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『 異文化交流 〜認知と新たな関係〜 』
ローナ・カーツウェル1936)&飛鷹・いずみ(1271)

 爽やかな春の午後。いずみはある思惑をもって1人、学校の通学路にある公園へと足を運んでいた。休日には大きな催しも開かれたり、スポーツ大会なども開かれる広い公園だ。敷地内には数多くの噴水とベンチが設置され、市民の憩いの場となっていた。植えられた緑の樹木たちは一部に集約され、まるで森のように公園の周辺を覆っている。
 暖かな陽射しの下で、日曜日を家族サービスに提供している父親がシートに寝転んでいる姿や、気の早い子供が噴水に片足を入れて遊んでいる姿があちらこちらに見えた。

「……ま、この辺りを散策してみましょう」
 いずみは北側の入り口から公園へと入った。そこはどの入り口よりも建物や樹木の影になっていて、たくさんの商業車が昼休憩のために駐車してある。いずみは自宅から一番近いという理由から利用しているが、一般的にあまり利用頻度が高いとは思えなかった。
 少し見回してから一番大きな噴水の傍にいた。その場所にはスケートボードが利用できるスロープなどのスポーツ施設がある。いずみは小学1年生。けれど、凛とした表情が少し大人びて見えた。
「ヘイ! ユーは何してるの? コンニチハ♪」
 ベンチへと腰掛けようとした時、声が掛かった。いずみは地面にあった視線を上向けて声の方を見上げた。太陽を背にキラキラした金髪が透けている。にんまりと白い歯を見せて笑ったのは、同じクラスのローナ・カーツウェルだった。いずみは彼女のニセアメリカ口調に閉口しつつ、挨拶を返す。ローナは父親の仕事の都合で日本に暮らす生粋のアメリカ人。そのことはいずみも知っていた。だから、余計にローナの口調に困惑するのだった。
「……こんにちは。あなたこそ、どうしてこんな場所にいるの?」
「ミー? ミーはこれ!」
 ローナはソバカスの頬を自慢げに紅潮させて、手にしているMTBのハンドルを持ち上げた。反応を待つようにしばらく持ち上げて、返答が返ってこないからかそれを降ろした。
 人懐っこそうな顔が僅かに曇る。いずみは小さく鼻を鳴らして、ベンチへと腰を下ろした。
「――あ〜、私のことは気にしないで」
 訝しげに見下ろしているローナに手を軽く振り、いずみはしきりに周辺を見廻していた。

 ――何よ。もっと、ミーに構ってくれてもいいのに。この歳でMTBを乗りこなすなんて、カッコいいのにぃ!
    飛鷹さんって、とんだハニービーね!

 ローナは憮然とした表情を顔に貼りつけて、いずみの前から離れた。いずみがいたことなど忘れたかのように、目の前にあるバンクへとMTBを走らせた。本当は乗りこなす場面を見せつけたかったのかもしれない。
 風を切る。バンクの頂上でターンを決める。わざと、ブレーキ音を響かせて舞い下りた。少し鼻高々で、いずみに視線を送ると彼女が肩をすくめるのがローナの目に入った。ムッとしたローナは思わず、いずみの前に仁王立ちになった。
「ユーは何か、気に入らないことでもあるわけ?」
「別に」
「くきぃーー! さっき、変な動きしたデショ! はっきりいいなさいよ」
 本当に言ってもいいのかと問うように一度ローナを見てから、いずみは再び肩をすくめて言った。
「どうしてそんなことを練習する必要があるの? プロになりたいわけじゃないでしょう。ムダだわ」
「…なっ! アンビリーバボー! なんでそんなことユーに言われ…――――」
 大好きなMTBをけなされたと感じたローナが激昂した瞬間、ローナのショートパンツの裾を引っ張っている小さな手にいずみが気づいた。
「ちょっと待って……」
「何よ! 今からミーに謝っても…」
 いずみは強引にローナの体を横によけた。よろけたローナの影から現われたのはまだ4歳くらいの男の子だった。ローナもそれに気づいて、膝をついて男の子の前に座った。一様にいずみも腰を落し、男の子へと視線を送る。なぜなら、彼は今にも泣き出しそうな顔をしていたからだった。
「ね、どうしたの? ママがいなくなったのか? ミーが探してあげるよ」
「…………あの、あのね…、いっしょにあんでたおんなのこがもどってこないの」
 鼻をグズグズと鳴らし、男の子は言った。
「それって、バイバイしたからじゃないわよね?」
 いずみの問いに、男の子は顔を横に振った。
「ううん。おトイレにいくっていったの……。ぼくのこときらいになったからかなぁ」
「きっとユーのこと嫌いになんてなってないね。ほら、ボーイは泣いたらダメ!」
「ね、トイレってどこのこと?」
 男の子が指さしたのは、一番樹木が密集して植わっている場所だった。中には散策コースがあるのだが、昼間でもすこし暗い。いずみはそこを虎視して、ローナに言った。
「カーツウェルさん、この子お願い。私は探してくるわ」
「ちょっとなんでよ!」
 ローナの言葉を最後まで聞かないうちに、いずみは走り出していた。それは少女の居場所を知っているかのような動き。駆けていくいずみの背をローナは見送る。いずみは一度も振り向かずに森の方向へと足を繰り出した。

