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『□■□■ 午睡の後に ■□■□ 』
旧式機械・ホの六番4281



 眼が、覚める。
 動かなかったはずの身体に感覚があるのを訝り、彼女は軽く腕を上げた。どうにも視界が狭い、何かで塞がれているように。上げた右手は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。怪我などしただろうか――ぼんやりと霞みの掛かった思考のまま、辺りを見回す。
 見知らぬ男が傍らに立ち、彼女を見下ろしていた。
 自分は床についているらしい。そんな事を今更に認識していると、男が声を掛けた。

「……起きたか?」
「……寝ている」
「そうか、起きたか」

 突っ込みナシかよ。
 軽く痛む頭を支え、彼女は身体を起こす。簡素な着流しに包まれた身体をぼんやりと見下ろし、込み上げて来た欠伸を逃がした。ぼりぼりと後頭部を掻くと、真っ黒な髪が顔に零れかかってくる。
 はて。髪が黒いのは何故だろう。
 そもそも、自分はなんだったか。ここは、どこだったか。
 薄呆けた記憶を手繰り寄せるように顔を顰め――彼女は、バッと自分の身体を見回した。腕、身体、まるで若い娘のような肉体。右腕は包帯で巻かれ血に染まっているが、それは些細な問題である。髪。引っ掴んだそれは長い黒髪だった。艶やかに零れるそれに、彼女は瞠目する。そして――

「ッへぶら!?」

 傍らに立つ男に、まずは思いっきり飛び蹴りを食らわせた。

「おお、随分派手に思いっきり血ィ吐いとるな、これは本当に痛そうじゃ――と言う事は、夢ではないということか!? ああ!?」
「げ、げふッ……ちょ、待て、普通は自分の頬とか抓るものじゃッ」
「そんなことしたら痛いじゃろーがタワケ! と言うか貴様は何者じゃ、むしろわしが何者じゃ!? 記憶が正しければわしは昨日辺りに臨終したはずじゃぞ!?」

 男に掴みかかり、彼女はその襟首をがくがくと揺さ振った。そうだ、自分は昨日辺り死んだ、はずだ――齢も九十を超えた大往生、人の倍は軽く生きた。皺だらけの腕、薄くなった白い髪で、自分は眼を閉じ永遠に開かなかった。身体を離れ、さぁて物見遊山じゃ天国地獄どっち行こうかなー、と三途の川を御機嫌にクロールしていたはずが――そう、何かに呼ばれた。
 呼ばれたとは言っても、名前を呼ばれたわけではない。だが、身体が引き付けられた。読経のような、しかしそれとは明らかに異なる音律。それが足を絡め取り、彼岸に渡ろうとしていた彼女を此岸に連れ戻した、ような気がする。いやもうよく憶えてないんだけど臨死体験なんて。

「ちょ、待て、待った待ったホの六番!」
「なんじゃいそりゃあ! わしにはちゃんと名前が、な――――あ?」

 揺さ振っていた男の身体をぼたっと落とし、彼女は唖然とする。
 思い出せない。
 臨終の床。三途の川でクロール。
 それ以上前の事は?
 例えば、子供の頃のこと、それから、父母のこと、夫の事、子供、孫の、こと――
 そんなものが居たのかすら思い出せない自分に気付き、愕然とする。

「や、っと、落ち着いたか……ホの六番ッ」

 ゲホゲホと咳き込み、酔ったように身体をよろめかせていた男を、彼女は再び豪快に掴みあげた。とても細腕にあるとは思えない力が発揮されているが、そんな事はどうでも良い。今のところ。後で気にしよう、それは。

「こら若造、何事じゃこれは。わしの名前は何じゃ? ちゅーか本当に、何がどうなっておる?」
「名前が思い出せんのは、一旦魂が身体から離れた所為だな――肉体に宿っていた記憶が失われたんだろう、お前さん三途の川に入っていたんだろう? その所為で、大部分の記憶が洗い流されちまったんだろうな。取り敢えず締め上げるの止めてくれ、そろそろ頚動脈が逝く……ッ」
「そうじゃ、わしは三途の川に――死んだはずじゃ。なのに今はこんな娘の身体に入っておって、オマケに見知らぬ男が傍らで見下ろしておった。これで突っ込みどころが無いわけがなかろう、貴様、何者じゃ? わしは――何者じゃ」

