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『しかたのないひと 』
由比・那織3967)&真名神・慶悟(0389)

 平穏とか平和とか安穏とか。無事とか無害とか無問題とか。
 時折その定義について考える。
 ほんの、時折。



 抜けるような青空。秋を迎えて天は高く、空気は冷たく日差しは眩しい。
 この天候は感覚に心地いいが、少々厄介でもある。年がら年中スーツ姿の男にとっては特にだ。
 髪を黄金になるまで脱色した男はふとネクタイを緩めそうになりその手を止めた。とっくに上着は脱いで小脇に抱えている。
 合い物の季節は毎度こうだなと一人ごち、信号機の下に据えられている灰皿に己の咥えていた煙草を押し付けた。
 空気は冷たいが日差しは暑い。そろそろと思って冬物を引っ張り出してみればこんな天気に遭遇する。
 女心と秋の空。
 全く言いえて妙というものだ。
「……行くか」
 呟き、真名神・慶悟(まながみ・けいご)は街路に敷かれたタイルの上に一歩目を踏み出す。カツンと高く、踵が鳴った。

「いらっしゃいませ〜ぇ」
 スマイル0円。
「おしぼりどうぞぉ♪ 何になさいますか?」
「なんでもいいがその膝にまで乗ってきそうな勢いは一体なんだ?」
「集客率ばっつぐん! な接客方法だよ?」
 きょとんと小首を傾げてみせるその不可解な存在に、慶悟はふうと溜息を吐いた。
「店の種類が違うだろう?」
「え?」
 わからないとばかりに目を瞬かせるその存在に、慶悟はもういいと言ってアイスコーヒーを注文した。はあ〜いと可愛らしく答えたその存在は手元のメモにそれを書き付けて(妙なほどに一生懸命なしぐさでえっとあいすこおひい……等と呟きつつ)軽い動きでひょこんと立ち上がった。
 そう、立ち上がった。
 こざっぱりとしかし可愛らしく装飾された店内。重さよりも軽さ、高級感より親しみやすさを強調する店内は誰がどうみても喫茶店のそれである。そこの制服らしきミニフレアスカートにエプロンを身に纏った存在が立ち上がるのは奇怪なことである。ウエイトレスが座ってふんぞり返っていることなどまずない。
 だがそれは立ち上がった。
 何故かといえば慶悟の陣取った窓際の席のソファーに膝を乗せて注文をとっていたからであり、ついでに注文をとっている間は慶悟を上目遣いで見上げつつ、密着せんばかりの勢いでにじり寄っていたからである。
 ――店が違うという慶悟の言葉は斯くも正しい。
 ああ、そういえば妙に男の――しかも、中年や異臭を漂わせていそうな不可思議な若い男の――客が多いなとぼんやりと思う。何が目当てと問われれば、この『集客率ばっつぐん!』な接客が目当てなのだろう。
 二十歳と聞いているが去り行く後姿はとてもそうとは思えない。下手を打つと十台中盤の少女にしか見えないのだから実に困ったものだ。そういう趣味の男には実は堪らないだろう。
 由比・那織(ゆい・なおり)と言う存在は。
 ――見た目ばかりは。



 真の恐怖というものをそのまま人の形に作ればこうなるだろう。
 そんな芸術的とも言える表情を浮かべた男を前に、那織は天使のように微笑んだ。
「詐欺だ!」
「ああん?」
「すいません嘘ですスンマセン!」
 土下座せんばかりの勢いで、その芸術作品は謝る。何にそこまで怯えるのか。それはこの路地裏というロケーションと目の前に立っているのが那織という辺りで、誰の目にも――明らかではないかもしれないが、とりあえずは明白だ。
 那織である。
 細い指をごきごきと鳴らした那織は、笑顔のまま芸術作品に一歩歩み寄る。そして芸術作品はまた更なる芸術の階段を上っていく。
 嗚呼俺が何をしたって言うんでしょうか神様。
 どうやら素材はちょっといきがった感じの男子高校生らしき現芸術作品のそのココロの叫びが口に出ていたのなら、那織は間髪いれずに私のスカートを捲ったからだと答えただろう。
「……だから詐欺だ」
「ああん? なんだってぇ?」
「あんた『いや〜ん』とか言ってたじゃねーか!」
「スカート捲られていやじゃねえ女が何処の世界にいるってんだボケ!」
「世界の問題じゃなく口調の問題だろ態度も!」
「黙っとけ。ベッドの狭さを堪能したくなかったら」
 黙ったら堪能しなくて済むとは誰も思うまい。
 那織から立ち上る幽鬼のような気迫は芸術作品を神業の域にまで押し上げた。
「だからスンマセン一寸調子こいてましたってだからスンマセ……」
「死ねコラ」
 ごき。
 痛そうな音に、その芸術作品は完成に至ったのであった。



「お待たせぇ!」
「……済んだのか?」
「え、えええ、なにが?」
「何がもなにも、支度に決まってるだろう?」
「やっだ、済んだから来たんじゃない♪」
 内心那織が冷や汗をかいていたとはよもや誰も思うまい。
 まあ一時が万事この調子である。それも20年という人生を歩んでいるために日常茶飯事で年中行事。
 慶悟と遊びに出た夜の街では既に恐怖の伝説を打ち立てている。とはいえ、それはそう言った一寸いきがった連中だの、スジモノだのに限られる。ただ単に飲みに出てきたOLや会社員、学生などには知れ渡っては居ない。『ゴスロリとぬいぐるみを見たら即座に逃げろ』は。
 今日も一体何人を潰したかわからない。慶悟には別に本性を見せても構わなかったのだが(見せたところで動じるほど平穏な人生は送っていなかろうし)少しばかりタイミングを逃し、現状猫はそのままだ。
 一寸中座する都度バレやしないかと那織はひやひやする。
 そしてそのたび重なる中座に慶悟が何も気付いていないかどうかは――

「ほどほどにな?」
「えええええ、えっとだから何が?」
「いや支度に時間をかけるのだが。俺はまあ――今更その程度のことは気にしないが、イラつく男は結構居るんじゃないのか?」
「え、えへ♪ ん、気をつけるね!」

 ――微妙なところかもしれない。



 平穏とか平和とか安穏とか。無事とか無害とか無問題とか。
 時折その定義について考える。
 ほんの、時折。

 そして結論に至る。
 だってコレが俺なんだからしかたねーじゃねえかよ。
 と。

 かくしてゴスロリ恐怖伝説は今日も成長を続けるのである。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2004年10月13日

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