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『立てば直撃!座れば?バナナ…歩く背後は薔薇の花…? 』
西王寺・莱眞2441


 その悲劇は、突如として学園に飛来した。
いや、それを悲劇と呼ぶか喜劇と呼ぶか歓喜と呼ぶか、その辺は人それぞれだっただろう。
しかし少なくとも、本人にとっては”悲劇”であろうそれは…
まず朝早く学園に登校してきたある女子生徒に向かって飛来したのだ。
 女子生徒はしかし、その悲劇を受ける事は無かった。
カッッキーン!と甲高い音を響かせて、それは女子生徒を庇うように走りこんできた食堂の貴公子…
西王寺 莱眞の黄金の右手に素手でキャッチされる。
 まさか打球を素でキャッチするとは!と驚く間もなく、莱眞は女子生徒へ振り返りざま…
何故か足元に落ちていたバナナの皮を踏みしめ、盛大に後ろへとひっくり返ったのだった。
 彼の受けた球は後に”朝練中の野球部エースが投げ4番が打った甲子園出場を決定した名誉球”と呼ばれる事になるのだが、
今しがた地面に頭部にしこたま強打した彼がそんな事を知るはずもなかった。
あの莱眞ですら自分が庇った女子生徒の安否を気遣う間もないほどの衝撃で、彼の意識は真っ暗な世界に落ち込んでいったのだった。

☆☆☆

「やあ!おはよう!キミ達、その光る汗とその香りがとてもさわやかだね」
「―――は?」
 目を覚ました莱眞が、開口一番言ったのは…そんな言葉だった。
責任を感じた野球部のエースと4番が保健室に運び、付き添っていたのだが…
そんな二人に満面の笑顔で、莱眞はそう告げたのである。
 言っておくが、野球部のエースと4番と言えば、もちろん男子生徒である。
「キミのその泥にまみれた顔…とても美しい…まさに男の鑑だよ」
「―――あ、あの…」
「野球部かい?そうだ!ボクが応援団を結成してあげよう!心から応援するよ」
 キラキラとした輝きを背景に背負いながら莱眞は二人に告げた。
くどいようだが、エースも4番も男子生徒である。もう一度言う、”男子生徒”である。
「西王寺さん?もう気分は宜しいんですか?」
「やあ、美しいレディ…どうしてボクがここにいるのかわからないけれど、元気ですよ」
 カーテンをシャッとあけて覗き込んだ保健の先生に、莱眞はにこやかに微笑みかける。
そして立ち上がると、その手を取って口付ける仕草をして軽く挨拶をする。
「い、いつもの西王寺さんだよな…」
「ああ…学食で男子にはデザートのおまけを付けてくれない西王寺さん…の、はず…」
 男子生徒二人は、先ほど見たのは夢か幻だろうと思う事にして、
とりあえずその場を早いところ去ろうと立ち上がって、こっそりと保健室を出ようとする。
しかし…
「キミ達!よくおぼえていないけれど、キミ達がボクを運んでくれたんだよね?
ありがとう…!キミ達のその腕に抱かれて運んでもらえて、嬉しかったよ」
『………ぎゃあああああ!!!』
 少し恥らいながら二人に言った莱眞の言葉は、学園内の男子生徒にはとてつもない攻撃だった。
全身にトリハダを立てて涙を流しながら全力で保健室から逃げていく。
莱眞はきょとんとした顔をしながらも、そんな二人を手を振って見送る。
「―――さ、西王寺さん…あなた…」
「ソーリィ!レディ!実は先ほどから自分の名前以外をよく覚えていないんだ…良ければ教えてもらえないかな?」
 ひざまづいて恭しく保健医の手を取りつつ言う言動と行動は、
保健医の中に浮かんだ疑念を確信に変えるには充分なエレメントになったのだった。



