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『歪んだ真珠の末裔たち 』
ウラ・フレンツヒェン3427)&トゥライダ・ヴァイリセン(3925)

 夕闇が追いすがる物憂げな空の下、その人物は表参道を歩いていた。行き交う人々は何処か楽しげだ。いたるところにかぼちゃの人形や可愛らしいオレンジと紫色のキャンディーが売らていた。魔法使いの形をしたお菓子がショーウィンドウを飾っている坂を上がりきり、カフェの横をその人物が通る。その姿に客は目を奪われた。
 この界隈にはファッションモデルの事務所が多いせいか、これは撮影の帰りかと彼を見た。長い銀糸の髪が夜風に吹かれ、肩で揺れる。
 僧衣服(カソック)を纏う姿はゴシックファッション雑誌かなにかの撮影の後だったのだろうか。ラフォーレ原宿が近い所為もあり、そう考えても可笑しくはない。こんな神父が教会にいるのなら、礼拝に行ってもいいかもしれない。まったく、若い身空で神父にしておくのは勿体無いほどの美丈夫だ。
 名はトゥライダ・ヴァイリセンといって、今日は学校に講師として出勤していたのだが、今はその帰りの最中だった。カフェのガラス窓の向こう側の品定めするような視線には気がつかないまま、代々木公園の方へと歩いていった。
 道路には屋台が建ち並び、ハロウィンに乗じて若者達がとりどりの恰好をしている。とんがり帽子の少女、かぼちゃのランタンを下げた青年、黒装束の女。今日は街を上げての収穫祭の催し物だったらしい。
 本来はケルト人のお盆にあたる収穫祭だったのだが、キリスト教に取り込まれたものだ。この中にそれを正確に記憶しているものは少ないであろうが、皆が楽しんでいるというのは善いことだ。教会に来る子供達にと、バターキャンディーやら、ミントタブレットをトゥライダは買い込んだ。
 トゥライダはソースの焦げた匂いにふと視線を向けた。並んでいる屋台をそっと覗く。丸い黄金色の何かがパックの中いっぱいに入っていた。随分と長い行列であるところを見ると、繁盛しているようだ。トゥライダにはそれが一体何か分からなかったが、とても美味しそうに見えた。
「美味しそうですねぇ…」
 ぽつりと言った。
 所謂、日本で言うところの『たこ焼き』というものなのだが、日本に来て間もない彼はそれを知らず、お腹も空いていたためそれを買ってみることにした。
「すみません、一ついただけますか」
「毎度〜♪」
 トゥライダは五百円を渡すと、それを受け取る。陽も落ちてきて少し寒くなってくれば、その食べ物の暖かさは嬉しいものだ。
 ほくほくとした気分でパックを開けると、爪楊枝をプスッと刺す。そして口に入れてみた。
「ッぁ!」
 どうやら熱かったらしい。
 口に入れたまま出すわけにもいかず、難しい顔をして眉を顰めていた。
「…あ、熱い…」
 一気に食べると凄まじいことになるが、それでも味は自分好みだった。プリプリした中身は何なのか気になるところだが、それはそれとして美味しい食べ物だ。
 楽しい時を過ごす人々を見つめ、トゥライダは微笑んだ。向こう側から愛らしい少女達が歩いてきている。
「仲がいいのは良いことですね〜」
 ふと見れば白い衣装の少女達が歩いて来ている。姫袖がポイントになっているクリーム色のAラインフリルワンピースは手作りらしい。スパンコールの星を散りばめた衣装に天使の羽をつけた少女達は愛天使(キューピッド)のようだ。
「可愛いですね…」
 ぱくんとたこ焼きを口に入れ、はふはふと食す神父。
「…ん?」
 その少女達の中に一際目立つ愛らしい少女がいた。長い黒髪に、好奇心旺盛な光を湛えた黒曜石の瞳。勝気な表情の少女にトゥライダの表情が固まる。
 何か言おうとしたが、トゥライダの口の中にはあつあつのたこ焼きが入っていて喋ることができない。
「うッ!」
 眉を顰める神父の姿に気がついたらしいその少女はこちらの方に歩いてきた。
「あら、こんな所で逢うなんて奇遇だわ」
 それは先日、某所で出会った少女だ。名はウラ・フレンツヒェン…悪魔の子。そう認識した瞬間、トゥライダは血が滾るような感覚を憶えた。殺すべき相手が目の前にいる。…だというのに、やたらと熱い食べ物の所為で罵声を飛ばす事すら出来なかった。
 そんなことを相手は知らず、本性を隠して何処にでもいる愛らしい少女としての言葉遣いで話し続けた。
「何の扮装にするか迷っていたんですけど、講師の神父様や友人達が『天使にしたら?』って。似合いますか?」
「……」
(似合うものか悪魔の子め!!!!)
