何十年?になるかわかんねえもんなぁ」
 「自覚があるなら、少しが自重しろ!」
 眉を吊り上げて怒る黒鳳に、玲璽は大声出すとばれるぞ、と笑いながら諌めると、黒鳳の機嫌は更に悪化したようだ。
 「そんな事、一般人のおまえに言われなくても分かってる」
 「その一般人をわざわざ担ぎ出してきたんじゃねえか、あいつが」
 「だから、来なくていいと俺は言っただろう?不要だ、と」
 今度は黒鳳が、ふふんと鼻で笑う。微かにだが、ソッポを向いた玲璽が、微かにだがチッと舌打ちをするのが聞こえた。

 それは今から数時間前。雇い主のママに呼び出された玲璽は、その要求に思わず目が点になった。
 「…何で俺がそのディスクとやらを取り戻してこなきゃいけねえんだよ」
 玲璽が抗議すると、ママは『私の命令だからさ』と事も無げに答えた。
 「いや、だけどなぁ…言っとくが、こんなんでも俺は一般人だぞ?」
 「だから、おまえは来なくていい」
 玲璽の反論に答えたのはママではなく、壁際に身体を凭れ掛けさせて玲璽とママとの遣り取りを見ていた黒鳳だった。一足先にその仕事を申し付けられたらしい黒鳳は、自分の能力を認められたからこその任務だと自負している。その期待に応えるべく最善を尽くすつもりだし、どんな手だてを使ってでも成功させるつもりだった。だから。
 「レージは一般人なのだろう?一般人には少々荷の重い仕事だからな。無理する事は無い。…と言うより任務の邪魔だ、不要だ、お荷物だ」
 「なんだとぅ…?」
 言葉の内容もさる事ながら、わざとらしい、黒鳳の丁寧で優しげな物言いが、彼女が何を言わんとしているのかを雄弁に語っていて、分かっていながら玲璽はカチンと来て黒鳳を睨み付けた。なかなか凄味のあるその視線にも、黒鳳は怖がる気などさらさら無く、素知らぬ顔で腕組みしたままそっぽを向く。そんな二人の遣り取りを眺めていたママが、堪え切れない笑み混じりの声で玲璽に言った。
 「ま、私達の仕事を覗いてみるのもたまにはいいだろう?これもひとつの社会勉強さね。黒鳳も、人を上手に遣う事を覚えてもいいころだ。分かるね?」
 鶴の一声、この一言で、二人で取り戻しに行く事が決まったのであった。

