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『 セルフポートレート 』
月夢・優名2803


 ポストを開くと遠縁のおじさんからの手紙に混じって一枚の風景写真が入っていた。
 絵はがきのようだけれど、裏には綺麗な文字の宛名書きがあるだけで切手はおろか差出人の名前すら書いていない。ただ、添え書きのように『セルフポートレート』とだけ書いてあった。
 風景写真にポートレートも妙な感じがしたが、その景色に見覚えがあって、優名は少しだけ頬を緩めた。
 差出人の名前はないけれど、自分はこれの差出人を知っている。
 一週間前のあの光景は、今となってはもう、どこまでが現実で、どこまでが夢だったのかわからないが、あの景色をきっと自分は一生忘れることはないのだろうと思う。


 ***


 一週間前――――。

 優名は寝不足にはれぼったい瞼を開けてぼんやりと窓の外を見た。
 窓には一枚の葉っぱが張り付いている。
 空は高く澄んで、昨日までの事は何一つ覚えていないような顔で青空を湛えていたけれど、その一枚の葉っぱが昨夜の暴風雨の凄まじさを物語っているように見えた。
 ベッドに背を預け目覚まし代わりに入れた濃い目の緑茶を啜る。
 時計の針はとっくに12時を回っていたけれど、今起きたばかりだ。
 昨夜は季節はずれの台風が、轟々と荒れ狂い、窓をしきりに叩くのが怖くて、なかなか寝付けなかった。たぶん、やっと落ち着いて眠りについたのは明け方近くだろう。
 仮眠のような浅い眠りの後、ふと気付いて起きたらこの時間だった。
 せっかくの日曜日。
 なのにこのまま寝過ごすのも惜しくて、何よりこれ以上寝たら夜眠れなくなるだろうというのも手伝って、起き出した。
 とはいえ、何かする気にもなれない。
 外は小春日和のような陽気に包まれている。
 穏やかな日差しに誘われるようにして優名は外へ出た。

 自転車置き場に止められていた自転車は殆どが風で倒れていた。それを一生懸命なおしている生徒もいたが、自分の自転車をそこから引きずり出すと、残りの自転車には目もくれず走り去って行ってしまった。
 通りには濡れ落ち葉が敷き詰められ、ところどころ枯れ枝も転がっていて、果てには傘の残骸なんてものも落ちていた。誰かが手放してしまったのだろうか。
 コンビニの袋が木の上に引っかかっている。
 さすがに高台にあるだけあって浸水などはなかったようだが、昨夜の台風の爪痕はそこここに残されていた。
 それを抜けて、特に当てがあったわけでもなく優名は寮の敷地から学校の方へと足を伸ばした。
 門をくぐると雑木林の方に赤いものを見つける。
 今度は何が飛ばされてきてるんだろうと思ってそちらを覗くと、それは紅く色づいた葉を茂らせた、一本のもみじの木だった。
 台風で殆どの木々が落葉を強いられた中、かろうじて残っていたようである。周りの木に助けられたのだろうか。
 そこに悄然と佇むもみじの木。
 それを見上げるようにして、優名は傍らの木の根元に腰掛けた。
 澄んだ青い空がもみじの形にくっきりと紅く切り取られていた。
 ポケットに手を入れると、いつから入れっぱなしになっていた飴玉が入っている。それを口にほうりこんで膝を抱えた。
 家事を放り出して来てしまったが、たまにはこういうのもいい。
 秋から冬へ向かおうとする風は冷たかったが、その陽だまりは、暖かな陽射しに照らされて、とても心地よかった。

 雨に濡れた落ち葉で敷き詰められた地面に座っていると、スカートや下着まで濡れてきたけれど、それも大して気にならない。
 どのくらいの間そうしていたのだろう、ただ、ぼんやりと青と紅を見上げていたら、ふと、葉ずれの音がした。
 それに顔をあげると、小さな男の子が目の前に立っている。
 迷子かなんかだろうか。
「どうしたの?」
 と、声をかけたら男の子は何も答えず、ただ人見知りでもするように後退った。
 学園の見学か何かに来た人の弟君だろうか。それとも幼等部の子供だろうか。
「大丈夫だよ」
 出来るだけ優しく声をかけて男の子に笑いかけてやる。
 しかし男の子は踵を返すと逃げるように走り出した。
 校舎や建物のある方とは反対方向に。
「あ、待って、そっちじゃないよ」
 慌てて優名は立ち上がると男の子を追いかける。
 追いかけて――――。
 突然誰かに腕を掴まれた。