 そう叫びたくくて仕方がないのだが、何せ口の中が熱くて喋れない。
「好評なんですけど…」
(どこがですかっ! 講師の神父様? 悪魔の子とも見分けがつかぬ役立たずな者が神父?一体何たる事か!!)
 ウラの天使のような笑顔にトゥライダは顔を引き攣らせた。たこ焼きのパックを持つ手が震える。多分、学校の友達であろう少女達は、何処の神父様かとウラに訊ねている。トゥライダはゴックンとたこ焼きを飲み干した。
「あらあら、お食事中でしたのね。ごめんなさい」
「……いいえ」
 半ば仏頂面になりかけるのを笑顔に戻そうと必死になる。そんな様子をウラは余裕の表情で見ていた。ちょっと退屈な学校生活の中で、こんなに楽しいことが起ころうとは思ってもいなかった。ここは大いにからかってやるべきだろう。
「ウラ様ったら、こちらの神父様はどこの教会の方かしら?」
「教えてくださいませんこと?」
 どうも綺麗な神父にときめきを隠せない乙女たちがウラに訊ねてくる。ウラはにっこりと品良く微笑むと「あたしも知りませんの♪」と笑った。
「わ、私は…カトリック宇田川教会…聖ヨゼフ教会のトゥライダ・ヴァイリセンです」
 一般の少女達の手前、嘘をつくことも出来ずにトゥライダは答えてしまった。ふとウラを見つめる視線が険しくなる。
「まぁ、ここから近いですね」
「今度お祈りに行きますわ♪」
 うきうきしながら話す少女たちに得意げな表情をするウラだが、勿論それは嘘である。窮する相手を楽しげに見ているだけのことだった。
 遠くでパレードの音楽が聞こえる。道々を練り歩くハロウィン行列がこちらに向かってきていた。それにつられて人々の波が押し寄せる。他の少女達が行列に目を奪われた一瞬に、ウラはその場から走り出した。祭りの音で気が付くものはいない。
 その瞬間を狙ったウラは、去り際にこう言った。
「…………たこ焼き神父」
 ブチッ。
 悪態をつくのを必死で我慢していたトゥライダのリミッターが飛ぶのは早かった。
 その場でたこ焼きのパックを投げ捨てて追いかける。ウラは軽やかな身のこなしで祭りの輪を抜けていった。元々、軍隊出身であり、今でも教皇庁特務第七局 E verde il Crusade di rosaに在籍しているトゥライダが人波を避けて少女一人を追うことなど大した事ではない。あっという間にウラに追いついた。
 公園の奥へと進めば人込みは徐々に消え、桜の樹木が寂しげに立ち並ぶ小道を進んだ。ちょっとした広場になっている所に出ると、その中心の舞台のようになっているところにウラはいた。
「キヒヒッ! 早かったわねぇ、教皇庁の犬。…いいえ、たこ焼き神父様♪ アハハ…クヒヒヒッ!」
 さも愉快とばかりに大仰な仕草で笑う。
「私を愚弄した贖いをしてもらいますよ…」
 トゥライダはうっすらと微笑んだ。ここには邪魔な人間はいない。大いに戦うことができる。
「クヒッ! 面白いわねぇ、おまえ」
「そう言っていられるのも今のうちですよ…その背中にある偽りの翼をこの手で引き千切ってあげます」
 ポケットから月銀(ミスリル)のナイフを取り出すとトゥライダは構えた。
 ウラはパチンッと指を鳴らすと小さな雷を周囲に発生させた。
「退屈していたところなの、遊んでいただけます?」
「殺されてもいいなら遊んであげますよ…そうでなくとも消してあげるつもりですが」
「アハッ…キヒヒッ! そうよ、そう! 私を躍らせてちょうだい。他の奴らはくだらなくてしかたないわ。本当に退屈な奴らよ」
 ウラは作り上げた雷を舞うような仕草で投げつける。金属に反応して雷がナイフに落ちた。不可避なそれを受けてトゥライダは苦悶の表情を浮かべる。
「ぅぁッ!」
「キヒッ…クク…あら、良い表情だわ。ポートレートにしたいぐらい」