 「…だが、聞けば聞くほど物騒な話じゃねえか…だってそいつ、ヘマやらかして商売敵に持ってかれただけじゃなく、ぶっ殺されたんだろ?」
 「所詮はそれだけの男だったと言う訳だ。その男の命なんぞ惜しくも何とも無いが、そのディスクだけは取り戻さなくてはならない」
 「それって、何のディスクなんだ?」
 目的の場所に向かって歩きながら、玲璽が黒鳳に尋ねる。雇い主は自分よりも先に黒鳳に話をしていたのだから、己よりは彼女の方がより多くの情報を持っているに違いない、そう思っての質問だったのだが、黒鳳に「知らん」とあっさり答えられてしまい、思わず前のめりにコケ掛けてしまった。そんな玲璽を、黒鳳は冷ややかな視線で見た。
 「…何を遊んでいるんだ」
 「遊んでねえよ!つか、知らずに、ンな危険な仕事引き受けたのかよ!?」
 「何故知る必要がある?知っていようがいまいが何の支障もないだろう?あの人が取り戻せと言ったから取り戻す、ただそれだけの事じゃないか」
 雇い主に心酔している上、危険だろうがなかろうが、人から任務を受けると言う事自体に何の躊躇いも無い黒鳳なので、特に疑問には思わなかったらしい。だが、自称・一般人の(実際に一般人なのだろうが)玲璽にしてみれば、そうは簡単には行かないのだ。
 「お前なぁ…そのディスクってのがすっげえヤバいもんだったらどうすんだ?」
 「別に。特には。まぁ、一般人のレージだから、気になるだけじゃないのか?」
 「いちいち一般人言うな!」
 「余り大きな声を出すと勘付かれますよ」
 (ぅわぁッ!)
 いつの間にか二人の背後に、天鏖丸が立っていたのだ。さすがに声に出して驚いたりはしなかったが、玲璽は危うく飛び上がるところだったが、黒鳳は、咄嗟の状況変化には慣れたもので、近付く天鏖丸の気配には気付かなくとも、突然声を掛けられても驚く事は無く、冷静な声で「来たのか」とだけ答えた。
 「な、なんだよ…クロは知っていたのかよ」
 「あの方が言っていた。だが、天鏖丸はあくまで俺達のサポートだと言う事だ」
 だから言わなかった、と悪びれもせず黒鳳が答えた。それを受け、天鏖丸も頷いて同意をする。
 「左様、私が仰せ付かったのはあくまでもお二人の補助。いざと言う時の陽動も引き受ける予定ではありますが。因って、私の事はお気になさらず、お二人はご自由に振舞って頂いて構いませぬ故」
 仰々しい鎧姿からは想像も付かないような礼儀正しい言葉が、巨躯の何処からから聞こえてくる。天鏖丸はそうは言ったが、実は受けた任務はそれだけではない。怨敵鏖殺依頼として承り、見せしめで幹部を二人以上始末せよとの任務を受けてはいるが、それは二人には伝えずとも良いとのお達しだったのだ。
 「で、この後はどうするおつもりで?」
 足音も無く、二人の後ろを歩く天鏖丸が問い掛ける。何はともあれ、と歩き出した三人だが、ディスクを奪った相手の居場所は既に調べが付いていた。だが敵もさるもの、その屋敷の周囲には凶暴な番犬やら手練の者がひしめき合ってるらしい。それを踏まえて、玲璽の天鏖丸に対する答えはと言うと、
 「そりゃ、正面切って乗り込むより他ないだろ」
 「…しまった」
 黒鳳が、ぼそりと呟く。なんだ?と言うように玲璽が黒鳳の方を見ると、如何にも悔しげな表情で黒鳳が下唇を噛み締めた。
 「…よりによって、レージと意見が一致してしまった……」
 「それで何で『しまった』なんだよ、ァあ!?」
 「……。ともかく、回り道はせずに最短距離を行く、と言う事で」
 一種触発の二人の間に割って入り、天鏖丸がそう確認する。おうよ、と玲璽が力強く頷いた。
 「どうせ、敵さんの正体は分からねえんだ、だったらちまちま探っているよりゃ、ずばっと核心突いちまった方が手っ取り早いんじゃねえの?」
 「認めたくは無いがレージとほぼ同意見だ。目的はただひとつ、奪われたディスクを取り戻す事のみ。それに寄る被害の有無は一切問わない」
 「成程。承知した。では、早速向かうとしよう」
 ゆらり、大きな天鏖丸の影が、空気の流れのみを伴って蠢いた。


〜Mission〜

 それは昔、何処かの国の金持ちが建てたと言われる古い古い洋館である。昔は確かに価値のある逸品だったのであろうが、寂れた今となっては単なるたちの悪いお化け屋敷としか見えない。人が立ち寄らないのをいい事に、その商売敵はここを隠れ家としたらしいが、その人目に付かなさ加減は逆に、敵の侵入を容易くする要因でもあった。
 幾ら正面突破すると言っても、さすがに玄関の呼び鈴を鳴らしてオジャマシマスと赴く訳にはいかない。三人はなるべく敵に見つからぬよう、高い塀を乗り越えて内部へと侵入した。
 ザッ、と草を踏む音をさせて一番最初に玲璽が地面へと降り立った。しゃがみ込んだ姿勢のまま静止し、暫く周囲を伺う。何の変化も起こらない事を確認してから玲璽が立ち上がると、それを見計らっていたかのよう、突然暗闇から番犬が牙を剥き出し、玲璽の喉笛を狙った。
 「!! レージ!」
 「『吹っ飛べ』!」
 咄嗟に玲璽が放った言霊が、犬の腹部にヒットする。ギャン!と悲鳴を上げてシェパードは吹っ飛び、丁度背後にあった木の幹に激突し、犬は口から泡を吹きながら気絶した。
 「…っと、やっべえモン飼ってやがんなぁ…ところで、クロ」
 「なんだ」
 続いて地面に降り立った黒鳳に、振り返った玲璽が何やら意味ありげな笑みを浮かべてみせる。不穏な何かを感じた黒鳳は、思わずその場から数歩後退りした。
 「な、なんだその気味の悪い笑いは…」
 「お前、さっき俺の名を呼んだだろ。そんなに俺の事が心配だったか?ん?」
 ニヤニヤと意地悪げな笑みを浮かべて玲璽が両手を自分の腰に宛がって黒鳳の顔を覗き込む。ウッと決まり悪げに言葉に詰まった黒鳳は思わず、全力で拳を固めて玲璽に殴り掛かった。
 「何、訳の分からない事を言ってるんだ、おまえは!」
 「うわっ、危ねえッ!」
 間一髪でその拳を避けた玲璽が何かを言い返そうとする、その瞬間、別の犬が数匹、また闇の中から飛び出し、黒鳳と玲璽の二人を狙う。その間に割って入ったのは天鏖丸、掲げた妖刀滅狂を水平方向に一薙ぎすると、その切っ先が襲い来る番犬の喉を真一文字に引き裂き、犬達は悲鳴を上げる間もなく、次々に絶命して地面へと落ちた。滅狂を構えたまま、天鏖丸が背後の黒鳳を振り返る。
 「おまえが本気で人を殴ったら、殺してしまうのではないか」
 「レージは人じゃないから構わない」
 「……おい」
 半目でツッコむ玲璽は無視し、黒鳳は、天鏖丸を促して先に行こうと歩き始める。
 「ちょ、待てよ!人の話は最後まで聞けって、ガッコで習わなかったのかよ!?」

