▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『振り返り、揺らめく黒髪 』
水上・操3461

 その神社に相談に行けば、大抵の悩み事は解決して貰える。そんな噂がまことしやかに流れ始めたのはいつの頃だったろうか。それ故かいつからか、八代神社には様々な相談事が持ち込まれるようになった。その大部分は、何かの勘違いだったり思い込みだったりするのだが、中には勿論、そうでない相談事も混じってはいる。
 今回の相談事も、そんな中のひとつなのであった……。


 その日、八代神社を訪れた女性を見た途端、操の眉が僅かに潜められた。細い声で挨拶をし、早速話し出そうとする女性を制し、操は一旦奥へと引っ込んだ。不思議そうな顔でその背中を見送った女性だったが、戻って来た操が、お盆に二つのマグカップを乗せている事に気付き、目を丸くした。
 「あ、あの……」
 「どうぞ、ココアです。落ち着きますよ。少し甘めですけど、疲れている時はこれぐらいの方が美味しいと思いますよ。…最近、良く眠れてないんじゃないですか…?」
 穏やかな声で操は言い、女性の目の下に出来た隈を見た。元より華奢な体躯の持ち主らしいが、今は肉体的にも精神的にも疲れている所為か、見た目以上に儚い印象がある。女性は、操の気配りに礼を告げ、温かなマグカップを持ち上げ、ココアを啜る。そうして人心地付いたかのように溜息をひとつ零すと、カップを両手で包み込んだまま、静かな声で事情を喋り始めた。

 「二ヶ月ぐらい前からの事だったと思いますが…私の身辺で妙な現象が次々に起こるようになってしまって……」
 「二ヶ月ぐらい前から、と言う事はそれ以前にはそう言う怪奇現象は無かった、と言う事ですね。怪現象が起こるのは、自宅に居る時だけですか?それとも、違う場所でも?」
 女性は、操の最初の確認には頷く事で肯定の意を示し、続く問い掛けには緩く首を傾げて思い起こしていたが、やがてゆっくりと首を左右に振り、
 「いいえ、他の場所では何も。私が、自宅に居る時にだけ、奇妙な現象は起こっています。…そう、私が家に居る時だけ…なんです……」
 操からの質問に答えている間に、女性はその事実に気付いたようで、改めて小さく体を震わせ、己の身の回りに起こっている何かが己自身に起因するものらしい事に怯えた。操は、片手をそっと女性の肩の上に乗せる。その感触に俯いた顔を上げ、操の瞳を見つめ返した女性は、そこにある穏やかで優しい光に思わず泣き出しそうになる。にこり、と操は口元で笑みを作り、小さいながらも力強く頷き返した。
 「心配しないで。大丈夫、きっと私が何とかして差し上げます。だから、そんなに抱え込まないで下さいね…」


 女性の身の回りで起こる怪奇現象と言うのは、突如音が鳴ったり光が弾けたりするラップ現象であったり、誰も居ないのに人の足音や気配を感じたり、深夜、金縛りにあったり床から伸びてきた手に足首や手首を掴まれたり…と言った、良くありがちな心霊現象だ。通常、そう言った現象は、その土地の由縁――昔そこに墓地があったとか刑場であったとかそこで何か不幸があったとか、或いは単純に霊道の通過点であるとか――が深く関わってくる事が多いのだが、女性の証言ではこれらの心霊現象は二ヶ月程前から唐突に始まったらしい。そうすると考えられる原因は、人為的な何かであろう。だがあの女性は、他人から恨みを買っても致し方ないような人物と言う訳ではない。話した印象では、彼女は極々普通の女性で、あやかしに好かれるようなたちでもなかったので、操は、何か嫌なものを、彼女の家を訪れる前から感じていたのだった。

 簡素な住宅街の中にある一軒家、それが女性の自宅であった。気脈の流れも霊道も、その家に悪い影響は与えていない。ただ少し、家相として悪い方向に玄関があったり水場があったりはするが、それも心霊現象を引き起こす程のものではない。密かに眉を潜めた操は、女性に断って家の周りを廻ってみる事にした。
 「……あった」
 小さく呟き、庭の一角でしゃがみ込む操。その手が拾い上げたのは、小さな石の欠片だ。
 【呪術の印が結んであるやん】
 どこかから声が聞こえた。
 【ほんまや。しかもこれ、相当たち悪ぃもんやで】
 さっきのとはまた違う声がする。操は、それらの声に不審がる事は一切なく、手に持った石を無造作に裏返してみる。
 「…だが、肝心の印がしっかりと結べていないわ。それで効果が中途半端になっているのね」
 操が、ほっと安堵の吐息を漏らした。どす黒い墨のようなもので書かれた石の上の文字を、指先できゅっと擦って一続きの線を途切れさせる。そうすると、それまでそこに籠められていた怨念が、声にならない断末魔の悲鳴を上げながら、霧のように瞬く間に消えてしまった。
 「籠められた恨み辛みだけは一人前ね…」
 【やけどこれ、どう見てもトーシロの仕業やしなぁ】
 【術師の仕事やあらへん、こんなええ加減なの】
 声達に頷き、操は更にその周辺を探ってみる。すると、家の周囲のそこここから、さっきの石と同じように呪いの術が施された木片やら紙片やらがごろごろと見つかった。そのどれも、術の掛け方が中途半端で完全には用を成していない。尤も、この術者自体に能力がある訳ではないらしく、例え呪術の施し方が完璧でも、目的は達せられなかっただろう。だから、単なる心霊現象だけで済んでいたが、もしこれがそれなりの力を持った術師であったならば、あの女性は確実に命を失っていただろう。
 「…許せない」
 ぽつりと呟く操の言葉、それは短いものであるが故、彼女の気持ちと気迫が存分に篭っていた。


