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『災い集めて福となす? 』
秋山・悠3367
 青少年を中心にそれなりの人気を博しているホラー・ミステリ作家、「秋山みゅう」こと秋山悠。
 彼女の作品に使われているネタの多くは、彼女自身が実際に遭遇した出来事をもとにしている。
 普通の人間ならネタにできるほどの体験などそうはないはずなのだが、幸か不幸か、悠はいろいろな災難に遭いやすい体質(?)であるため、今までは少し表をうろうろするだけでも、ネタの二つや三つは簡単に手に入っていた。
 ところが、普通に起こりうるような災難には全て遭い尽くしてしまったせいか、最近はどうもマンネリ気味で、なかなか使えるネタには出会えない。

 そこで、悠が目をつけたのが、あやかし荘だった。
 もともと怪奇現象であふれかえっているあやかし荘に、ありとあらゆる災難を招き寄せる悠が行くのだから、おおよそ何が起こっても不思議ではない。
 そして実際、彼女があやかし荘に行くたびに想像を絶するような出来事が起こっており、それらは例外なく良質のネタに化けていた。
 かくして、「ネタに困ったらあやかし荘」という図式が、彼女の中で定着したのである。





 そんなある日のこと。
 いつものように「困った時のあやかし荘」へ向かう途中、悠は偶然天王寺綾と出くわした。
「なんや、悠さんやないか。今日はどないしたん?」
「これから、ネタ探しにあやかし荘に行くところなんだけど」
 悠のその言葉に、綾は大げさに肩をすくめてみせた。
「あんたが来ると、いつもややこしいことになってかなわんわ」
「そうじゃなきゃ、ネタにならないじゃない?」
「少しは、巻き込まれる方の身にもなってほしいんやけどなぁ」
 悠の正直すぎる返事に、あきらめたように首を横に振って、小さくため息をつく綾。
 その向こうから、真っ白なワンボックスカーが走ってくるのがふと目に入った。
 車自体は、取り立てて珍しいものではない。
 しかし、その中から複数の視線がこちらに向けられていることを、悠は直感的に感じ取っていた。

 辺りは人気のない道路。
 こちらに向かってくるワンボックスカー。
 車内からの視線。
 そして、悠の災難を引き寄せる能力。
 これらの要素が全て合わさると、話はとたんにきな臭くなってくる。

 ……まさか?

 その予感の正しさを裏づけるかのごとく、車はスピードを落としながら二人の方に近づいてくる。

 明らかに警戒すべき事態。
 とはいえ、確たる証拠もないのにそんなことを口にしていいものかどうか。
 そうは思うが……やはり、あまりにも怪しすぎる。

 結局、意を決して悠が口を開いたのと、車のドアが開いて、中から男の腕が出てきたのは、ほとんど同時だった。

 いきなり腕を捕まれて、車の中に引きずり込まれる。
 必死に抵抗はしてみるものの、女の細腕で屈強な男にかなうはずもない。
 まして、相手の方が人数が多ければ、なおさらである。
 たちまち二人は取り押さえられ、粘着テープで手足を縛られてしまった。
「あんたのせいや!」
 縛られながらも、なぜか悠の方に文句を言ってくる綾。
「知らないって!」
 とっさにそう言い返したものの、例の災難吸引能力のせいである可能性は否定できない。
 もちろん綾もその一言では納得せず、さらに何か言おうとしかけたが、それよりも早く、犯人の一人によって口をふさがれてしまう。
 悠も同じように口をふさがれ、二人はまとめて最後部の座席に放り込まれた。

 二人を拘束し終わると、犯人たちはすぐに車を出した。
「作戦成功、だな」
「まさか、こんなにうまくいくとはなぁ」
「あとは、身代金をいただいてトンズラするだけ、ってか」
 前の方から、犯人たちの会話が聞こえてくる。
 どうやら、連中の目的は金らしい。
 だとすると、もともとの狙いは悠ではなく綾の方だろう。
 ということは……ひょっとすると、自分は「ついで」で連れてこられてしまったのではなかろうか?
(たださらわれるんじゃなく、ついででさらわれるってのも、話の展開としては面白いかも)
 こんな状況にあってなお、ネタとして使える体験かどうかを考えてしまうのは、作家の鏡と言うべきか、それとも単なる職業病か。
 ともあれ、悠がそんなことを考えていると、再び犯人の声が聞こえてきた。
「で、こっちはどうする? とりあえず連れてきちまったけど」
「どこのどいつかもわかんねぇし、そんなに金持ってそうでもないしな」
 先ほどの会話と併せて考えると、「こっち」というのが悠のことを指すのはほぼ間違いない。
(私を知らないのは百歩譲って許すとしても、金持ってなさそうは失礼じゃない。まぁ、否定はしないけど)
 犯人たちの物言いにかすかな怒りを覚えつつ、耳をそばだてていると、すぐ前の席の男がこんなことを言い出した。
「人質は一人いれば十分だし、足手まといになられても困るから、途中で捨てていくか」
 捨てていく、ということは、ひょっとすると解放してもらえるということなのだろうか。
 かすかな期待を抱いた悠だったが、その期待は次の一言であっさりと打ち砕かれた。
「確か、途中に橋あったろ、橋。あの辺りは人気もねぇし、あそこから川にでも放り込もうぜ」
『いいねぇ!』
 満場一致で決定し、楽しそうに笑いあう犯人たち。
(全っ然、よくなあぁいっ!!)
 悠は思いっきりそう叫んだ……つもりだったが、口がふさがれているせいで、やはり意味のある言葉にはならなかった。
 それでも、とりあえず犯人の耳には届いたらしく、先ほどの男がシートの間から悠の方を見る。
「選ばせてやるよ。死んでから飛び込むか、それとも飛び込んでから死ぬか?」
 男のその言葉と凶悪な笑みに、悠は本格的に命の危険を感じた。