 そんな三人の行く手を、狂犬のみならず、黒覆面の屈強そうな者達が立ちはだかった。身構える二人を制し、また天鏖丸が間に入る。
 「ここは私にお任せあれ。お二方は先を急ぐが良い。目的はただひとつ、であろう?」
 視線は敵から離す事無く、天鏖丸が静かな声で言う。玲璽と黒鳳を敵から庇うように、左右に開いた両腕には、それぞれに異なる効果を秘めた手甲が鈍く光る。無言で頷いた二人は、その場で左右に分かれて一気に走り出した。その後を追おうとする敵を、天鏖丸の滅狂が空を裂いて切る。その動作には何の迷いも淀みも無く、まさに一撃必殺の技であった。
 「そなた等の相手はこの私が。退屈などさせはせぬから、安心しなさい」
 表情は伺えぬ筈の傀儡、その禍々しい面鎧が、にやりと笑みを刻んだような気がした。その怪異に、さすがの手練も一瞬臆してしまう。その隙を天鏖丸は見逃さなかった。まるで舞を舞うが如く、天鏖丸の巨大な体躯が宙を飛んだ。滅狂を左手に持ち替え、その鋭い刃が黒覆面の顔面を切り裂く。同時に左の手甲から飛び出た鎖状刃緋薔が敵の身体に巻きつき、拘束して動きを封じたかと思えば、次の瞬間にはその身体を、何分割かのただの肉塊へと変じていた。だが、残った敵の中に、妖しげな術を使う者がいるらしい。天鏖丸の懐に飛び込みざま、喉元を狙って何かの呪を、指先で結んだ印を投げ付ける事で天鏖丸に仕掛けようとする。が、その印は、怨獄によって阻まれ、鎧の胸元で蒸気のように弾け飛んでしまった。呪術師の目が驚愕に見開かれる。が、その目は次の瞬間、ぐるりと反転して白目を剥いた。己が懐に飛び込んできた術師の身体を、滅狂が深々と貫いたのだ。絶命したその身体が、どさりと地面に投げ出される。最早そこは、天鏖丸の思うがままの世界だった。
 そして数分の後。
 ヒゥ、と風が吹き、常人の目に見えない遣糸が揺れる。寂れた屋敷の庭に転がる、無言の者達。天鏖丸は、滅狂を鋭く上から下に薙ぎ、刃に纏わり付いた血糊と膏を吹払った。
 「…では、本来の目的を達しに」
 再び、巨大な影が音もなく揺れ、天鏖丸の姿は闇に消えてしまった。


