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『***母の上・京・物・語*** 』
鈴森・鎮2320


 空を見上げると青い空に入道雲ばかり見えていた少し前の昼下がり…
その景色はもう様変わり、早くもオレンジ色になりかけた空にうろこ雲が浮かんでいた。
季節はもうすっかり秋。秋なのである。
夏が暑すぎたせいもあってか、妙に気温が下がって冬の如く寒く感じることもしばし。
「もうコタツ用意してもいいんじゃねぇかなあ…」
 ぼそっと呟いた鎮の言葉に、誰も返す者は居なかった。
何故なら、今の家には誰も居ない…兄は二人ともでかけていて鎮は一人で留守番をしていたからだ。
普段なら忙しい長男はともかく、次男がその辺でごろごろして居る事が多いのだが、
なんでも冬に女の子たちとスキーに行く目的…と言うか野望があるとかで、
今はその資金稼ぎに奔走していてほとんどフルタイムで働いているのだ。
中途半端な兄貴であるが、自分の欲望に対する行動力は尊敬に値するものがある。
…と言っても、そんなものは尊敬してもマネはしたくない鎮なのであった。
 むしろ、長男のようにちゃんとした手に職をつけてそれを生かした仕事をする生き方、
それでいてちゃんとカマイタチとしての技能も発揮できる…そういう人になりたい…そう思うのだった。
「今日の晩飯どうすっかなぁ…あやかし荘の夕飯に乱入しよっかなあ…」
 一人で食事と言う事も珍しくは無いのだが、やはり人数は多いほうが楽しい。
思い立ったら行動!と、大きく伸びをして立ち上がった鎮だったのだが―――
ジリリリリリン…ジャリリリリリン…
 レトロな黒電話が高らかな呼び声を叫び、ドキッとして鎮は方を震わせた。
あまり自宅に電話がかかって来ると言う事が無いゆえに、しばしこうやって不意打ちを喰らう。
「はいはーい!」
 鎮はパタパタと急ぎ足で電話の元まで向かうと、黒光りする電話の受話器を持ち上げた。
「はい。鈴森です」
『その声は…鎮ね?鎮でしょう?』
「……か、母ちゃん…?!」
『久しぶり〜〜〜!もう元気そうな声でお母さん、嬉しい♪』
「あ、母ちゃんも元気そうで…」
 相変わらずのテンションの声に、鎮は少し嬉しいながらも引きつった顔で返事をする。
鎮の母は見た目が実際の年齢よりも若々しく、長男と並んでいたら「姉弟」に見られたこともあり、
内面も外見そのままに若い母親だった。しかし若いけれど子供と言うわけではなく…
『ちゃんとゴハン食べてる?よそ様の家にあやかろうなんて思ってないでしょうねえ?』
 その辺はしっかり”母ちゃん”なのだった。
「そ、そんな事ねえって!!それより母ちゃん、何か用?」
『何か用がないと電話しちゃいけないの?冷たい事言わないでよ〜鎮』
「別にっ…そういうわけじゃ…!」
『まあいいわ。鎮、お兄ちゃんいる?いたら変わってほしいんだけど…』
 この場合母の言う”お兄ちゃん”とは長男の事である。
それに対して次男の事は”バカ兄”と呼んでいるのだが、まあ…バカな子ほど可愛いらしい。
ちなみに鎮の事は”鎮”、怒っているときは”鎮ちゃん”とニッコリ微笑みつつ言うのだ。
「えっと、兄ちゃんも兄貴もどっちも留守なんだけど…」
『あら?そう…仕事してるのかしら』
「兄ちゃんはなんかゲームの”ばーじょんあっぷ”とかで会社に行ったっきりだし…
兄貴は昼に帰ってきてからまた別のバイトに出かけて行ったよ」
『ちゃんと働いてるのね…えらいえらい!』
 満足そうに微笑んでいるのが想像できそうな声で言う母。
『じゃあ鎮に伝えておこうかな…』
 母はその声のテンションのまま、鎮に楽しげに告げた。
『今夜の夜行でお父さんと一緒にそっちに行くから宜しくね。明日の早朝には着くと思うから』