 やっと地面に足を下ろした男が息を整え、咳払いをする。青い顔をしていたのを振り払うように真面目な顔を作ってみせる様子すらもじれったい。彼女は苛々と足を鳴らす――と、男の手が彼女の肩を押し、先ほどまで横たわっていた寝台に座らせた。締め上げ予防だろう。

「お前さんが誰かは俺も知ったことじゃないが――俺はまああれだ、妖術師と言う奴だな」
「知らんわそんなもん」
「……えーと、まじないごとで生計を立ててます」
「左様か。で? どーゆーことじゃ、コレは。よく見ればわしの身体、生身ではあるまい」
「お、おっほん。えー、仕事の役に立つもんを作ろうと思って生きたカラクリを作っていてな。そこらで反魂に引っ掛かった魂を人形にいれたら、丁度お前さんだったということだ」
「結論は?」
「えーと、お前さんの魂は人形に入っている状態です」
「出さんかい」

 げしッ。
 鳩尾に右ストレート。カラクリの身体、出力は通常の人間の三倍となっております。
 げほげほと咳き込む妖術師にもう一撃、と思ったところで、彼女の腕が軋んだ音を立てた。右腕にだけ巻かれた包帯、その狭間から零れる血の量が増す。やばい、と思ったところで、妖術師がぺしッとその腕を叩いた。
 手に握られていた札が肌に張り付き血を吸う、と、出血が止まる。ほぅ、息を吐いて、彼女は再び男を見上げた。

「人形の癖に出血するとは何事じゃい、不便な――こんなサービス機能なんぞいらんではないか、出血大サービスと掛けてでもおるんか?」
「い、いや……その、人形作りに失敗しててなー」
「……は?」
「や、もう右ストレートはお腹一杯だから出すなよ!? その、作ったは良いんだが、どーも血が止まらんでな……術の掛かった包帯で巻けばある程度の出血は押さえられるんだが」
「そんな不良品にわしの魂を突っ込んだんかい!?」
「や、だって材料費勿体無かったんだよ! これのために向こう一ヶ月分の食費使ったんだぞ!?」
「微妙に安くさいんじゃボケぇ!」

 べしゃッ、と男の脳天に踵落としが決まる。
 ちなみに取り外した足を頭の上から落とすという荒業。

「そ……そう、そんな感じに身体を取り外して操作出来るギミックも付けてみました……」
「床にめり込みながら言うことがソレかい。材料費浮かせて間接の辺り保護しとらんかっただけのよーな気がするんじゃがな」
「そんな本当の事言われたら切り返しが……」
「本当の事なんかい!」

 第二撃の踵落とし。
 いやあ、激しいですね。

「ちゅーかとにかくここから出さんかい。わしは三途の川耐久水泳中じゃったんじゃ、お隣のトメさんと熾烈な争いを繰り広げとった気分なんじゃ」
「いい加減記憶が混濁して来てるな……だが無理な話だぞ、一度憑依が済んだらそうそう依代から引き剥がすなんて出来るもんじゃないからな」
「次、何処にくれてやろうか」
「暴力反対核兵器廃絶、恒久平和主義の世の中です!」
「知らんわそんな三百年も後のこと!」
「い、良いじゃないか別に! 結構便利な身体じゃないか! 色々出来るんだぞ、出血大サービス付きなんだぞ! 食費一ヶ月分なんて高級さ!」
「人生にも世界平和にもなんの役にも立たんサービスばっかりじゃな! うぅむ……まあ、出られんのなら、仕方ないかの」

 ひょい、っと彼女は脚を接続し、身体を起こした。男は後退りする、再びの攻撃を警戒しての事だろう。だが彼女は彼の横を通り過ぎ、さくさくと玄関に向う。

「あ? お、おい、ホの六番?」
「どーもまだ身体の調子が掴めんのでなー、散歩がてらに少々運動してくるとするわい。夕飯までには帰るから、しっかり用意しとくんじゃぞ」
「え、ちょっ」

 ガラッ。戸が開き、開く音。男は立ち尽くし――

「ひぎゃあぁあああ!!」
 どんがらがっしゃん!
「ば、化け物ーッ!!」
 ずがずがずがずがッ!
「た、助けて、おかーさーん!!」
 ごごごごごごごごごっ!
「終末の時だ、一九九九年の約束の時だーッ!!」
 ずがごがッごいーんっ!
「キャーッ空が、空が落ちてくるーっ!!」
 すてぽてちーん。

