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『吼狼 』
流飛・霧葉3448


 ザア、と竹が揺れる。風が竹の葉を摘み取り、刀を持って佇む流飛・霧葉 (りゅうひ・きりは)に振りかけた。霧葉はそれをジッと見る。
 竹の葉が霧葉の目の前を舞う。瞬間、ひゅっと風を斬る音とともに、幾枚の竹の葉が斬り刻まれた。浮力を斬られた葉は力なくパラパラと地に落ちる。
 それを確認した霧葉は研ぎ澄ましていた神経を緩め、軽く息をついた。

 ザワ、と竹が揺れる。

 途端、霧葉は先程抜いたばかりの意識をまた研ぎ澄ませ、いつでも抜けるように刀に手をかけた。カキリと鍔が鳴り、霧葉の周りに緊張が走る。
 何か、いる。
 竹が揺れた瞬間、微かに、だが確かに人ならざるものの匂いを感じた。霧葉は鋭敏な意識で、回りを探る。
 と、後ろでガサリと何かが動き、霧葉は即座に抜刀し、今動いたものに刃先を向け、そして目を見開いた。
「犬……?」
 そこにいたのは灰色の毛を持つ、中型の犬だった。
 犬は刃先を向けられても怯える様子もなく、黒曜石のような静かな瞳で霧葉を見ている。
「どこの犬だ? 逃げ出してきたのか?」
 言って、霧葉は構えを解いて刀を鞘に収めた。犬はじっと霧葉を見つめたまま、動こうとしない。
 よくよく見れば、犬はあまり立派な犬種とは思えなかった。おそらく雑種だろう。毛はボサボサで、足は長いが身体が細く、目がやけに鋭い。あまり飼い犬に向いているとは思えない犬だ。
「もしや、山犬か?」
 捨て犬が野生化し、山犬となるのはよくあることである。放っておけば家畜を襲うものも出てくることも知っている。だが、この村の近くで山犬が出たという話は聞いたことがなかった。だから霧葉には恐れよりもまず、珍しさが先に立つ。
 霧葉が近づいても山犬はピクリとも動かなかった。それを良いことに霧葉はジロジロと山犬を見回す。そしてふと山犬の足元に目をやり、眉を顰めた。
「おまえ、怪我してるじゃないか」
 山犬の左前足が赤く染まっている。流石に逃げるかと思いながらしゃがみ込んで手を伸ばすが、それでも山犬は少し顔を霧葉に向けただけで動かなかった。霧葉はそろりと傷口に指を触れる。
 傷は、何かに咬まれたかのようについていた。その一つを目を眇めて見ると、幅の広い三角形のようなものに咬まれているのが判る。こんな形の傷は動物の牙などでは有り得ない。明らかに、人間の作った罠によって出来た傷だ。
 霧葉は一つ溜息を付いて立ち上がり、くるりと後ろを向いた。そして肩越しに山犬を振り返る。
「ついて来い。手当てしてやる」



 山犬は人懐こいのか、素直について来た。
 家に着き、玄関先に霧葉が包帯やら傷薬などを持ってきて手を差し出すと、山犬が傷ついた足をそこに置く。お手とも言っていないのに賢い犬だと、そんなことを思いながら霧葉は傷口の周りの毛を短く切り、ぬるま湯で傷口の血を拭うと、薬をたっぷり塗ったガーゼを当てて包帯を巻いた。傷薬は人間用のものだったが、動物も人間も大した違いはないだろうと、霧葉は勝手に判断した。
 間近で見ると、山犬の毛は最初黒だったのだろうことが判った。灰色の中にちらほらと健康的な黒色が混じっているのが見える。犬も年を取れば毛が白くなっていく。山犬は、大分年を取っているようだ。
 それでも傷口は見た目より深くはないようだった。ここまでの道も足を引き摺る様子もなく、しっかりと歩いていたから、筋も傷ついてはいないようだ。
「まあ、二・三日大人しくしてれば良くなるだろ」
 言って、包帯を巻き終わった霧葉は山犬の頭を優しく撫でた。山犬はその手に目を細め、霧葉の腕に頬を擦り付ける。それに霧葉は少し目を丸くしたが、やがて口元に笑みを浮かべた。