 一方その頃、左右に分かれて飛び出した玲璽と黒鳳は、再び合流して共に屋敷の中へ侵入を果たした。玄関ホールを手っ取り早く駆け抜けようと、走る黒鳳の前に、突然飛び出してきた者が居る。それを黒鳳は、瞬時に背面に空中一回転をし、攻撃を避ける。身体が宙を舞っている間、その僅かな間に黒鳳は呪蛾を呼び出し、奴の鼻先にそれを突き付けた。蛾の鱗粉は不思議な色彩で七色以上に輝き、敵を魅了する。突然の睡魔に襲われた相手は、その場で萎れた草のように崩れ落ちる。それと、黒鳳が音も無く床面に降り立つのとは、ほぼ同時であった。
 その傍らでは、違う敵に襲われた玲璽が悪戦苦闘をしていた。相手の拳を避け、その手首を掴んで引き倒そうと試みる。が、体術では敵の方が一枚上らしく、玲璽の引きにわざと乗った相手は、その勢いを借りてその場で踏み切り、一回転して捉われた腕を捻る事で、玲璽の拘束を逃れた。
 確かに玲璽も、人並み以上の身体能力と実戦経験を積んできている。だが、どんなに喧嘩慣れしていたとしても、それは所詮は素人のものなのだ。黒鳳のように、頭で考えずとも身体が自然に動いて的確に相手の急所を狙うような訓練は、玲璽には施されていない。だがその足りない部分を玲璽は、上手い具合に即効果のある言霊で補っている。先程の敵が、背後から玲璽の延髄を狙って小刀を振り翳してくる。『動くな!』玲璽の言霊が飛んだと同時、相手は武器を振り被ったままぴたりとその動きが停止した。驚きで目を見開くその敵が次に見たのは玲璽の拳。上体を限界まで捻る事で生じる勢いと、体重を上手に乗せたそれは奴の顔面をクリティカルヒットし、敵はそのまま後ろにすっ飛び、がらくたのように乱雑に積んであった家具にぶち当たり、意識を失った。
 「ったく、次から次へうじゃうじゃと…」
 幾ら倒しても絶える事の無い妨害者の群れに、いい加減玲璽は嫌気が差し始めていた。最初は呪蛾や体術で気絶させようと努力していた黒鳳も、それが面倒臭くなったのか、今では一発で急所を狙って絶命させているようだ。だが、それでもきりがなくてうんざりすると言う意見には同意だった黒鳳は、呪蛾を空高く飛ばし、探し物の気配を探る。呪蛾の複眼を通して黒鳳は、脳裏で屋敷内の細部を覗く。大切なものは己の懐で護るに違いない、そう考えた黒鳳は、ボスと思わしき人物の自室らしい部屋を発見した。その中で呪蛾は縦横無尽に飛び回り、情報を入手しては気で繋がっている黒鳳にそれを伝える。無機質な室内にあってただひとつ、異質なものがあった。それは、B5サイズぐらいの寄木細工の箱だ。呪蛾が、その周りを念入りに飛び回っている。どうやら、ここに来る前、ママから黒鳳が子細に教えられた、例のディスクの気配が、そこから漂ってきているのだろう。
 「レージ。在り処の見当が付いた。ここはおまえに任せる。俺はそいつを取りに行く」
 「ちょ、ちょっと待て、クロ!俺ひとりであいつらを叩きのめせって言うのか!?」
 黒鳳は、目を剥いた玲璽を見て、にやりと口端で笑う。
 「別に構わないだろう?おまえは一般人なんだからな」
 わざとらしくそう言い残すと黒鳳は、ひらりと身を翻し、玄関ホールをぐるりと囲む中二階へと音もなく飛び上がる。そのまま何処かへと姿を消してしまった。その消えてしまった後ろ姿に、玲璽が怒鳴った。
 「おっまえー!一般人って言う言葉の意味が分かってねえだろ、畜生―――!」
 ぶっ殺す!この叫びは言霊に乗せていなかった為、周囲に群がる敵陣には何の効果ももたらさなかった。


 そんな玲璽の叫びなど聞こえたのか聞こえなかったのか、身軽に廊下を駆け抜け、黒鳳は呪蛾が導くままに走り続ける。とある部屋の扉を開けると、その奥で舞う様に飛ぶ蛾が見えた。黒鳳が周囲に気を配り続けながら中へと進むと、蛾は雪のように舞い降りてそこにあった寄木細工の箱の角に止まる。ゆっくり翅を羽ばたかせる呪蛾を、己の指に、続きに肩へと移動させると、黒鳳は両手で寄木細工の箱を持ち上げた。
 「……どうやって開けるんだ?」
 その中から、確かにディスクの存在を感じるのに、巧みな細工物のその箱を開ける事が出来ない。少し考えてパズルを解こうと努力すれば恐らくは解けただろう。だが幸か不幸か、黒鳳にはじっくり集中してひとつの何かに取り組もうと言う根気は余り無かったのだ。黒鳳は箱を、元あった台の上に戻す。箱の一端に、五本の指を揃えた手を宛がう。すぅっと息を深く吸い込み、瞬間的に意識を己の手刀に集中させると、振り上げたそれを一気に垂直に叩き降ろした。
 バキッ!
 木が砕ける音がして、寄木細工の箱は見事なまでにバラバラになってしまった。黒鳳の手刀は、細工の要となる部分を感覚的に見抜き、そこを的確に破壊したらしい。勿論、ちゃんと手加減するべきところは手加減したのか、その真ん中で虹色の光を反射しているディスクには傷ひとつ付いていない。透明ケースごと指先で拾い上げると、黒鳳は胸元の谷間にそれを押し込み、ひとりで悪戦苦闘しているだろう玲璽の元へと戻っていった。