チーン…。

 鳴り響いたのは、電話を切る音なのか、果てまた鎮の背後に響いた効果音か。
錆付いた機械のようにギギッと首を動かして、鎮は足元に転がる雑誌を見つめた。
その脇には、脱ぎ散らかした服や靴下も転がっている。
 廊下にも点々とあるゴミの袋。足の踏み場を探さなくてはいけないほどの散乱状態。
それは、キッチン、リビング、ダイニングにも広がり、全員の個室まで侵食していた。
普段だったら文句を言いつつも長男がそれなりに片づけをしてくれるのだが、
もうここ一ヶ月ほどろくに帰宅していないのだから…無法地帯である。
「ただいま〜!」
「あっ兄貴ッ!!」
 呆然と立ち尽くしていた鎮の耳に、次男の声が聞こえて目を輝かせて駆け寄る、
しかし兄は着ていた服を適当にその場に脱ぎ捨てながら歩くと、
コンビニで買ってきたおにぎりを食べつつ自室に向かい、着替えると同時に、
ゴミを袋に放り込んでその場に捨てて再び玄関へと向かっていく。
「ま、待てよ兄貴っ!帰ってきたんじゃねーのかよー!?」
「ん?悪ぃ!急なバイトが入ってさ…明日の朝、9時頃まで帰れねぇわ」
 兄はサワヤカな笑顔で言うと、颯爽と玄関を飛び出していった。
「―――…ど、ど、ど、どうするんだよこのゴミ屋敷ー?!」
 鎮の空しい絶叫は、秋の涼しい風に乗ってどこかへと消えていってしまったのだった。



「叫んだところで片付くわけでもないし…とにかくなんとかしないと…!」
 母は常に”整理整頓”を鎮たち兄弟に教えてきた。
実家でも、ちょっとスナック菓子の袋をテーブルの上に放置していただけで鉄拳が飛んできたほどだ。
そんな母がやってきて今のこの惨状を見たらどうなるかなんて…考えただけでも恐ろしい。
 鎮はとりあえずゴミは片っ端からゴミ袋へ、洗濯物は洗濯籠へ放り込むことにする。
都で指定されたゴミ袋を引っ張り出すと、まず廊下から取り掛かることにした。
 しかし…立ちはだかったのは”分別”と言う名の大きな壁だった。
普段は兄にまかせっきりの鎮にとって、ゴミの分別なんてどうすればいいのかさっぱりわからない。
紙とプラスチックは一緒にしてはいけないくらいの事しかわからないのだ。
「確かキッチンに一覧表があったよな…!」
 以前、兄がそれを参考にしながら仕分けをしていたのを思い出しすぐ様それを取りに向かう。
しかしどこに置いてあるのかがわからず、あちこちを引っ掻き回しひっくり返し、
やっと食器棚の脇の隙間に立てておいてあるのを見つけて再び廊下へと戻って行く。
「えっと…これは燃えるゴミだな…んでこっちは資源ゴミ…ってペットボトルってビニール剥がすのか?!」
 無数に転がる500ml入りのペットボトル。
これら全ての外装ビニールをはがし、キャップとボトルを分けて捨てなければならないのだ…
「だったらいっそ全部同じ素材で作れよ馬鹿―――!!」
 鎮のその叫びは、全国各地の主婦の叫びにも思えるものなのだった。
まあ、叫んだところでどうなるわけでもない。
鎮はぶつぶつと文句を言いつつも、ハサミで切ったり手で引きちぎったりして仕分けしていく。
最初はもたもたとした手つきだったのだが、しばらくするとそれなりに慣れて効率よく出来るようになるもので。
しかし、ペットボトル処理に没頭しすぎていたせいで…気付くと室内は薄暗くなっていたのだった。
「………やばっ!ペットボトルばっかで他のゴミ片付いてないじゃんっ!」
 立ち上がって電気をつけ、別のゴミ袋を引っ張り出して燃えるごみを放り込んでいく。
兄が買ってきたのであろうエロ本だとか、なにやら難しそうなパソコンの雑誌やら転がっていたのだが、
とりあえず後でいるかいらないか聞けばいいやと適当に袋に詰め込んでいく。
 夕飯の事も忘れて、ひたすら作業を続けていた鎮だったが…
「ただいま…鎮…これ、ほっかむり弁当のから揚げ弁当だけど晩御飯はこれで…」
「兄ちゃん!待ってたんだぜ兄ちゃん!!兄貴、今夜は帰らないって言うんだ!
でもそれどころじゃなくってさ!実は田舎から…」
「ごめん、鎮…。実は僕もそれどころじゃないんだ…」
「え?」
「明日の10時までに仕上げないといけないんだ…ただでさえ期日を一度延ばしてもらってるんだ…
二度はない…二度は無いんだ鎮!わかってくれるよな?お前なら!!」
「うん…そりゃあ兄ちゃんの仕事は締め切り大事…って、え…?まさか…!」
「今夜は帰れないから、鍵だけはちゃんとかけて寝るんだぞ?」
 優しく微笑む兄ではあるが、徹夜続きなのか目の下にはクマ、視線はどこか虚ろだった。
そして鎮の頭を軽く撫でると急ぎ足で家を後にする。
「兄ちゃん、兄ちゃん…もしかして…もしかして…俺一人で全部やれって事…?!」
 次男が朝の9時、長男が朝の10時までは確実に帰ってこない。
しかし、夜行で来るとなるとおそらく両親は8時には到着してしまうだろう。
「そんな…そんな…俺ひとりで…俺ひとりで…」
 鎮は涙を浮かべながら兄の持ってきたから揚げ弁当を食べる。
泣きながら食べるご飯は涙が混ざってとっても美味しくない。
しかし、これがひょっとすると最後の晩餐になるのかもしれないのだ…それくらい母は恐いのだ。
「頑張れ〜…負けんな〜…力の限りやってやるぅ〜…」
 鎮は食べ終わった弁当のゴミもしっかりと分別しながら、再び片付けに着手したのだった。