「危ない!」
 ――――!?
 我に返ったように前を見ると、地面が目の前で途切れていた。
「え?」
 ――――男の子は?
「大丈夫?」
 と、声をかけられて振り返った先に学ラン姿の少年が立っていた。首からは高そうなぶらカメラをさげている
「今、男の子・・・・・・」
 半ば呆然と優名はそちらを振り返った。
「男の子?」
 彼が怪訝そうに聞く。
「・・・・・・・・・・・・」
 地面は足元から途切れたようにすぐ先が急斜面になっていて、背の低い木々に覆われた先は、とても人が歩けるようなものではなかった。
 勿論、そこには誰かが分け入った気配もなければ、転げ落ちていった様子もなく、優名は不安げに彼を見上げた。
「もしかして、魔に出会ったのかい?」
「ま?」
「もうすぐ、逢魔が時だから」
 そう言って、彼はいたずらっぽく笑ってみせた。
 たぶん言葉の半分以上は冗談なのだろう。
「・・・・・・あなたは?」
 半ば呆気にとられつつ優名が尋ねると、彼は困ったように首を傾げて優名の隣に並んだ。
「誰そ彼」
 優名を見るでもなく陽が沈もうとしている西の空を見つめながらそう言って彼はカメラを構えている。
「え?」
 一瞬、彼の言葉の意味がわからなくて、マジマジと彼を見入ってしまった。
 ――――黄昏?
 西日にぼやけて、彼の表情が判然としない。
「・・・・・・・・・・・・」

「どうして夕焼けが赤くなるか知ってるかい?」
 突然彼が尋ねた。
 カメラの焦点を合わせるようにレンズを調節しながら、ファインダーの向こうの西の空を見つめたままで。
「いいえ」
 優名は首を横に振った。
「夕焼けは、大気中に含まれる塵や埃や水蒸気に光が散乱して赤くなるんだ。だから、都会の夕焼けは田舎の夕焼けに比べて紅い。でも、風雨が空気を綺麗に洗い流してくれたからね・・・・・・ほら」
 そう言って彼はカメラを下ろすと優名を促すように西陽に手を翳した。
 すすき野が風にたなびき、陽を浴びてこんじきの波を作っている。
 西の空は銀杏の葉を敷き詰めたような鮮やかなこがねいろに輝いていた。
「綺麗・・・・・・」
 思わず息を呑んで見惚れてしまう。その傍らでシャッター音が忙しなく続いていた。
 陽は程なくして落ちて行く。

 ――――彼を振り返った。

 そこには赤いもみじの木があって、辺りを見回すと雑木林の中だった。
「・・・・・・・・・・・・」
 夢でも見ていたのだろうか。
 首を傾げつつ、男の子を追いかけた方へ足を運んでみる。
 雑木林は途切れ、地面は急斜面になり、眼下に広がるのはこんじきのすすき野。
 西の空には陽が沈もうとしている。
 こがねいろの夕日。
 黄昏時。
 ふと、シャッター音が聞こえたような気がして雑木林を振り返る。
「誰そ彼・・・・・・」

 ――――あなたは誰?

 夕闇に気がそぞろになる逢魔が時。顔がぼやけて判然としない誰そ彼。西の空は今にも沈まんとする夕陽が黄昏色に輝いている。
 風に、一枚の赤いもみじの葉が夕焼けに向かって、秋茜のように飛んでいった。


 ***


 どこまでが夢で、どこまでが現実だったのか、今となってはもうわからない。

 けれど、この黄昏のポートレートは誰そ彼なのだ、と思う。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月18日

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