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『【戦いの合間のあの日】 』
ジュドー・リュヴァイン1149)&エヴァーリーン(2087)
 エルザードから離れたこの草原には、そう訪れる者はない。誰にも邪魔されずにトレーニングを行うのにちょうど良い。彼女は時折ここへやってきて刀の腕と己を磨いている。
 ジュドー・リュヴァインが刃を交わらせているのはエヴァーリーン。野生動物のごとくしなやかな体術を持つその相手が、歌うようにからかう。
「ずいぶんと力が入っているわね、ジュドー。その『自分』に負けたのがよっぽど悔しかったんだ」
「うるさいな」
「そんな怖い顔しないでよ」
 エヴァーリーンはジュドーの進歩を感じていた。聞けばジュドーは先日、不思議な実を口にし夢の中で自分の分身と戦い、敗れたらしい。そして修行相手に求められた。打ちかかってくる時の覇気といったら、未熟さをまるごと怒りに変えているようだ。ただならぬ、鬼気迫る太刀さばきである。
 だが、動きに少々のばらつきが垣間見える。エヴァーリーンはジュドーの焦りを的確に見抜いていた。
 身を屈ませ、エヴァーリーンは凄まじい速度の逆胴を潜り抜ける。
 ジュドーの体が沈んだ。脚払いである。
「足元がお留守になっていたわ」
 尻餅をつき、舌打ちするジュドー。払われた足首を押さえ、ため息をつきながらエヴァーリーンを見つめた。
 小休止しようと告げられ、修行魔と化していた武士もさすがに了承した。連戦に次ぐ連戦であったのだ。
 ジュドーは地面に腰を下ろすと水筒の水で喉を潤した。喉越しに心地よい冷たさを感じる。ようやく体の力が抜けてきた。すると体の節々が痛み、気にもしていなかったかすり傷がジワリとしてくる。
 ジュドーに傷を負わせることのできる人間は、そうそういない。真に得がたい相手。黒衣を身にまとう暗殺者を改めて見つめ、そう思った。
(エヴァが強いのは前からだけど)
 いつしかジュドーは記憶を遡らせ、彼女と本気で戦ったあの日のことを脳裏に描いていた。

 戦いを挑んだのはジュドーで、エヴァーリーンは無言で受けた。その一点だけが確かで、場所、天気、日時、その他諸々はおぼろげである。
 2秒も駆ければ手の届く位置に、まずお互いが立っていた。眼光を研ぎ澄まし、飢えた獅子さながらに殺気を発する。
 ――本気でやろう。
 その一言を合図に、ふたりは激突した。
 燐光放つジュドーの蒼破が抜き放たれる。蜘蛛の糸に似たエヴァーリーンの鋼糸が宙に泳ぐ。
 間合いの広さはエヴァーリーンの方がはるかに大きい。相手の獲物が及ばない位置から縛るのが彼女の必勝法である。一度捕らえられれば逃れる術はない。
 しかしジュドーは正面から突っ込んでいく。鳥が森の木々を避けるように、糸の合間合間を抜けていく。どこを走ればいいのかを正確に選びながら、ついに肉薄した。
 糸が左手首に絡まった。それをものともせず、ジュドーは斬撃を送る。切り上げた刀が黒装束をわずかながら切り裂いた。真っ向を嫌うエヴァーリーンは大きく跳んで後ろへ下がった。ジュドーはその間に左手首の糸を斬る。
 優しい風が通り抜けて、ふたりの豊かな髪が揺れた。もしも傍観者がいたなら、香り立つような美しいその姿に心奪われるに違いなかった。
 若く瑞々しい肉体に秘めた、戦士としての資質は何と類稀なるものだろうか。相対しながら、ジュドーはそう思う。エヴァーリーンも同時に、ジュドーとほとんど変わらない思考で、金髪の武士を眺めていた。
「今度はそちらから来たらどうだ。待ってばかりでは逃げるものも多いぞ」
 ジュドーが言う。
「……そんな挑発に乗ると思うの」
 エヴァーリーンは涼しい顔で返答する。
 数秒間見合った。やはりエヴァーリーンは自分から仕掛ける様子を見せない。あくまでも誘ってかわして、攻撃はそれからというスタイルなのだ。
 叫ぶ。様子見はこれまでとばかりに、ジュドーは再び疾駆した。今度は糸を仕向ける間を与えない速さ。一気に距離を縮め、蒼破を脳天に振り下ろした。間違いなく命中するかと思われた刃はしかし外れる。ただ一筋の黒髪が宙に舞っていた。あと一歩違えば額が割られていた。
 ――と、黒装束が眼前に現れた。エヴァーリーンが自ら攻撃を仕掛けたのだ。
 拳と蹴りが飛んでくる。急な路線変更に、ジュドーは咄嗟の対応ができなかった。
「ぐっ!」
 肩、肘、膝、胸、腹。立て続けに当て身を食らわせられる。接吻ができるくらいに、暗殺者の素顔が間近にある。こうも密着されてはジュドーは剣技が振るえない。いったん離れなければならない。だが。
「……そうか、接近戦はこのためか」
 いかなる早業だろうか。気がついたときには、ジュドーの全身に鋼糸が張り巡らされていた。
 囚われのジュドーを見るエヴァーリーン。無表情に腕を引っ張ると鋼糸がジュドーの体に食い込み、犯していく。降参しなさい、と冷ややかな視線で言っていた。
 ――その視線を、ジュドーはこの上ない笑みで跳ね返していた。
 この状況で何を? エヴァーリーンが不審を抱いた矢先。
 見える。ジュドーの体に闘気が集まっている。まさか、と思った瞬間だった。
 闘気が爆発した。無理やり鋼糸を引きちぎる音が聞こえた。辺りがほんのわずか、白い閃光に覆われる。エヴァーリーンは一瞬だけ目を背けた。
 それが勝敗を決した。ジュドーは間合いを詰め、エヴァーリーンが目を開いたその時、刃が喉元に突きつけられていた。
「……」
「……」
 千千切れになって風に飛散してゆく鋼糸を、エヴァーリーンはただ見つめている。胸の内で何を思っているのかは、ジュドーにはわからなかったが。
「ここまでだな。私の勝ちだ」
「ええ……そうらしいわね」

 それから何を語り合ったかは両方とも覚えていないが、この戦い以後、ふたりは行動を共にするようになった。何故かお互いを気に入ったのだ。
 世に言う腐れ縁の始まりである。

「ジュドー」
 呼ぶ声に、頭を目覚めさせた。エヴァーリーンが顔を覗いている。
「寝てたの?」
「いや、ちょっと昔を思い出していた。昔を……」
「ふうん」
 興味なさげに答え、エヴァーリーンは立ち上がる。
「さあ、やるんでしょ」
「うん?」
「だから、修行の続き。もう今日はやめとくっていうなら私は帰るけれど」
「……そうだったな。うん、修行修行。あと10本はやろう」
 ジュドーは勢いつけて起き上がった。いつもの調子に戻っていた。
 やれやれと思いながらエヴァーリーンは彼女に付き合う。きっと、そんな関係が今後ずっと続くのだ。

【了】
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聖獣界ソーン
2004年11月02日

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