 ――絶対だわ。やっぱりいたのね、この周辺に。

 こう見えても、いずみは探偵事務所に出入りしている身だった。渋る探偵から依頼を強引に絞り出して、今この場所にいたのだった。森の中にあるトイレまで来ると女の子の名前を呼んだ。――が、いない。
 ふいに背後に車輪の音が聞こえて振り向く。
「ユーだけにいい恰好はさせないね!」
「あなた……あの子はどうしたの?」
「今はそれどころじゃないデショ。ユーは何か知ってるんデショ!!」
「あなたには関係な――――!!」
 声を殺して、いずみが叫んだ。ローナも同時に同じ方向を凝視した。靴だった。小さな赤い。
 ふたりは駆けた。MTBでいくには狭い道。フェンスの向こうにたくさんの車。そのひとつがエンジンを吹かし、今にも走りだそうとしている。そのガラスの中。
「いた!! あのコだ!」
「……間に合わないわ」
 ふたりと車の間にはかなりの距離が存在している。いずみは歯に噛みした。足だけは懸命に繰り出し続ける。

 ピ――――――ッ!!

 絶望的な雰囲気に、指笛の音が響いた。驚いて振り向くと、ローナが指を高々と上げて叫んだ。
「カモン!!」
 その途端、四方八方から無数のカラスが現われた。そして、ローナの腕の動きに順じて動き出した車へと飛びかかった。フロントガラスが一気に黒く染まる。激しいブレーキ音を響かせて車が停止した。転がり出てきたのは、驚愕した顔の中年の男。ふたりに気づくと、慌てて後部ドアを開け女の子を抱きすくめた。
「離しなさい。そんなことをしても何も変わりませんよ」
 いずみが諭すが、男は聞き入れない。当然だろう、相手は小学1年生の女子2人なのだ。薄ら笑って「カラスをどけろ」と叫んでいる。他の大人が寄ってくる気配もない。いずみは唇を噛んだ。
「ハイヤ――――!!」
「えっ!? カーツウェルさん!!」
 思案と困惑に暮れていたいずみの頭上を飛び越え、ローナの飛び蹴りが男の顎に炸裂した。信じられない目でいずみはローナを見た。
「ダイジョーブ? 立てる?」
 女の子を助けているローナの背後。男が起き上がり傍にあったブロックを、風にそよぐ金髪めがけ振りかざした。いずみは反射的に男に向かって走り込んだ。
「ぐぁーーーっ!」
 ローナが横を通り抜けた風と、男の叫びに視線を背後へと向けると、いずみが手を伸ばしていた。まるで空気の壁に跳ね返されたかのように軽々と飛ばされていくブロックと男の体。
 互いに目を合わせ、少し困った顔で笑った。

                          +

「ねぇ…その喋り方どうにかならないの?」
 警察の赤ランプが夕暮れの公園の中を回転している。いずみがその傍らで、連れて行かれる男から目を離した。ローナが女の子に手を振っている。
「んん? なんのこと? ミーの話し方?」
 いずみが頷くと、
「それは日本にきたアメリカ人の『お約束』デショ? いわゆるルールね♪」
「あ…そう。それにしても、あんた蹴りは無謀だわ。人質のこと考えなかったわけ?」
 言葉遣いが粗雑になっているのは、心を許した証拠。いずみはその事実に気づかぬままに、呆れた顔でローナの蹴りを思い出していた。
「あの場面で実力行使に出るなんて無謀すぎるわ」
「結果オーライ! それでいいじゃない、オッケー?」
 鼻の下を指で擦って、ローナは嬉しそうに青い瞳を細めた。確かにあの時のいずみは策を欠いていた。最終的にはいずみの能力であるベクトル変換によって男をノックダウンしたのだが、ローナの起死回生の一蹴がなければそれもできなかった可能性は高い。それが分かっていても、いずみの唇からは3度目の溜息がこぼれる。ぼんやりと宵かかる空を見上げ、ボソリと感想を述べた。
「……まったく、困った性格だわ」
「ムムッ! なによ、このハニービー!! 文句なら正面切っていうのもルールね!!」
 地獄耳。ローナの怒りの叫びが公園いっぱいに木霊した。
 それは新しい関係の始まりを示す、警笛のようなものだったに違いない。
 ローナといずみ。両極端でありながら、それでも互いを認めずにはいられない関係。素直に認め合い、謝ることができる日はいつか来る――のかもしれない。


□END□

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 初めまして。とこんにちは。ライターの杜野天音です。
 まずは期限から遅れてしまい申し訳ありませんでした。ただただ、気に入って下さること祈っております。
 ローナの親友がいつも書かせて頂いているいずみちゃんだったので、受注した時とても驚きました。如何でしたでしょうか?
 一番難しかったのはローナの口調です。なにせ、私自身がめっぽう英語にウトイので、ちゃんと書けているのか(- -;) もっと魅力的な会話にできればよかったのですが、すみません。
 「ハニービー」は蜜蜂のつもりで書いています。いずみちゃんの見た目とのギャップを表わしたくて、使わせてもらいました。これくらいアルファベットで書けばよかったですね…。でも他でボロが出そうなのでやめています。

 これからふたりがどんな友情を育てるのか、ほんとに楽しみです♪
 反発し合うからこそ、互いに競いあって上を目指せる関係って素晴らしいですよね。やはり人生にライバルは必要です。ちなみに私のライバルは双子姉でした(笑)
 それでは、ご依頼ありがとうございました(*^-^*)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月29日

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