 莱眞の事はすぐさま、上に伝わり、「今日は学食の仕事は休んで良し」の通達が彼に伝えられた。
それよりもむしろ上からは「はやいところ記憶を取り戻すように」とすら言われたのだった。
保健医の提案で、学園内を見てまわっていれば記憶も戻ってくるかもしれないという事で、
莱眞はその言葉に従い、今日は一日、学園の中を歩き回ってみる事に決めて保健室を出たのだが―――
「西王寺センセーおはようございま〜す♪」
「やあ!おはよう…おや?そのリップグロス…とてもセクシーだね?似合っているよ」
「もーやだァ!センセーったら!でもありがと〜v」
 廊下ですれ違った女子生徒はいつも通りの莱眞の挨拶に違和感無く通り過ぎて行く。
「おはよう!キミのその筋肉質な腕、とてもセクシーだね…憧れるよ」
「えッ?!」
 しかし、続けざまに歩いてきた柔道部の生徒にまでそう声をかけたものだから…
女子生徒は思わず驚いて立ち止まり振り返る。そこでは柔道部の生徒も真っ白に石化して硬直してしまっていた。
莱眞は恍惚とした表情で、袖をまくりあげているその生徒の腕を何度も撫でる。
背筋に寒いものが走り、女子生徒は全力疾走で教室に駆け込んだのだった。
悪い夢、これは全て悪い夢、まだ夢から覚めてないんだわ…そう思い込む事にして。
 しかしその女子生徒の努力は虚しく砕け散るのだが。
「そろそろホームルームが始まってしまうね?さあ、気をつけて行ってらっしゃい」
「う…ウッス!」
「そこのキミも遅れてしまうよ!ああ、その小麦色の肌…素敵だよ」
「―――?!」
 莱眞は登校してきた生徒手当たり次第に朝の挨拶を繰り返したのだ。
いつもならば、女子生徒限定で行われていたはずの恒例行事を…男女問わずに行ったのだ。
 ”どこかおかしい”と言う噂はあっという間に学園内を駆け巡る。
しかし、これまでの莱眞を知っていれば知っているほど、信じる事は出来なかったのだが。
 授業中は授業の邪魔だからと、莱眞は職員室や学食を見てまわって過ごす。
何故か職員達はみな目を合わせないようにと忙しいフリをしてなるべく相手にしないようにしたのだが、
この騒動を知らずにやってきた高等部の家庭科教師だけは思わず莱眞に声をかけてしまい…
「家庭科の先生ですね?お疲れ様です…灰皿が必要なら…どうぞ」
「は?!」
 ニッコリと微笑みながら、両手で差し出された灰皿を見て時の流れが停止する某教師。
その微笑は、莱眞が普段は女性にしか向けないような笑顔だったのだ。
他の教師達は、時間を止められるのが嫌で、なるべく遠巻きにその様子を見つめていたのだった。
 チャイムが鳴り休み時間に入ると、再び生徒達のいる場所へと莱眞は向かう。
ただ、女子生徒に対する態度だけ見ていれば、普段と変わらない”西王寺莱眞”なのだが、
ひとたび男子生徒に視点を変えてみれば、すでにそこに居るのは莱眞であって莱眞で無い”何者か”だった。
「危ないよ、キミ!廊下を走ると転んで怪我をしてしまうよ?」
「あ、いや…莱眞さん…何か悪いもんでも食ったんじゃ…って言うか手を放してください…」
 廊下で遊んでいた男子生徒の手を取り微笑む莱眞の姿。
背景に薔薇が見えるどころか薔薇の香りまで漂ってきそうな雰囲気のままで男子生徒と見つめ合う二人の姿…
身の毛もよだつ光景とはまさにこういう事を言うのだろう。
 ほとんどの生徒は遠巻きに様子を見守るだけで、あえて近寄ろうとはしなかった。
いや、近寄る事など出来るはずもなかった。誰も皆自分がかわいいのだ。
「さあ、授業開始だ!頑張って勉強しておいで!」
 そんな周囲の雰囲気を知ってか知らずか、いや知らないのだろうが、
莱眞はニコニコと生徒達の背中を叩きながら自分もどこかへと移動を開始するのだった。



 莱眞が拠点としている保健室に戻って休んでいる頃、
生徒達の間では莱眞の一挙一動についてのあらぬ噂まで広まっている始末だった。
例えば、『今日来ているのは莱眞の双子の兄で男好きの方』だとか、
『実は莱眞は宇宙人でとうとう正体をあわらして生徒をさらいにきた』だとか、
『元々男子好きだったのを必死で女性好きを装っていたせいでとうとうキレた』だとか、
『女性好きだけじゃなくて男性もイケル人だったんだわ!』とか。
それはもうありとあらゆる類の流言飛語。しかし何が不思議かと、そのどれを聞いても、
生徒が『莱眞ならありえる』と少し信じてしまっているところだったりする。
 しかし、莱眞がどうしてこうなったのかを知っている生徒達は…
どうにかしてこの状態を打破しないと自分たちの学校生活があやういと危機感を感じていたりして、
授業そっちのけで、対策会議を開いていたのだった。
「お前たち、いい事を教えてやろうか?アイツの記憶を取り戻すにはアレしかない」
「…って、先生?!いつの間に…それに、アレって?」
「記憶が無くなった時と同じショックを与えてやるってやつ」
「あ!そっか!そうね!私もそれがいいと思う!」
「野球部のエースのきみの豪速球で頭にヒットさせたらいいんじゃないか?」
「え!?俺に責任かぶれって言うのか?!」
まあ教師たちもなんとかしてくれる者がいるのなら任せようと見て見ぬフリをしているらしい。
むしろ、家庭科の教師が約一名、恨みを晴らすかのような思惑でご丁寧に提案まで残してく始末。
―――そしてその会議の結果…出た結論はやはり…。



