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『逢魔ヶ刻の悪戯 』
空狐・焔樹3484)&モーリス・ラジアル(2318)


 ここには全てが揃っている。
 美しい景色に心穏やかに微睡む一時。
 ここにいれば全てが満たされる。
 平穏で穏やかな時。
 けれどそれは同時に変化もなく、退屈と同意語とも言える事なのだ。
 悪い事ではないとしても、時折変化という物が気まぐれに欲しくなる。
「どうしたものかの?」
 静かに溜息を付いた焔樹は、思い立ったようにさっと手を動かし下界の景色をのぞき込む。
 目まぐるしく変わる景色。
 それは常に移り変わる場所であり、退屈だけはしない場所。
 時折起きる風変わりな出来事に、焔樹は気まぐれで手を貸す事もあった。
 そこに生きる人々の中には焔樹にとって気に入ってる人もいたから。
「……あれは」
 騒がしいその場所を覗きながら、ある一点でで目をとめる。
 地上の庭園。
 この時代にあっては人の手の入っていない場所でも無いだろう。
 なれば誰かがあの庭を手かげたのだろうが……。
「ふむ……」
 考えたのはほんの少し、行動を起こすのは直ぐだった。
 体を起こし、ふわりと浮かび上がった体。
 小さく呪文めいた言葉を唱え、焔樹は地上へと降り立った。