 その時だった。
 突然、嫌な破裂音とともに、車が大きく揺れた。
 それも、一度ではなく、四度続けて。
「おい! なんで四輪一度にパンクすんだよ!?」
「知らねぇよ!!」
 さっきまでの楽勝ムードはどこへやら、予想外の事態に犯人たちは一気にパニックに陥る。
 すると、そこへ追い打ちをかけるように、今度はフロントガラスの上から血まみれの女が突然顔を出した。
「私をはねたのは……お前かああぁぁぁ〜!?」
 そう言って、ギロリと一同を睨め回す。
「で……出たあぁ〜!」
「お、おい、オレ、お化けだけはダメなんだよぉ〜!!」
 ますます混乱の度が増していく中で、犯人のうちの誰かが、半狂乱になってこう叫んだ。
「振り落とせっ! 何とかして振り落とせっ!!」
 全てのタイヤがパンクしている状態でそんなことをしたらどうなるかくらい、普通に考えればすぐにわかりそうなものなのだが……普通に考えられる人間など、すでに車内には誰一人残っていない。
 制止するものもないままハンドルが大きく右に切られ、車は激しくスリップする。
「バカっ! 何やってんだっ!!」
「早く止めろっ!!」
 今頃になって、残りのメンバーが絶叫するが、もう遅い。
 それどころか、事態はますます悪い方へ悪い方へと進んでいた。
「ダメだ! ブレーキがきかねぇっ!!」
「な、なんか、床から手みたいなのが生えて、アクセル押さえてるぞっ!!」
「こうなったらハンドブレーキで……って、何で折れるんだよっ!!」
「ギアのレバーも折れたっ! どうなってやがんだあぁっ!!」
「ウィンドウウォッシャーもワイパーもウィンカーもとまらねぇっ!!」
「うわっ! ボンネット開いたっ! 前見えねぇっ!!」
「だあぁっ! こんな時に落語なんかかけるんじゃねえぇっ!!」
 怒濤のごとく発生するマシントラブルに、アクセントとして心霊現象を少々。
 見事なまでのトラブルラッシュが、犯人連中を一気にグロッキー状態に追い込む。
 こうなると、もはや考えられる結末は事故以外にあり得ない。
(どうか、生きてここから出られますように……!!)
 犯人たちの絶叫と最大音量の古典落語が響く中、悠にできることは、もはやただ祈ることだけだった。

 と、その時。
 トドメとばかりに、エアバッグが一斉にふくらんだ。
「うわあああああっ!!」
 完全に我を忘れた運転手が、狂ったようにブレーキペダルを踏みまくる。
 するとどうしたことか、徐々に車は速度を落とし始め、何かにぶつかって、ようやく止まった。

 車が止まったことで、徐々に犯人たちも落ち着きを取りもどす。
「……っきしょう、どうなって……」
 そう愚痴りながら、一人が車の外に出て……そして、その場で硬直した。
 ふと周りを見渡すと、いつの間にやら、周囲はすっかりパトカーに包囲されている。
 それもそのはず、車がぶち当たっていたのは、なんと警察署の正門であった。





 結局、誘拐犯はその場で全員御用となり、悠と綾は無事に解放された。
 一時は本当に殺されるかと思ったものだが、のど元過ぎれば何とやらで、今となっては立派なネタの詰め合わせである。
「いやぁ、今日は本当に貴重な体験ができたわ」
 予想以上の大収穫に、しみじみとそう呟く悠。
 それを聞いて、綾が呆れたように大きくため息をついた。
「なにが貴重な体験や。あんたと一緒におると命がいくつあっても足らへん」





 ちなみに。
 誘拐犯は全員相当ひどく精神をやられており、「血まみれの女が」「足下から手が」「落語家のたたりが」などとうわごとのように言い出したため、揃って精神鑑定に回されたそうである。

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<<ライターより>>

 撓場秀武です。
 まずは、このたびは遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
 コメディタッチということでしたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
西東慶三 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月25日

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