チュン…チチチ…パッポー…クルックルックー
 妙な鳥のさえずりが聞こえ、すっかり外は朝の光に包まれている。
鎮は庭の真ん中に大きなゴミ袋を持ったまま、目を細めて立ちすくんでいた。
さわやかな太陽の光が、徹夜明けの目に突き刺さるようで痛い。
 庭には二階まで届きそうなほど積み上げられたゴミ袋の山がそびえ立ち、
遠くから電車の走る音や車のエンジン音が響いて来た。
「朝…朝だ…うわああああ!どうしよどうしよ!!」
 両手に持っていたゴミ袋を力任せにゴミ山の上に放り投げた瞬間、
ご近所の女子高生が自転車で家の前を通過していくのが目に入り、鎮は頭を抱える。
いつも決まって7時45分に通過していくのだ。
「うわあああ!!まだリビングとキッチンと廊下しか片付いてねぇのにー!」
 タイムリミットはあと15分。のん気にズームインなんてしている場合ではない。
慌てて部屋に戻ろうと駆け出した鎮だったのだが…突如視界に影ができ、驚き振り返る。
彼の目に飛び込んできたのは、積み上げすぎて雪崩を起こしたゴミの山だった。

ジャリリリリリン…ジリリリリリン…ジョリリリリン…

 ゴミの山に埋もれ、気絶していた鎮の耳に黒電話の音が聞こえる。
直感的にその電話の相手が母親だと気付き、ゴミ袋を掻き分けかきわけ脱出する。
あちこちに躓いて、柱にオデコをぶつけ、涙を流しながら急いで電話に出た鎮だったが…。
『あら、おはよう鎮。お兄ちゃんたちは起きてる?』
「兄ちゃんたち…帰ってこなかった…」
『あら、そうなの?仕事が忙しいのねえ…』
「か、母ちゃん…俺、俺ぇ…」
『風邪でもひいたの?鼻声になってるみたいだけど…あ、それよりね、鎮。
悪いんだけど、やっぱり今日は行けない事になったからお兄ちゃんたちに伝えておいてね』
「―――え?」
『夜行で行くって言ってたでしょう?でもそれがチケット取り忘れちゃって…
新幹線で今日行こうと思ったんだけど、台風接近で止まっちゃってるから今回はやめにしようって事になって』
 明るい母の声とは対照的に、電話口で真っ白に燃え尽きる鎮。
受話器を持ったまま、風に吹かれてそのまま崩れ去りそうな鎮。
『それじゃあね、鎮。また近いうちに行くから、その時は宜しくね?
お兄ちゃんたちの言う事良く聞いて、頑張るのよ。あ、暖かくして寝なさいね』
 母の優しい言葉にも、鎮は何も言えずにその場に固まったままだった。

チーン…。

 再び響いた音は、電話の切れた音があるいは鎮の背後に流れたオチの…
「ってそれはもういいっ…!」
 鎮はその場に膝をついて崩れ落ちると、両手で頭を抱えながら声の限りに叫んだ。

「俺の、俺の一晩かけた掃除はなんだったんだ―――!?」

 母の上京騒動に散々だった鎮だが、鎮の災難はこれだけでは終わらない。
庭に山積みにしたゴミのせいでご近所から苦情が出ておばちゃんたちに叱られ、
エロ本やPC関係の本を適当にゴミ袋に放り込んだせいでどこにあるのかわからなくなり兄二人に叱られ、
そして寒い中一晩中薄着で動いていたせいで、本当に風邪をひいて寝込んでしまったのだった。
 こうして母の上京未遂による鎮の片付け騒動は幕を下ろした…のであるが、
いずれやって来るつもりの両親ゆえに、またいつか同じような騒動に見舞われることは必至なのだった。





***おわり***



※この度は発注ありがとうございました。
※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますがもしありましたら申し訳ありません。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月20日

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