「豚肉、それ一つくれ」
「お? なんだい、霧葉ちゃん。豪勢だねぇ?」
 馴染みの肉屋、と言っても肉屋は村に一つしかないので馴染みになるのは当たり前なのだが、そこに来た霧葉は固まりになっている豚肉を指差して店主を呼ぶ。呼ばれた店主は普段少ない量でしか買わない霧葉に珍しいねぇと首を傾げた。
「俺が食うんじゃない。犬がな」
「犬? 霧葉ちゃん、犬買ったのかい?」
「いや、怪我した山犬を拾ったんだ。野生の山犬に、ドッグフードを食わせるわけにもいかんだろう」
「あっはっはっはっは。まぁ、そりゃそうだ」
 そう笑って、店主は豚肉を紙で包むと袋に入れて霧葉に渡す。金を渡して袋を受け取ると、店主は少し多目にお釣りを返してきた。早く怪我が治るといいねぇ、そう言って笑う店主に霧葉は軽く微笑んで、肉屋を後にする。
 家に帰ると、縁側で山犬が寝そべっていた。ボサボサだった毛は霧葉が軽く洗って梳かしたお陰で見違えるように綺麗になっている。
 霧葉は豚肉を冷蔵庫に入れると、山犬の横に座った。さわさわと風が部屋に舞い込み、霧葉の髪と山犬の毛を梳いていく。
 暫くそうやって風の撫ぜるままにしていると、玄関の方に何やら賑わしい声が聞こえて来るのに気づいて、霧葉が立ち上がった。山犬は、それをちらりと見上げると、ゆっくりと起き上がる。
「霧葉ー! 犬飼ったんだってー?」
「見せろー!」
「おまえらか、うるっせぇなぁ。飼ったんじゃねぇよ。怪我の手当てしただけだ。てか何で知ってんだよ」
「さっき、肉屋のおっちゃんに聞いた」
「入っていいー?」
「おーい、犬ー!」
「おい、勝手に入るんじゃねぇ、ガキども」
 ずかずかと家に入ってきたのは、近くに住む小学生三人兄弟だった。前に一度、その母親に頼まれて、霧葉が末の赤ん坊の世話を頼まれたときから大層霧葉に懐いたらしく、たまにこうして遊びに来ることがある子供たちである。三人は霧葉の声を無視して、バタバタと縁側のある部屋まで走っていく。こりゃあの人懐こい山犬は大変なことになるだろうなと思いながら霧葉も三人についていくと、三人は部屋の中をぐるぐると見渡して、拗ねたような顔で霧葉を見渡した。
「あれー? 霧葉、犬はー?」
「あ? 縁側にいんだろうが」
「いないよー?」
 言われて霧葉が縁側に目を向けると、確かに霧葉が玄関に向かう前はそこに寝そべっていたはずの山犬の姿がなかった。霧葉は首を傾げて、三人を見る。
「おまえらがうるさいから、どっか逃げたんじゃねぇ?」
「えー? なんだよそれー」
「ほら、もういねぇんだから帰れよ、おまえら。俺はこれから飯作るんだからよ」
「ずりぃー、霧葉、俺も犬欲しいー」
 それが本心かと苦笑しながら、霧葉は三人を追い返すと、縁側に戻って溜息をついた。山犬が逃げたのかどうかは判らなかったが、まあもし帰ってきたら肉をやるとして、帰ってこなかったら冷凍保存して後で使おう、なんてことを考えながら着物の袖を紐で結ぶと、ざぁっと風が吹いて、
 目の前に山犬が現れた。
 反射的に霧葉は刀に手をかける。縁側を下りてすぐの庭に佇む山犬はそんな霧葉を見て目を細めると、包帯の巻かれた左前足に鼻を近づけ、上目遣いに霧葉を見つめた。それはまるで、手当てをしてもらったことに感謝の意を示しているかのような仕草で、霧葉は刀にかけた手をゆっくりと下ろす。
 そして山犬は顔を上げると、また霧葉をじっと見詰めて、空を見上げた。

 ウオォォン。

 腹に響くような力強い声が霧葉を包む。山犬は一声吼えると、再び風と共に姿を消した。後に残ったのは数枚の竹の葉と、山犬の声の力に微かな痺れを感じている霧葉のみ。
「あいつ……山犬じゃなかったのか……」
 呟いて、霧葉はにやりと笑った。庭に下りて、落ちていた竹の葉を拾うと、霧葉の心に静かな高揚感が満ちていった。



「あ、しまった。肉をやりそびれたな」
 落ちていた竹の葉を全部拾い、水の張った透明な器に入れて「和風インテリア」などと言いながら玄関に置いた後、霧葉はキッチンに立ってはたと気づいた。
「まあいいか。冷凍保存してー……」
 呟きつつ霧葉は冷蔵庫を開けると、少し苦味の入った声であの野郎……と毒づいた。
「きっちり食って行きやがった……」
 冷蔵庫に入っていた肉は、跡形もなかった。









★★★

二度目の発注、有難う御座います! 緑奈緑です。
今回は正直ちょっと難しかったです。狼の資料をめちゃめちゃ探してしまいました(汗)。なので、PLさまの期待に添えているかどうか心配です(滝汗)。
ほのぼのってことで、妙なオマケもつけてしまいましたが(笑)如何でしたでしょうか? 笑って頂けたら嬉しいです(苦笑)。

そう言えば今回はちょっとだけ霧葉さんのアクションが……ホントにちょっとだけでしたが(笑)。刀キャラが竹林で修行しているのは大好きなシチュエーションなのです! いいですよね、竹林!

ってことで、ちょっと締め切りギリギリで焦っている緑奈緑でした!

★★★
PCシチュエーションノベル(シングル) -
佐伯七十郎 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月25日

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