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『名探偵 』
ぺんぎん・文太2769

 ファンファンファン……
 夜のしじまに響き渡るサイレンの音が途切れ、回転する赤色灯の光が周囲を赤く染めていた。知らせがあってから僅か5分、最初のパトカーの到着には無難な所だろうと草間 武彦は一人思う。
「貴方が発見者ですか?」
「ああ、そうだ」
 パトカーから降りて来た警察官にそれだけ返すと草間はクイッと顔だけで自分の後ろを見る様に指示すると、徐に煙草を取り出し火を点けた。
 草間の後ろ数メートルの位置に男性が倒れていた。失血等の痕跡は無く、ただ倒れ伏しているだけなのだが、その命は最早失われていた。
「発見した時には既に息が無かった。まあ、こんな所俺も用事が無ければ通る事も無かったろうが、人通りがまるで無い。他に目撃者が居るかどうか微妙な所だな」
 告げる草間に警察官は訝しげな視線を投げかけている。
「随分と手慣れておられる様ですが、そう言った事に経験が?」
 問われて草間は懐から名刺を取り出すと警察官に差し出した。
「草間 武彦……しがない探偵だよ」
 何処か自嘲気味に笑んだ口元から、煙草の灰がポロリと落ちた……

「やれやれ、物騒な事だな……」
 草間の隣に並んだ男が現場を眺めながらポツリと呟く。そんな様を見ながら、草間は苦笑いを浮かべると黙して現場を見詰めた。
 事件現場には鑑識が到着し、現場の保存と調査を行っている真っ最中だ。男の持ち物から男の身元は既に判明しており、遺族への連絡や同僚への聞き込み等各方面での捜査も始まっていた。
「突然死と考える方が妥当か?」
「まあ、今迄の話からするとそうでしょうね」
 聞き込みにより、男が高血圧症である事は判明していた。後は、遺体を監察医に預け調べれば分かるだろうと隣の男は言うが、草間は腑に落ちないのか未だ現場を見詰めている。
 ペタ……ペタ……
 不意に聞こえた奇妙な音に、草間が其方に目をやればそこに居たのは一羽のペンギン。桶を左手に抱え何やら男の遺体周辺をうろうろと見て回っている。桶からはみ出した手拭に、『文太』の文字を見た草間は隣に居た男を肘で突付く。
「あれは?」
「さぁな、迷いペンギンだろ?まっあの程度なら支障はないし放って置くさ」
 男の答えに苦笑いしながら草間は再び視線を文太と思われるペンギンに向けた。しきりに文太は男の周囲をペタペタと回り地面を見詰めていた。時折腰を落としてはジッと地面を見詰めたかと思うと、空いている右手で地面を払ったりと奇妙な行動を見せる。
『何をしているんだ?あのペンギンは……』
 草間は興味を覚え、ジッと文太の動向を見守る。文太は先程から全く同じ行動を繰り返している。男の周囲を回っては時折腰を落とし右手で地面を払う、ただそれだけを繰り返していた。
 暫くそうしていた文太だが、徐に桶の中に右手を突っ込むと一本の煙管を取り出し、カキカキと火打石で火皿に火を点けると、真剣な表情で男を見詰めながらホワァと紫煙を吐き出す。その様を見て、草間はある探偵を思い出す。あの有名な探偵をだ……
『まさかな……』
 そう思った矢先、文太は煙管をしまい込むとペタペタととある一点に向かい歩を進めた。倒れこんだ男の死体から前方へ離れる事2M弱の場所で、文太は同じ様にペタペタと辺りをうろつき地面を見詰めている。そこに何も無いと分かると今度は、右側の場所へ……そこでも何も無いと分かると今度は左側へと文太は移動しながら地面を見詰め続けていた。
 何も無いと分かった文太は、今度は男の後方へと移動しながら地面を見詰め続けていたが、ピタリとその場に足を止めた。ジッとその一点を見詰めた後、徐に右手でその場所を軽く撫でる。そして今度は撫でた右手をジッと見詰めると、クルリと草間の方を見詰め、ペタペタと草間に近付いてくる。
『何だ!?一体!?』
 内心の焦りを表には出さず草間は、近付いて来る文太をジッと見詰めた。そして、文太は目の前にやってくると、スッと右手を出す。訳も分からず見詰める草間に、文太は右手を一度振る。どうやら、手を出せと言っている様に思い、草間が右手を差し出すと文太がその右手にポトリと何かを落とした。
 それは、錠剤か何かの破片であろうか?白っぽい小さな破片だった。
「これは?」
 まじまじとそれと文太を見詰める草間に、文太は変わらずの態度でクルリと踵を返すと、ペタペタと何処か寂しそうに去って行く。その後姿を見詰めながら、草間は呆然と立ち尽くすのだった……

「本当ですか!?」
『ああ、間違いない。お前のお陰だ』
 電話口の相手からもたらされたのは、あの時文太が見付けたあの破片が血管収縮剤の一種である事が判明し、殺人事件として捜査され始めたと言う事だった。
「そうか、じゃああのペンギンに感謝しないとですね」
『ペンギン?ああ、あの時のか?』
「ええ、あいつがもたらしてくれた物なんですよあれは」
 苦笑交じりに言う草間に、受話器の向こうの男も自嘲気味に笑っていた。
『そうか、じゃあお手柄ペンギンとして注目を集めるのかな?』
「さぁ?どうでしょうか?今何処に居るかも分かりませんしね」
 そんな話をしながらも、草間の心はあの時の文太を思い出す。そして、今何をしているのかをも……

 文太は歩いていた。寂しそうに歩いていた。昨日たまたま通りかかったあの場所で、フルーツ牛乳を買う為に取っておいた100円玉を落としてしまい、戻って探そうと思ってみれば何やら騒々しくなっておりゆっくり探す事も出来ず、妙な物を見付けたから近くに居た男に渡して来た。だが、文太の100円は結局見付からず、フルーツ牛乳は飲めなかった。湯上りの一杯が無くなってしまったショックに、今日の足取りは重かった……だが、その手には新たな100円が握り締められている。今日こそは、湯上りの一杯を呑むのだと、何処か決意の表情を見せる文太はペタペタと銭湯の中へと消えてゆく。
「らっしゃい!文ちゃん!」
 景気の良い声が、文太の心を少しだけ癒してくれた、そんな夕暮れだった……


 余談だが、倒れ込んだ男の下から100円玉が見付かったと鑑識の男は話している……



PCシチュエーションノベル(シングル) -
凪蒼真 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月25日

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