 辺りは日も傾きかけた時刻。
 緋色に染まった色彩に目を細め、涼しくなった風を体にまといながら、石造りの地面を踏みしめる。
 日差しや風の具合も心地よい物だった。
「これはなかなか……」
 眺めていると、ふと周囲の気配が騒がしくなる。
 口には出さずにいたが直ぐ理由に思い当たる。
 最近では警報があるものだし、この規模の庭を所有するならば警報ぐらいは所有しているだろう。
 この分では人が来る。
 もう少しこの景色を見ていたかったのだが……どうした物かと思った焔樹にかけられる声に振り返る。
「少々庭を見せて……おや?」
「あなたは……」
 揺れる金の髪と焔樹を見て楽しそうに笑う緑の瞳。
「大丈夫、知り合いです」
 モーリスは何も心配はいらないと焔樹や他に微笑んだ。
「済まぬの、助かった」
「いいえ、お会い出来て光栄です」
 話を聞けばここはモーリスの手がけた庭園で有ると言う事。
 丁寧に整えられながら、自然に近い形で残すように造られている。
 上から見た時もそうだったが、こうして見るとそれは更に良く解ると言うものだ。
「それで地上に?」
「うむ、見事な物だったからの」
「ありがとうございます、よかったらご案内しますよ」
 素直な感想に微笑み返すモーリス。
「そうさせて貰おうかの」
「どうぞ、こちらへ」
 庭を歩き案内されるままに、焔樹はモーリスの後を歩きながら説明を聞く。
 西洋の草木や、色鮮やかな花々。
「ちょうど今の時期はこの辺りが見応えのある場所ですよ」
「季節によって違うの……だろうな」
「はい、あまり頻繁に植え替えるのでは痛みますからね」
 直す事も可能ですがと付け加えるモーリス。
「ほう……」
「自然なままの状態に近づけるのには、この方法が一番なんですよ」
 季節によって咲く物は違うが、それでも最も良く見えるように考えて造られていた。
「流石だのう」
「プロですから。お褒めいただきありがとうございます」
 モーリスでもやはり褒められると嬉しいものなのだろう、焔樹の言葉に微笑んでからさらに奥へと案内する。
「落ち着けるなら、こちらの方でしょうか?」
「ほう……」
 ふとある事に気付いて首を傾げた。
 先ほどからどんどん奥へと……人目が届きにくい方へと向かっている事に。
 一体どうしたのかと考え込むが、なにやら思惑が有りそうだと言う事には直ぐに気付いた。
 知らない仲ではない。
 目の前にいる相手がどういう性格かや、どんな噂が流れているかも知っている。
「………」
 焔樹の予想が正しければ、これから何をしようとしているのかも。
「どうぞ、こちらに休める場所がありますから」
「ほう」
「一息吐いてから、ゆっくりとなんてどうですか?」
 含みのある物言いにふふ、と笑みをこぼす。
「遠回りなやり方も嫌いではないのだがのう?」
「そうですか?」
 何をするかはっきりと認めもしなかったが、否定もしていない。
 やはりと思いつつ、もう少しはっきりと言葉を紡ぐ。
「何も裏はないとは、言わせぬが」
「そう、見えるのなら……そうなんでしょう」
 先に言い当てられどうしたものかと言ったモーリスの表情に、焔樹はスッと手を伸ばしてネクタイを絡め取ってぐっと引き寄せる。
「それならそれで構わぬよ」
 どうしようかなんて考えていていた隙に、先に行動を起こしたのは焔樹だった。
「解っておるのだろう?」
 細い指先がすうっとモーリスの頬を撫でるその動きに楽しそうに笑う。
「……ずいぶんと楽しい事になりそうですね」
「お主の行動次第じゃの」
「なら、きっと楽しいですよ」
 頬を撫でる焔樹にモーリスは手を重ねて微笑する。
「女狐や蛇が淫欲の象徴とされる所以、みせてやろうか?」
「それはまた、楽しみです」
 からかい口調に返される軽口。
 握られた手を首筋へと持っていきながら、指を絡めていたネクタイをするりと取り去る。
「解かれるのも……悪くはないですね」
「ほう」
 ごく近くで囁き会う艶事めいた言葉のやりとり。
「されるがままでよいのか?」
「とんでもない。楽しいのはこれからでしょう?」
 腰に回された手が焔樹の体を引き寄せる。
 背丈や体格の違いは当然の事。
 しっかりと抱き締められてしまえば身動きを取りにくくはなるが、それは決して不利と言うことには繋がりはしない。
 幾らでもやりようはあると言うもの。
 背中に回した手をゆっくりと撫で下ろしていく。
 じれったい程の動きで下まで行くと、スーツの下に手を潜り込ませ更にゆっくりとした動作で背中へと手をはわせる。
「いいですね、もどかしくて」
「お主も、の……?」
 首を撫でる手や、長い髪に絡める指は行為その物を連想させる物ではないのに確かにそこに含む熱や艶事めいた物だけははっきりと伝えてくる。
 唇を辿る指先に、焔樹が目線を合わせながら口の端をほんの少し持ち上げ笑みを浮かべた。
 交わすのは一時の熱。
 言葉にするなら………火遊びだ。
 火を付けるのも、消すのも、自分たち次第。
 ふわふわと軽い言葉のやりとりの中に含まれる駆け引きは、本気ではないけど真剣な遊びの証拠。
「尻尾でも出した方がお主にとっては好みかの?」
「それも楽しそうですが、お任せしますよ。敏感な部分のようでしたが」
「言ってくれる、それぐらいは構わぬよ」
 ならと出した尻尾をゆるゆると撫で上げられ、お返しとばかりに囁きかけていた耳を軽く唇で刺激する。
 柔らかい感触が触れ合い、クスクスと耳元で笑いながら焔樹の唇がモーリスの首筋へと降りていく。
「聞き及んでいた話にしては、もっと跡が付いていると思ったのだが……きれいな物だの」
「付いてるのが見たかったのなら……今からでも試しますか? きっと綺麗に付きますよ」
 くすぐったくなるような手の動きで腰の辺りを撫で上げられた。
「お主の事だ、どうにかして消しておるのだろう?」
「手厳しいですね。どうせなら、隅々まで確かめてみますか?」
「それも一興だ……」
 たくし上げたシャツの中へと、スルリと手を忍ばせ笑う。
「幾らでも、好きなだけ……」
「もちろん……時間は、たっぷりあるからの」
 視線を交わし、二人は笑みを浮かべた。



 数刻後。
 時刻は夜のとばりが降りる頃。
 あれから場所を変え楽しんだあと。
 二人はどちらがともなく、そろそろ……と別れを告げる。
「悦んでいただけたようで」
「それはお互い様であろう?」
「もちろん」
 天上では味わえない遊び。
 地上での楽しみ。
 常に揺れ動き騒がしいここだから、出来る事。
「また、いずれ。お会い出来る時を楽しみにしてますよ」
「気が……向いたらの」
「お待ちしてます」
 サラリとした言葉を交わし別れを告げた。

 天上での暮らしが暇だと感じた時なら。
 地上での出来事が何もする事がなかったのなら。
 お互いの時間が合えば、気が向いたなら、出会うタイミングがあったのなら。
 また、いずれ。

 
 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
九十九 一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月11日

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