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『白の真実と 』
咎狩・殺3278


 街は滅びようとしている。
 まるで300年前の黄昏時のように静まりかえっていて、出歩いている者は『人形』だけだ。
 暗黙の戒厳令が敷かれているのだった。
 今年の夏から立て続けに起きている通り魔的な殺人事件は、未だに終わる気配も見せない。警察はマスコミに叩かれていたが、沈黙を守った。もっとも、そんな浮世の動向なぞ、彼女――咎狩殺が関心を示すはずもなかったが。
 秋が近くなってきている。日が短くなりつつある。
 足を止め、殺は空を見た。すっかり空は藍色に変わっていた。爪痕のような筋雲が、黒い影を空に落としていた。
 腕の中の骸、いや人形をあやしながら、殺は空に笑みを投げかけた。彼女は、すべての四季が好きだ。愛しい夏が終わることは惜しくもない――すぐに、愛しい秋がやってくる。気まぐれで、せっかちな秋が。

 殺は空から背後に視線を移した。
 そのときにはすでに、親近感を抱かずにはいられない音が、すぐ目の前にまで迫ってきていた。

 殺が、連続殺人事件の犯人――名も無い人形に襲われるのは初めてではなかった。殺が人間ではないことを、認識するだけの知能がないのか。或いは限りなく人間に近い感覚を持っている人形なのかもしれない。咎狩殺が『人形』であることを見抜ける人間は、そういないのだから。
 女を喰らい、女として生きる人形が、同胞とでもいうべき殺に爪を振るう。
 しかし爪を振るうのは、何もその人喰いだけではなかった。
 殺は微笑みながら骸じみた人形を持ち替え、右手の中指を人形に向けた――。

「私たちは、人間とはちがうものよ。食べなくても、眠らなくても、ここに在り続けられる。年もとらないし、生きることも死ぬこともないの。……でも、キミは、ちがうのね。面白いわ。キミのこと、もっともっと知りたくなってきちゃった……」

 殺の紅い目が、妖しく光る。餓えた人形はほんのわずかな間、殺の力に抗った。だが、些細な抵抗だった。倒れ、動けずにいた人形は、ぐらりぐらりとふらつきながら立ち上がる。そうして、殺の前に立ち、暗い闇の中を歩き始めた。
 くすくすくすくす、
 殺は笑ってその後ろを行く。


 殺はここのところ、目的もなく徘徊していたわけではなかった。
 ひっそりと静まりかえった街が、人形を恐れているのはわかりきっている。恐怖の中を、殺はわざと独りで出歩いた。夏の終わりに知った、女を喰らう人形たちが、殺にとっては魅力的な謎なのであった。殺よりはずっとずっと下等な意志ではあるが、人形たちは盲目的な目的を持ち、ヒトを殺して喰っている。
 殺はもう一度人形と会うために、出歩いていたのだった。思惑通りにことが運んで、殺は上機嫌で歩いていた。
 殺の力で意志を捻じ曲げられた人形は、自分が生まれた場所へと、殺を導いた。
 やがて街は終わり、夜も終わった。
 その頃には、ふたつの動く人形は、鬱蒼とした古い森林の中にあった。人の手があまり入っていない、山中だった。無秩序に伸びる枝と、それに茂る葉が、日の光を完全に遮っていた。あまりに暗いために、地面には苔すら生えていない。そもそも、地面には落ち葉が降り積もり、湿って腐っていた。
 
 かつん、
 かつん、
 かつん……。

 ころん、
 ころん、
 ころん……。

 ああ、聞いた音だ。殺が惹かれる懐かしい音だ。
「休んでいいわ」
 殺は案内役をつとめさせていた人形の背に、ぴちりと薬指で傷をつけた。繰り糸を切られたように崩れ落ちた人形はたちまち腐り、落ち葉の仲間になった。
 もう、案内は必要ない。鳥のさえずりにも負けない音がある。
 殺は音を辿り、程なくして、見つけだした。
 樹齢400年はくだらない大樹に抱かれたあばら家があったのだ。雨風もまともにしのげそうにはないような傾いたあばら家に、殺は既視感を抱く。
 かつん、かつん、かつん、かつん、
 半ば機械的にその音は続く。
 殺は腕の中の骸を撫で、
「大丈夫よ」
 そう囁いてから、引き戸を開けた。