 「…大丈夫でしょうか……」
 部屋の真ん中で女性が心配そうに両手を揉み合わせる。その傍らには操。座った彼女の周りに、防護の結界を張っている最中であった。
 「大丈夫ですよ。この結界から出さえしなければ、あなたの姿は相手には見えませんから。ですから、もし多少恐い思いをされても、頑張ってここから出ないで下さいね?」
 私を信じてください。そう言って操がふわりと笑う。その笑みは優しく穏やかなものであったが、その内面に強い何かを包括しており、それを見た女性は、虚勢ではなく、心から自信を持ってこくりと頷いた。

 こつり。どこかで何かが転がるような音がした。操の瞳の表情が一瞬にして厳しいものになる。それを見た女性は、我知らず背筋を冷たいものが走った気がした。今まで、自分の前では操は、常に穏やかで優しい空気を漂わせており、たった今のキツい瞳の光はまるで操を別人のように見せたからだ。す、っと操は音もなく立ち上がり、周囲に意識を張り巡らせる。さっきの音は、操が相手に気付かれぬようにこっそり張った符術によるトラップが発した音だ。生きた人間以外の何者かがそこを通過した時に、小さな音を鳴らして知らせるようにしておいたのだ。
 「……来ます。落ち着いて。大丈夫、私を信じてください」
 瞳の光は未だ厳しいものながら、いつもどおりの穏やかな声で操が言う。女性が無言で頷くのを確認すると、操は両腕のブレスレットを、瞬きの間に『前鬼』と『後鬼』の姿に戻した。
 【来るで来るで〜】
 【ボクらの出番やねぇ〜】
 「…来たわ」
 静かな操の声を合図にしたかのよう、この部屋の扉が音もなくすぅっと開いた。途端、そこから激しい風が室内に吹き込み、操の黒髪を派手に舞い上げる。女性が悲鳴を飲み込み、結界の真ん中に四肢を折って竦んだ。
 うぉ…おおぉ…っおぉ…―――……ぉお…………
 そんな、人とも獣とも知れぬ慟哭が響き渡る。だがこれは、人の聴覚に訴えてくるものではない。叫びと共に、何かがずるりと室内に入ってくる気配がした。
 操は眉ひとつ動かさず、片手で印を結んで部屋の隅へと投げた。その印が光を帯びながら落ちていくと、ある一点で何かに吸い込まれるように、そこにあったものと一体化する。そうして、部屋の周囲をぐるりと囲む封魔の結界が完成した。先程、今回の張本人をここに誘き寄せる為に、未完成のままで放置しておいたのだ。逃げ場を失って苦しみ、のた打ち回る霊体。それはどうやら生霊であるらしい。まだ生きている人間の、強過ぎる想いが悪い方向に歪んで表に出てきてしまった、生霊。大概の場合、本人は、己が生霊化している事には気付いていない。
 「…それでも、人に危害を及ぼそうとしている事には違いないわ」
 淡々とした操の声、振り上げた『前鬼』を、何の迷いもなく打ち下ろす。一刀両断にされた生霊は、断末魔の叫びと共に、激しい高熱で一瞬に蒸発する僅かな水分のよう、瞬く間に消えてしまった。残留思念か、生霊の、女性に対する甘い想いが、操の斜め後ろで僅かにたゆとう。それを操は、そちらを振り向きもしないで、斜めに薙ぐ『後鬼』で切り捨てた。
 【情け容赦ないなぁ】
 揶揄うような声に、操は表情ひとつ変えずに言った。
 「情けってのはね、心あるものに掛けるべきものなの」


     これが本当の都市伝説!?薬物中毒か或いは原因不明の急病か

 そんな見出しが、電車の中の車内吊り広告で揺れていた。某雑誌のトップ記事らしく、ドラマティックに書きたてられたその内容はと言うと、とある独身男性が自宅で意識不明の廃人になって発見されたのだが、その原因が全く判らない、と言うものだった。更に調べたところによると、この男性の部屋から大量の隠し撮りの写真、盗み出したと思われる女性の下着や衣服などが大量に見つかり、また盗聴器等の不穏な小道具も多数発見され、どうやら近所に住む一人の女性を長年にわたってストーキングしていたらしかった。勿論、その事実と男性が廃人になった事が関係あるのかどうかは不明であると書かれていたが。

 学校帰りの操は、その記事をちらりと眺めるも、全く興味が沸かない様子で素知らぬ顔で通り過ぎる。手首のブレスレットが何か言いたげに乾いた音を立てた。
 「……知らないわ」
 独り言のように操が素っ気無い声で答える。そのまま、靴音も立てないで静かにその場を去っていった。


おわり。


☆ライターより
 いつもお世話になっております、碧川桜です!シチュノベのご依頼、誠にありがとうございます。そして相変わらずですが、納品がぎりぎりになってしまって申し訳ありません(平身低頭)
 被害者の女性と思う彼女と犯人に対する彼女、口調の違いも含めてこのような形で落差を表現してみましたが如何だったでしょうか?多少なりともお気に召していただければ幸いです。
 ではでは、またどこかでお会いできる事を心からお祈りしています。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.