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『夕飯 』
人造六面王・羅火1538)&新座・クレイボーン(3060)


「あいっかーらず汚い家だな」
 新座はごく当たり前の台詞を口にした。
 彼の目の前にあるのは(一応「建っている」というべきであったか)恐ろしき竜たる羅火の自宅だ。恐らく築50年はくだらないであろう一軒家で、ろくに周囲には手入れが行き届いておらず、雑草が取り囲むようにぼうぼうと生い茂っていた。雨漏りとすきま風はひどいが、それでも、「雨風をしのぐ」役目はかろうじて果たせている。
 満月の夜はきまって主を失うのだが、今夜は細い爪月が頼りなく光っているだけだった。
 隻眼でぼんやり一軒家をうかがう新座の視界が、不意に明るくなった。
 大抵冷めているか、湿っているかの新座の表情も、ぱあっと明るくなる。彼は、無垢だ。
「……起きたんだな」
 居間の明かりがついたのだ。新座は微笑み、廃屋じみた一軒家の中へ、挨拶もなしに上がりこんだ。

「らっこ!」

 突然の呼びかけに、伸びをしていた羅火は、ぎょっとして振り返る。思い切り油断していた。彼らしくもないが。
 玄関口からひょっこり顔だけ出しているのは、包帯顔の新座だ。にやにやしている。
「何じゃ、ぬしか、馬」
「らっこー、なんか食わせてくれよぅ」
「その呼び名はやめぃ! 言うたはずじゃ!」
「怖い顔すんなよぅ、らっこ」
「…………」
 新座はにやにやしている。
 羅火は渋い顔でばりばりと硬い赤髪を掻き、薄汚れた台所に立った。
「……まァ、独りで食うのもつまらぬでの」
「お、やっさしい! 何か手伝う?」
「やめぃ! ぬしのような『天然』に料理を頼むとろくなことにならぬわ」
 しっしっ、と羅火は新座を台所から追い払った。
 そう広くはない家で、居間には卓袱台と古びたテレビ。新座がここに来るのは初めてではないが、特に頻繁に顔を出しているわけでもない。
 ここを訪れた理由もない。
 台所では、あの、寝ても覚めても戦うことしか頭にないはずの羅火が、米をといでいる。じゃっじゃっと小気味よい音は、炊事に慣れている証だ。
 新座はどっかり卓袱台の前に座ると、テレビに手を伸ばした。スイッチを入れると、画面には盛大な砂嵐。
 むぅ、と口を尖らせて、新座はダイアル式のチャンネルを回した。がりがりとどこに合わせても、画面に映し出されるのは、砂嵐、砂嵐、砂嵐。アンテナは付いていても、砂嵐。
「ああ、そいつはの、半年前から壊れとる」
 台所から間延びした真相が飛んできた。新座は隻眼をすがめて牙を剥く。
「じゃ捨てろよ!」
「そのうちな」
「それか、機械得意な知り合いに見せるとかさぁ」
「ぬしは修理出来んのか」
「おれは無理」
「まったく、まさに穀潰しじゃ」
 乱暴に、羅火は炊飯器に米を入れた。炊飯器もひどく古いものだった。
 これまた古びた冷蔵庫を開け、ふと、羅火が居間の新座に目をやった。
「のう、あいにくと、わしは竜で、肉食じゃ。馬が食うものは、いま無いぞ」
「おれ、何でも食うよ。ただの馬じゃないからねー」
「肉でもいいのじゃな?」
「肉骨粉うまいよな」
「食うたことなぞないわ!」
 吼えながら、羅火はよく冷えた酒と肉を取り出した。奥に転がっているジャガイモ数個に気づいて、それも取り出す。だいぶ芽が出ていたが、ソラニンごときで腹を壊すようなふたりではなかった。

「まだー? まだー?」
 座ってから約10分、新座の催促が始まる。箸でちいんちいんと茶碗や皿を打つのも忘れない。
 醤油とみりんの匂いの中で、羅火の額に稲妻が走った。
「ええい、やかましい! まだ米も炊き上がらぬわ! 童かぬしは!」
「はじめちょろちょろなかぱっぱ、ユニサスないてもふたとるな……なあ、まだー? まだー? 早くしろよ、らっこー」
「……黙らんと、蓋を取るぞ」
「…………」
 ちいんちいんちいんちいん、無言になった分、食器が鳴る音が増えた。
 獣のような唸り声を上げた羅火は、皮をむいていたジャガイモをひとつ、新座に投げよこした。生のジャガイモでも、馬は喜んで食べた。

 どっかりと大皿に盛られた料理は、みりんによる照りが見栄えをよくはしているものの、……肉だった。
「何これ」
「肉じゃがじゃ」
「肉しかないじゃん?」
「ぬしがひとつ芋を食うたじゃろ」
「あんな小さいジャガイモ一個入れたところでさあ……」
「うぬぬ、文句があるか! ならば食うな!」
「あー、あー、ないないない。いただきまあす」
 濃い目の味付けは白米によく合う――とは言うものの、新座にそれがわかっているのかどうか。何だかんだ言いつつも、新座は肉ばかり食べていた。
 さすがに口の中にものが入っていては、やかましくすることも出来ない。羅火も無言で食べているし(ぼうっとしていたら、新座は肉を全部食べてしまいそうな勢いだ)、傾きかけた一軒家は静かだった。
 静かな中でも、新座はちろちろと隻眼を泳がせて、たまに訪れているこの家を観察していた。テレビもラジオもなく、会話もなく、食事のほかには、それしかすることがなかったのだ。
 新座が知っていることがあって、羅火が心得ていることがある。
 こうして孤独のうちに暮らしているようで、彼らは人間たちとともにいるのが、人間たちと話すのが、実は好きだ。生死を賭けて戦っているときも含めると、彼らは、誰かとともに過ごす時間のほうが多かった。
 かつて人間に苦汁を舐めさせられた羅火は、いま人間の恋人を持っている。
 その矛盾に、焔じみたこの竜は、気がついているのか――。

