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『温泉紅葉 』
ぺんぎん・文太2769

 ペンギンだからって、全てのペンギンが寒いところを好むとは限りません。雪や氷のない場所に好んで生息するペンギンも、ちゃんと存在します。
 今日は、そんな、とあるペンギンのお話です。
 ―――尤も、ソイツが本当にペンギンかどうかは、当方では一切関知致しませんが…。


 さて、ここはとある場所。辺りには小振りな山々が軒を揃え、その間を小さな川が緩やかなカーブを描きながら走っています。
 秋と冬の境目、落葉樹が多いこの山は、まさに紅葉真っ盛り。勿論、休日となれば紅葉狩りに訪れる人で賑わうこの界隈も、平日のこんな昼下がりは静かなもんです。

 ぺたぺたぺた。ぺた。

 おや?妙な音が聞こえてきますね。どこからでしょう?
 …ええと。あれは……ペンギン、ですかね?黒と白のツートンカラー、ずんぐりむっくりな体型、黄色いくちばし、黄色い飾り羽根。どこからどう見ても、それはペンギンのようです。イワトビペンギンに良く似ていますが、それにしてはデカいような…。
 「……。」
 ……。目があってしまいました。ぺんぎん・文太、と言うのだそうです。何故分かったのかは我ながら謎ですが。
 まぁ、細かい事は気にせずに。あんまり気に病み過ぎると大物になれませんよ?
 ともかく、文太は小脇に愛用の檜の湯桶を抱え、ぺたぺたと足音を立てながら河原へとやって来ました。何故、彼がこの川辺にやってきたのか。それは謎です。なにしろ、本人でさえ分かっていないのに、他の誰が分かると言うのでしょう。あえて言うなら本能…と言ったところでしょうが、ぺんぎんが本能に任せて何故に川辺を彷徨い歩くのか、全くもって理解不能です。
 「……。」
 ふと文太は立ち止まり、辺りをぐるりと見渡します。暫くの間、じっと周囲を見詰めていたかと思うと、くわッと目を見開き、きょろきょろと慌てたように周りを見始めました。
 …どうやら、ようやく今になって自分が見知らぬ場所にいる事に気付いたようです。
 (?)
 文太の頭上に、ハテナマークが浮かび上がりました。その視線は真っ直ぐに川岸のある一点を凝視しています。ぱちぱち、と瞬きしてそれを見詰める文太の脳裏には、何故自分がこんな所に居るのか、と言うさっきまでの疑問は、既に綺麗さっぱりと消え去っていました。
 文太の視線の先、そこにはひとりの人間がいました。その男性は、スコップで川岸の縁、砂利と水が丁度混ざり合う川の端っこを一心不乱に掘っています。何を埋めようとしているんでしょうね?ヤッバいものじゃないと良いんですが。
 …違いました、その男性は、ヤバいものを埋める為に穴を掘っている訳ではありませんでした。膝の深さぐらいまで彼が掘り進むと、その穴の底からじわじわと水が染み出てきたのです。しかも、その水は量を増すごとに、ゆらり、暖かそうな湯気を立たせ始めました。そう、湯が湧いているのです。どうやらこの川の下には、温泉の源泉が眠っているようですね。つまりは、場所に寄っては、こうして掘るだけで温泉が湧いて出る、川湯だったと言う事です。
 ほかほかと立ち昇る湯気で、その男の人の姿もはっきりと見えません。かなり良質な温泉である事は、文太の魂に宿る温泉アンテナも太鼓判を押しています。…と言うか、これが文太の本能なんですかね?
 (!)
 文太が何か閃いたようです。…おや?

 パララパッパラー♪

 どこかで聞いた事があるようなファンファーレが流れ、文太はどこからともなくスコップを取り出しました。抱えていた檜の湯桶はその辺に置き、さっそく手短な場所を掘り始めます。
 恐らく、どの川岸を掘れば効率よく温泉に行き着ける、とかそう言う技術があるに違いありません。が、勿論、文太にそんな手練手管がある訳もなく。ざくざくと適当に、構えたスコップで砂利を掘り進めている文太の脳裏には、温泉でほっかほかになっている己の姿が浮かんでは消えしています。おや、心なしか、文太の動きが早くなったような気がしますね。ぺんぎんの馬鹿力か、みるみるうちに文太の背後に、掘った砂利の山が高々と築かれていきました。

 カツ!