〜Mortal〜

 「……手荒い事だな、全く」
 男がひとり、荒れた屋敷内へと足を踏み入れる。荒れているのは、この屋敷が長い間無人であったから、だけではない。庭にも玄関ホールにも、至る所に気絶した者や絶命した者が転がっているのだ。そんな、さっきまでは己の配下であっただろう者達の屍を乱暴に踏み越えながら、男は屋敷内の、自分の部屋へと入っていった。台の上の、粉々に砕けた寄木細工の箱の残骸を見、思わず苦笑を浮かべる。
 「これまた強引な事だ。一体、誰の指図で…」
 「それは、お前は知る必要の無い事、だそうです」
 何の前触れも気配もなく、不意に背後から掛かった声にも、男は驚きなど一切見せず、ただ無言で振り返って天鏖丸を見た。恐らく、黒鳳並みの能力と感覚を持った者なのであろう。
 「それはどう意味か」
 「そのままの意味だ。『ソレが誰の手に渡るのか、相手が知っていたかどうかは関係ない』との事だ」
 そう言うと天鏖丸は、両手に提げていた何かをどさりと無造作に男の前に投げ出す。その、元は人間であっただろうもの達の無残な姿を見た時には、さすがに男の眉が潜められ、苦々しい表情になった。
 「…見事な腕だな。そいつらを、そんな姿にしてしまえるなど。私の幹部達は皆、超一級の能力者ばかりだぞ」
 「例えそうでも、これが依頼である以上は」
 浅く頷き、では、と天鏖丸は踵を返す。無防備にも見えるその広い背中を、男はただ立ち尽くし、見送るだけだ。それは、隙だらけのようでありながら、実は髪の毛一筋ほどの隙も天鏖丸には無かった、と言う証明でもあり、それを見抜くだけの能力を、男は持ち合わせていたと言う事だ。。
 「ああ、それから」
 廊下を曲がる直前の、天鏖丸の声だけが響く。男は、ゆっくりと顔を上げて誰も居ない扉の向こうを見た。
 「『二度とこの世界で仕事が出来ないようにするだけさ』とも言っていた。付け加えておく」
 その言葉の真意を噛み締めながら、男は最初から聞こえなかった天鏖丸の足音が、徐々に遠ざかって消えゆくのを、ただじっと聞いていた。


〜Monarch〜

 ご苦労さん、と一言告げ、ママは受け取ったディスクを黒鳳がそうしたように豊かな胸元に挟み込んだ。その仕種、そのディスクを、玲璽は好奇心を隠し切れない様子で、じっと見つめ続けている。どうやら、黒鳳と違い、やはりそいつの中身が何であるか、気になって仕方がないらしい。ママの胸元に挟まれたまま、何かの生き物のように自在に虹色を反射させるディスクから視線を外さず、玲璽は聞いた。
 「なぁ、それ…一体何のデータが入ってたんだ?」
 「レージ、おまえ…まだ諦めてなかったのか……」
 呆れたような黒鳳の声にもめげず、玲璽は興味で目をきらきらさせながらママを見る。が、ママはと言えば、意味深な笑顔で玲璽を見詰めたかと思うと、綺麗に彩った人差し指の爪で、玲璽の顎下をくいと持ち上げ、その瞳を覗き込むとこう言った。

 「世の中にはねぇ、知らない方が幸せな事もたくさんあるんだよ?」

 判ったかい、ボーヤ。そのたった一言で、ものの見事に完敗した気分になる玲璽であった。


おわり


☆ライターより
 いつもいつもお世話になっております!本当にありがとうございます(感謝)突発的乾季突入のライター(何)、碧川桜でございます。
 そして相変わらずですが、遅くなりまして申し訳ありません(泣)
 今回は普通の読み物的なシチュノベにしてみましたので、読み物としての面白さが出せていればいいなぁと祈っております。三人のPCが、同じぐらい活躍するようにと考えたつもりですが、如何だったでしょうか?お気に召して頂ければ幸いです。
 ではでは、今回はこの辺で。またまたお会い出来る事を心からお祈りしています!
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月15日

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