「莱眞さんっ!」
「うん?やあ、キミはたしか今朝の…」
「貴方に恨みがあるわけじゃあありませんがっ…全校生徒の平和の為に協力してくださいっ!」
「何の事かわからないけれど、ボクに出来る事ならなんでも…」
「優しい西王寺さんなんか西王寺さんじゃないんですっ!いつもみたいに僕らには冷たくしてくださいっ!」
 放課後、校庭に莱眞を呼び出して涙ながらに語るのは朝の野球部員達。
その周囲を部活動の無い生徒達が取り囲むようにして固唾を呑んで見守っている。
「ボクがキミ達に冷たくだなんてとんでもない!ボクはキミ達と仲良くしたいんだ…ね?」
 さっと薔薇の花をどこからともなく取り出し、野球部の4番に差し出す莱眞。
もうこれ以上は限界だ!と、エースに目配せをする。
エースは人に対して神聖なボールをぶつける事を躊躇い戸惑いながらも、
そうする事で学園内の生徒や教師、果ては学園外の全人類の為にも自分がやるしかないと決心をする。
そして…
「ごめんなさいっ!必ず甲子園に行きますからっ!!」
 ひゅごっ、と音をたてて投げられたボールは…一直線に莱眞の額に進み、
重く鈍い音を響かせると同時に、莱眞はその場に大きく派手に倒れこんだのだった。
「ああ…良い…子は…マネ…しちゃ…だめだ…よ…?
 それが、”男女に優しい西王寺 莱眞”の最後の言葉だったという。

☆☆☆

「ん?どうして俺はこんなところで寝てるんだ?もう夕方じゃないか!」
「良かった!莱眞さんが目を覚ましたよ!」
「ああ、死んじゃったのかと思った…」
 がばっと飛び起きた莱眞は、自分が校庭の、しかも土の上に倒れていた事に気づき、
真っ青な顔をして立ち上がると身体についている砂を慌てて払い落とす。
さらに自分を囲んでいる野球部員達の姿を見て、さらに真っ青な顔をして頬を引きつらせた。
「大丈夫ですか?!西王寺さん!どこかいたいところとか…」
「小汚い手で触らないで貰おうか」
 心配顔でそっと手を伸ばしたエースの手を、莱眞はしかめた顔でササッと払いのける。
そしてその場から逃げるように小走りで移動して、こちらを見つめている女子生徒の視線に気づき微笑みかけた。
「やあ!レディ達!そんな顔をしてどうしたんだい?そうか俺の心配をしてくれていたのかな?
それてにしても驚きだね…確か俺はとあるレディを助けたと思うんだけど…
立ちくらみでも起こして倒れてしまって、夕方まで意識を失っていたのかな?」
「西王寺さん、おぼえてないんですか?」
「何の事だい?」
 莱眞はきょとんとした顔で女子生徒の顔を見る。その真面目な顔を見たところ…
どうやら、記憶をなくして奇行を繰り返していたときの事はさっぱり覚えていないようだった。
「と、とにかく!莱眞さんが無事でよかった!!」
「なんだキミは。気安く俺の名前を呼ぶんじゃない」
 朝からずっと、あれほど優しく微笑んでいた野球部員に冷たく言い放つ莱眞。
しかし、今の野球部員にはその冷たい言葉が嬉しくて懐かしくて思わずほろりと涙を流したのだった。
「―――なんなんだ…一体…」
 突然、涙を流す男子生徒に囲まれて、莱眞は恐怖すら感じながら一歩後退する。
「ま、知らない方がいいって事も世の中にはあるしな」
 莱眞の様子を横目で見ながら、家庭科教師はどこか嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべたのだった。
そんなこんなで、学園内を騒動の渦に巻き込んだ莱眞の記憶喪失事件は、
真相を知らない一部の生徒に妙な誤解だけを残したままで一応は解決の運びとなった。
 翌日から、事情を知らない生徒に奇異な視線を向けられて過ごす事になるのだが…
女子生徒に見つめられて、それはそれで幸せな莱眞なのだった。





☆完☆



※この度は発注ありがとうございました。(^^)
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますがもしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月29日

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