 赤い唇、漆黒の髪、硝子の目。
 木製の、球体関節人形によく似た、しかし珍しい造詣のものだ。きれいに髪を整え、紅をさし、着物を着た彼女は、まことに美しいものであった。
『どな・た……御主人・さま……?』
 よく見ると、人形はかなり古いものであった。いくら年月を重ねても、その容姿にかげりはない殺とはちがう。
「私、咎狩殺。『キミ』に、何度も襲われたわ。だから『キミ』に文句を言いに来たの。私を殺して食べても意味はない、ってね」
『殺し・て……食べ・る……ごめんな・さい……おんな・で・あれば……ものの・けでも……食べ・る……わ』
「そう。だったら、教えて頂戴。どうしておんなを食べるのか」
 人形は、ついと手元に目を戻した。彼女は、彼女を作っているところだった。恐らく永遠にそれを繰り返し続けているのだろう。だがあばら屋の中に他の人形の姿はない。皆出払い、そして、どこかで喰い殺しつづけているのか。
『御主人・さまは……わたく・しを……愛し・て……下さった。けれ・ど……わたく・しは……人形・で……子を宿・す……こと・も……出来な・い……まま』
 人形はそこで笑おうとしたようだ。
 殺と違って、顔は笑わず、ころりころりとした笑い声だけが口から漏れた。
『肉・が……髪・が……骨・が……ほし・い。人間・に……なりたい・の』
 人形は口に手をやった。口の中から、ずるずると引っ張り出したものがある。
 女の髪の毛だ。喰ったものだ。
 引きずり出した髪の毛を、人形は、作りかけの人形の頭に植えこんだ。
『ほら……こうし・て……子供・を……作ること・も……出来るよう・に……なった・わ』

 殺は、ころころと笑い声を上げた。
 侮蔑と憐れみが入り混じった哄笑だ。

「ねえ、もし人間が猫を食べ続けたら、猫になれるかしら? ……人間を食べても、人間には近づけないわ。私たちはね、いくら化けても、人間にはなれないの」
 人形は殺の言葉に特別腹も立てず、ただ首を傾げただけだった。
『どうし・て……? 御主人・さまは……わたく・しを……人間・の……骨・と……髪・と……爪・で……造ったの・よ』
「人間は、骨と肉と髪で出来ているんじゃないわ。魂で出来ているの。命のない私たちを動かすほどの力で出来ているのよ。私たちが動くのは、人間の魂を食べたから。……いくら魂を護っているだけの肉を食べても、キミはその肉と一緒に腐るだけ」
 殺の嗤い声に、彼女の腕の中にある人形も、かたかたと顎を鳴らした。
『…………』
 しばらく、だまって、人形は殺を見ていた。
『かわい・そうね……』
「そう? 私が?」
『ええ……だっ・て……愛し・たことが……ないんで・しょ? ……だか・ら……人間・に……なろうと・も……思わない・のよ』
「あら、見くびらないでほしいわね」
 殺はなおも笑った。
「私、人間が大好きよ。愛しているわ。愚かで、弱くて、見ていて面白いの。素敵なもので出来ているのに、それに気がつかないで、おかしなことばっかりやっているんだもの。キミよりずっと面白いわ。キミはこれから同じことを繰り返すだけだけれど、人間は、これから色んな芸を見せてくれるのよ」
 彼女は出入り口に足を向けた。
 人形は何も言わず、口からずるずると女の皮膚を取り出し、造りかけの人形の顔にはりつけていく。彼女は、人形を造り続ける。
「ねえ、同族のよしみで教えてあげるわ」
 戸口で殺は振り返った。
「そろそろ人間が来て、キミを殺しに来るわ。怖い眼の、怖い人よ」

 そう、彼女は、造りすぎた。

 殺はもと来た道を引き返す。道に迷っても、彼女は気にしなかった。彼女は餓えず、渇くこともない。
 あばら家の人形に、殺はもはや興味を失った。やはり、人間のほうが面白い。
 それに、彼女が造っていた人形は、彼女そのものでしかなかったのだ。
 繰り返される物事ほど、殺にとってつまらないものはなかった。




<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月19日

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