 からかうように言うと、ウラはわざと派手で無駄な動きを見せた。相手を油断させて隙を突こうとしているのだった。
「死の神を称えよ!」
「うぁああッ!!」
 トゥライダは雷撃を受けながらも倒れる事は堪え、隙を見て走り出した。ウラはその猛進を辛うじて避け、次の雷撃を発生させるためにステップを踏む。
 その魔術的所作の瞬間を狙って、トゥライダはナイフを突き出した。ウラは避けたが、それは不完全でナイフは腕を切り裂いていた。見事なナイフ捌きで相手の肩を刺す。
「ッ! フフ…こうでなくっちゃいけないわ…食らいなさい!」
 ウラは雷撃を投げつけた。
「くぅッ!」
 グリップを握る手に電撃が走り、手が震えた。ナイフが落ちる。ウラ目掛けて走りこむとトゥライダは背にある翼の飾り物を引っ掴んだ!
「離しなさいな!」
「離すわけありませんよ、雌豚!」
 そう言いながらもトゥライダは自分の不十分な装備に舌打ちをした。とは言え、相手を捕まえてしまえば素手で殺す事ぐらいは出来る。
 しかし、相手もそうさせる気はなく、トゥライダの横っ腹に蹴りをお見舞いした。
「ぐぁッ! …このぉッ!!」
 トゥライダはウラの肩を捕まえると地面に引き倒す。幾ら超常的な力を使おうと体は子供だ。実践で鍛えた自分とは違う。片手で首根っこを掴むともう一方の手で相手の肩を押さえ込んだ。
「小賢しい…悪魔め…」
「く…うっ…」
 ズタズタに引き裂いてあの魔術師に送りつけてやろうかという思いに駆られた刹那、遠くから人の声が聞こえてきた。どうやらこちらの声が聞こえていたらしい。どう見てもこれでは分が悪い。人から見れば少女を押し倒す神父にしか見えないだろう。
「フンッ…仕方ないですね」
 そう言うとトゥライダは首から手を離す。
「Trick or treat!」
 ウラはニッコリと笑って言った。
 呆れたように肩を竦めると、トゥライダはさっき買ったキャンディーをウラに投げた。
「まったく…なんで私がお菓子をやらねばならないんでしょうね…」
「誤解されるよりはマシだとは思わないのかしらね」
「冗談じゃありませんよ」
 ブツブツと文句を言うとトゥライダは立ち上がった。これ以上ここにいても、勘違いした人間に詰問されるだけだ。
「さて、私は行きますよ」
「じゃぁ、私も行くわ」
「では、さようなら…悪魔の子」
「何を言ってるのかしら、出口はこっちしかないじゃいの」
「な、何ですか…私についてくる気ですか!?」
「当然だわ。キヒヒッ! Trick or treat! 悪戯がいいかしら?それとも、お菓子?」
「さっきお菓子をあげたばかりです。これだから子供は…」
「あーら、悪戯がいいのね」
 ウラはパチンと指を鳴らす。小さな電撃が掌に生じた。
「何ですか、嫌ですよ!!」
 ぶつぶつと文句をトゥライダは言い、じと目で睨んだ。
「ほーら、人が来たわよ。襲われたって言っていいのかしら?」
「なッ」
「嫌ならお菓子よ」
「……わかりましたよ。…ケーキかクレープでいいですかね」
 膨れっ面のままでトゥライダは言った。片眉を上げ、ウラは意地悪く笑う。お菓子をせがまれたトゥライダは不本意ながらも奢るためだけに原宿に戻らねばならなかった。
 ウラは心底嫌で仕方がないといった表情の神父を殊更楽しげに見遣る。
 歪んだ真珠の末裔たちは祭りの輪に戻っていった。

 ■END■
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
皆瀬七々海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月04日

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