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『?u 』
水城・司0922)&村上・涼(0381)


 釣った魚に餌をやらないなんて男が世の中にはいるらしいが、それは完全に生簀に囲ってしまったからか、もしくは餌で釣られてくれる魚を相手にしているからだろう。
 生憎と水城司(みなしろ・つかさ)が相手にしている魚は餌ではなかなか釣られてくれない。
 釣られてくれないどころか、ちょっと気を抜けば釣り針で引っ掛けたと思ったら釣り糸を力任せに切られるか、それとも逆に海に引きずりこまるか―――縦しんば釣る事が出来たとしても大人しく生簀に囲われるたまではない。
 どちらにしろ一筋縄ではいかないということに違いない。
「餌をやったくらいで釣られてくれるのならいくらでもやるんだけどな」
 そう呟いた司の視線の先に居るのは、魚こと村上涼(むらかみ・りょう)だった。
 いつもの涼なら司のこの呟きも耳ざとく聞きつけて、一体お前の肺活量はどれくらいあるのだと確認したくなるようなものすごい勢いで噛み付いてくるのだが今日は珍しく大人しい。


 普段はあの手この手を使っても、世紀の暴れ馬と名高い涼はそれと同じくらい天邪鬼で名を馳せているため、自室に招き入れるのは困難なのだが、ゲーム機と一緒に買った人気のあるRPGのシリーズの最新作のタイトルを電話で告げた途端、
「今から行くわ!」
と、素直に飛んで来た。
 そして現在に至るわけである。
 大人しいというか寧ろ司の存在自体を丸きり忘れているのだろう。司の存在どころか、自分が今どこに居るのかも忘れているのかもしれない。

「そろそろいい時間なんだが、夕飯は食べていくだろう?」
「……んー」
「ついでに泊まっていったらどうだ、明日は休みだろう」
「……んー」

 いつもなら、食事をしていくだろうと問いかければ、

「どうしても食べていって欲しいって言うのなら“仕方がないから”付き合ってあげるわ。でも当然誘ったんだから驕りよね? 驕り以外ないわよね? 当たり前よね、付き合ってあげるんだから」

だの、こんなに直球ではなく遠まわしに泊まりを仄めかしただけでも、

「冗談じゃないわよ! なんでか弱い乙女の私がココに泊まるなんて思考になるのよ!? そんなの羊を狼の巣に置いておくのと同じよ! 正気の沙汰じゃないわよっ」

などと顔を真っ赤にして、まるで毛を逆立てた警戒心剥き出しの猫のような反応をするというのに、今日に限っては、「んー」だの「えー」だのいう生返事しか返ってこない。
 仕舞いにはちょっと肩に手をかけた途端、しっしと手を払われる始末だ。
 決して気が短い方ではないが―――特に相手が涼の場合はなおの事―――部屋に来るなり一直線に目的のゲーム機へ向かいそれから何時間も延々まともに会話もせずにテレビの前から剥がれずにいられた日にはさすがに、そろそろ堪忍袋の緒がうずきだすのも無理は無いだろう。
 テレビの前に噛り付いている涼の背後から司はそっと腕を伸ばした。
 肩のあたりまである柔らかな髪をそっと掻き分けて、指で肌の薄い耳の付け根にゆっくりと首……そして肩へと撫で下ろしながらもう片方の手を細腰に廻す。
 素肌の暖かさを掌で味わうように更になで上げようとした時、
「……ぁ」
と、涼の口から吐息のような微かな声が漏れた。
 ようやく気を逸らすのに成功したかと、口端をゆっくりと吊り上げかけた司だったが続けて涼は―――
「あつい……」
と言いながらそのまま司の腕の中に体重を預けてしまった。
「おい。村上嬢?―――」
 とっさに抱きとめた司は首元をなで上げようとしていた手を涼の額に当てる。
 手に触れた涼の額は確かに彼女が呟いたように熱かった。
 発熱の原因は火を見るより明らかだろう。
 司は大きくため息をつくと涼を横抱きに抱えて寝室へと続くドアへ向かった。


■■■■■


「……ぅん」
 ベッドに横たわっていた涼が寝返りを打った拍子にめくれた上掛け布団をしっかりかけ直す。
「全く何をするにしても加減てものを覚えるべきだろう?」
 呆れた口調で司は眠りについている涼に向かってそう問いかける。
 しかし、それが村上涼であって、自分が惹かれた彼女なのだから仕方がない。


 涼の寝息と時計の時を刻む秒針だけが部屋の中にある唯一の音だった。
 大きく息を吐きながらふと自分の部屋を見回す。
 ベッドのそばにあるローテーブルの上には涼がいつも使っているマグカップ。
 読みかけになったまま置いてある彼女が持って来た本。
 いつの間にか気が付けば涼の物が増えている。この部屋だけではない、キッチンにもクローゼットにも。
 元々男の1人暮らしのわりに、たまに訪れた妹には掃除のしがいがないなどと言われるほど普段から綺麗に片付けられていたがそれゆえかどこか生活感のなさが目立ち、ともすれば空虚な印象を受ける部屋だった。
 それは司の心の奥底にあるそれと良く似ていた。
 しかし、今はどうだろう。
 雑多な物は確かに増えたが、それがこの部屋を変えたのは確かだ。
「……ま」
「?」
 涼が何か呟いたのに気付いて耳を寄せれば、
「私の@@様が……」
と、うわ言でまでゲームの登場人物の名前を口にしている。
「せめて寝言でくらい素直に俺の名前は言えないのか」
 自分で涼を釣る為に自分で買っておきながら、司は本気でどうしてくれようかと思った。
 果たしてそれは涼に対してか、それとも夢の中でまで涼の思考を独り占めしているゲームに対してか―――だが、病人相手に何も出来るはずもない。

 きっと、司が涼に振り回されていると思っているなどと、涼は露ほども思っていないのだろう。
 これだけ自分のテリトリーに踏み込まれてペースを乱されているというのにその原因である当人に気付かれていないというのもどうかとは思うのだが、しかし、そのジレンマが単純に嫌だと思わない。

「焼が回ったかな、俺も」

 自虐的にそう呟く。
 苦笑を浮かべながらも司は汗で額に張り付いている涼の前髪を軽く梳いた。


■■■■■


「あぁ、良く寝たらすっきりしたわ」

 まるで昨晩の発熱など嘘のように涼は爽快な目覚めだった。
 司が寝ているのを確認してそっとベッドを抜け出した涼は当然のようにいそいそとゲームに向かう。
 だが、そうは問屋が卸さなかった。
 肩に手を置かれて振り向くと寝ていたはずの司が立っている。
「村上嬢」
「なっ……何よ!」
 微笑んでいるが目は全く笑っていない。
「何だって?」
「離してよ! 私は昨日の続きをっ……」
 涼は肩に置かれた司の手を払いのけようとしたが、逆にそのまま腕を掴まれ、腕どころではなく体ごと司の腕に捕らえられた。

「離してって言って―――嫌よ、絶対そっちには戻らないわよ。ちょっと聞いてるの!? 離せ―――っん」

 罵詈雑言は噛み付くような口付けによって文字通り司に飲み込まれた。
 そのまま愛しいゲームと引き離された涼はそのまま司に抱きかかえられる。
 バタン……と、無常にもその扉は閉ざされた。


 再び涼がゲームと対面できたのは数時間後―――


 とりあえず一時とはいえ釣ることが出来たのだからこの餌も全く無駄という事にはならなかったようだ。


PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月05日

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