 ぴたり、と文太の動きが止まりました。硬直したまま、ゆっくりと首を傾げます。
 (??)
 突きたてたまま、それ以上潜っていかない文太のスコップ。今度は逆の方向に首を傾げると、文太のスコップが小さく、コツコツとそこを突付きます。
 「……。」
 ザッザッとスコップの先が、浅く土の表面を削りました。そこから現われたのはキラリ光る黄金色。なんと、文太が掘り当てたのは大判小判がざっくざく、テレビの特版番で血眼になって捜している、埋蔵金の山を掘り当ててしまったようです。やったね、これで君も億万長者だ!何を買う?それとも貯金する?いやいや、いっそこれを元手に何か事業を…
 …あれ?どうかしましたか?
 ……もしもし?文太さん?
 ………もしかしてもしかしなくても、白目…剥いてます?
 (!!)
 ハッ!とたった今目覚めたみたいな顔で、文太が目を忙しく瞬きました。ぱちぱち。最後に数回瞬くと、文太は、まずは自分の手に持っているスコップを物珍しげに見詰めました。次に、自分の足元を何とはなしに見下ろすと、そこにあるのは、さっき自分が掘り当ててばかりの埋蔵金の山。ざっと見積もっても数億だが数十億だかの価値がある事は間違いありません。
 が。
 その黄金色、人が見れば間違いなく目が円マークになるだろうそのお宝も、文太にはただの金色の物体にしか見えません。文太は、自分が何故か持っているスコップを片手に、首を傾げてなにやら考え込んでいます。その表情は、何故そこに深い穴が開いているのか、自分には訳が分からない…と言った感じです。どうやら文太は、妙なものを掘り当ててしまったショックで、何故自分がそこで穴など掘っていたか、その理由を忘れてしまったようです。しかも、文太にとっては、大判小判など全くの無価値。せめて、文太にお宝の価値が判っていれば、ニヤリ棚からぼた餅とばかりに、内緒で埋蔵金を懐にポイしたのでしょうが。

 …まぁ、物の価値など千差万別。自分にとって必要か必要でないか、ただそれだけの事なのでしょう。

 文太は、スコップをその辺にからんと投げ出し、置いてあった湯桶をまた抱え直します。ふと顔を上げると、その視線の先には如何にも暖かそうな湯気。それは、ゆらゆらとプチ蜃気楼を描き、優雅な仕種で文太を手招きします。
 そう、それは先程、文太が目撃した人間が掘り当てた川湯。当の人間は、既にその周囲には姿はありません。先にひとっ風呂浴びて帰宅したのでしょうか。
 まぁ、そんな事は文太にとってはどうでもいい事です。と言うか、恐らく、先程まで人がそこに居て穴を掘っていたのを目撃した事自体を忘れているでしょう。ともかく、文太はその温泉の方へと歩み寄ると、檜の湯桶を湯の上に浮かべました。ゆらゆらと、湯桶は小さく揺れながら真ん中辺りまで移動していきます。続いて湯に足を浸けた文太は、その余りの心地良さに足先から背筋、頭の天辺へと、快感がビリビリと電気のように走り抜けました。ビシ!と最後に、黄色い羽飾りから宙へとそれが抜けると、それが文太の芯であったかのよう、急にフニャフニャと腰砕けになり、でっかいぺんぎんは肩まで温泉へと沈んでいくのでした。

 立ち昇る湯気は源泉そのもの、でも、余り硫黄の匂いがしない辺りは、単純泉なのでしょうか。文太は背中を穴の側面に凭れ掛けさせ、ゆったりと空を仰ぎます。青い空、白い雲、時折それらを遮る半透明の温泉の湯気。聞こえてくるのは、傍を流れる川のせせらぎのみ。時折、それに混じって何かの鳥の声も聞こえてきているようです。
 ひらり、と紅葉が一枚、湯の上に舞い落ちて来ました。それは未だ湧き続けている湯に揺り動かされ、まるで赤ちゃんの手のように、紅葉は揺れてはしゃぎ、震え、やがてゆっくりと穴の底へと沈んでいきました。透明な湯色は紅葉の赤を遮る事はなく、ただゴボゴボと音を立てさせながら湧いて出る温泉の波によって歪められ、いつしか、それは茹でられて染まったかのように、いつまでも色鮮やかな赤を保ち続けていたのです。


 ざばーっと全身から湯を滴らせ、文太は温泉から上がりました。ほかほか、立ち昇る湯気は茹でたてで物凄く美味しそ…ではなく、物凄く暖かそうに文太を見せています。ぶるぶるっと身震いをして雫を跳ね飛ばすと、文太は檜の湯桶を小脇に抱え、ぺたぺたぺた。と、来た時と同じような調子で何処かへと去っていきました。

 後に残ったのは、未だ湧き続ける温泉と、中途半端に掘られた穴。そしてその中で眠っていた埋蔵金。差し掛かる夕日に、大判小判の金色が反射して眩い煌きを放ちますが、今は紅葉の赤の方が、よっぽど綺麗に川の流れに映るのでした。


おわり。


☆ライターより
 ぺんぎん…温泉……(ウットリ)と、そんなアヤシイ状態で書いていたのは私、ライターの碧川桜でございます。
 はじめまして!シチュノベのご依頼、誠にありがとうございました。
 殆ど台詞がない文太氏ですので、その情景が目に浮かぶようにと書いたつもりですが如何だったでしょうか?湯煙を少しでも感じて戴ければ幸いです。
 ではでは、今回はこれにて。またお会いできる事をお祈りしつつ…。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年11月04日

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