 玄関、開けたくねぇ。

「ほー、なるほど、こーゆー機能があるんじゃのー……ふむふむ。中々に便利なもんじゃなー」

 彼女――ホの六番は、軽く腕を振るった。纏わり付いていた、何かもやもやとした感覚が飛んでいくような錯覚。するとその先には炎が生まれていた。次々と民家を焼き払うが、彼女は特に気にした素振りが無い。妙な現世への連れ戻され方をした所為か、その感覚の大部分がまだブッ飛んだままの状態だった。
 切り離した手足に炎を纏わせてそこら中に放てば、さらに延焼して行く。少し扱い勝手の悪い不良品の右腕を振るえば、そこから真空の波が生まれた。所謂鎌鼬である。次々と村を破壊しながら自分の身体の性能を確かめていく彼女には、人々の阿鼻叫喚など何処吹く風と言う状態だった。

 中々に便利だ。
 中々に、楽しい。
 ひひひ、と笑いを漏らし――彼女は両腕を振るう。

「こ、こらこらこら、何をやってんだお前は!!」
「んぁ? なんじゃい若造、年寄りに散歩もさせん気かえ?」
「これは散歩じゃねぇえー!!」

 村、全壊中。
 この場合彼の突っ込みはどこまでも正しい。

「お前さん、感覚が戻ってないのか!? 感情とかそういうもん、どこに忘れて来た!?」
「さてなー、三途の川辺りではないかのー……何、気にするでない、わしはもーちょっと歩き回ってこの村を見物してから帰るでなー。夕飯はけんちん汁じゃぞー」
「見物する所なんか既に焼き尽くされてるだろうがーッ!!」
「なんじゃ、面白味の無い村じゃのー」
「いい加減にしろーッ!!」

 ばばばばばッ!

 妖術師は懐から札を出し、彼女を目掛けて投げ付けた。

「年寄りに……何をするかぁッ!!」

 腕が振られ、繰り出された火炎がそれを焼き払う。火が彼女の視界を覆った、と――
 その火炎を突き破って、妖術師が突っ込んでくる。
 腐っても妖術師、火炎封じの札を身に付けていたらしい。

 彼女が何かを言うよりも先に、妖術師はその額に札を貼り付けていた。

 力が奪われる。
 意識が奪われる。
 自由が奪われていく。

 落ちていく思考の中で、彼女は、川を見た。
 渡り損ねた川の幻。
 その中では。
 競争相手のトメさんが、見事に耐久レースを制した姿が見えた。

「わしは――リタイヤなど、しとらん、のに……」

■□■□■

 世界は暗かった。
 眼を覚ます。どれくらいぶりだろう、腕を上げれば、相変わらず包帯まみれの右腕が見えた。血が流れ続けていて、その所為で着物は汚れきっている。少し気持ち悪いが、どうせ人形の身、気にすることもない。彼女は身体を起こし、自分の額に手を当てる。
 劣化し、虫食いの挙句細切れになってしまった札の残骸が、掌に付いた。

「はて――なん、じゃったかのう……」

 ふらふらと、戸を開ける。
 自分はどうやら、どこかの社に安置されていたらしい。
 外には灰色の空が広がってた。細長い箱のようなものがいくつも聳えている光景は、まるで異世界の様相である。車輪の付いた箱が走り回り、見慣れないものばかりが満ち溢れていた。
 だが、よく見知ったものもあった。
 人間。

「人は、変わらんもんじゃのう……」

 あふ、と彼女は欠伸を手で覆う。
 渡り損ねた三途の川に戻る日は、まだまだ遠い。




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 初めましてこんにちは、ライターの哉色戯琴と申します。この度は発注頂きありがとうございました、早速納品させて頂きます。
 キャラクターにとって初めてのお話なので、これからの性格がこれで決まってしまうんだろうな、と、どきどきしながら書いていたのですが……どんな感じでしょうか。
 大分コメディ寄りになってしまっていて全然ホラーしていなかったり、明らかに歴史を無視していたりで好き勝手やってしまっていてほとほと申し訳ないですが、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。
 それでは、失礼致します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
哉色戯琴 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月28日

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