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『三つ数えた 』
天城・大介3996

 「と言う訳で落とし前ぢゃ」
 「…だから、おまえさんは何事にも唐突なんだって言うんだ……」
 学校からの帰り道、いつもの曲がり角を曲がったところでいきなりそんな声が聞こえてきた。その声の正体の事は、いやんになる程分かり切っている大介は、ただ帽子の鍔を深く引き下げ、その隙間から声の主である嬉璃をナナメに見る。当の本人、嬉璃はと言えば、ニヒルに決めているつもりか、民家の塀に背を寄りかからせ、腕組みをして斜に構え、大介がここを通るのを待ち構えていたらしい。
 「そんな細かい事はどうでもいいのぢゃ。とにかく落とし前ぢゃ。責任を取って貰おうではないか」
 「……大概しつこいな、おまえさんも」
 「当たり前ぢゃ、食べ物の恨みは恐ろしいと昔から言うであろ?で、あれば、半額割引券の恨みは人類史上の恐怖MAXでも当然ぢゃ」
 どこをどう屁理屈を捏ねれば、言い掛かりを正当な主張だと言い張れる度胸が生まれてくるのか。その仕組みを正確に理解し説明できたのなら、ノーベル賞も夢ではないような気がする。(夢ではないが妄想ではある)
 「…まぁ、確かに俺も詰めが甘かった事は認めるが…だが、元々この仕事を請けたのは俺じゃねぇだろ?俺は頼ませただけだぜ。それでどうして俺が責任を取らなきゃなんねぇんだよ」
 「そりゃおんし、一蓮托生と言う奴ぢゃ。相棒のツケは相棒が払うものぢゃと紀元前から決まっておる」
 「ほほー。それじゃあ今度、俺の飲み代のツケを奴に払って貰うかね」
 「それが叶うかどうかは、おんしらの友情の深さに起因するぢゃろうな」
 「………」
 厭なところを突いて来やがる、と大介は端でカカカと高笑いをする嬉璃を睨み付ける。嬉璃はと言えば、そんな大介の視線などものともしないで、こっちへ来いと横柄に顎でしゃくった。
 「…何だってんだ」
 「これぢゃ」
 嬉璃が示したのは通りの曲がり角の先に置いてあった『あるもの』。それは、相棒が日頃引いている屋台とよく似ている形状であった。違う点はと言えば、この屋台の内部にあるのは、強火のガスコンロとその上に乗っかった業務用の寸胴鍋が二つ。サイドの棚にはラーメン丼と蓮華。そして屋台の屋根の上には…。
 「…猪八戒」
 「違う違う、もっとちゃんと字をしっかりと見るがよい」
 「………。『豚』八戒か……」
 がくり、と大介は両肩を落とした。


 スタートは腰の辺りに湯切りザルを構える事から始まる。それももたもたしていては折角茹で上がった麺がのびてしまうと言うもの。湯から上げて素早くスタンバイの姿勢に入る。その間、人の目ではその動作を見極める事は不可能だ。
【1】
 最初のカウントで湯切りザルは天高く空へと突き上げられる。が、中の麺が外に飛び出す事は当然なく。
【2】
 次のカウントで、掲げられたザルが宙を舞う。まるで急旋回する戦闘機のようでもあるが、勿論その動きを視覚で捉える事ができるものは存在しない。
【3】
 最後のカウント、宙で八の字を描いたザルはそのまま急降下。その落下地点に待ち受けるはラーメン丼。こうして、のびる事も冷める事もなく、最良の状態で、麺は濃厚なとんこつ醤油味のスープと出会うのであった。
 1カウントはおよそ0.1秒。つまり、湯から上げてからスープに投入するまで僅か0.3秒。究極の技である。
 「……これはさすがに予想外ぢゃったな。おんしにこのような才能があるとは…」
 「あんま褒められても嬉しかねぇけどな。俺の早業はこんな事の為にあるんじゃねぇんだよ」
 見事な技を決めつつも、大介は思わず深い溜息を突いた。

 ラーメン屋台を引かせる事を押し付けたはいいが、ラーメンなんぞ作った事は勿論、食った事もないと抜かすガンマンの為、嬉璃が手取り足取り調理指導をしたのだが、大介には、天性の湯切りの技術と言う意外な才能があったのだ。薄利多売のラーメン業界では、短い時間にいかに多くの数を捌くかが重要なポイントだと言える。その意味で、この湯切りの技は十二分な程に役立つだろうし、そのうえ、客の心を鷲掴みにするパフォーマンスとしても超一級の……
 ニヤリ。
 「…なんだ、イヤな笑い方しやがって」
 「何でもないわ、おんしは黙って練習しておれば良いのぢゃ。後の事はわしに任せよ。悪いようにはせん」
 クックック…低く妖しい笑みを浮かべつつ、嬉璃はどこかへと立ち去った。