 ん、
 麩だけが具の味噌汁をすすりながら、新座はひとつの柱に釘付けになった。

 柱には、真新しい傷がついていた。天井に近い部分には、大きく抉れた爪痕がある。
 床に近い部分にも、か細く浅い爪痕があるのだ。
「ふうん」
 椀から唇を離して、新座は声を漏らす。羅火の箸が止まった。
「何じゃ、御器噛でも出たか」
「いや、あれ……」
 新座は柱を指した。その指が、爪痕を呑気にたどっていく。爪痕は、よく目を凝らせば、黒ずんだ天井にも及んでいるのだった。いや――爪痕だけではない。するどい牙が抉った痕さえ見てとれた。
「ははぁ、欲求不満でねぇ」
「……」
 新座が指し示すものを目で追った羅火は、耳を赤くして俯き、白米をかきこんだ。
「最近会えてないんだっけ?」
「……」
「そろそろ会わないと、この家倒れちまうぞ」
「……」
「向こうもその辺考えてくれたらいいのになぁ。らっこもさ、家にあたんないで、廃墟の連中にあたればいいじゃんか。相手、いくらでもいるだろ? あの辺りなら」
「……」
「それか、らっこもまともな仕事するとかさ。忙しかったら、ちょっとは気が紛れるぞ」
「……」
 がつん、と羅火は卓袱台に突っ伏した。
 新座に悪気はないのだ。ひとつふたつと爪痕を数えながら、新座は味噌汁をすする。
 新座の純粋な言葉たちは、実際、恋人にずっと会っていない羅火の心を鋭く抉る。柱や天井の気持ちがよくわかった。ざくりがぶりと、抉られていく。会っていないのは、会えないからだ。毎日が休日状態の羅火と違って、恋人は多忙なのである。
「こんなテレビもぶっ壊れたとこでさぁ、独りで飯食ってたら、頭おかしくもなってくるって。……あぁ、うちの艦隊来る? おやつももらえるよ」
「……だまれ、駄馬」
 突っ伏したまま、羅火は呻き声を上げた。最早彼は瀕死だ。
 その肩口を見て、新座が唐突に手を伸ばす。狙いは羅火の肩口にあらわれている、彼の力の結晶だ。つん、と新座は結晶を掴み取った。
「がぁ! 何するか!」
「駄馬で思い出したんだ。駄馬つかまされて先週10万スッちまってさ。馬券代として」
「己の食い扶持は己で稼がんか、馬鹿め!」
「いいじゃん、減るもんじゃなし。どんどん増えるんだろ? どれが一番デカいかなぁ?」
「やめんか、殴るぞ!」
「やめろよ、殴るの!」
 つつき合うふたりの姿は、はたから見ると微笑ましい。結局羅火の赤い結晶は、つんつんと5つほど掴み取られ、新座のポケットに消えた。結晶を抉り取られて見事に陥没した部分を撫でながら、羅火はしかめっ面だ。ポケットを叩くと聞こえる心地いい音に、新座はご満悦。
「こんだけ取ってもまだ余裕あんじゃん。なんか恋人に買ってやったら?」
「……買うたところで、会えんのじゃ!」
「会いたいなら連絡取ればいいのに。5分でも10分でも会えば、気も静まるよ。いじらしいんだなぁ……てか、もしかして、一発・・とダメなのか? 発散できない?」
「なっ……」
「なぁ、らっこもその顔でさ、・・・れたら・・・・とか言うわけ? ・・・して・・・とかすんの? らっこが? するんだろうなぁ、・・・をさ。ところで・・・って・・・なのか?」
 新座の台詞は(まさに)筆舌に尽くしがたいもので、羅火は焔のように真っ赤になった。拳と唇はわなわなと震える。
 そうして、羅火は叫び声とともに新座に襲いかかった。
 叫び声とは、「ふぎゃあッ」といったもので、その姿は愛らしい猫じみた生物なのだった。今夜は月が細いせいで、恐るべき竜の姿に戻れない。
「あははは!」
 新座が明るい声で笑って、虎縞と豹柄の猫的生物を抱きとめた。猫(仮称)はふうふう唸ってするどい爪をひらめかせていたのだが、新座にあっさりと抱きすくめられた。
「おれよりちっこいし、かわいいよな、らっこ! 可愛がられるわけがわかるよ!」
「ふぎぃッ! ふーッ! しゃーッ!」
「どうどうどう、恋人のかわりに、おれが撫でるから」
 いつもこうして撫でてもらってるんだろ、
 新座は悪戯っぽく微笑んで、赤い猫の背を撫でた。
 それから、喉元をちろちろと掻く。
 呆気ないほど簡単に、羅火は機嫌を直した。目を細めて、新座の腕の中でごろごろと喉を鳴らしている。
「肩に乗ってなよ。おれ、洗うから。あ、右肩に顔のせんのはやめてくれよ」

 奇妙な猫を背負った長身な青年が、薄汚れた流しに食器を置いて、少しばかり危ない手つきで洗い始めた。
「なんだ、湯出ないのかよ……」
 唇を尖らせながらも、約束は守った。
 猫は、新座の左肩で、ぐるぐると喉を鳴らしていた。

 その夜は、明け方近くまで、古い一軒家に灯があった。




<了>
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2004年10月18日

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