 その数日後の事である。某タウン情報誌に、次のような記事が載った。

 【恋人と食べに来るならこのお店!ニヒルな店主が繰り出す天才的な技『ハエカナンデモ落とし』で仕上がったサイコーに美味しいラーメンを食べに行こう!】

 「……なんだ、これは」
 「見て分からぬか。『豚八戒』の宣伝ぢゃよ」
 「それは分かる。が、俺が聞いてるのはこのわけわかめなネーミングセンスの技の事だ」
 ばん!と大介が手の平でタウン誌を叩いた。
 「いいぢゃろ?なかなか的確に表現できたとわしも自画自賛しておるのぢゃ」
 「…おまえさんの作か………」
 「音速の動きについていけなくてハエも目を回して落ちる、と言うのが元ぢゃ。蠅だけぢゃ威力が弱まるので、蚊とその他を付け足してみた。どうぢゃ?」
 「………」
 最早何も言い返す気力もなく、大介はがっくりと肩を落として項垂れる。料理の技にハエ云々等と言う名前を付けて、それで本当にいいのかとツッコみたかったが、その余力もないらしい。そうこうするうちに、タウン誌を見た客がぞろぞろと『豚八戒』へとやってきた。
 「ほれ、ぼやぼやするでない。ここがおんしの腕の見せ所ぢゃ。その天才的な技、『ハエカナンデモ落とし』をとくと見せ付けてやるが良いぞ」
 そのネーミングを聞くたびに思わず脱力しそうになる大介であったが、ここ数日の嬉璃から受けた特訓(またの名を洗脳とも言う)により、身体は自然に動き出す。手際よく丼を用意し、スープの用意。そしてついにはその時が!
 「おおおお〜……」
 実際に目の前で『ハエカナンデモ落とし』を見た客達は一斉に感嘆の声を上げる。沸き起こる拍手の渦にも反応する事無く、大介は黙々とラーメンを作り続ける。具を乗せ、蓮華を差してハイ出来上がり。お待ち!と威勢良い声と共に客の前に出来上がったばかりのラーメンが到着した。とんこつ醤油の美味しそうな匂いが周囲一帯に立ち込め、次の順番を待つ客達も思わず生唾を飲み込んだ。最初の客達は、その優越感を背中に漂わせつつ、箸を割って最初の一口をはふはふずるずるっとばかりに啜り上げた。
 ん!これはッ?!
 不味い!
 客達の動きが止まる。箸を手にしたまま硬直する姿を見て、嬉璃が腕組みをした。
 「やはり…誤魔化されなんだか……」
 料理と言うのは、足し算ではない。掛け算になるべきものだ。1と1、美味しいものを掛け合わせると1に…なってしまうじゃないか。つ、つまり何が言いたいのかと言うと、ただ美味しいを数だけ足しただけの味になるのは当たり前、それ以上の何かを客に与えてこそ、プロの技と言う訳だ。
 まぁそれはともかく。ラーメンと言うのは、勿論スープも麺も具も美味いに越した事はない。が、そのうちのどれかが多少不味くても、それ以外のものの美味さである程度はカバーできるものなのだ。
 ……が。大介のラーメンは、麺の美味さだけではカバーし切れなかったらしい。つまり、それ程までに大介のスープは不味いと言う事だった。
 「…生来の味音痴は、そう簡単には治らぬか……」
 嬉璃は、やれやれ、と首を左右に振る。その時、客の一人がぼそりと「これマズクない?」等と呟くのは聞こえた。ぴくっと嬉璃の片眉が跳ね上がる。
 「おんし、何を言うておるのぢゃ!」
 「えっ、えええ!?」
 急にびしぃっと指を指され、その客が思わず椅子の上で飛び上がった。
 「おんし、さては本当に美味いものを知らぬな?このラーメンの美味さが分からぬとは、日本の将来も知れた事よのぅ」
 「え、だって本当にマズ……」
 「この痴れ者がぁ!」
 すぱこーん!と嬉璃のハリセンチョップが決まる。勿論客にではなく、屋台の柱に決めたのだが。
 「良いか、美味さとは不変のものぢゃ。どんなにこの世が変わっても、美味いものの味は変わらぬ。つまりはこれが、昔々その昔、雅な平安時代から延々と引き継がれてきた美味さなのぢゃ!おんしら、それが分からぬと言う事はおんしらの味覚は弥生時代で止まっておるな?嘆かわしい事ぢゃ、これからの日本を背負って立つおんしらがそのような情けない事でどうするのぢゃ!」
 平安時代にラーメンは無い、とのツッコミはともかく。嬉璃の言っている事は支離滅裂だが、その妙に説得力のある物言いに、その場にいた客は全てあっさりと騙さ…いやいや、納得させられた。試しにもう一口食してみる。言われてみればこのラーメン、結構、いや、凄く美味しい!目の色を変えてラーメンを啜りこむ客を見ながら、嬉璃が勝利の笑みを浮かべた。
 『ふ…これがプラシーボ効果と言うやつぢゃ』(ちょっと違います)

 ともかく、こうして大介のラーメン屋台は評判が評判を呼んで大繁盛した。一旦波に乗ってしまえば、嬉璃の強引な刷り込み(違)がなくとも、人の味覚はあれを美味いと感じるらしい。まぁスープはともかく、麺の湯切り具合は本物なのだから。
 …いつ化けの皮が剥がれるかは、単に時間の問題なのだが。


おわり。


☆ライターより
 いつもいつもありがとうございます!(平伏)碧川桜です。
 申し訳ないなんて事全然無いです!お会いできる度にとても嬉しく思っています(^^)これからもがしがし宜しくお願い致しますね。
 …と言うか、申し訳ないのはこちらのほうで…(汗)…前々から分かっていましたが、己のネーミングセンスの無さには呆れるを通り越して笑い飛ばしたくなってきます(遠い)折角の天才技にイイ名前を付ける事が出来なくてすみません(謝)
 ではでは、今回はこの辺で……。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年10月18日

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